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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
157/250

携帯食と豆のスープ

「そもそもな話、フロヴェルスの王は王位継承権順で決まります。これはもうルールですので、よほどの事がない限りは覆りません」


 まだ日の出前の明るくなり始めた辺りから日の入りギリギリまで馬を進ませ、野営の用意すらせずに馬車の中で寝泊まりしながら、ほとんど強行軍でフロヴェルスへ進む。

 ミルクスが教えてくれたが、御者台でたびたび魔法が使われる気配があるらしい。おそらく治癒術だろう。疲労回復と体力増強の魔術を馬にかけてまで先を急いでいるということだが、まるで栄養ドリンクで限界を超えて残業する社畜のようだな。


「ただし前例がないわけではありません。身体が弱かったり、品行方正でなかったり、あまりにも能力が釣り合わなかったりすれば、継承権下位の者が王になる事はあります。つまりこれらの事情は、よほどのこと、にカウントされます」

「フロヴェルス王は兼任でセーレイム教の教皇もするのがミソだな。神の代弁は正確に、かつ教皇自身の口から発せられる必要がある。王はお飾りで座ってるだけでも周囲が優秀なら回るが、信仰は形が大事だから、形も繕えないような者は降ろされるわけだ」


 だがいくら急ぎでも休憩は必要だ。人も馬もずっと動き続けられるわけはない。

 僕は青空の下で止まった馬車に寄りかかり、兵士が差し出してきた食事を受け取っていた。

 昼食に用意されたのは芸術的に不味い携帯食と豆と塩のスープだった。スープを口に運ぶと、塩と煮た豆の味がした。出汁も取ってないのでとても物足りない。

 こういうの素朴な味って言うんだろうね。食えなくはないけど積極的に食いたくはないな。朝飯抜きだから食べるけど。


「まさしくその通り。王は継承権順で自動に決める手順がありますが、教皇となるには信任が必要なのです」


 ナーシェランの現状説明はそのまま、神聖王国という国のシステムの歪さを表している。宗教で成り立っている国である以上、宗教に寄りかからなければ国を運営できないのだ。

 異世界転生者の視点から言えば、そもそも宗教と政は分けるべきなんだけどな。まあそれを言ってもフロヴェルスはどうしようもないだろう。あそこは近代化するには手遅れ過ぎる。


「それっておかしくない? フロヴェルスの王は教皇も兼任するんでしょ?」


 瓶詰めの携帯食を突っ返して自前の干し肉を囓っていたミルクスがツッコミを入れる。

 この携帯食はたしかに難易度が高い。……ペミカンに近いのだろうか、干し肉は干し肉なのだろうが、見た目的にはハンバーグの焼いてないヤツを乾燥させた感じで、しかもやたら脂肪分が多くて口に残る。あとベリー系のドライフルーツを混ぜ込んであるのだけど、肉と全然味が合ってない。

 もう豆のスープで流し込むしかないヤツだ。多分これ、携行食じゃなくて非常食だろうな。食い意地のはった者が平時に食べてしまわないよう、わざと味を落として非常時にしか食べたくないようにしてあるヤツ。


「おかしいんですよ。ですが、それが歴史と伝統というもので」


 歴史と伝統がすべて歪んでるような言い方やめろ。


「教皇に相応しくない、あるいはもっと教皇に相応しい者がいると判断された継承者は、ほぼ強制的に王位を譲ることになっています。前例は多くないですが何件かありますね」

「物言いの頻度は?」

「あまり多くありませんよ。三回に一回ほどです」


 ビックリするくらい少ないな。そういうイベントって毎回やらないと物足りなくないか? 国を挙げた国王ガチャだろ?


「貴族が物言いをした場合、それが通らなかった際は冷遇のリスクがありますからね。基本は直系の弟妹を抑えておけば問題ありません。そして弟妹側からすれば、王位継承権上位かつ元より次期王として育てられる第一子に物言いで勝つのは難しいのですよ」

「私は蚊帳の外の話なのであまり詳しくは知りませんが、今まで行われてきた物言いの半数は、実はお芝居だったという話もあります。継承権だけではなく、多くの信任を得て教皇になった人物なのだ、と皆に知らしめるために」

「こら、ネルフィリア。そういうことは秘密にしておくべきでしょう」


 わざわざ口を挟んで要らないことを言う妹と、それを叱る兄。微笑ましいのだけれど、国家機密かつ宗教的機密なんだよな。レティリエがめっちゃ青い顔してるんだけど大丈夫か。


「まあ物言いにもいろいろな種類があります。次期国王候補があまりに幼かったため、まともな年齢の下位継承者が一時的に教皇となり、後に本来の継承者へ返還する……という事例などもありますね」

「五百年前の幼王だな。フロヴェルスの王とセーレイムの教皇が別れた唯一の事例」

「勇者伝説にも出るので有名ですよね。まあそれらの事例を述べれば察していただけると思いますが、基本的に物言いは平和裏に行われるのです。そもそも継承権を繰り上げようとするだけなら……」

「暗殺すればいい」


 短く言い放ったのは地面に座るモーヴォンだった。あれから数日たってるから、頬の腫れはもう完全に引いている。

 しかし声が冷たいね。暗殺したい相手でもいるんだろうか。


「話題のエストという人物は、兄と姉……あなたとマルナルッタ第一王女を殺そうとしたことがあると聞きました」

「その通りです。あれは危なかったですね」

「この生ゴミのような味の食事は暗殺対策では?」


 あ、口に出して言っちゃうんだ。


「非常時でなければ口にしないようなものでなければ、毒を仕込まれている可能性も少ない。限界まで急ぐのも町に寄らないのも、露骨な刺客対策ですよね。この馬車も驚くほど魔術での装甲が厚いですし」


 モーヴォンの言うとおり、たしかに、この馬車に使用されている魔術的な装甲は凄いの一言だ。物理的、魔力的な強度もさることながら、対探査術の術式も搭載していて隠密性能も高い。神聖王国にこの技術があるのは驚きだな。ルトゥオメレンの最上級品と言われても信じてしまいそうだ。


「めざといですね。さすが今代の勇者の仲間」


 その言葉を、少年は否定しなかった。


「ええ、その通りです。当方は暗殺を危惧しています。……実は、ロムタヒマ戦線へいち早く増援として来たマルナルッタ派貴族が、手土産として食料を持ってきましてね。あまりに怪しくて、試しにその貴族に食べさせてみたところ昏倒しまして。あ、命は取り留めましたのでご安心を」


 そうか命は助かったか。良かったな。王族暗殺の実行犯じゃ、その後の人生は破滅だろうが。


「まあそんなことがあったため、少々神経質にはなっています。ですが、暗殺者が来たなら来たで、むしろ好都合ですかね。こちらは勇者一行がついているわけですし、サクッと倒してくれるでしょう。生け捕りにすれば良い情報源になってくれます」

「護衛の対価はなんですか?」

「エストが王に即けば、このあいだのターレウィム森林領地の件は白紙ですね」


 モーヴォンは舌打ちする。この間の報酬の話はナーシェランが王になること前提だからな、そりゃ白紙になるか。

 つまり僕もフロヴェルスの宮廷術士になる道が閉ざされるわけだ。いやぁ惜しい。


「そういえば、レティリエさんとミルクスさんの分はまだ決めていませんでしたが、何にするか考えてくれましたか?」


 うん、態度には出さないがわりと焦ってるな。確約できない今のこの状況でする話じゃない。餌で紐を付けときたいんだろう。


「わたしは辞退します。元々侍女として、城に勤める者ですので」


 だから生真面目なレティリエの答えはむしろ、ナーシェランの思惑から外れているのだけれど……きっと素なんだよな、この勇者様。


「あたしは保留。どうせなら上限ギリギリをふっかけたいもの」


 ミルクスはミルクスで扱いに困る返答だ。欲はあるが、どうしても欲しいものはない。つまりどうしてもナーシェランの味方をしなければならないわけではない。

 残念だなナーシェラン。うちの女性陣は無欲らしいぞ。


「それで? 君が刺客に怯えているのは分かったが、それにしては怯えすぎじゃないか? まだフロヴェルス国内でもないんだろ?」

「そうですね。ここはダジルアスラ王国の東北側です。ウルグラ王都からフロヴェルス王都まで最短に近いルートですね」


 馬車に窓がないからどこを走ってるかいまいち分からなかったが、ダジルアスラか。まあだいたいの予想通りではあるが。


「ダジルアスラって初めて聞くわね。どんな国なの?」

「あ、ミルクスさんとモーヴォンさんは知りませんよね。とても豊かな農業国です。麦や野菜、畜産などでは大陸一の国ですよ」


 この問いにはレティリエが答えた。お隣のお世話になってる国だもんな。よく知っていらっしゃる。


「ダジルアスラの農産物はとても質がいいんです。気候や地形が農業に適しているようで、とても美味しくて劣悪品も少ない。ダジルアスラ産の麦はフロヴェルスの王城でも常用しています」


 ……そうか料理好き知識か。食料品に関する事柄だと饒舌になるよな、レティリエ。

 もしかして彼女にとっての夢の国かな?


「敬虔なセーレイム教徒が多い国でもあるな。だから特に神聖王国との仲は良好だ」


 なんだかエルフ姉弟の知識が偏りそうだったので、僕は短く注釈を入れておく。……これ以上を語る意味はないだろう。農業以外に特筆することのない、長閑で平和な国だ。フロヴェルスの腰巾着とか実質属国とか、神聖王国の台所とか呼ばれていることなんて知る必要はない。

 まあこの国、地味だから僕も詳しくはないし、それくらいのことしか知らないんだが。


 とりあえず状況はだいたい分かった。


「ナーシェランが刺客に怯えるのは、神聖王国の友好国たるダジルアスラにまで敵方の目が光ってる可能性があるからか。てことは、元マルナルッタ派にはこちら方面にまで手を伸ばせる結構な大物がいるってことだ」

「いえ、ダジルアスラならば大物でなくても、それなりの立場の者であれば目くらい光らせることができますよ。両国の往来はほぼ素通りできますし」


 ナーシェランが僕の推測を訂正する。……どうやら読み間違えたようだ。ビザ無しで行ける感じの隣国ってルトゥオメレンにはないんだけど。

 つまり、ここはほぼ神聖王国内と同じってことだ。そりゃ警戒は必要だろう。


「ただ、さすがにこの国の貴族たちは静観でしょう。どちらかと言えば我々の味方のはずです。敬虔なセーレイム教信者にとっては、やはり次期教皇は継承権第一位になってもらいたいでしょうから」

「……それは神聖王国には敬虔な信者が少ないってことにならないか? まあいいけど、それで? そろそろこの話の本題に移ろうか。ぶっちゃけ、どの辺りで襲撃が来ると思うんだ?」

「いやあ、それが分からないんですよね」


 ナーシェランは困ったように笑いながら携帯食をかじり、美味そうに味わって飲み込む。……おいちょっと待て、もしかして味音痴だったりするのか君。この非常食ってリスクを避けてるにしてはいかにも警戒しすぎの気がしていたが、この男にとっては滅多に食べられない珍味扱いだったりするのか?

 そして僕らは、それに付き合わされてるだけ……だったりするのか?


「ああ、これでも一国の王子ですからね。どんなものでも美味しそうに食べることができるというのは結構、社交界では有用なスキルなのですよ」


 五人に胡乱な目で見られていることに気づいたのか、ナーシェランが笑顔で弁明する。


「ネルフィリア。君もそういう教育を受けた覚えはあるか?」

「ありません。正直、普通の食事が恋しいです」

「……夜はまともな料理をしましょう。多くはありませんが日持ちのする食材も積んでいますので」


 目をそらすんじゃないよ王子様。


「考えられる襲撃タイミングとしては三つあります。一つはロムタヒマ領内。待ち伏せしやすく、魔族に襲われたんだろうなどと白々しく言える、敵方にもっとも都合の良いタイミングですね」


 話をそらすんじゃないよ王子様。いや本題に戻っただけだけど。


「ですがこれはもう回避しました。ふふふ、向こうとしても当方がまずウルグラに寄るなんて思いもしなかったでしょう」

「そりゃ実父の訃報を受けてすぐ観光地に向かうとは思わないだろうな」

「なんでこう親不孝な行き先になったんですかね? そもそもあなた方はなぜウルグラに?」

「勇者秘密だ」


 君の妹利用して前魔王に会いに行くとかいう超危険ムーブかましてたんだよ。だからそこ掘り下げないでくれ。


「まあいいでしょう。次にフロヴェルス内に入ってから王都までの道すがらですね。他国で問題を起こすよりは自国内の方が処理しやすいですから」

「範囲が広すぎる」

「そして最後に王都内です。なりふり構ってこない者が用意周到に待ち構えている可能性があります」

「フロヴェルスに入った後は全部危険か」


 頭が痛くなる話だ。つまり今が一番マシということである。


「ですがさっきも言ったとおり、当方たちがウルグラに寄るとは向こうも思ってなかったはず。その上でこの速度でダジルアスラを経由するとなれば、向こうの目はほぼ眩ませられるでしょう。……この速度を維持すればおそらく、王都に入るまで邪魔は入らないかと」


 ナーシェランのこの言葉に、一同は少しだけ安心する。

 けれど残念ながら、それは国境を越えてすぐ裏切られた。


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