letter
旧友から手紙が届く。もう十年以上会っていないが、折に触れて手紙のやりとりは続けている相手だ。
役職柄、政治に関わることはある。その関係上、手紙を送りあう知り合いは多い方だろう。―――しかし、友人と言える相手はあまりいない。敵よりもはるかに少ない。
それを寂しいとは思わないが、希少な友人からたまにくる手紙を読むときの歓喜の大きさに驚くときは、やはり普段が乾きすぎているからではないかと省みてしまう。
あるいは、これが歳をとるということなのだろうか。この年齢になってもいまだ若い者に負ける気は……うむ、じっくり考えたところでやはり本気でないのだが、過去の大したことのない思い出がふと頭に浮かぶとき、それがどうしようもなく大切なものに思えてしまうのだ。
だからワシは、この手紙の内容には酷くがっかりしたのである。なんだ仕事の話か、と。
まあ、その内容は驚くべきものではあったのだが、この歳になるとどうも驚嘆の振り幅も狭くなる。それが自分の職分には直接関係ないとなれば、ため息も出ようものだ。
「イルズ・アライン君。この手紙の内容は正気なのですかね?」
「師の真意は私にも分かりませんよ、ドロッド副学長様」
旧友の弟子は困り顔で目をそらす。
大きくため息を吐く。普段は仕事など関係のない、あるいは仕事と関係があっても、下らないやりとりしかしない相手なのだが、こういうときあの旧友は本当に厄介だ。
「失礼します。ディーノ・セル、ただいま参りました」
窓まで本棚で潰してしまった、魔術の明かりが照らす執務室にノックの音が響き、部屋の外から声がかけられた。入ってきてください、と声を返すと、よく手入れされた重厚な扉が音もなく開いて、弟子の一人が入ってくる。
彼はイルズの姿を認めて少し驚いた顔をしたが、軽く会釈してこちらに向き直った。
「よく来てくれました。さっそくですが、君にこの手紙を読んでもらいたいのですよ」
「フロヴェルス関連の案件ですか。拝見させていただきます」
手渡してあげて、見やすいよう魔術の明かりの位置も操作する。
彼は礼を言って手紙を読み始めたが、視線の往復が進むにつれて表情が曇っていく。
「……フロヴェルス王が死去し、新しい王にエスト殿を迎えることになったため、ぜひ留学中の彼女にも即位式に出席してもらいたいと。……いやはや、セーレイム教の宗主国があの方を選ぶとは」
「驚きですよねぇ」
他人事のように相づちを打っているが、イルズ君こそは神聖王国フロヴェルスの国民であるはずなのだが。
「それで、話題のご学友はどんな様子でしょうか?」
ディーノ君は貴族の子息であるという理由から、留学中のフウロヴェルス第二王女の話し相手役を担ってもらっている。……建前を一切取り除いて言うなら、つまりは監視役なのだが。
「変わりありません。今日も以前の取引を高値で買い取ってくれなかった、と師に文句を言っていました」
「足下を見て買いたたきましたからね。それに、そこまで有用な話でもありません。未曾有のスキャンダルではありますが、証拠がなければ政治の世界では使えない」
「個人としては、非常に参考になる話ではありましたが」
心の奥でため息を吐く。
この弟子は魔術の才能はあるのだが、いささか魔術師としての心構えが不十分だ。監視役という仕事がなければ、すぐにでも飛び出しているだろう。
「外と連絡を取っている様子はありませんか?」
「連絡手段はないはずです」
「では、君たち監視の誰かが内通している可能性くらいですか」
疑いを口にしてはみるが、ディーノ君はすました顔だ。
これくらい言われるのは想定済み、と。ワシの仕事をちゃんと分かってくれているのはいいが、少々物足りない。
最近はもう少し物わかりの悪い、こういうときに盛大に驚いてくれるか、皮肉で返してくるような弟子が羨ましくなってきた。あのアノレ教室の二人のような弟子は、おそらくこの教室では育てられないだろう。……ならば完成品を輸入するしかないのだが、そういう者にこの教室は窮屈であることも理解できる。
ままならないものだ。どれだけ価値あるものを持っていても、つい持っていないものを欲しがってしまう。
「ルトゥオメレンとしてはどう動きますか?」
己の弟子の問いには、少しこめかみを揉んでから口を開く。
「隣国の話ですからね。フロヴェルス相手に内政干渉はできません。引き渡すしかないでしょう。提示された身代金……滞在費の額も十分です」
「いくらフロヴェルスとはいえ、この額をよく出す気になりましたね……」
ディーノ君は知らないが、身代金に関しては隣国が払うのを渋っていたというより、わざと渋らせていたと言った方が正しい。
法外な額を提示して、価格交渉を長引かせることで引き渡し期間を先延ばしする……そういうことを、双方が暗黙の了解のうえで行っていた。
交渉相手の思惑は第二王女の影響力の一掃と、過去の数々の疑惑の証拠集め。つまりは留守中に無力化して弱みを握って今度こそ大人しくさせよう、というもの。こちらとしてもそれは願ったりだったので、丁重にお預かりしていた。
おそらくフロヴェルスとしても、第二王女はもてあまし気味の存在だったのだろう。彼女が故郷に戻れば、今度こそ修道女として教会の奥に放り込まれるに違いない。……と推測していたが、どうやらフロヴェルスも一枚岩ではないらしい。
「ディーノ君はこの件、どう思いますか?」
わざと雑な問いを投げると、弟子は再度手紙に視線を落として思考に入る。
彼は頭の回転が速い。もっと具体的な質問にすれば、すぐに答えは返ってくるのだろう。だがそれでは範囲を狭めることになってしまう。監視役として最も彼女の近くにいた彼ならば、他の者が気づかないような点にまで考えが及ぶかもしれない。
「手紙の文脈ですが、即位式があるからエスト殿に出席していただきたい、という書き方になっています。これは仮にあの方が出席しなくても強行するような書き方ですね」
「当人不在の即位も辞さない、と。前代未聞ですね。……ご留学の経緯上、エスト王女の所在を知るのは限られた者のみですので、式典の最中は影武者を立てるのかもしれません」
「ですがおそらく彼女なら、自身の即位式なんてものを人任せにはしないでしょう」
なるほど。性格的に違和感がある、と。
「ああ、それはそうかも知れませんねぇ。らしくない、というか。異端審問官長への出世時はわざわざ大勢引き連れて城内を闊歩していたという話ですから」
「自己顕示欲が強いのでしょうかね。なるほど」
イルズ君のお墨付きも得て、簡単な推測が成り立つ。
「つまり、エスト王女のあずかり知らぬところで何者かが動いた可能性もある、と」
そう口にして、己の直感に辟易する。
もしそうであるのなら、首謀者は手紙の相手で間違いないだろう。
そして、手紙はもう一通。
「神聖王国の王が死去して、第二王女が即位する、と書かれていますね。そして我らが女王にも、その即位式へ参列してほしいとも」
かいつまんで読み上げた内容に、反応したのは浮かれた声。
病的に白く、深く刻まれた目の隈が印象的な、けれど虚弱さを感じさせないほどに明るい少女。
「アハハハハハ! いいね、いいね最高だ。まさか敵方に招待状を送るとは!」
ククリクは腹を抱えてそう笑ってから、私の手から手紙を奪うと目を通す。
「なるほどなるほど、たしかにボクらの女王はあの国の出身で、しかも王家の血統。呼ぶ理由は十分だ。常識さえ考慮しなければ、だけどね!」
「まず間違いなく罠でしょう。そろそろ燃やしてよろしいですか?」
「こらこらこらこら、これは隣国からの正式な書状だよルグルガン。ちゃんと魔王さまにも見せなければ、それはいろいろマズいのではないのかね?」
「ハハハ、どこから飛んできたかも分からない矢文を正式な書面と? それに我々は人族ではないので、そういう国家間の暗黙の了解など知ったことではありません」
「ああ、それはたしかに! でも魔王さまの故郷からの手紙を勝手に処分したとあっては、さすがに不敬罪にあたる。それは忠実な臣下として、ボクも陛下へ告げ口せざるを得ないな!」
やっぱり見せるのではなかった。
なんでこの学徒殿、こういうときに都合悪く通りかかるのだろうか。
「……そもそも、なんで第二王女なのですか? 第一は? 人間の国の王位継承権は王の血縁かつ直系優先の生まれ順で、さらに女児より男児が上位という話では?」
「それはロムタヒマの話だろう? 他の国もすべて同じと考えるのは考えが浅いと言わざるを得ないね。もしかしたら王の子供同士で決闘して勝った者が次の王、なんてとこもあるかもだ」
「ああ、それは分かりやすくていいですね。人族の社会は複雑すぎていけない」
「学徒たるボクとしては、もう少し難解な方が飽きなくていいけれどね。ちなみにこの第二王女、性格破綻者でとても評判の悪い御方だったはずだ。魔王さまも驚くだろう。故郷はいったいなにを血迷っているのか、と!」
本当に、この白い女は油断ならない。
前魔王が人族の国へ淫魔を放ち情報を集めさせていたのは知っている。だが、その内容のすべてに目を通し、つぶさに理解できているのは彼女だけだろう。
頼りたくはない。この女は危うい。
だが、有用ではあるのだ。
「学徒殿。参考までにお聞かせ願いたいが、あなたはこの件をどう見ますか?」
「罠ではないかな」
「ほう?」
即答に、思わず興味が惹かれた。
白い女は早くも飽きてしまったのか、手紙をこちらに放ってよこす。もうこの手紙から得られるものは尽きた、というように。
「罠だとしたらあからさますぎるし、雑すぎるよ。なんとしても誘導する、という意思が感じられない文面だ。別に来なくてもいいけど、一応呼んでおく、って程度の意図しか感じられないね。―――うん、断言してあげよう。この手紙の主の狙いは、魔族でも新魔王でもない。ボクらの魔王さまは物のついでで呼ばれたんじゃないかな?」
その言い様には、少々神経がざわりと波打った。
「我らの新魔王様が軽んじられている、と?」
「そりゃそうだろうさ。そもそも軽んじて見られてなければ、こんな手紙をよこしはしないよ。せめてもうちょっと丁寧に文面を整えるか、最初から出さないかさ」
「ほう、それはそれは……」
「おっと瘴気をおさえようルグルガン。間違っても金色の目にならないでくれたまえよ。ボクがそれに抗う手段はないからね。さて、さらに一歩踏み込もう。どうやら手紙の主はボクら魔族を軽んじているようだ。だがそれはつまり、別でもっと重く見ていることがある、ということかもしれない」
学徒ククリクは、にぃぃ、と意地の悪い笑みを浮かべる。それでやっと、私はこの女の手のひらの上なのだと理解した。
「もしその通りだったとしたら、罠にはめたいというより利用したいんだろう。うん、これはきっと、ボクら魔族みんなが完全に舐められているってお知らせなんだよ」
なんだかこの章で、ブックマーク数が三倍くらいになりました。ビックリです。KAMEです。
小説はわりとライフワークとして書いている面もあるのですが(それにしては遅筆ですが)、やはり反応があるということは嬉しいものですね。すごくやる気をもらえてます。
そして、アクセス数に比例して増えたのが誤字報告ですよ。
いやーもう、ざっくっざくですよね。誤字脱字に微妙な言い回しの鉱山ですかこの作品。
最新話ならともかく、初期のころのが発見されると、ありがたいのと恥ずかしいのがごちゃ混ぜになって床にのたうち回ってビクンビクンしています。今マデ何人ガコノ恥ズカシイ誤字ヲ目ニシテキタンダロウ。
訂正してくださる皆様、本当にありがたいし助かっています。自分の中では勝手に編集者さんと呼んでいます。未熟者ですが、これからも見捨てないでいただければ幸いです。
さて、早いものでこの話も五章が終わりました。
一章の後書きで転生者たちが状況をどんどん混沌とさせていく感じのを書きたい、などとのたまいましたが、いかがでしょうか?
あとタイトルがダサいって嘆いてましたが、いかがでしょうか? そろそろ慣れてきてませんか? ちょっとかっこ良く見えてりしてきたりなんか……してきませんか? あ、ないですかそうですか。
では次章をお楽しみに!




