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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
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襲撃者の正体

「というわけで、これが昨夜の襲撃者だ」


 夜の内に事前に報告はしていたが、僕は改めて、首根っこを掴んで放り投げてからそいつを紹介した。

 昇ったばかりの朝日が白々と照らす中、護衛の騎士たちも含めた皆の前で、それはどさりと地面に転がり砂埃に汚れる。


「ああ、そんな手荒に。かわいそうじゃないですか」

「そうですよゲイルズさん。貴重な参考人なんです。もっと丁重に扱ってください」

「あんたね、苛ついてるからって手荒にするんじゃないわよ」

「師匠、私もどうかと思います」


 寄ってたかってのブーイングが押し寄せる。うちの面子は僕に厳しいなぁ……。


「ははは、まあまあ。人型をここまで手荒に扱える神経には感服しますが、それはつまりもう要らないということでしょう?」


 遠回しにディスってくるナーシェラン。いやぁ、僕みたいな小物は君みたく部下に戦争で死ねって言えないからさ、人形に八つ当たりするくらいが精一杯なんだわ。


 皆の前で地面に転がっているのは、木で作られた人形だった。闇の仮面と思っていた顔の部分は黒いぼろ布だ。

 見張りの騎士を眠らせ、勇者にケンカを売りに来た犯人。それは文字通りの操り人形。安物で形作られたのパペットが昨日の襲撃者だったというわけだ。


「検分結果を教えてもらえますか?」


 ナーシェランの声に、改めてその場の全員の視線が僕に集まる。

 ああそうだよな。調べたの僕だからな。これの検分なんかできるの、この中で僕だけだもんな。

 次点のモーヴォンは詠唱魔術は天才だが、魔道具についてはいまいち疎い。そしてネルフィリアは術士とはいえまだ駆け出しだ。……苛ついていて気が回らなかったが、せっかくの教材なのだから、これを機会に叩き込むべきだったかもしれない。


「材料は樫の木材。間接部は糸で繋げてあるだけで、動力は胸部にある魔石。術式はありましたがネルフィリアにも書けそうな簡単なものしかなく、自動操縦ではなく遠隔操作側から魔石の力を使って動かしていたことがうかがえます。着せてある服は安物だが新品で、これは探査魔術への対策かと。細かく術士を特定する痕跡を探しましたが、一切見つかりませんでした。見事ですね」


 騎士たちの手前ナーシェランへは敬語を使ったが、やさぐれ半分な報告になってしまうあたり、我ながらまだまだ修行が足りないらしい。……学院で教わるような基本方法のみならず、僕流のやり方すら何一つ手がかりを得られなかったのは計算外だった。

 この異世界で指紋すら残さない念の入りようとは恐れ入る。とりあえず組み伏せてから尋問なんて判断をしてしまったのは、結果的に大きな間違いになってしまった。

 まあ仕方ない。イラッとしたし。


「それはそれは。ゲイルズさんでも分からないとなると、相手の術士はそうとうな使い手ですね。まあ操り人形を使う時点で、慎重な相手なのは明白でしたけれど」


 嬉しそうだなモーヴォン。これ悪い知らせだって分かってるか?


「ありふれた材料に、術士なら誰にでも使えるような術式ですか。そして個人を特定できるような手がかりはなく。それでは、ほとんどなにも分からなかった、と」

「いいえ。一応、有効な手がかりが得られなかった、という手がかりはあります」


 僕の言葉の意味をすぐに理解したのは、ナーシェランだけだった。数拍後にモーヴォンが気づき、そして女性陣が顔を見合わせてレティリエが聞いてくる。


「それはどういう事でしょう?」

「簡単な話だ」


 僕は頷いてから、周囲を取り巻く騎士たちへ声をかける。


「説明の前に、この中で昨夜これに眠らされた者は正直に手を上げてほしい。あなた方にとって屈辱であることは理解しているが、これからの対策に重要な意味があるため耐えてくれるとありがたい」


 言って素直に聞いてくれると思わなかった。だから表情と視線を観察する。

 どうする? と互いにアイコンタクトしてるヤツはアウト。他の人間の動向を気にしてる者もアウト。目をそらすヤツもアウト。


 ―――しかしそんな僕の予想を裏切って、彼らは素直に手を上げた。計四人。他に怪しい挙動をする者はなし。


「……なるほど。良い部下だな、ナーシェラン」

「ええ。ここに連れてくる者たちですので」


 思わず素直な称賛を贈ると、ニコニコと笑顔が返ってくる。

 なんか気に入らねぇ……。


「四人、と。遠隔操作と言ってもおそらく、使い手自身はそこまで離れた場所にはいないだろう。こんなふざけた安物でまともな遠隔操作なんかできるもんか。つまり移動に関する魔力コストは見なくて良い。使われたのが一般的な眠りの魔術として、魔石の容量と残量的に照らし合わせると……さらにあの精度で動かして感覚も飛ばしていたのなら、パペットの向こう側の術式は使い魔の応用の可能性が高い。魔力量をざっと計算すれば……」

「遠隔操作のロスがほとんどないですね。なるほど、本当にかなりの使い手ですか」


 僕よりも早く計算し終わったのか、モーヴォンがつまらなそうに口を開く。勝てないな、こういう基礎スペックなところでは特に。


「どうやら同意見だ。それを踏まえれば、分かってくることがある。もっとも、どれも確定ではないが」


 僕は指折り数えつつ、推測を述べていく。


「一つ。この相手は昨夜、そこまで離れた場所にはいなかったということ。二つ。向こう側はおそらく、わりと本格的な魔術陣を敷いていたということ。三つ。相手は少なくともルトゥオメレンの高位導師クラスの実力を持っているということ」


 僕は騎士たちを見回してから、ナーシェランへと視線を固定する。


「一つ目と二つ目から、敵はこの近辺で待ち構えていたと考えられます。魔術陣自体を描くのは数時間でできるにしても、道具の準備は必要ですからね。このパペットだってあらかじめ用意していないと。……まあ、専門のパペットマスターなら元から在庫があるかもしれませんがね」

「つまり、この進行ルートはどこかの段階で察知されていると思った方がいい、と」


 ナーシェランの理解に、僕は頷く。

 その先の判断は彼がするだろう。回り道するにしても、このまま真っ直ぐ行くにしても、それは僕が口出すことではない。……というか口出せない。土地勘すらないし。


「そして三つ目から、この魔術師は有名人の可能性が出てきます」


 師匠やドロッド副学長クラスかどうかは分からないが、それでもモーヴォンの言うとおりかなりの使い手であることは間違いない。

 そしてここは魔術大国ルトゥオメレンではなくフロヴェルス。このレベルの使い手が活躍しているのなら、それなりに名前が売れていてもおかしくはないはずだが……。


「心当たりは?」

「ありません」


 返答は間を置かなかった。


「そもそも、神聖王国は治癒術以外の魔術師が少ないのです。魔術師は神への敬意が薄く、こちらは異端に厳しい。よって、普段は双方に忌避し合っている間柄ですね。なのでそもそも腕の良い魔術師自体がいないと思ってもらっていい……欲しいには欲しいのですがね」


 まあそうだよな。術士は謎があったら徹底的に解体して調べるうえ、空気も読まないからな。以前ルトゥオメレンでも異端審問で処刑された事件があったが、あれから術士にとって神学は暗黙の禁忌になってるくらいだ。

 とはいえ、完全に交流が絶たれているわけでもないのだが。互いの根幹に関わり合わずとも、利用し合うことはできるというのが大人の世界だ。


「ちなみに、この間連れてた女の宮廷魔術師は?」

「悪くはないですよ。そちらの優等生レベルでしょう」


 よりによって束縛まみれの神聖王国に宮仕えしようなんて術士は、まあそのくらいか。突き抜けたヤツらはフロヴェルスじゃなくてもいいもんな。

 ……あれ? てことは僕に提示された宮廷術士の地位、あんまり高い報酬じゃないんじゃ?


「あー……とにかく、ナーシェラン殿下や騎士の皆さんが把握している高位魔術師はないと。なら学院に所属しない野良かな。他国の所属というセンもあるにはあるが、神聖王国の王位継承なんていざこざに重鎮クラスがノコノコやってくるというのも考えにくい話だ」


 一瞬よぎった無関係な思考を振り払ってから自分の考えを口に出すと、説明にナーシェランと騎士たちが渋面になる。けれどこちらのメンバーはその理由が誰も分かっていないようだ。


「野良、ですか……話を聞いてると凄い魔術師なのでしょう? そんな人がどこにも所属してないなんて、ありえるのですか?」


 一同を代表して聞いてきたのはネルフィリアだ。この中で最もその世界のことを知っておくべき、新米術士にして僕の弟子。

 ……まあ、こういうことは早めに教えておくべきだろう。


「禁忌を侵して糾弾された術士は学院にいられない。そしてそこまでやってしまう術士の中には、たまにとんでもない者がいる」


 騎士たちが渋面だったのは、討伐したことがあるかその話を聞いたことがあるか、だろうか。

 神聖王国の精鋭ですらこの反応であるなら、この国の魔術師もなかなか骨があるらしい。



「そして、野良でなににも縛られずに禁忌を研究してるような魔術師は、歯止めがない。利かないんじゃなくて、ないんだ。つまりどんな非人道的な手段を使ってくるか分からない。……まだ確定ではないが、この敵はそういう相手だと見ておいた方がいい」



 こんなことを言いながら、ふと思い浮かんだ僕は、やめておけばいいのに小声で呟く。


「……そういや、サリストゥーヴェもある意味野良だな」

「宣戦布告ですか?」「そんなのとサヴェ婆を一緒にしないで」


 この二人を敵に回すのは二度と嫌なので、僕はすぐに素直に謝った。


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