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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生者は異世界を乱す―
138/250

転生者で前魔王な青年

「それでお前、なにやってんの?」

「冒険者だが?」


 んなこた見りゃ分かるんだよ。


 店内の隅の席に移動して、僕と前魔王は小さなテーブルを挟んで向かい合う。

 中途半端に伸ばしたボサボサの黒髪と、半袖の上着にだぶついたズボンという軽装は相変わらず。ただどこか、前よりも険しさというか、鋭さのようなものが薄れている気がした……というかなんでコイツこんな間抜けヅラできんの? 自分で攫ってきた王女に王位簒奪されて追放された間抜けだからなの?


「これには事情があるんだよ。話すと長いんだが」

「聞こう。夜明けまでは付き合える」

「そこまでは長くねぇんだが」


 集まっていた若い冒険者たちは十分食べて飲んで満足していたのか、中心人物の前魔王が抜けるとほとんどが解散してしまった。―――椅子から転げ落ちた魔王を包む爆笑が印象的で、つまりこの男はそういうキャラだと冒険者たちに受け入れられているらしい。

 なお当人は持っていた杯を死守し、酒を一滴もこぼさなかったのを自慢していた。流体力学と反射神経の限界に迫る熱い戦いだったな。クッソどうでもいいわ。


「俺とお前らが会った日覚えてるか? 実はあの日、帰ったら魔王をクビになっててな」

「……あの日だったのかよ」

「お、魔王が変わったことは知ってる反応だな。じゃ、誰に変わったかも知ってるわけだ。なら話は早いな。実は俺、追放されてさ。魔界に戻るのもシャクだったんで、とりあえず人界の退屈しなさそうなトコに行くかーってここに来たんだけどよ」


 まあ、とりあえず理解はできる行動理由だ。芸術の国ウルグラの首都なら、そうそう退屈はしないだろう。


「実は俺、無一文だったもんでさ。人界は金がないと飯も喰えやしねぇし酒も飲めねぇ。じゃあもうしゃあねぇし働くかーってな?」

「常識人か」

「常識人だよ。転生者だし」


 ……そうだった。コイツこれでも転生者で元日本人だった。

 純粋な魔族なら殺して奪うとかがまず浮かぶんだろうが、この男の場合は常識……人族の生活スタイルを知っている。人界に紛れるなら働きもするか。


「冒険者ってのは楽でいいよなー。俺みたいな身元不明者でもちょいと誤魔化せばなれるうえ、貼り出された依頼を受けて達成するだけの単純明快スタイル。なんだっけこれ、日雇いバイト斡旋業?」

「日雇いかどうかは依頼によって違うが、短期就労者の中抜き業なのは確かだろう。前世のそれと違うのは、英雄の夢が見られることと命の保証がないことかね」

「俺としてはこっちのが性に合ってるね。ま、ランク上げないといい依頼受けられねぇのは困ったもんだがさ。おかげで下水掃除なんかやっちまった」


 僕らも冒険者登録しようとしたことがあるけど、店のマスターからFランクにSランク依頼は受けさせないと言われて辞めたことがある。

 店としては当然の対応だが、まあ確かにこの男クラスの手合いには困った話だ。コイツならSランクの魔物討伐でもソロでこなすだろうに。


「ただまあ、この下水掃除ってのがまた難儀でな。とにかく広い上に入り組んでて、やってもやっても終わりゃしねぇのよ。もうムカついてきちまってさ。こうなったらとことん掃除してやるわーって新米ども集めて人海戦術でやってたわけだ」

「……下水掃除って問題が起こったらその都度やってくような仕事だから、全部終わらせるなんて想定してないんじゃないか?」

「バッカお前、一度やり始めたらせめて一区切りするまでやんねぇと気持ち悪いだろうがよ」


 コイツあれかなぁ。

 もしかしてこのノリで魔王やってたのかなぁ。



「しっかしよぉ。よく知らなかったが、冒険者ってのは本当に何でも屋なんだな」



 新米冒険者の男は安物の椅子の背もたれを軋ませ、どこに焦点を合わせるわけでもなく中空を眺める。


「他の町はどうか知らないが、この都は染料とか楽器用木材とかミスリル糸の採取とか……あ、ミスリル糸ってのはミスリルでできた糸じゃなくて、ミスリルみたいに綺麗で強い糸ってことなんだけどよ」

「知ってるよ。絹糸みたいに虫の繭から採れるが、蚕のように家畜化されてないから貴重な品だ」


 その虫自体はそこまで珍しくはないけど、繭一つから採れる量が少ないんだよな。

 あと、繭から出すと虫が死ぬから、蛹から成虫になって出て行った後の空の繭を採取するのが普通なんだが、後先考えない乱獲者のせいで最近は数も徐々に減っていると聞く。……まあよくある話だろう。そのうち絶滅するんだろうな、あの虫。


「そうそう、それそれ。それに下水掃除な。とにかくそういうさ、ちょっと遠出したり肉体労働すれば危険もなくできますよ、的な仕事もけっこうあるのな。まあ街の外には魔物だって出るけどよ」

「魔族もな」

「いるよなー。けど普通に気をつけてりゃそうそうは出くわさねぇ。……で、だ。そういう仕事しかFランクは受けられないわけよ。これって安くて面倒な仕事を新人に押しつけてるってことだと思ってたんだが、実は信用できるかどうかを見る期間なのな」


 そりゃそうだろう。

 魔術学院にいたころワナから聞いたことがあるが、冒険者ってのは昇級審査が厳しいらしい。登録するのが簡単な分、ごろつきやチンピラまがいも多いせいだ。

 自己申告制の仕事で嘘の報告などされては、店側もたまったものではない。だからたとえ実力が足りていても、信用のない者にわりのいい仕事は回されない。

 一つ一つの仕事を真面目にこなし、顧客に満足されるよう配慮して、嫌な仕事も文句を言わずやり遂げる。そうして店との信頼関係を築いていって、やっと上級のランクに手が届く。冒険者になって剣一本でのし上がるなんていう少年の夢は、まさしく夢物語なのだ。


「で、いろいろやってみたんだけどよ。俺には下水掃除くらいしかできなくてな」


 ……ああ、そうか。なるほど。

 ただの雑談ならさっさと軌道修正すべきかと思っていたが、こういう話になるわけか。


 誰でもできる簡単な仕事が、コイツにはできないとなれば……心当たりが一つある。


「瘴気か?」

「ご名答」


 前魔王の男は冒険者の酒場を見渡して、少し寂しそうに笑む。

 彼には珍しい、似合わない哀愁を直視する気になれなくて、僕も同じように酒場の様子をうかがった。

 酒場は若い団体が減ったせいで空席は多かったが、上級のランクらしい良い装備の組が所々に残っていて、場慣れした彼らは思い思いに過ごしている。きっとこれがこの酒場の、普段の光景なのだろう。


「せっかく採取とかしても、数時間もすれば変質して使えなくなっちまうんだよな。特に魔力を帯びた素材系がキビシくて、薬草採取なんかは逆に毒になりやがる」

「染料とかは? 魔力帯びてないなら大丈夫じゃないのか?」

「やっぱりちっとは濁るよ。で、そうなるとこの国じゃもう使えねぇ。……ていうかよ、人界の服とか買ってもすぐにボロボロになったりするんだよな。周りのもの全部に瘴気の耐性がないとか、けっこう不便だわ。おかげで金欠から全然抜け出せねぇ」


 なるほど、魔族ならではの悩みってやつか。人界だと魔族は大変だな。


「人界はこんなに豊かだってのに、魔族のほとんどが魔界に住まう理由がよく分かったぜ。瘴気が無くなるといまいち力が出せないってのもあるが、なんつーかこう、疎外感を覚えるんだな。俺たち用にできてません、って突きつけられるように」


 魔族用にできてない、か。言い得て妙だな。

 この世界は神と神の腕によって創造されたもので、魔族の存在はイレギュラーに等しい。本当にこの世界は、彼らが存在する仕様で創られていないのだ。


「ふぅん。じゃ、魔界に帰ったらどうだ?」

「それはなんかムカつくからヤダ」


 そっかー。ムカついてはいるんだ。


「魔界に戻っても王位かすめ取られた間抜けって後ろ指さされるだけだろ? 誰が戻るかよ恥ずかしい」

「じゃあどうするんだ? このまま人界に紛れて暮らすか?」

「とりあえずはそのつもりだな。……どうした?」


 眉根を寄せられて、自分が彼の顔を凝視していることに気づいた。

 ……そうか、コイツに不審がられるほどに険しかったか。ダメだな。自分が思ってるより、僕はこの件について納得できていないらしい。


 ああ、そうだ。早めに認めとこう。ジクり、と胸の奥の棘が疼くようで、酷く不快だ。


「いや。ずいぶん楽しそうだな、と思ってな。僕はな、君が王位簒奪されたと聞いて、かんしゃくおこして暴れたりしてないか見に来たんだよ」

「ガキかよ。いやまあ、相手が姫さんじゃなきゃ速攻ブッコミいってただろうが」


 前魔王の男は、はぁー、と肺の中の空気を全部出すようなため息を吐いて、悔しそうに顔をしかめる。



「民がトップを選ぶのは、民主主義ってやつだろ? だったら仕方ねぇよ」



 僕は何度か、まばたきした。一度瞼を閉じて、数秒して開いて目の前の青年を眺める。そして半眼になって、口を開いた。



「マジメか」






 酒場でなにも頼まずにテーブルを占拠するのも気まずいので酒とミルクを頼むと、前魔王は酒をミルク割りにしてがぶ飲みし、おかわりした。この野郎、こっちの奢りだと思いやがって。


「そもそも俺はな、チヤホヤされてたから魔王やってたんだわ」

「よしお前らしくなってきたな。その調子で頼む」


 僕は湯冷ましの水をチビチビやりながら相づちを打つ。聞き上手の所作ってのは、たまにちゃんと聞いてますよって示してやればそれでいいと噂に聞いた。


「前の魔王が……ってそれは俺か。前の前の魔王がクッソ悪いヤツでな、すっげーダメダメなヤロウでよ。俺はもう走れメロスのメロスみたいに怒ってソイツ殴り殺して魔王になったんだが、俺ってメロスと同じで政治は分からぬ、状態だったもんでヤッベーどうしよって感じでさ」

「メロスと違って成功しちゃうとこがタチ悪いよな。それで?」

「けどその前の前の魔王がクソだったせいで俺スッゲ歓迎されてさ。魔王様ばんざーい、ってみんなに喜ばれて、そりゃ猿もおだてりゃ木に登っちゃうよなって」

「猿はおだてなくても木に登るけどな。それから?」

「で、じゃあやったるかーって、無い知恵絞ったり丸投げしたり隣校のヤンキーと抗争したりしてたら、なんかわりと上手くいってよ」

「おうツッコまねーぞ」


 というかコイツ、もしかしなくても転生前の知識とかあんま使ってないな……。わりと使えないもんな前世の知識。

 すげぇヤツだ。天性の素質で魔王やってたわけだもん。どんな逸材だよ。


「そんな感じで頑張ってやってると、心境って変化するもんでな。前はいつでも誰でも代わってやるぞー、って思ってた魔王の椅子が、だんだん馴染んできた気がするわけだ。ハナからガラじゃねぇって分かってはいたんだが、いつの間にかしがみつくようになってな」


 ……まあ、それは分からなくもない話だ。

 ネルフィリアにも言ったが、肩書きなんてものは道具であり、そして道具には格がある。

 どれだけ重荷の肩書きでも、それに恥じぬ能力が己にはあると実感すれば、それは誇りの証たる宝剣となるだろう。


 いや、魔王なんて称号なら、すべてを斬り裂く魔剣だろうか。



「けれど姫さんにぶち壊された。アレは痛快だったぜ」



 新しく給仕された酒とミルクを受け取って、雑に混ぜてから飲み干すと、ボサボサ髪の青年はそう笑った。


「民のことを考えて自分で腰を下ろすか、民に縛られるかでやるのが王様だ。しがみつくようになった時点で終わりなのさ。俺は知らぬ間に先代の轍を踏むとこだった」

「……それは場合によると思うが」

「いいんだよ難しいことは。俺がそう思うならそうなんだ。……だからもう、アイツらが俺は用済みと決めたならそれでいい。ムカつきはするけどな。つーか無理やりに返り咲いても、前みたいにチヤホヤはしてくれねーだろ?」


 まあ、たしかに選挙の結果を力で覆したら独裁者だ。そういうとこ元日本人だわコイツ。

 でも正式な手続き踏んでないなら、枠的にはクーデターなんだけどな。ネルフィリアの話じゃ上位魔族の集団による犯行って話だし、それって中級魔族以下には無法による政権奪取に映るから下手すりゃ……ってそうか。


 だからコイツ帰らないのか。新政権へ反感を持つヤツらに神輿担がれたら、魔界を二分する内乱始まる可能性あるもんな。

 それを望まないのなら、人間の町に紛れもするか。


「お前も大変なんだな」

「そーだよ大変なんだよ。だからおかわりしていいか? いいよなおーい同じのおかわりー」


 やっぱコイツなんも考えてないんじゃないかなぁ……。


「ま、そんなわけで俺の魔王業は終わりだ。ついでにこの世界での役割も終わりだろ。未練はねぇよ。全部姫さんにバトンタッチして後はガンバレってな。俺は人界で冒険者でもやりながら気ままに暮らすさ」


 魔族でも酒で酔うのだろうか。ほのかに赤らむ顔で、はにかむように笑う青年。


 正直に言えば……僕は、彼の考え方が嫌いではなかった。

 向いてなくてもやり始めたからと突っ走った魔王時代の話も、潔く王の座を辞する選択をしたことも、下水掃除なんてやってるところも。

 この青年はきっと、どこまでもあるがままなのだ。



「それは少しあつかましくないか、前魔王」



 ロムタヒマ王都内部や国境の町の様子が、僕の脳にこびりついていた。

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