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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
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見逃していた可能性

 思うに、前提から間違っていた。

 それは他者よりも劣っている自覚がある者の悪癖だ。僕はそれに囚われた。

 しかし、誰が僕を責められるだろうか、とも思うのだ。






 神聖王国の王都は一見してみると小綺麗で、美しい町並みが広がっているように見える。

 それは間違っていない。ただ、単純に正解ではない。


 ここは古都。千年前のかつて、初代勇者フィロークが興した王国の、中心の都。―――千年の歴史を有する都なのだ。


 落ち着いた雰囲気の通りを歩いて行くと、建築が新旧入り交じっているのが分かる。鮮やかな色煉瓦造りの新築が並ぶ発展した店屋街があると思ったら、切り出しの石造りが風化した遺跡のような建物が風景に溶け込んでいる。基本的にどれもしっかりした造りの家屋が多く、百年ほど前の建築様式のものなら普通に人が住んでいる。

 詳しい者が見れば、年数のたった建物は何らかの補強や補修がされていることが見て取れるだろう。また、倒壊したものは危険なところがきちんと撤去されているのか、土台だけが遺っている様子も見られた。


 歴史と権威を見せつけるような町並みだ。


 巡礼者はこの光景を見て、都の発展具合と歩んできた歴史に敬服するのだろう。

 僕は名目だけのセーレイム教の信者だが、彼らがそういう気持ちを抱くのは分かる。―――この都は美しい。なんというか、新しいものにも古いものにも清潔感があるのだ。おそらく国と住民の不断の努力で維持しているのだろうそれは、神聖王国の民であるが故の誇りを感じる。


 もっとも、財源は大陸中から集まる布施なのだろうが。


 まあ、別段それはかまわない。宗教と金銭は切って切れないものだ。ぼろぎれを着て椀を持って旅した宗派も、下着を二枚持つ者は持たぬ者に一枚分け与えよと言った宗教も、最終的には金を積み上げていた。

 宗教は金になるのだから、王国として利用しなければむしろ怠慢だろう。―――だからこの国は、やはり美しいのだ。厳かで、したたかで、どこもどこか神秘的な雰囲気を纏っている。


 ただ僕としては……と言うか転生者としては、この国に対して酷く違和感を持っていることがあった。

 べつにそう在る必要があるわけではない。そう決められているものでもない。言いがかりのようなものなのだが、まあ気になるのだからしかたない。……そういう類の、もやもやとした感情だ。

 単純に、持っている知識と照らし合わせた結果である。

 八百年前に一度滅んだとはいえ、再興したのは直系ではないもののフィロークの血筋を継ぐ者だったはずだ。つまり本当に千年、この国はフィロークの血統を持つ者が王位を務めていることになる。

 そして……専門家でもないから断言はできないのだが、異世界転生者の僕は一つの血族が、千年もの長さで実質的に君臨し続けた王朝を知らない。たしか徳川幕府の三百年でさえ、世界的にも珍しいほどの長寿だと聞いた気がするが……。


 まあ、この国が普通じゃないことくらい、あの遺跡の一件からとっくに知っていることではあったか。







「やあやあ、ようこそ神聖王国の王都へ! お待ちしておりましたナーシェラン殿下ご一行さま!」


 聞き覚えのある声だった。見覚えのある人形だった。ふぁっきん。


 散々布施を吸ったのだろう、王都を囲うご立派な壁をナーシェランの顔パスで通過してしばらく進んだ僕らは、ぶん殴りたくなる人形に行く手を阻まれていた。

 ご丁寧に結界でも張ってあるのか、道行く人は気にもとめず素通りしていく。……まあ、戦闘になったらさすがにパニックになるだろうが。


「なあナーシェラン、最初の襲撃から最短距離を全速力できたって話じゃなかったか? おかげで数々の妨害を踏み潰してくるはめになったのに……それで先回りされてるの納得いかないんだが」

「まあ馬車ですからね。馬で早駆けされたら速度で負けますとも」

「モーヴォン、魔力を探査してくれ。あの人形から操ってるヤツにつながってるはずだから」

「やってますが、無理ですねこれ。無駄なほどダミーのパスが用意されてて選別する気にすらなりません。何千本あるんだろこれ……」


 ヤな敵だなぁ。公然と敵対してくるのに本人が出てこない。


「まあまあ、本日はドンパチをやりにきたのではないのだよ。ちょっとオジサンの話を聞いてみないかね?」

「それは当方にとって面白い話でしょうか?」


 馬鹿馬鹿しい人形の提案に、ナーシェランが律儀に返す。やめた方がいいのに。


「そうだね。例えば道中で殿下たちを襲ったキメラを王都に放たないでおくくらいには、オジサンの気分がよくなるかな?」

「なるほど、お聞きしましょう」


 皆はざわついたが、ナーシェランは顔色一つ変えず、人形は鷹揚に頷くのみ。



「いや、ナーシェラン殿下ではないのだよ。話したいのはそこの勇者だからね。王子殿はすっこんでいたまえ」



 ここに来てナーシェランに用はないとか、やっぱこの人形、継承権に関係ない第三勢力だな。このいざこざに乗じてきてるだけの、勇者の敵。むしろ厄介だ。


「……わたしになんのご用でしょうか」


 ナーシェランが肩をすくめて目配せしたのを受けて、レティリエが前に出る。

 騎士たちはすぐに動けるように展開しているし、ミルクスは周囲の警戒を怠っていない。あんなことを言っていたモーヴォンも探査を進めている。

 問題はない。なにが起こっても対処できるだろうし、時間をかければかけただけ特定の確率が上がる。



「いやぁ、改めて見るとお美しい。絹よりも繊細な黒髪、黒曜石の瞳。形の良い鼻と柔らかそうな唇が彩るかんばせは優しさと憂いが同居し、小麦畑を揺らす風のように落ち着いた声が耳に心地よい。ああお嬢さん。あなたさえ良ければ、今度いっしょに夕食でも? とても珍しい美味な料理を出すお店を知っているのだけれどね」



 なにナンパしてんだテメェ!


「め……珍しくて美味しい料理のお店、ですか……?」


 ちょっと心惹かれてるんじゃないよレティリエ!


「すまないが、それが本題ならお引き取り願おう。我らが勇者を正体不明の敵の縄張りにほいほい送り出すわけにはいかないのでね」

「おやおや、勇者の仲間とは思えないほど冴えない男が何か言っているね。君のような者は暗いジメジメした部屋の隅がお似合いだろうに、身の程知らずかな?」

「なあナーシェラン、今すぐアレと交戦の許可をくれないか? ちょっとあの人形から精神を抜け出せなくする手法を試したい気分なんだが」

「リッド氏は意外と喧嘩っ早いですよね? もしかしなくてもあなた方の中で一番好戦的なのでは?」


 誤解を招く言い方をするな。僕は暴力を手段として肯定しているだけだ。

 まあ、おそらく精神を閉じ込める試みは実行しても失敗するだろう。敵はこんなんでも手練れだ。本気でやっても捕まえきれる自信はない。

 けどそれはそれとして、この相手は酷い目に遭わせたい。なにかないか、なにか他に手は。


「ははは、リッド・ゲイルズだったかな? 資料で彼のことは読んだがね、レティリエお嬢さん、その男のことは信用しない方がいいよ。いいように利用されるだけだからね」


 人形は快活に笑って、レティリエにそう吹き込む。……ああ、そういう揺さぶりをかけてくるか。

 いいね、面白い。


「……なぜあなたのような会ったこともない怪しい方が、リッドさんを卑下できるのですか?」

「術士など打算で動いているものだよ」

「そうですか。ですが一般論はリッドさんには通じません」


 レティリエが剣に柄に手をかける。

 彼女は他者に甘い。敵にも甘いが、味方にはさらに甘い。そんな彼女だから仲間への侮辱は己へのそれより何倍も効くし、そして相手は生身ではなく人形だ。

 次の言葉によっては、怒りにまかせて剣が振られるかもしれない。



「そうかね? では聞くが彼は、君と勇者の力を切り離そうとしたことがあるかね?」



 その言葉に動揺したのは、レティリエだけじゃなかった。

 僕もだ。他ならぬ僕が、その可能性に息をのんだ。


「今代の勇者の力は望まぬ者に宿ってしまった。弱き者の手に渡ってしまった。ああ、それは悲劇だったろう。だが勇者の力は宿主を殺せば移動できるのだから、その者を殺して次を見立てよう、などと考える者がいて当然だ。そこまではいい。―――だがね、お嬢さん。君の信頼する錬金術師は、殺さずとも勇者の力を切り離せる方法を探したことがあるかな?」


 それは法則だった。

 勇者の力は後天的であり継承性。宿主が死ねば引き継ぎできる。


 ……たとえば、仮死状態にしてしまえば上手く摘出できないか? いや、そんなんじゃ足りない。

 ならば実際に殺してから、生き返らせるという工程にすればどうだ? いや、この異世界でも人は生き返らない。―――本当にそうか? 僕は一度心臓を潰されて、魂を腑分けされてから生き返らせられたことがあるぞ。

 というか、転生させるのは? あの遺跡でやったみたいに、ククリクが真似したみたいに、身体を用意して魂を入れ直すとか……。


 否。どれも否だ。

 死ねば引き継ぎ可能という特性を考えると、魂と勇者の力は深く結合している可能性が高い。摘出する時にレティリエの魂がボロボロになってしまいかねない。



「オジサンなら、お嬢さんを勇者という呪いから解放し、元のただの少女に戻すことができる」



 大げさに腕を広げて、舞台役者のように。

 人形は今代の勇者を誘う。どこに続くか分からない、救済の階段を示す。



「いいえ、それは無理ですね」



 トン、と。レティリエは軽く地面を蹴った。……ように見えた。

 二十歩の間合いが詰まった。成り行きを注視していた誰もが目と耳を疑った。

 人形と至近距離で対峙したレティリエが、氷雪の剣を抜く。移動の速度に反してその動作は緩慢で、けれど誰も止められなかった。


 その声も、表情も。

 今まで見たどの彼女より、それは肌寒い恐ろしさを秘めて。



「わたしがあなたを信じることはないでしょう。そして、わたしたちがあなたに負けることもないでしょう。どうぞお引き取りを」

「……なんと。これは今代を見くびりすぎていたか」



 人形は抵抗もせず、驚きに満ちた声で己の間違いを認めて―――

 あっさりと、首をはねられた。


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