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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生者は異世界を乱す―
142/250

運命と偶然と、意思

 この世界に転生した人物は、僕が知る限り三人。


 魔族として生まれ魔王となり、魔族軍を率いてロムタヒマを陥落させた男。

 神聖王国の王女として生まれ魔王に攫われ、しかしその魔王の座を奪った女。

 そして僕。真偽定かではないが英雄の子とされ、勇者の仲間として共に旅する錬金術師。


 これはゴアグなんとかの言ったとおり、役割の話なのだろう。


 この三人がいなかったとき、世界はどうなっていたか。

 それはすなわち、この世界は僕ら転生者にどう変えられたか、ということだ。

 術士の思考実験と同じだな。術士は過去のもしもの話なんて、無駄な題材は使わないが。


「まず、俺がこの世界に来なかった場合。以前の魔王は大規模な魔族軍を率いることはできないだろうな。つーか魔界の瘴気が濃くなろうが、自分が平気なら何の対策もしなかったかもしれねぇ。強い魔族ほど瘴気耐性は高いからな。……野郎は強い王だったが、暴君で暗君だった」


 ゾニに聞いたことがあるな。コイツの前の魔王は別格だったが暗君だった、と。


「つまり、お前がいなきゃ魔族はロムタヒマを落とせなかった。時の魔王は問題を放置して、耐性の低い魔族がバラバラに逃げ出てくるのを各個撃破するだけですんでいた、と。お前なんで転生したの?」

「魔族を救うためかなぁ……。だがその場合、人界はロムタヒマが大国のままで、神聖王国との戦争が始まるわけだ。リッ君の見立てだと、どっちが勝ってたと思う?」

「さあ? フロヴェルスは巡礼用の道が良すぎて防衛が不安だが、宗教の総本山として他国の力を借りやすい。それに軍事力ではロムタヒマでも、経済力ではフロヴェルスだからな。持久力が違う。短期決着ならロムタヒマ勝利としても、もつれ込めば泥沼の百年戦争の可能性もあっただろう。―――そのときは烏合の衆の軍事大国がバラけて終わり、ってとこかな」

「へぇ、姫さんの見立てと違うんだな」

「あくまで僕の所感だ。専門家でも当事者じゃないからな。あんまり本気にするなよ」


 お姫さま視点だとわりと絶望的だったんだろうか。

 まあ僕なんてあの頃は絶賛引きこもり状態だったんだし、そもそも隣国の話だし、知らないこと多そうだよな。


「ま、なんにしろ戦争が起きれば、どう転んだところで酷いことになってたんだろ? 魔族がロムタヒマを陥落させなくても、悲劇は起きていた。そう考えれば、むしろ魔族が攻めてきたおかげで被害が減った、って可能性もあるんじゃないか?」

「それとこれとは別の話だろ。というか、魔族との戦いはまだ終わっていない以上、どっちがマシかなんて話はナンセンスだ。特にどう行動するかも読めない新魔王殿はともかく、あのアルビノ女だけはどうにかしないと人族が滅ぶ」

「あー……おう。たしかにククリクはなぁ……」


 目をそらし眉間にシワを寄せるゴアグなんとか。

 お前ですらそんな顔するのかよ。

 本気でビックリだよ。


「……ま、まあ、俺がいなかった場合はそんなとこだな。で、次にだが……」

「待て。お前がいなかった場合、あの白いのはどうしてた?」

「次の話だが!」


 ギルティなんだろうなーどうせ。きっとコイツが重宝して支援しまくったんだろ。

 腐っても転生者だもんなぁ。技術開発の重要性は当然分かってるよなぁ。それがなかったらあの女も、もうちょっと大人しいことしかできなかったんだろうなぁ?


 それで魔王位簒奪の革命時に裏切られてるんだから、ガチのバカと言うしかないが。


「姫さんがいなかった場合だ。どうなったと思う?」

「それはすべての発端であるお前の存在があるうえでの話でいいか? でないと考察範囲が広すぎて日が暮れるんだが」

「そこまでの時間はねぇな。他の展示も見なきゃだし」


 この美術館広いしマジメに全部回ろうとしたら多分、朝から並ばないとダメだぞ。つまり昼過ぎに待ち合わせてる時点で最初から無理ゲーだ。


「……まず、お前がどうしてお姫さまのことを知ったのか教えてくれるか? 前提をハッキリさせないと気持ち悪くて仕方がない」

「ああ、そりゃ姫さんが銃を造ろうとしてたからだ」


 …………わぁお。


「ま、それは姫さん、やめちまったんだけどよ。―――神聖王国は治癒術士が多くて、やつらは瘴気をどうにかできるからな。魔界の瘴気濃度を薄めるヒントとか、あるいは協力してくれそうな相手とかいねーかなーって、魔族でもわりと人間ぽいのを密偵として放ってたんだよ。少人数だけどな。……まあ、淫魔なんだが」


 密偵かぁ……。てことは魔族に情報アドバンテージまでとられるんだ、今代の戦争。ツラすぎだろ。コイツ絶対許さないからな。

 しかし淫魔ね。なるほど適任だ。魔族にしては暴力を好まないはずだし、夢を操る術を使う系なら情報引き出すのなんて朝飯前だろう。サキュバスやインキュバスとかかな。低級淫魔だと密偵には知能が足りなさそうだし。


「で、そのついでに他に転生者がいないかも調べさせてたんだわ。……ほら、転生者なら銃とか造りたくなるだろ? あと醤油とかマヨネーズとかも造りたくなるよな。そういうの嗅ぎつけられねーかなーって。そしたらちょうど、神聖王国のお姫さまが炭と硫黄と硝石を買い付けてるだろ? 俺の読みバッチシだったね」

「……黒色火薬か。素人が実験で失敗する前で良かったな。下手したら死亡事故案件だ」

「そうそう。俺様ナイスタイミングだったわけよ。いや知らねぇけど」


 こいつは魔界の瘴気の異常に対して、魔族の仇敵たる神聖王国に活路がないか探ってたわけだ。大胆不敵だが、理にはかなっている。魔族に対抗するってことはすなわち、瘴気に対抗するってことだからな。なるほど専門家だ。

 で、お姫さまの方はロムタヒマとの戦に備えて銃を開発しようとしていた、と。物騒な話だな。この世界の文明レベルを一気に変革しかねないぞそれ。


「そんで姫さんに接触して交渉して、ロムタヒマをなんとかするから、瘴気をなんとかする方法教えてくれってな。……で、こっちが約束守ったのに向こうが約束破ったから、なりゆきと腹いせとノリで姫さん攫った」

「攫った理由なんだって?」

「なりゆきと腹いせとノリ」


 最悪だ。もう最悪だ。そしてその結果が現状だ。

 頭を抱えてしまう。もうヤダこんなやつ。


「言っておくけど、アレはメチャクチャ寛大な処置だったんだぞ。条約を反故されたうえに勇者が不意打ちしてきて、死ぬかってくらいの大怪我してさ。こっちだって魔王として、それなりの報復はする必要があるだろ」

「……またそれか」

「なんだよ不満そうな声だな。そりゃ、今はもう一般人だがよ」


 いい加減、その物言いにはイライラしてきた。自分の目つきが悪くなってくるのが分かるが、不快を隠す気にもならない。

 魔王だから。魔族だから。転生者だから。


 鬱陶しい。


「もしお姫さまがいなかったとしたら。魔族はロムタヒマをあのタイミングでは落とさなかっただろう」

「……あー、そうだな」


 僕の簡単な考察に、魔王は小考してから頷いた。

 ちょっと考えれば分かる話だ。目の前の男はフロヴェルスに密偵を放っていた。人族の事情をある程度理解していたのである。

 ならば、なにもなければもう少し待つだろう。


「ロムタヒマを攻めるなら、フロヴェルス対ロムタヒマの戦争が始まってからの方がよほど楽だ。それも戦いが佳境に入ってからだな。できれば工作兵を使って戦況を操作し、大陸中を巻き込んで泥沼化……する一歩手前の、両者の被害がピークに達したところで背面を突く。これでロムタヒマはもっとあっさり陥落しただろうし、フロヴェルスの戦力も激減していた。魔族はもっと占領区を広げられてたかもな」

「だがそうはならなかった。神聖王国の王女というだけで、あの女には俺と交渉する材料があったからな」

「そして魔族はロムタヒマを奇襲し攻め落とした。だが軍事大国だからな、魔族といえどもそうとう手こずっただろう。しかもせっかく占拠したのに、無傷のフロヴェルス軍がすぐさま取り囲んでくるときた」

「それで結局姫さんに約束反故にされたんだから、俺の失策だよなぁ。あれ? これ王としては責任問題じゃね?」


 今気づいたのかコイツ。まあ僕も今気づいたけど。だってこんな仮定の話なんて無駄だから考えたことなかったし。

 しかしこう考えると、コイツ実はお姫さまにそうとうやられてるのな。魔族軍を無駄に消耗させられた上、魔王の座もとられて放逐までされて……関わったせいで散々な目に遭ってる。


 聞いた限りではお姫さま、戦闘能力ゼロなんだが……ご本人には会ったことないんだけど、もういっそ怖いな、存在が。


「つまり姫さんがいなかったら、人族の被害はもっと甚大だったってワケだ」

「そうだな。そして、もう一つ重大な事柄がある」


 僕は人差し指を立てて、テーブルを挟んだ向こう側の相手を睨む。



「お姫さまがいなかったら、レティリエ・オルエンは勇者にならなかった」



 この男は単身で……おそらくは転移の魔術で神聖王国に潜入し、同じ転生者であるフロヴェルスに第三王女と接触した。

 魔王と、王女と、王女お付きの侍女が一人。たった三人だけの場で交渉は行われ、そしてその邂逅は何度か繰り返された。


 だから、最も自然に不意をうてる侍女が勇者の力を継がされたのだ。


「恐い顔すんなよ。俺はその件では被害者だっての」

「だからなんだ。そもそもお前がいなければ、今代の勇者はまだいなかっただろうさ」

「いいのか? 勇者が後天的だって言っちまってるぞ」

「っ……!」


 ハッとする。とっさに手で口元を隠して、舌打ちと共に戻した。もう今更だ。

 ……頭に血が上ったな。自分で思っているより、よほど僕はイライラしているらしい。


「ま、知ってるけどな。俺も勇者は警戒してたから多少調べてたし……そもそもの話、最初に会ったときは間違いなく、レティはただの侍女だった」


 笑いをこらえながらそう言う前魔王は、どこか懐かしそうな目をしていた。……ああ、そうか。コイツは勇者になる前のレティを知っているのか。


「つかさぁ、これは知ってるか? フロヴェルス城の地下には狭い死体安置室があってな。そこに二百年前の勇者がずっと保管されてたっての」

「知らないよそんな悪趣味な話。ほとんどホラー一歩手前じゃないか」

「ハッハッハ、ホント悪趣味だよな人間ってヤツは」


 もう人間じゃないヤツは他人事でいいよなぁ?


「っと、そうそう。勇者と言えばアレだ。大事なヤツが一人残ってるよな」


 ニヤリと笑ってそう言って、ソイツは背もたれに体重をあずける。足を組み直し、心の底から楽しそうに指をさす。


 僕に、向けて。



「転生者リッド・ゲイルズがいなかったら、レティは今頃死んでいる。そうだろ?」






 それはつまり、役割の話だ。


 この世界に転生してきた者たちが、それぞれどのように世界へ影響したか。

 なにをやらかしてきたのか。どう正史を踏みにじってきたのか。ぐちゃぐちゃに掻き回してきたのか。



 僕ら転生者は世界を乱し、本来あるべき姿から遠ざけている。



「転生術式……いや、転生の再現術式だったか? ククリクに説明されたが、アレはガチでスゲぇって思ったぜ。いやマジで。そうだよな、俺たちは転生ってのが実際にあるって知ってるんだから、どうかすれば再現できるかもって思いつくかもしれねぇけどよ。けどよ? マジでやっちゃうのかよ、ってな。頭おかしいじゃねぇのお前?」

「お前に言われたくはないな。前代未聞の規模の魔族軍を統率して見せた前魔王。―――僕のは答えが先にあったから逆算できただけだ」

「俺も姫さんもちゃんとルールの内でやってんだよ。世界のコトワリを改変させた大罪人さんよぉ」

「それもあのアルビノ女の受け売りか? やめてくれそれに関しては最高裁判所まで上告する用意があるぞ」

「戦意高ぇな!」


 しかし、僕がいなかったら、か。……そうだな。考えたことはなかったが。もしもの話でいうならば。


「レティリエは死ななかったかもしれないな。僕なんかじゃなく、もっとまっとうなパーティを組んでまっとうに勇者してたかもしれない」


 遺跡での件を思い出す。

 彼女にはちゃんと選択肢があった。たとえばレティリエには、ワナの冒険者パーティやディーノと旅をする可能性もあったわけだ。

 懐かしいな、あのときは思いっきりぶん殴られたっけ。いつか絶対仕返ししてやるんだ。


「けど、そいつらじゃ瘴気の壁は無理だろ?」

「さてな」

「はぐらかすんじゃねぇよ。俺が思うにな、この馬鹿騒ぎの鍵はレティだ」


 馬鹿騒ぎ、ときたか。言い得て妙だな。

 一番はしゃいでたヤツが言うのだから言葉に力がある。しかも降りた途端に冷静だ。


「俺も、姫さんも、お前も。一人の人生の転機に深く関わっている。俺たちがつくる三角形の中心部にいるのが、今代の勇者レティだ。そうだろ?」

「そうだな」

「つまりだ、俺たち転生者の役割ってのは、もちろん他にもいろいろと影響しているが、結局はたった一人に集約されていくと思うんだわ。だって、あの女が勇者に……―――」

「黙れ」


 遮った。

 心奥の棘が冷え切っている。こんな話にはもう脳の処理能力をミクロン単位でも使いたくないと拒絶反応を起こしている。

 そもそもこれは仮定に仮定を重ねたもしもの話だ。これ以上は無意味だろう。

 というか、最初から無意味なのだが。



「僕の師匠は占星術師でさ」



 レティリエと出会った日。

 あの最初の夜に、僕はその話をされている。


「未来は枝分かれを繰り返すから無数だが、現在と過去は唯一だと言っていた。だからこんな考察に意味はない」

「む、まあそれは分かるがよ」

「そして、運命なんてものも存在しないとも言っていた」


 ゴアグリューズが真顔になる。……そうか。そうだろうな。

 お前はそういうのを信じて今まで転生者やってきたんだものな。


 けれど僕は知っている。最初からとっくに答えを知っている。師匠に教えてもらった。



 ―――きっと彼女をめぐる未来には、収束点がほとんどないんだろう。一挙手一投足が未来の転換たり得るというわけだ。



 だから、僕たちは切り拓いてきた。


「おいおい待てよ。そいつは聞き捨てならねぇな。転生者三人共が特殊な生まれで、こうして世界に結構な影響を与えてるんだぜ? そりゃあ、なんらかの運命的なモノがあると考えるのが……」

「生まれに関してはある程度説明できる。魔素は魂から生まれ、魂は魔素から生じる、っていうからな。―――おそらくだが、特殊な環境から生じた魂は他より目立つんだよ」

「………………」


 転生者だからな。転生については僕もいろいろと推測している。

 実際に再現術式まででっち上げてるんだから、コイツよりも深度はあるだろう。


「どうやってかは知らないが、僕らは元の世界で死んでからこの世界へ魂一つで迷い込んだ。そこの理由は本当に分からないから端折るとして、そのままじゃ消えるだけだから、僕らの魂はまず自分の入れ物を探すわけだ。早くしないとマズいしなるべく近場で、まだ自我もできていないような入りやすい個体で、誰でもいいからぱっと見つけたヤツを……外灯にたかる夜の蛾みたいに、生じたばかりの魂の輝きを目印に探して乗っ取った」


 僕の言いたいことが理解できたのか、黒髪の青年は下唇を噛む。真剣な表情で検討している。

 本当に、こんな話は下らない。無駄に過ぎる。


「元魔王の血筋で、凄まじい力を持つ魔族。大陸中の宗教の元首である、神聖王国の王女。……なんとも目立ちそうじゃないか。で、その特殊な生まれをした君らが、この世界に大きな影響を与える立場になる確率は、少なくとも普通の一般人よりは高そうだよな」


 ふぅ、と息を吐いた。あまり言う気はなかったが、コイツのこういう顔を見ていると余計なことも言いたくなってくる。

 運命を信じて、己には崇高な役割があると勘違いして、この男は今まで突っ走ってきた。


 思い込んで、自分に理由付けして、暗闇の中で逃げ続けた異世界の迷い子だ。

 そこまで強い自我があるくせに。



「お前さ、前魔王とか魔族とか転生者だとか、そういうのやめとけよみっともない。肩書きに完全に支配されてて哀れすぎる。僕の弟子より酷いぞ」



 完全な余計な世話で、けれども蛇足もつけずにはいられなくて。

 本気で、イライラして。


 俺はこういうヤツだ。だからこうする。

 ―――だから、この選択の先は仕方ない。そういう運命だ。



「そんなに間違えるのが恐いかよ、ゴアグリューズ」



 心底鬱陶しい。

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