歴代勇者の絵
前魔王の名前がゴアグなんとかだったという特にどうでもいい新事実が判明したが、そんな無意味な時間も世界は通常営業で回り、人の流れは進んでいく。
何の絵だ、と先ほど聞かれた展示に近づいて、細かいところも見えてきて、僕はそこに描かれたモチーフを理解した。
「初代の勇者パーティだな。どうやらここからは、歴代勇者にまつわる作品が飾られているようだ」
「ああ、だからか。大人気だもんなー、この都で勇者の詩を聞かない日はないぜ」
そりゃ、こんな国の首都に住み着けばそうだろうな。この世界で音楽は贅沢品だが、この都なら場末の酒場でも詩人が歌っている。
勇者への賛歌で溢れる都に、元魔王が住まうのはなかなか面白いな。コイツどんな気分で聞いてるんだろ。
「つーか、こっから説明文見えるか? どうして分かったんだ?」
「どうしてもなにも。人物が特徴的だろう」
描かれているのは人間の男女に、ドワーフの男とエルフの女。そして角とコウモリ羽の恐ろしい魔族だ。あれは魔界に乗り込んで魔王と戦ったシーンだな。
モーヴォンの話だと、本当は魔王なんていなくて強い魔族が争っていたのを漁夫の利したんだったか。絵の価値は凄そうだけど、真実を知っているとチープに感じてしまう。
「聖銀の兜の勇者フィローク。竪琴の乙女ツェルネミリー。黄金戦斧のドワーフ王ヌムク。エルフの香水の魔女サリストゥーヴェ。全員の二つ名がそのまま、所持品や外見的特徴を表しているだろ? 絵画を売りやすいように、と商人ギルドがそう広めたって噂だが、噂が真実だとしたらそうとうなキレ者の案だな」
「香水の魔女ってのは、あの小瓶持ってるからそう呼ばれてるのか? 他と違って一人だけアイデンティティのアイテム弱くねぇ?」
「商人たちには一番ありがたがられてるんだぞあの女。エルフ魔女の小瓶印といえば、香水以外の化粧品にも使われる詐欺商標だ」
「詐欺なのかよ」
「あれ、香水の魔女とは無関係だからな」
ガチでどうでもいい話をしながら、次の絵へ。
「あれは?」
「二代目の勇者パーティだな。光の誓いのシーンだろう。光の丸盾ロルカタッグあるいはケリディール。猪獣人の大槌使いムディオッソ。兎獣人の蒼槍使いキリネ。鷹翼人の弓手ウェルエル。ハーフリングの笛吹きシシ。仮面の黒外套アーノの六人が描かれているようだ」
「んで、どこからツッコめばいい?」
難問だな。
「二代目は真偽定かではない伝承が多くてな。逆にほぼ真実だろう、って話がやたら少ないんだ。人気な詩なんて尾ひれ背びれがどんどんつくのは当然だが、それが収集つかなくなって専門の学者ですらお手上げ状態のパターンだな。おかげで勇者の名前すら二種類伝わっててどっちが本物か分からない。仮面の黒外套アーノなんて、いなかった説の方が濃厚だったりするし」
……まあ、勇者の名前が二つあるのは、本当は二人いたからかもしれないが。
勇者の力は持ち主が死ねば引き継ぎ可能だ。道半ばで倒れて、仲間が引き継いだなんて物語もあったかもしれない。―――その部分は神聖王国が徹底的に隠した、というオチまでつきそうだけど。
「獣多過ぎなのはなんだ? 犬、猿、雉みたいなノリか?」
「獣人は獣人でいろいろあるんだよ。獣人は獣人とひとくくりにされてるけど、種族が多いからな。ほら、勇者の仲間だった種族って一種のステイタスだろ? 目立ちたがってうちの英雄が行きましたって口にする種族があれば、その種族と仲が悪い種族がいいや違ううちから出たって言って、さらに特に関係ないけど便乗しようとする種族がうちからも行ったぞとか言うわけだ」
「……まさか、二代目勇者の仲間に獣人はいたけど、実はどの種族がいたか分からない……とか?」
「史学っていうのはな、敗北するんだよ……わりと頻繁に」
マジかー、と苦笑するゴアグなんとか。
実際、二代目の仲間の獣人は説によって数も顔ぶれも違うのだ。ここに描かれている三人は最も華々しい逸話が残っている英雄というだけで、その伝承が事実なのかどうかはもう確認しようがない、という有様である。学者泣かせもここまでくると滑稽だ。
この代の仲間には長寿種もいないから、詳しく知る関係者ももういないしな。
「てか、魔法使うやつが見当たらないのは?」
「いるじゃないか。笛吹いてるのが」
「いや、ハーフリングって斥候とかのイメージ……」
「ハーフリング術師の最悪の前例だぞ。まったくオドを使わずに大量のマナをぶん回すとか魔術理論をクソ舐めた魔法を使ったクセに、どうやってたのか自分でも分からないって言い遺した魔法使い。しかも二代目勇者パーティで、彼だけはしっかりと実在が確証されているときた」
「うわー」
この英雄のせいで後世、ハーフリングから幾人か悪夢のような魔法使いが排出されることになるのだが、そいつらの魔法は一つも魔術化してないんだよな。
きっと全員理論構築苦手だったんだ。賭けてもいい。
「次は……三人か。少ないな」
人の流れのままに進んでいく。どうやら最初は歴代勇者パーティの紹介絵画のようで、この先には三部屋に別れて各パーティごとの展示があるようだ。
次に展示されている絵は、三人組が強大な魔族に立ち向かう絵。
「三代目……二百年前の勇者パーティだな。つまり先代だ。炎の髪と心のソルリディア。薄羽杖のハルティルク。葉冠の聖女スプレヒルの三人だな」
「今度の勇者だけ所持品じゃないんだな?」
「炎のように苛烈な女だからかな。他のどんな二つ名も、彼女の髪と心の鮮烈さは超えられなかったんだろう」
一度だけ、この目で見たことがある。
あの燃えるような紅の髪は、たしかに目にした者の記憶へ鮮明に刻まれるに違いない。
「種族は? 全員人間なのかこれ?」
「そうだよ。三人とも人間……まあ、とは言っても勇者物語として残っている伝承には、様々な種族の数多くの協力者がいる。むしろ歴代の勇者パーティの中では、最も多くの種族と関わってるはずだ」
竜人族の巫女とかな。
まあ、その巫女さんは彼らに関わったせいで邪竜落ちしたわけだが、今どうしてるんだろうなあの女。囚われの姫さんには興味ゼロのようだったし、そのまま新魔王の配下はやってないかもしれない。
「なら、なんで先代の勇者パーティは三人しかいないんだ? 強いヤツがいなかったとか?」
「さっきも言ったとおり、ソルリディアは苛烈な性格の女でな……その性格のおかげで、行く先々でたびたび問題を起こしてたんだ。最終的には最強の問題児として災害認定されたくらいでね。そんな感じだったから一時的な協力者ならともかく、恒常的な仲間は少なかったのさ。最後の戦いまで彼女についていけたのは、ソルリディアと恋仲だったか彼女を崇拝していたかって言われてる魔術師と、鋼鉄の忍耐力を持つ聖女様だけだったんだよ」
「うへぇ……」
歴代勇者の中で一番新しいから一番正確な逸話が残ってるはずなんだが、わりとドン引きだからな、三代目。
「お前の話聞いてると、なんだか絵のありがたみが薄れてくる気がするぜ……」
「魔族がありがたがるモノじゃないぞこの絵」
「それもそうだった。で、奥にいるでかいのは?」
「時の魔王だろ」
「ああ、じゃあアレが祖父ちゃんか。でかすぎだろ」
…………お前今なんつった?
「……あー、っとだな。つまり、二百年前に倒された魔王ってのは俺の祖父にあたるわけだよ」
館内の休憩所で葡萄果汁を飲みながら、ゴアグ某氏はそう供述した。
一番奥の壁側席で、近くのテーブルに利用者はいない。開放感のある空間だが誰かに聞かれる心配はない。
「俺、わりと人間っぽいだろ? 混血で半分は魔人族っていう種族なんだが、魔人族はたしか外見は人間と変わんねぇはずなんだわ。だから祖父ちゃんがあんなに巨大に描かれててちょいビビったわけよ。オッケー?」
「まあその辺はいいけどさ。たしか、とか、はず、とかってのはなんだ? 半分とはいえ自分の種族だろ?」
「母親は俺を産むとき死んだから会ったことないし。それに俺が知る限り、魔人族の純血種は母親が最後の一人で、あとは滅びてるからな。見たこともない。だから実は、ここの絵には期待してたんだが……。あの調子じゃ、祖父ちゃんの顔を知るのは諦めた方がよさそうだ」
コイツ、だからこんな似合わないところに来たがったのか……。
えーっと、つまりアレか。コイツの生まれを言葉にすると、こんな感じか。
「魔王の娘……つまり魔界の王女の子として産まれた、ってことだよな? ということは、お前も王族ってことか?」
「魔界の王は血統じゃなくて決闘で決まる。王位継承権もないのに王族もなにもねぇよ。それに俺の母親は祖父さんが勇者に討たれた時に逃げて、その後は他の魔族の奴隷として生きた。だから俺は奴隷の子だ。俺も元は奴隷だった」
……人族の間では、華々しい勇者の活躍ばかりが取り上げられる。人族は魔族に苦しめられてきたが、最終的には勝ってきたからだ。
そして、魔界の魔族たちの事情など知りようもないからでもある。
「昨日お前、あつかましいんじゃないか、って言ったな」
特段、大した感慨もない様子で、前魔王の男はそう言葉を放った。
昨夜の酒場の続きだ。彼は葡萄果汁を一口味わってから、口を開く。
「俺は別にいいぞ。殺し合いでも」
価値観は一方だけが絶対ではない。魔族には魔族の事情があり、目の前の男には勇者に対して恨みを抱く理由がある。
魔王の地位を簒奪され、魔界から放逐された彼が冒険者として生きるのを見過ごすか、否か。
否と断じた場合、何人死ぬだろうか。誰が死ぬのだろうか。
「人族の勇者のせいでそんな生い立ちを経験したお前が、なぜ冒険者として人族の街の下水掃除なんてできるんだ?」
ただただ疑問で、僕は問いかける。




