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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
160/250

キメラ

 思うに、前提から間違っていた。



「今回の敵について、気になる点がある」

「それは、今でなければならない話題ですかねっ?」


 人の振った話題へ迷惑そうに文句言うのは、我らが王子殿下のナーシェランだ。さすが権力を生まれ持った人間は違うな。我ら平民の言葉など耳を貸すことすら億劫と申せられる。


 ―――まあ冗談は早々にやめておこうか。

 鞭を打たずとも馬が全力疾走し、上がった速度に応じて車輪が高速回転する。サスペンションの脆弱な馬車はちょっとした凹凸を踏むたびに内部の荷物が暴れ回り、ついでに乗員も転げ回るぶっ飛ばし具合である。……さっきネルフィリアの頭がみぞおちに入って涙目なんだけど、あれ日頃の恨みとか上乗せされてなかったよな? 窓のない馬車の中でひたすら連日耐久座学し続けてるけど、まさかネルフィリア王女さまともあろう者がどさくさ紛れに暴力で憂さ晴らしとかハハハそんな。


 非常事態につき、現在馬車は耐久試験の真っ最中だ。……間違えた。耐久試練の真っ最中と言った方が合ってるな。人乗せて本番運用中なんだから。


「追ってきてるのは大きな魔物! 数は五だけど全部見たことない!」


 馬車の屋根の上で、ミルクスが叫ぶ。身軽な彼女はこの揺れの中でも風のように動き、後部の出口から偵察に向かっていた。さすが森の狩人、端っこで転がってきた荷物に挟まって潰れている弟とは違うな。


「全部見たことない、ってことは種類バラバラか。不自然だな。異種同士で協力する獣もいるにはいるが、複数種の大きな魔物が協力して狩りをするとかちょっと聞いたことない。ターレウィム育ちのミルクスが見たことないならわりとレアなヤツだろうが……」

「それはつまり、敵の魔術師が操っているということではないでしょうか?」


 そう、落ち着いた声で聞いてきたのは、この揺れをものともしていないもう一人。

 レティリエ・オルエン。今代の勇者は手もつかず、二本の足のみで立って腰に佩いた剣の柄に手をかける。

 ジェットコースターほど速度はないが、それ以上に恐いのはリアルな危険だからだろうか。魔物に追われる最中の壊れそうな勢いで走る馬車の中でここまで堂々とできるのならば、大分度胸がついてきたのではないか。


「大きなトカゲに鳥の羽が生えてたり、クマの頭に牛の身体と馬の足がついてたり、鷲の足がムカデみたいになってたり! すっごい気持ち悪い。なにこれ!」

「みんな大好きキメラさんじゃないか。セーレイム教に禁忌指定させられた合成獣だが、フロヴェルスで暴れさせていいのか?」

「いいわけないじゃないですか!」


 耳元でそんな大きな声出すなよナーシェラン。わりとこういう直接的な危機には弱いんだな君。そりゃそうか、お得意の謀略が意味ないもんな。


「術士の管理下から離れたキメラの寿命は短い。長くても三日で拒絶反応に耐えられず息絶えるし、繁殖もしない。ナーシェラン、近くに人里は?」

「この速度なら半日後に次の宿場町へ着きますね!」

「ヤツらにそこまで持久力はないさ。動くだけで魔力を消費してるから、動けば動いただけ寿命が削れるしな。牽制しながら距離をとって逃げ切れるんなら、それが楽だが……どうするレティリエ?」

「……ここで斬りましょう。合成獣といっても、苦しませるのは忍びないです」


 後部の出入り口から外を覗いて、沈痛そうな面持ちをするレティリエ。

 お優しいな。多分そうすると思ったけど。


「心臓が複数ある個体もいるから、頭部をすべて潰せ。倒したと思っても油断するな」

「はいっ」


 飛び出していくレティリエの背は本当に勇者のように頼もしく、その心は慈悲に溢れていて、僕はため息を吐く。とっくに立つのを諦めて床に腰をついた状態で、僕はナーシェランに話しかけた。


「それでさっきの話の、気になる点だが」

「それ本当に今でなければならない話です? というか、あなたも迎撃に出るべきでは?」

「お付きの騎士様方がレティリエの腕を疑ってるのは分かってる。力を見せてやる絶好の機会だ。……まあ、キメラの能力は術士の力でかなり変わってくるから、軽率に油断していい相手ではないんだが」

「ちょ、行ってください。ここでレティリエさんに倒れられるのは困ります!」

「バカ言え。僕はまず馬車の屋根にたどり着ける自信がない」


 というか全力で走る馬車の上で、僕のヒーリングスライムが役に立つかがまず疑問だ……。ワンアクションごとに使い捨てなら有効に使うこともできるだろうけど、実はこの前に大盤振る舞いしてから補充できていなかったりする。さすがに馬車の中で鋳造できるような代物じゃないし。

 これから何があるか分からないので、できれば温存しときたいところだ。


「大丈夫だナーシェラン。キメラはたしかに強いが、それは力が強いだけだ。よく見て観察すれば隙だらけなのがよく分かる。掛け合わせの継ぎ接ぎだから、どうしたって行動にバグが出るんだな。術かなにかで他者の命令に従ってるならなおさらだろう。―――そして、観察して隙を突く戦い方はレティリエに教えてある」


 まあ懐かしの屍竜戦の話なんだが、レティリエは覚えているだろう。

 彼女は勇者だ。戦い方を知っており、倒し方もさっきアドバイスした。なら、これくらいは切り抜けて貰わなければ困る。


「気になるのは相手の目的だ。今回の襲撃がキメラならほぼ間違いなく術士の仕業だし、なら前回の襲撃者と同一の可能性が高いんだが、どうにも行動が意味不明過ぎごふうっ!」

「ああっすみません師匠!」


 今、ネルフィリアの肘が思いっきり股間に刺さったんだが、これマジで狙ってないよな? ハハハ神聖王国の王女が男性の股間を狙って攻撃とかそんな馬鹿な……いや昔やられたわ姉貴の方に。


「ネルフィリア……この揺れの中であまり口を開くな。舌を噛むぞ……」

「ええ? それ師匠が言うんですか……?」


 股間を押さえながらの忠告はもっともな反論で返ってくるが、僕はいいんだよ。噛んだとしても自分で治すから。あとどさくさに紛れて僕の足を掴むな。藁より役に立たんぞ。


「この敵はおそらく野良の魔術師だ。そういう魔術師はだいたい世捨て人みたいなもんだから、本来王位継承については関係がない人物だろう。……つまりエスト側の者が雇った可能性が高い」

「それは分かりますが、その辺りを決めつけすぎるのは危険では?」

「決めつける気はないし、そもそもこれは、それでは説明できないという話―――」


「衝撃来るわ、掴まってっ!」


 ミルクスの叫びの直後、馬車の外で光が弾け、轟音と共に馬車が跳ねる。ナーシェランは運動神経もいいのか壁に手を突いて堪えたが、僕とネルフィリアとモーヴォンはもろに衝撃を受ける。……クソ、諦めて座ってると衝撃が直で尻に来て痛いったらない。あとネルフィリアはしがみつくのやめてくれ。お兄ちゃんの目が恐いからマジで。


 ところでモーヴォンさん、もしかして荷物に挟まれて気絶してない? ちょっと心配になる無反応ぷりなんだけど。……まあモーヴォンはいいか。


「火球の魔術を使われたわ! レティが防いでくれたけど、後ろの馬車が燃えてる……って、炎が凍った、凄い!」


 実況が騒がしいな。レティリエの武器は白銀竜ノールトゥスファクタの加護を受けた氷雪の剣だ。実はそうとうなチート級だぞ。燃え移った炎くらい一瞬で消せるくらいの芸当はできるさ。



「あの人形はなぜ奇襲をやめた?」



 仮にこの敵が雇われ野良なら、誰にも気づかれないようナーシェランを暗殺するのが最大の目的であるはず。あそこで僕とレティリエに話しかけるのがそもそもおかしい。というか、レティリエが勇者だと知っていることすらおかしい。


「……これは、当方を狙っている襲撃ではない?」

「あの人形はこう言った。今代の勇者を憂慮する者だ、と。最初から別口だと考えれば、今回の襲撃は勇者の実力を見る威力偵察ってことでつじつまも合う。……とすると、野良ってところも考え直さなきゃな」

「あの、師匠。なんで私の頭を力一杯掴んでいだ、いだだだいっ」


 おっとつい。ちょうどいいところに掴みやすい頭があったから苛立ちをぶつけてしまった。深呼吸でもしてて落ち着こう。



「この襲撃の狙いはレティリエだ。……だが、心当たりがない。僕が知らないはずがない。今代の勇者を憂慮する者で、かつ上級の魔術師で、そして―――高位の錬金術師」



 ナーシェランとネルフィリアが同時に僕を見る。素人のナーシェランならともかく、ネルフィリアは少し考えれば分かるだろうに。


「あの人形で少し予感がしていたが、今回のキメラで決定的だ。共に錬金術の産物だよ……特にキメラに関しては、不人気分野の生物系錬金術かつ禁忌。公的に資料があるなら僕が知らないはずはない。ガチで研究してそうなヤツなんて、それこそ思いつくのは一人くらいだが……」

「では、その方なのでは?」

「有り得ない。魔族側だし、あの女はこんなつまらない真似はしない」


 この襲撃はククリクのイメージとは違う。不健康な見た目のくせに底抜けに明るかったあの女のイメージと、前回の人形の語り口は全然違う。そもそもおっさんの声だったし。

 なんというか今回の敵、ある種の陰湿さが滲み出ているんだよな。


 外で閃光と共に、僕でも分かるほどの魔力が放たれる。後方から真っ直ぐ、この馬車に向かって。

 けれど僕は恐怖しなかった。


「この敵について、気になる点。……人形のときに話した感じから、今回の王位継承騒動と無関係とは思えない。だが、それとは別の目的を持っている。気持ち悪いんだ、凄く。相手の顔が見えない」


 もう肌感覚で慣れた、聖属性の魔力の波動。

 先ほどの魔力など比べものにならないそれが放たれるのを感じながら、僕は誰にも聞こえないよう小声で呟く。



「……舐めやがって」



 人形に、キメラ。相手の狙いがレティリエだというのなら、そんなもの威力偵察にも物足りない。小手調べのつもりだろうか。旅のはじめのころならともかく、今の彼女はもう神の腕としての戦い方を知っている。

 彼女はもう、勇者として実力を身につけつつある。……だというのに、相手はきっと本気ではないのだ。―――たかが魔術師のくせに。


 僕がここまで酷く苛ついているのは、この相手はあからさまにこちらを軽く見ていることだけは、理解できるからだろう。


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