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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生者は異世界を乱す―
135/250

国境の町の事情

「ロムタヒマは元々、そこまで裕福な国ではなかったんだ」


 赤、青、緑、白、紫、黄。

 いろんな色と形が立体的に盛り付けされた、見目に楽しいサラダにフォークを突き立て、久しぶりの新鮮な野菜を口に運ぶ。味は普通。ドレッシングは舌触りが悪くて、レティリエの自家製のが美味いな。


「というのも、魔界と隣接しているっていう立地的な問題があってな。どうしても防衛のための軍事力に多くの国家予算を回さざるをえなかったためだ」


 昼飯時から少し時間は過ぎていたが、店は騒がしい。……もっとも客の騒がしさではなく、横笛と竪琴の詩人二人の演奏と踊り子のステップが、だが。

 僕でも分かるが、あれはあんまり上手くないな。時間帯から見ても、素人に毛の生えたヤツらが店から端金で賑やかしに使われてるって感じか、あるいは店主に頼み込んで場所を借りているか。


「けれど魔界と隣接しているからこそ、ロムタヒマは際限なく軍事力に予算を割いても良いという言い訳がたった。明らかに戦争の準備をしているような動きがあっても、魔族の動きが活発になってきているから、と言えば建前は立つ。当時元首国ヅラしていた神聖王国があの国の手綱を取り切れなかったゆえんだな」


 しかしまあ、値段も味もお手頃な料理屋なのに、飾られた絵がなかなか良さげなのが面白い。

 細密に描き込まれた大きな風景画なんていかにも値段が張りそうに見えたが、安っぽい額で雑に飾られている様子は苦笑すら浮かんでしまう。

 美大に落ちた歴史的独裁者の時代、彼の国では美術家の数が多すぎて美術品の値段が上がらず、どれほど上手い絵も安値で取引されていたと聞く。……あれもそういう類の絵なら、他国に持って行けば結構な値段になるだろう。溢れる美術に目を付けた行商は稼ぎ、夢に溺れる絵描きは貧困に喘ぐのだ。


「そうしてまんまと戦力をそろえたロムタヒマは、周辺諸国を取り込んで急速に大きくなる。いちゃもん付けて戦争をしかけたり、威圧的な外交をしたりでな。ああ、それはもう、短い期間で手際よく、強引に進めたらしい」


 僕は木のコップで湯冷ましの水を飲むと、カンッと音を立ててテーブルに置く。



「そのロムタヒマ拡大で最初の被害にあった国が、ここ。ウルグラだ」



 僕はテーブルに着く面々の顔を見回す……。うーん、お通夜だな。


「どうしたんだみんな。食が進んでいないぞ」

「むしろ、よく食欲が湧きますよね……」


 エルフの少年の皮肉げなぼやきにも、今は力が無い。疲れているだろうに食欲までなくすとか、わりと繊細だよな。


「モーヴォン。君は出発前からもう、難民で大変なことになってそうだと予想していたじゃないか。何を憔悴しているんだ」

「ここまで悪質なものとは思っていませんでしたよ。ゲイルズさんは最初から、こうなっているって推測していたんですか?」

「まさかだろ占い師でもあるまいし。門のとこで会った兵士の態度と、町の様子があまりに乖離してたからな。なんとなくそうじゃないか、くらいに思っただけだ」

「人間は醜いですね。エルフの里ならあり得ないですよ」


 エルフ同士だったらそうかもな。他種族にはわりと厳しいイメージあるぞ君ら。


「それで、ここの人たちは元敵国だからあの人たちを助けないってこと?」


 ミルクスの問いには、僕は首を横に振った。ここは否定しなくてはならない。


「それは違う。まず敵国ってところが違う。ウルグラは最初にロムタヒマの属国になった国で、圧倒的な武力を前に戦争は起きず、無血開城となった。そのせいか他の国よりは厚遇されていたらしい。……下僕扱いを受けてはいても奴隷扱いはされておらず、敵対もしていなかった」

「どう違うの?」

「一応壁の中には入れていたしな。皆殺しにしてやりたいほどではない、ってことだろ。見殺しにはしてもな」


 僕はあの通りの惨状を思い出す。


 あの門では、僕ら以外に入国手続きをする者はいなかった。ロムタヒマが陥落してから、あそこを利用する入国者や出国者はずいぶん減っただろう。

 旅人が通過しなくなり、難民たちが居着いた国境への通りは商売もままならなくなり、寂れてスラムと化して、さらに人が寄りつかなくなった。

 結果、あの区画は町の人々から切り離されたように見えなくなって……。


「でも、あの人たちは平民でしょう。国の横暴の責任は王家や貴族にあるはずではないですか!」


 見殺し、という言い方に我慢できなくなったのか、ネルフィリアが激高する。やめろよ恥ずかしい。演奏止まったぞ。


「もちろん国の責任は運営者である王侯貴族のものさ。だが、ロムタヒマの政の責任をとれる人物はだいたい死んでるからな。代表して平謝りする人間が不在なんだから、わだかまりはどうあっても解消されないだろ」

「そんな……!」

「それに、勘違いしてるかもしれないが、ウルグラの民は別に悪じゃない」


 僕はビックリした顔のままこちらをチラチラ見つつ、演奏を再開する詩人たちを指さす。


「あの横笛と竪琴の二人組は十代半ばくらいで、まだ垢抜けない感じがするな。田舎の村から演奏で生計を立てようと夢を見て出てきた、って感じだ。踊り子の女はよく見ると足に軽い怪我をしていて、ステップの時たまにかばってるのが分かる。それでも休まないのは、金がないのか、踊りを上手くなりたいという情熱があるのか」


 まあ、僕の人を見る目なんて当てにならないから、本当はどんな人間かなんて分からない。分からないが……。


「彼らは、邪悪だと思うか?」


 僕の問いかけに、応える者はいなかった。


 ウルグラの人々は、別に難民を見捨てているわけではない。見殺しにしたいのでもない。

 ただ精一杯に自分の人生を生きているだけだ。


 世界のどこかで誰かが苦しんでいます。―――そんな訴えに財布を開いて募金箱に小銭を入れる者と、自分も募金活動で街角に立ってみよう、と行動する者は同数ではない。だが、どちらも心に善性は持っている。

 これはそういう話だ。


「あの難民たちを救うのに個々の一般人ではどうしようもなく、さりとて団結してことに当たるには両国の軋轢が邪魔をする。ロムタヒマ難民の自業自得とは言わないが、難しい問題なんだろう」

「……何かできることはないのですか?」


 おそらく、この中でレティリエだけはこの町の事情に納得していた。理解ではなく、納得をしていた。

 幸福と不幸の差はある。救える者と救えない者はいる。手を伸ばしても届かないことはある。

 誰も悪くないのに、醜悪な結果に陥ることだってある。誰かは悪かったのかもしれないが、それを突き詰めてもいいことなんてないことも分かっている。


 あるいは、この町の惨状が自分のせいかもしれないとも、考えているかもしれない。

 ロムタヒマ戦線の膠着がこうも長く続かなければ、ここまでの惨状にはならなかっただろうからな。しかもそれを口にして、違うと言って貰おう、なんて考える性格でもないから始末に悪い。


 けれど結果に納得することと、現状に抗おうとしないことは別だ。


「リッドさんなら、何か考えつきませんか?」

「神に祈れ」


 僕はにべもなくそう答えた。僕程度に提案できることなど、それくらいしかない。


「僕らはロムタヒマからの難民でもなければ、ウルグラ国民でもない。明日、乗合馬車でウルグラの首都へ行く予定の旅人だ。何か変えよう、なんて思うことがすでに出しゃばりだろうさ」

「そんな、でも……」

「勇者の力とは基本、暴力だ」


 神の腕としての力ならばまた別だろうが、勇者の力はつまるところ戦闘力に他ならない。

 だから力で解決できないことに関して、勇者は無力だ。ただの一人の人間でしかない。



「君がロムタヒマ難民を救いたいなら、彼らを故郷に帰せるよう、ロムタヒマから魔族を追い払うしかない」



 魔王を倒せ、とは言わなかった。言えなかった。

 レティリエが現魔王と戦えるのか、僕には分からない。そもそも現魔王がどういう思考をしどんな行動に出るのかも分からない。もしかしたら戦わなくて済む可能性もあるように思う。


 けれど、この町を見れば分かる。

 魔王を討ち倒すべき理由は、どうしようもなくここにあるのだと。


「ああ、そうだ。ネルフィリア」


 黙り込んだレティリエから視線を移して、僕はアッシュブロンドの少女へ話しかける。

 彼女には一つ、この町で仕事があった。


「あの廃村からやっと人里……しかもそこそこ大きな町に来れたんだ。ここなら冒険者ギルドもあるだろうし、ちょうどいい。君の兄さんに手紙を書いてくれ」

「……ナーシェランお兄さまにですか?」

「ああ。僕らとフロヴェルス軍は現在、一応の協力関係にあると言っていいだろう。なら、一時的にウルグラの首都へ向かっていることくらいは伝えておかないとな。手紙は冒険者を雇って届けてもらえばいい」


 ネルフィリアは少し考えるように黙って、それから真意を測るように僕へ視線を向ける。


「文面は、私の自由でよろしいのですか?」

「もちろん。必要事項だけちゃんと記載してくれれば、僕への不満なり悪口なり呪詛なり自由に書いて貰って結構だ」

「いえ、そんなことは……少しだけ書きますね」


 書くんかい。冗談のつもりだったんだが。

 というか、そういうのは嘘でも書かないって言っておけよ我が弟子。



「神に祈れ、ということですよね?」

「何のことだか分からんね」



 投げられた問いには、断固とした拒絶で答えた。

 フォークで大きめに切られた野菜をザクリと刺し、口に運ぶことで会話の終わりを示す僕を、神聖王国の王女は睨むように見ていた。

 悪いな、弟子よ。それは君の独断にしておいてくれ。


 ―――神を殺すと誓った者が、都合良く神に頼るわけにはいかないさ。






 霧けぶる早朝の大通りをガタガタと音をたて、乗合馬車が国境の町をゆっくりと進んでいく。

 でかい馬が二頭で引くでかい馬車で、十人ほどを乗せてゆっくり進むタイプの交通機関だ。たしか馬車ギルドだか御者ギルドだかが元締めしてるんだったか。


 馬の旅も基本は歩きと同じ。日が昇るころに出発し、日が落ちるころには止まる。馬だって夜は休むからな。

 歩きの旅と違うところは、自分たちは歩かなくていいということだけだ。……なんだよ天国だなそれ。振動で尻が痛いけど。

 客は僕ら五人の他には誰もおらず、ロムタヒマからの往来がほぼなくなってからは客が少ないと御者が嘆いていた。……そのせいで運賃が割高だったから、むしろこちらが嘆きたくなったが。


「あ、あれって教会?」


 幌ののぞき窓から外を見ていたミルクスが指さしたので、皆がそちらに寄ると馬車が不安な軋み方をした。……ところどころ鉄で補強してあるとはいえ、ほぼ木製だもんな。定員的にそうそう壊れることもなかろうが、なるべくおとなしくした方が良さそうだ。


 のぞき窓から外を見ると、薄い霧の向こうに意外と質素な造りの教会が目に入る。彫刻された聖印のデザインにやたら気合いが入っていることを除けば、宗教塔もささやかだ。

 華やかな芸術の国において、質素で厳格な雰囲気をたたえた教会は、その姿でもって何かを伝えようとしているように見えた。……僕には、それを上手く言葉にできなかったが。



「……神は見守りたもう」



 小さく短く呟いたのは、神聖王国の王女だ。

 目を閉じて神への祈りの捧げるその横顔は美しく、聖女のようにすら見えた。


 そのネルフィリアに倣ってレティリエも祈りを捧げれば、エルフの姉弟もエルフ方式で祈る。



 彼らが何のために祈っているのか、そんなことは考えるまでもなくて。



 この町について、僕らにできることは何もない。だが、それでもどうにかしたいと考えるなら、他者を頼るより他にない。


 幸いにしてネルフィリアはフロヴェルスの―――神聖王国の王女だ。セーレイム教の教皇の娘である。

 彼女が詳細にこの町の現状を記してナーシェランに送れば、宗教が動く可能性はあった。


 国としてフロヴェルスがウルグラに干渉するのは、さすがにまずいだろう。だが、ウルグラ国内の教会に働きかけるくらいはできるはずだ。

 宗教国ならではの善意の押し売りで支援物資を送り届ければ、炊き出しの回数くらいは増やせるかもしれない。


 ……もちろん、それは淡い期待だ。

 セーレイム教がすでにこの事態を把握していて、対策をした上でこの有様という可能性だってある。

 ロムタヒマ戦線に全力を投じるべき現在、ウルグラなんて小国の問題などに首を突っ込んで浪費する金などない、と判断されるかもしれない。

 あるいはいずれ魔族を追い出しフロヴェルス領にする予定のロムタヒマに戻ってくる人々は、ウルグラや他の国に対する反感を抱いていた方が都合がいいと判断されるかもしれない……なんてことも僕の穢れた脳は思いつく。


「それでも、やらないよりはマシだよな」


 僕は車輪の振動音にかき消されるほどの声で、そう呟く。


 結局、ネルフィリアが手紙を一通したためただけ。

 無力だし、自己満足だし、結局誰も救えないかもしれない。それでもせめて、この四人が祈ることくらいは許してあげてほしいと思う。本当に、心から思う。



 馬車が進み、遠のいた教会の塔が霧に隠れて見えなくなっても祈り続けるこの四人の心は、きっとこの町の何よりも美しいのだから。


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