表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生者は異世界を乱す―
149/250

星々はその決着を見下ろす

 魔法とは、広義においては魔力が関わって起きる、あらゆる現象の総称。

 魔術とは、魔力を使用した技を纏め精錬し、伝え授けることができるよう体系化したもの。

 魔法とは、狭義において魔術の域を外れ、他者への相伝が不可能なほど資質に依存し実現する魔法技術。


 ヒーリングスライムを魔法とは呼ぶまい。

 あれは決して、他者ではたどり着けない境地ではない。前世の知識による文法を使用して術式を書いているが、効率化と暗号化に役立っているくらいで、やろうと思えばこの世界の文法で実現できる類のものだ。

 ―――それに、ヒーリングスライムはいずれ流布する。誰でも使えるように、誰でも造れるように、完成度を高めて広めるべきだと考えている。そして、であれば、術と呼ぶのがふさわしい。……この場合は魔術ではなく錬金術だが。


 だが、これは違う。僕にしか使えず、他の誰にも継がせる気はない。

 これこそは僕の魔法。

 そして、僕の罪。






『Hack!』


 ガチン、と脳内のギアが一気に上がる。どぷん、と深みに潜る。自意識が真っ逆さまに落ちる。

 命令を受けたヒーリングスライムが励起する。


 スライムの粘体が淡く光り、闇猫に使用された術式を映し出す。―――ククリクの瘴気の魔具を解析するのに使用した、魔視鏡の術式と原理は同じだ。

 闇猫が伸ばす蝶羽が迫る。細かなところまで見る暇はない。術式を読み解く時間もない。


 一目で、見抜く。



「完璧な術式は存在しない」



 漏れた呟きは、僕の背を押し容易く一歩を進ませた。


 スライムの疑似神経を操作する。物理的に動かすのではなく、魔素による術式への侵入を試みる。

 世界がゆっくり動くような気がした。集中力が限界点を突破する。音が消えて、視界が鮮明になる。色がハッキリ見えて、輪郭がクッキリ見えて、活きているモノとそうでないモノの明暗が可視化する感じ。


 酷く感覚的なモノだ。おそらく僕にしか理解できないものだ。

 以前、戯れでピアッタやワナにさわりを教えたことはあるが、あの二人ではこの感覚を共有することはできないだろう。そして、絶対に分からせたくないものでもある。

 あの二人はこんなもの、知らなくていい。


 これは、僕の根底に潜む悪意の視界。



『Crack』



 術式の脆弱な部分に侵入する。スライムの疑似神経を繋ぐ。


 闇色の猫の動きが鈍った。蝶羽が……前魔王をも一撃で殺すと豪語した殺意の鎌が、僕とゴアグリューズの目と鼻の先で止まり、苦しそうに震える。

 相手は瘴気。触れるだけで侵蝕される属性だ。長くは保たないだろう。


 疑似神経を操作する。術式の一部を消す。書き換える。追加する。

 濁流が浸食するように。

 闇色の猫が声にならぬ絶叫をあげた気がした。


 表面から奥へ。奥へ。奥へ。傷口に指を突っ込んで、ミチミチと音を立てながら、無理矢理に開いていく。

 深く、深く、深く。潜っていく。己の内へ。数多の引き出しを空けて、新しい扉を開けて、彼の術式を陵辱するための手法を片っ端からつかみ出す。


 今更ながらに抵抗が来る。闇猫が瘴気をまき散らす。じわりと身体を侵蝕される。

 かまわない。脳内が真っ白で、世界は止まって見えて、回り道をする必要はないと感じて……ゴリ、と押し込む。


 たぶん、きっと。……僕は笑っていた。泣いていた。怒っていた。慟哭していた。



 暴き、壊し、蹂躙する―――前世で散々やってきたコトだ。


 解体し、作り直し、いいように操る―――罪悪感が胸を刺し、スリルに心が躍る。


 バラしテ、バラしテ、バラす―――もし、この世界で僕に役割があるなら。



「ああ……ちくしょう」



 胸の奥の棘が歓喜に鼓動していた。

 コワセ、コワセ、コワセ、と激しく燃えていた。

 僕の身と心を灼いて、怒りに震えていた。


 ―――すべて壊してしまえ、と中指を立てて、かつての僕が猛っていた。



「未熟な術式のクセに、ここまで強固か」



 けれど今の僕は、術式の向こう側を読み取って、静かに呟く。

 暴れる闇猫を押さえ込み、組み伏せて、核を手中に収め。



「そこまで勝ちたかったかよ、モーヴォン」



 首の骨を折るように、ぐしゃりと握り潰した。






 ヒゥ、と細く息を吸った。呼吸さえも忘れていた。

 頭が呆っとする。うまくモノが考えられない。立ちくらみがして膝を突く。天を仰ぐと……美しい、とても美しい星空が見えた。


 綺麗だな、と。心の底から思った。



「勝負あり」



 夜風に乗って、この場でただ一人元気な男がそう宣言した。……それで、ああそうか、と僕は状況を思い出す。


「いい戦いだった。最高だ。グッときたぜ」


 観客が何か言って拍手している。最後まで観客であり続けた、今回の中心人物。


 闇色の猫は消え、スライムは瘴気に濁り、ミルクスは気を失って、モーヴォンは驚愕した顔で僕を見ていた。

 夜の空気を大きく吸って、大きく吐く。耳の血管が脈打つ音がうるさくて、心臓がバクバクと鳴っているのを自覚した。吹き出て流れた汗が目に入って手で拭おうとしたが、力が入らずもどかしいほどゆっくりとしか動かなかった。

 惨憺たる有様だ。笑えてくるほどにボロボロだ。―――だが、なんとか終わったようだ。


 ……ああいや、まだ残っているか。


「僕は、魔術学院に在籍する錬金術師でな」


 足に力を入れて、難儀しながら立ち上がる。集中しすぎた反動なのかフラつくが、歩けないほどではない。

 気力を振り絞って歩く。


「ヒーリングスライムの特殊仕様は元々、対魔術師用だ」


 これが種明かし。今まで機会はなかったが、だからこそモーヴォンは知らなかった。

 すべての魔術に対処できるわけではない。たとえばさっきも見た火炎弾などは、解体より先に炸裂するから無理である。

 せいぜい結界破りくらいの使い方を想定したまま、機会なく死蔵していた機能だが、あんなモノを相手にするとはさすがに思わなかった。……あと少しでヤバかったかもな。脳の血管が切れて廃人同然になっていたかもしれない。


 膝を突くモーヴォンの前で立ち止まり、見下ろしてやる。少年の顔が悔しさに歪む。口を開く。


「あなたは……何者ですか」


 その問いは、させてしまった僕に非があるのだろう。

 だから、僕は真実を教えてやる。言葉は選ばず事実を告げる。



「異世界からの転生者」



 誠実であるには遅すぎるのだろう。

 けれど、今更ながらに真摯に、向き合うことにした。


 琥珀の瞳が驚きに見開かれたが、すぐに納得の色を灯す。


「……ネルフィリアさんも同じですか? 魔王になったとかいう方の」


 理解が早いな。まあ、彼にもいろいろヒントはあったはずだから、謎が解けた、という感じなのだろう。

 僕の術式の文法だったり、シュレディンガーの猫とかいう異世界の話だったり、おそらくネルフィリアについて訝しんだ原因であろうナーシェランとの交渉の件だったり。


「そこの前魔王もそうだ」

「はは……悪い冗談じゃないんですよね」


 冗談なら良かったんだろうかな。



「あなたたち三人で、この世界をどうするつもりです?」



 その声に力はなかった。

 会心の魔法を解体されて、その相手が異世界転生者という特別で、得体の知れなくて、だからなにをやっても勝てないかもしれないと―――そう諦めるのは、無理もない。



「―――バカ言え。他の二人は知らないが、少なくとも僕は、この世界に変えられたんだ」



 その言葉は無意識からするりと出て、言った後でストンと腑に落ちた。


 ふと空を見上げれば、見下ろす星々の美しさが心に降りる。今日見たどんな芸術品よりも、その光景は綺麗に感じた。


「知っているかモーヴォン。臆病な者にしか、本当の勇気は出せない。……人は大切なものがあるからこそ臆病になり、そして大切なもののために勇気を振り絞る」


 多分、僕には勇気が足りなかったんだろう。だから皆に相談しなかった。できなかった。その結果がこのざまだ。

 今回の件で悪いのは僕。それはもう確定で、言い逃れもすまい。

 けれど、これとそれとは別の話だ。


「覚えておけ。今回の君のは、勇気じゃない。―――それが君の敗因だ。転生者がどうのなんて、関係はない」


 左手で少年の胸ぐらを掴んで、軽い身体を無理矢理持ち上げるように立たせる。矢傷が痛んだが、逆に良い気付けだと強がった。

 彼は罪を犯した。己が制御できない魔法を、暴走を前提に行使した。下手をすれば甚大な被害が出ていた案件だ。見逃すわけにはいかない。

 罰は与えねばならない。


「満足に制御もできないくせに、裏技を思いついていい気になって、自分で開発した魔法に溺れた結果が、容易に外部から干渉される程度の完成度に表れていた。ククリク……魔族の最上術士を相手にしたときは、攻略の糸口を見つけるまで数日はかかったぞ」


 琥珀の瞳が、僕を見る。

 転生者なんて大したことはない。僕なんて大したものじゃない。

 勝手に諦めるな。己の未熟から目をそらすな。僕ごときとっとと超えろ。


 君は誰の弟子だ。


「あんなものがサリストゥーヴェの後継の術式か」


 正面から目を合わせ、彼の最も弱い部分を抉ってやる。

 せいぜいその傷を大事にしろ。



「姉も殺すところだったぞ、未熟者」



 言ってやって、歯を食いしばって力を入れて、右拳を思いっきり握りしめて。

 胸ぐらを掴み上げられて苦しむその顔を、ぶん殴った。


 そして―――吹っ飛んで倒れる小柄な姿を見ながら、我ながらずいぶん甘いよな、と舌打ちしたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前話のレイプ宣言は こちらの術式陵辱に繋がるんだったのですね……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ