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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生者は異世界を乱す―
152/250

 地面に手を突いて、少しだけ反動をつけて。

 よいしょ、なんて気の抜けた声を入れて、青年は立ち上がる。ぐい、と腕を上に上げてのびをすると、周囲が静かだからか関節が鳴る音が響いた。


「じゃあな、俺はそろそろ行くわ。楽しかったぜ」


 笑いながら手をひらひらと振って、踵を返す。

 その姿に僕は苦笑した。まあそういう男だよな。

 清々しくて、サッパリしていて、気持ちの良い引き際だ。早く逃げよう、という意思が見て取れる転身だ。


「なあ、これからどうするんだ?」


 少しだけ気が向いて、背中に声をかけてやる。早く帰りたがっている者へのささいな嫌がらせになってしまうが、まあそこまで時間はとらせない。


「あんまり同じとこに長っ尻すると、瘴気が染みついちまうしなぁ。そろそろどっか別のとこへ行かなきゃではあるが」

「はぁ? そんなの定期的に宿を変えれば済む話だろ」


 たしかに魔族や不死族、瘴気の影響を受けた魔物なんかが長く留まった場所には瘴気が発生するようになるが、あくまで局所的なものだ。酷くなければ自然に元へ戻る現象でもある。

 一カ所に定住は無理でも、都から去る必要はないはずだ。


「やだよ。どうせ引っ越しするならいろんなとこ行ってみてぇし」


 性格だなぁ。まあ、らしいと言えばらしいが。


「それで? これからも冒険者を続けるのか?」

「……それもいいんだけどな。―――そーだな、アチいもの見て火もついたし、俺も他人にどうのこうと言うだけじゃなくて、まずは自分の大切なものを取り戻しに行くか」

「大切なもの、ですか?」


 前魔王の大切なものが気になったのか、ネルフィリアが混じる。僕も気になるな。取り戻すってどういうことだ?


 ふっ、とゴアグリューズは自嘲気味に笑む。

 どこかキザっぽいし演技くさい。けれどそれは照れ隠しだったのだろう。



「愛だよ。いや、恋か。俺は俺の想い人を取り戻す」



 ……………………お、おう。そうか。


 ネルフィリアが頬を赤らめて口元に両手を当てている。まさかの恋バナにテンション爆上がり状態だ。どうでもいいけど今ちょっとレティリエの姿が重なって見えたぞ。主従で似たもの同士だな。


「裏切られて、嫌われたんじゃって臆病になってたんだよな。そういう次元のヤツじゃねぇって分かってるのによ。まったく人のこと言えねぇぜ。―――だから、俺も勇気を出さねぇとな」


 …………………………裏切られて、嫌われるとかそんな次元の相手じゃなくて、こいつがノンケなら女性で。

 あのー、ゴアちゃんさん?


「お前、その相手って……」

「ククリクだが?」


 衝撃だった。驚愕だった。ビックリだった。

 あんぐりと口を開けて絶句して、クラッとリアルで気が遠くなりかけながらも耳から入った情報をがんばって理解して、あれもしかして人の心が分からないってつまりそういうこと? とか考えて、数秒たってからやっと声を出す。


 本心と共に。



「しゅ……趣味が悪いな?」

「ぶっ殺すぞテメェ!」



 こいつがアレを重用していた本当の理由それかー。効率度外視の芸術作品の合点がやっとついた。好きな相手が欲しがったから最高の研究環境を整えて貢いでたんだな。

 うっわー知りたくなかった。あれ殺したらこの男が復讐に来るってことだろ? すげぇヤダ。


 ……でもまあ、それは仕方ないか。向こうにも向こうの事情はある。

 殺し合うとは恨み合うということであり、それが嫌なら本当に、ネルフィリアの言うようにどちらかが赦すしかない。

 だが、それも状況が許可してくれない。魔族軍は現状からどう動くかまったく分からず、出た被害は未だに解決しておらず、そしてあの白い女は時間さえあれば人族を滅ぼせる。

 アレは見つけ次第、拘束するか殺すべき相手だ。それだけは譲れない。


 だから、釘を刺すことにした。


「そっかーまあガンバレよ。その恋きっと茨の道だけど」

「くっそ殺したい。てかアイツの想い人ってお前なんだが?」

「待ってこれ以上ややこしくなるの待って」


 今日何度目かのドン引きに素で固まる僕。

 知らねーよそんな異様なNTR展開! まったく聞いてねーよ今日イチで驚きだよ! こないだ初対面でガッツリ敵対宣言してきたのに、恋愛だのなんだのの感情なんか微塵もありゃしねーよ!


「そんな……そんなことが……!」


 やめろネルフィリア。まさかの三角関係! みたいな目で見ないでくれ。話がややこしくなるだけだから黙ってろ。あとこれは絶対に誰にも言うなよ信用とか信頼とかそういう話なんも関係ないからな? エルフ姉弟寝ててホントによかった!


「……とりあえずそれは、丁重に断っておいてくれ」

「あいつは気にせず殺しに行くだろうけどな」

「魔族ってマジ恐いな!」


 ああなるほど殺し愛。他者を愛する方法が分からないから、殺すことで支配欲と独占欲を満たす的なアレ。あるいはアナタの見る最期の顔はワタシよって感じのアレ。なるほどたしかに敵対宣言は愛の告白だわ。知るかよ他でやれ。

 ちょっと本気でゾクッとしたぞ今。僕の異世界転生モテ期酷くない? 敵対組織の異世界最凶が相手で、異世界最強が恋敵として見てくるんだけど。


「あの女は孤高なんだよ。魔界には俺を含めて、真にあれを理解できるヤツは一人もいなかった。あれは人の心が分からないが、人は誰もあれを理解できないんだ」


 あの魔石を解析し、分析し、隠された合言葉を見つけたとき……僕は造り手を孤独と評した。

 そして今、目の前の男はその者を孤高と言い表す。

 それは似て非なる表現だが、違いすぎるほどではないのだろう。おそらく彼女が待ち望んでいたのは、自分の隣に立てる理解者なのだから。


 じぃ、と。緩んだ口元に反して全く笑っていない黒の瞳が、僕を捕らえる。

 そしてゴアグリューズは、複雑な……本当に複雑な声音で言った。



「期待しているぜリッド・ゲイルズ。さっきの術式破りは見事だった。―――お前だけだ。お前だけが、あの女と肩を並べられる」



 その言葉に、僕は鼻でため息を吐く。

 僕は別段、自分が最高峰の術士だとは思わない。あの邪眼の魔族ルグルガンも言っていたが、ククリクと並べば見劣りするほどの才覚しかないだろう。

 けれど。



「ああ、わかった。期待していろ」



 あれの相手は僕がすると、勇者の仲間になると覚悟したときから決めている。


「でも色恋の話はそっちで勝手にやってくれ」


 もちろん、そう付け加えるのは忘れないが。


「というか、実際問題どうするんだ? お前の想い人、どう見ても自分の意思で裏切ってらっしゃったが」

「……いやまあ実際、ああいうヤツだからな。そろそろ……というか、もしかしたらとっくに、向こうでなんかやらかしてると思うんだわ」

「なんかって?」

「あっちの姫さんとかルグルガンのヤツらを激怒させるようななにか……かな。いや、あの女の行動を予測するのは無理だな。最悪の想定を易々と超えてくる」

「慣れてるなぁ」


 こういうときにめっちゃ親近感湧くのなんでだろうなぁ。ワナとか師匠とかピアッタとか、アレな女性陣に振り回されることが多かったからかなぁ。

 お互い大変だよなゴアちゃん。初めてお前に心の底から同郷の仲間意識芽生えたよ。


「ま、当然ながら俺の転移は対策されてたしな。というか、アイツ相手だとなに仕掛けられてるか分かんねーし。俺もなんやかや準備して行かなきゃなんだが、あんま遅くなるとアイツの死体とご対面か魔王軍が壊滅してるかもっとヒデェことにって……っと。そうだお前ら、またロムタヒマに攻め込む予定は?」

「機密事項だ。さすがに漏らすかよそんな情報」

「そっか。まあすぐだろ。あの壁はぶっ壊れたし、フロヴェルスの増援が届いたら軍を再編成し次第速攻。だいたいあと半月くらいか?」


 壁を壊したことは言ってないんだよなぁ。まったく油断できない男だ。

 まあ転移なんて反則技使えるんだし、散歩感覚で定期的に偵察してたりするのかもしれない。……まさかの想い人がいる場所をな。


「それに合わせて動くのも悪くなさそうだ」

「嫌だなそれ。勝手にしろ」


 僕は渋面でそう言ってやる。この男が本気で動くなら、正直止めようがない。国家相手にだって一人で獅子奮迅の戦いをするだろう。

 止めようがないものは仕方ない。イレギュラーとなるのは仕方ないが、予測可能な要素としておくしかない。

 だけど、せめて自重はしてもらおう。―――僕は用意していた釘を刺す。


「……ところでだゴアちゃん、これが最後だが一つ聞いていいか?」

「なんだよリッ君。改まって」


 とってつけたようなあだ名で呼び合って、僕は懐からヒーリングスライムの結晶を取り出す。


 僕は知っている。この男の殺し方を。

 あの魂に刻まれた術式を暴走させてやればいい。



「さっきまでの、流れ矢は一撃は受ける、ってやつ。まだ有効か?」



 彼は見ている。僕が、あの瘴気の疑似妖精を解体したところを。

 他者の術式に干渉できる専門家だと、知っている。

 断言しよう。僕はこの男を殺せると。……その時、自分の命の無事は保証できなくとも。


 問いに、青年は肩をすくめた。



「お前は別だ」



 その答えに満足して、僕はひらひらと手を振った。


「そっか。じゃあなゴアちゃん」

「おう。じゃあなリッ君」


 平和はなにも、どちらかが赦すだけでしか訪れないわけではない。

 互いに互いを殺す手段があると示して、そのリスク故に軽率な動きを縛り付ける。そんな方法だってあるのだと、むしろそちらの方が人族の主流なのだと、僕ら転生者は分かっている。


 そうだ、これが世界平和の縮図だ。吐き気がする。


 ネルフィリアの説くような理想ではないが、それでも妥協点には悪くないのだろう。

 先延ばしにして、時間に丸投げして、うやむやになることを期待しつつ牙を研ぎ続ける。そんなクソみたいな結論が僕ら転生者の限界で……―――


 それは間違っているのだとネルフィリアを見て思うのは、きっと仕方ないことなのだ。






「行ってしまわれましたね」


 ゴアグリューズが歩いて去って、夜の闇へ消えてしばらくしてからやっと、取り残されたようにネルフィリアが呟く。

 その安堵混じりの声に、夜の広場も張り詰めた緊張が途切れたかのようにそよ風を流す。


 やっと一段落ついたのだ、と実感して、僕はみっともなくその場にへなへなと座り込んだ。


「そうだな。ああクソ……さすがにしんどかったな、今日は」


 体力的にも精神的にもボロボロで、オマケにいまさら矢傷の痛みがぶり返してきて、右手で左腕を押さえながら草の絨毯に倒れ込む。


「ど、どうしたのですか? まさかその傷が―――」

「大丈夫だ。しばらく休ませてくれ」


 受け答えは意識して、しっかりとした口調で。

 目を閉じてゆっくりと深呼吸する。肺の中の空気を時間をかけて新しく入れ替える。


 思えば、ずっと気を張っていたように思う。美術館の前でアイツと会ってからではない。昨夜からでもない。この都に立ち入ってからでもない。

 おそらくは、あの男の居場所を捜し当てられたときから。


「歴代最悪の魔王にして、いまだ世界最強。正真正銘の化け物だ。―――寿命がすり減っていくようだったよ、二度と会いたくない」


 左腕が痛む。今日は自分の愚かさにも気づかされた。ミルクスやモーヴォンとは今後ケンカしないようにしよう、と心の底から思う。

 ……だから、この傷はしばらく残そう。今日のことを忘れないように。


「二人の容態はどうだ?」


 目を閉じてネルフィリアに尋ねると、ほんの少しの間があって、少女の声が返ってくる。


「まだ気を失っているようですね。起きる気配はなさそうです」

「零点だな」


 目を閉じたままその答えに採点をしてやって、仰向けに倒れたまま正答を教える。

 僕は彼女の師匠だから。


「まずは近づいて声をかけながら、顔色や外傷の確認。反応がなければ肩を叩くなどをして、それでも反応なしなら呼吸の有無の確認。呼吸がなさそうなら人工呼吸の後、脈拍の確認も必要だ。ああ、脈拍は首筋に手を当てて診るのが一般的だが、心臓に耳を当ててみてもいいぞ。男性が女性にやったら通報ものだが、女性の君がやるなら別に誰相手でもいいだろう」

「え、え、まず声をかけながら顔色をうかがって肩を叩いて……」


 顔色は診るんであって、うかがわなくていいからな?


「冗談だ。今の手順は覚えておくといいが、その二人はそこまで深刻じゃない。ただの魔力枯渇だろうからな」


 まあミルクスは普段使わない魔力をぶん回した反動があるかもしれないが、それも数日で治る程度のものだろう。


「だからマナを集める魔術陣を書いてくれ。素材はその辺の石や葉っぱや土でいい」

「あ、はい。でもその……」

「心配するな。書き方は教える。まずは両手を広げた程度の大きさで、二人の近くに円を描いてくれ」


 僕の指示に、ネルフィリアはすぐに従う。弟子として仕事を与えると嬉しそうにするのは、自分が役立っているという実感が芽生えるからか。……困ったな、僕は本当になにも見ていなかった。


 魔力を集めるだけだからそこまで難しい陣ではないが、ネルフィリアは数回間違えた。それを逐一指摘して完成させる。口は出しても手は出さなかったが、なんとかうまくできたようで、ネルフィリアが呪文を唱えると魔術陣が淡く励起し起動した。

 これで周囲のマナが濃くなれば、多少は魔力の回復量も増えるはずだ。……まあ本当に気休め程度だから、最初からエルフの魔力回復力に期待してもいいかもしれないが。


「初めてにしてはなかなかだ」

「はい! ありがとうございます」

「ところで我が弟子よ」


 僕はあぐらをかいて改まって、ネルフィリアに向き直る。今の時間稼ぎの間に、真面目で神妙な顔を作れる程度には僕も回復していた。

 さて……ではちょっと怖くて聞きたくないことを聞こうか。



「……レティリエはどうしてる?」



 僕の問いに、弟子は沈痛な面持ちで答える。



「とても……拗ねています」



 ああ、なるほど。怒らないけど、傷つくって宣言通りだな。

 困った。……すごく、困った。


「だから来なかったのか?」

「いいえ。……信じているから、と」

「―――そうか」


 そうか。

 なんというか、勝てないな。うん、勝てる気がしない。

 あんなやりとりをして、傷つけてしまったのに、それでも信じてくれたなんて。


「ネルフィリア、一つ頼みがある」

「なんでしょう?」

「レティリエに機嫌を直してもらうの、手伝ってくれ……」


 師の情けない頼み事に、弟子は深く深くため息を吐いたのだった。


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