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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生者は異世界を乱す―
133/250

草原の夜の下で

 長めの枝で弱ってきた火を掻き回し、火の勢いを上げてから枝も手頃な長さに折ってくべる。最近雨が降っていなかったから、乾いていてよく燃えるのはありがたい。


 夜間の見張り中、火の番は男性陣の仕事だ。……僕もモーヴォンも斥候の心得はないからな。

 火を直視すれば瞳孔が狭まる。闇に目を慣らしておかなければ危険の接近に気づけない。だから斥候の本命であるミルクスやレティリエは、常に火から背を向けて警戒し続ける。


 そこまで数をこなしたわけではないが、野営における夜の見張り番は二交代制で組み分けも決まっていた。

 ミルクスとモーヴォンのエルフ姉弟組が夜更かし組で、レティリエと僕が早起き組だ。明るくなってきたら朝食の準備をしたい、というレティリエの希望から順番は固定である。

 ちなみにネルフィリアはやらなくてもいいと言ったのだが、この旅では健気にも自主的に早起きしていた。少しでも役立ちたいと思っているらしい。


「あんまりモーヴォンをいじめないでよね。あの子、繊細なんだから」

「絡んできたのはあちらなんだけどな」


 エルフの少女の文句に辟易して答える。

 いちゃもん付けられて余計な手間まで増やされたのに、傍目から見ると僕の方が悪人らしい。まあそうだよな。モーヴォン今日いいとこ無しだったしな。


 普段と違い、今日の見張り番の相方はミルクスだった。栄養剤を造り直すためだ。あれは寝かせる時間が要るから、朝に造ってもすぐに飲めない。

 それももう造り終わって、今は暇をしているんだが。


「エルフの魔術が時代遅れって言ったんでしょ? そりゃ怒るわよ。分かってて挑発したくせに」


 寝ている三人を起こさないように、周囲の異常を聴き逃さないように、声は囁くほどの音量だ。必然、距離は近い。ミルクスは僕のすぐ隣りに座っていた。

 草原を伸びる街道で視界は広め。木々はまばらで月は細い。空に雲は無く、雨の心配はなさそうだ。


 暗く静かで、だからそよ風が草を揺らす音も耳にハッキリと届く。

 囁かれるミルクスの声は小さくてもよく通って、エルフは声までも美しいのかと今更ながらに感じた。


「君は怒らないのか?」

「あたしは魔術師じゃないし」


 灯りが使えるなら魔術師なんだけどな……。まあ、エルフならそんな感覚か。

 非才の者へのテキストがないはずだ。エルフであるのなら、初級の魔術など使えて当然。卵焼きが作れるだけで料理人を名乗らないのと同じで、ことさら術士を名乗るほどのことでもない。


「あれは受け売りだ。僕の意見じゃない」

「じゃあ誰のよ?」

「魔術学院の同期だよ。変人でテキトーで無責任な、アノレ教室のもう一人の一期生」


 モーヴォンは純粋なエルフ魔術の使い手だ。たしかに時代遅れなんて言ってしまえば、彼が怒るのは当然。それは僕の落ち度に違いない。

 ただ、よく考えもせず口を突いて出てしまったのは、かつてそれを言った相手が……そいつにしては珍しく真剣な面持ちで、その分だけ記憶に残っていたからだろう。



「人間の魔術を学ぶために学院の門を叩いた、エルフの言葉だ」



 会話の相手はしばらく無言だった。無言で、闇の先を見つめていた。

 僕は枯れ枝をたき火に放り込む。


 強い魔力を有し、寿命が長い種族。僕の同期は同族のそんな特徴を、欠点だと言っていた。

 変われない者たちだ、と。

 そのうち滅ぶだろう、と。


 僕はそれを聞いて、環境変化に順応できず絶滅した恐竜を思い出した。



「そう。エルフがそう言ったのなら、エルフ魔術は本当に時代遅れなのね」



 夜風に紛れるように、ミルクスが囁く。

 さみしそうな声。魔術師ではなくても、やはり思うところはあるのだろう。


「どうかな。この世界は神が創ったものだし」

「……どういうこと?」


 僕のつぶやきに、エルフの長耳がピクリと動く。

 ここは前世の世界とは違う。僕の常識は通じない。


「人間の魔術は天上の音階の解読から始まったが、エルフ魔術は違う。かつて言葉を司る神の腕が現在の共通語に連なる言語の基を創り、いにしえの天上の音階は忘れ去られたと伝えられているが……エルフには古いエルフ言語として、天上の音階に近い言葉が残っていた、と聞いたことがある」


 エルフの寿命は千年ほどだ。人よりもずいぶん長い。

 だからこそ保存された。神話の終わりから時を経ても、強く変わらない者たちがいたからこそ、言語なんて移ろいやすいものが原型を留めて残された。

 それは永き命を生きる彼らにしかできなかった偉業だ。


「魔術においては、古いということは決して劣っているってことじゃない。基本的に魔術ってやつは世界を創った天上の音階の模倣で、劣化品だからな。最もオリジナルに近いのがエルフ魔術、とも言えるわけだ」


 進歩はいい。だが進めば進むほど離れてしまうものはある。

 改善と改悪は表裏一体だ。古いままでいるのが正しいこともある。神話時代の力の再現を本気で目指すなら、エルフのやり方が一番の可能性だってあるのだ。


「……そっか。うん、そっか。そうね、古くてもいい物はいいし、無理に変わる必要はないわ」


 ミルクスはうんうんと頷いて、それから明るくそう言って伸びをした。

 なんだか余計は話をしたな。まあ、暇つぶしの雑談だしいいか。



「でもそんなふうに思ってるなら、時代遅れって言ったの完全に挑発だったんじゃないの?」



 やっべぇ墓穴掘った!


「い……いや? ほら、挑発というか、あれだ。なんか最近アイツ反抗的だからいい加減イラッとしてきたというか……」

「なんの言い訳にもなってない弁明してるって自覚ある?」


 くぅ、お姉ちゃんの方が強いな。いや僕が間抜けなんだけど。


「……そもそもモーヴォンは、なんで僕にだけあんなに突っかかってくるんだ?」

「あっきれた。やっぱり気づいてないのね」


 本気で呆れてる声。なんかレティリエにも何かを気づいてないって言われたな。僕、なにかいろいろ見落としてるのか?


「しかもあんたがそれに気づいてないから、余計にイラついてるのよ。あの子は」

「んなこと言われてもな……」


 モーヴォンが不機嫌な理由が分からないのに、その理由が分かってないことが原因でさらに不機嫌になってるとか頭を抱えたくなる。なんなんだいったい。


 トン、と背中に感触があった。ミルクスがわざわざ座る位置を変えて、細く小さな背中をもたれさせていた。

 首の後ろにふさふさとしたものが押し当てられる。ミルクスがいつも被ってる毛皮の肌触り。頭を押し当てられていると分かって、くすぐったくて、なんだかむず痒い気分になる。

 眠くでもなったのだろうか。交代の時間にはまだけっこうある。このまま寝させるわけにはいかないが……。



「モーヴォンはね、あんたを舐めてたのよ」



 声は今までよりもさらに抑えて、絶対に誰にも聞かれない小ささで。

 意図を理解して、僕も声を小さくした。


「舐めてたって……酷い話だな」

「そう。酷い話。あの子に悪気なんてなかったと思うけど」


 夜空と闇と僕だけに向けて、双子の姉は弟を静かに語る。


「あんたが異常な魔力量を持ってるのは、あたしでも分かるわ。けど、あんたは勇者じゃない。おまけに魔術師ですらない。だから、モーヴォンはあんたのことを自分より格下だと思ってたのよ。……里でゴブリンの大群を押しとどめたのも、サヴェ婆の手助けがあってこそ。凄いのは婆ちゃんだってね。もしかしたらポンペより下と思ってたかも」


 あのクソ妖精より下かぁ……。まあ、アレはアレでむちゃくちゃだったからなぁ。


「そりゃ間違ってないな。あのときはサリストゥーヴェやポンペがいなきゃ死んでたし、実際にあの二人は僕よりもヒーリングスライムを上手く使って見せた。技術的に下に見られるのは仕方ないさ」

「そういうとこよ。あの子がイラついてるのは」


 こちらを責めるように、押し当てられた頭がぐりぐり動く。やめろそれくすぐったくて変な声出しそうになる。


「普通じゃできないような凄いことやって、なのにビックリするくらい謙虚なの。あんただけじゃなく、あんたたち二人ともが」

「……レティリエはまあ、そうだろうが」

「ほら、自分は違うって思ってる」


 ミルクス声はどこか、厳しい響きを含んでいた。まるで叱られているかのようで、けれど背中から伝わってくる体温のようにあたたかくて、僕はどう受け止めればいいのかも分からず頭を掻く。


「そうね。正直に言うと、最初は尊敬したわ。なんて善い人たちなんだろう、って。さすが勇者とその仲間だって。……けど、チェリエカで過ごす内に違うって気づいた」


 長い、深いため息をこれ見よがしに。エルフの少女は呆れと共に吐き出す。



「この二人は本当に心の底から、自分たちを大したことないって思っているんだって」



 それは。それは……実際に僕らに助けられたこの二人にとって、あの里の一件は恩義に感じるに十分だっただろうが。

 けれど、僕は言うほど役に立ててはいないだろう。先も言ったとおりサリストゥーヴェやポンペがいなければ僕は死んでいたし、そもそも大将首をとったのはミルクスだ。結局一人で他の方角を警戒し続け、終盤に恐怖の魔術で敵を追い散らしたモーヴォンも見事だった。


 魔力放出に慣れていないにもかかわらず敵を減らし続けたレティリエは素晴らしい仕事をしただろう。だが、僕にとっては反省点の方が多い一戦だった。決して……―――


「レティは、凄いのは勇者の力であって自分じゃないって言ってたわ。あれは一生言い続けるわね」


 それ、は。


「イラッてくるでしょ? 力なんてどう使うかが問題なのに。力を持ってるのと、善いことに使えるのとは別の話なのに。あんたも同じ。というか、あんたの方が重症」


 首の後ろで、ミルクスの頭が動くのが分かった。どうやら弟を見たようだった。

 隣り合って眠るネルフィリアとレティリエから少し離れて、炎の灯りがやっと届くくらいのところで寝ている少年の姿を、僕も横目で少しだけ眺める。



「モーヴォンはね、まだサヴェ婆の遺した術式を使えないのよ」



 …………ああ、そうか。

 そういえば、あれはエルフ魔術じゃなかったか。


「ナーシェランには使えるって言ってなかったか?」

「ただの見栄。それに使えなくても術式を覚えてるなら、ナーシェ的には問題ないでしょ?」


 そりゃそうだな。ナーシェランの目的はサリストゥーヴェの遺した術式の独占だ。

 今使えなくても、モーヴォンはいずれあの術を使えるようになる。それでなくとも、術式を知っているのなら流出させないよう囲う必要がある。フロヴェルスにとって価値は変わらない。


「あんたはサヴェ婆の術式を使って見せた。それも、ただ使っただけじゃないわ。魔術を使えないあんたは、自分流に再構築した魔術陣と術式だけで再現しきったの。……これがどれだけ凄いことかなんて、あたしでも理解できるわ。伝説の魔女サリストゥーヴェが技術とセンスと経験で補ってた部分を全部言語化したってことでしょ?」

「いや、そこはサリストゥーヴェは僕の魔力であの術を使ったから理解できただけで……」

「失敗しろって思ってたらしいわよ。モーヴォン」


 酷ぇな。

 つーかそうか、チェリエカで同室だったとき、責めるように言われたな。魔素を信用していない、だったか。

 あれは裏返し。格下と思っていた相手が、あろうことか自分の師の術式を、自分でも理解できなかった部分まで明確な式として書き出していく。そんな様を見せつけられるのは、魔術師として拷問にも等しい屈辱だったに違いない。


「けど同時に、失敗なんてしないだろう、って確信してた。サリストゥーヴェが生涯をかけて見い出した魔法は、本当の意味で魔術にされてしまった、ってね。……―――それからあんたは、あの子にとって越えなければならない壁になったの」

「壁て」

「本気よ。本気で、絶対に越えないといけない壁。だってあんた、あの子の弟弟子だもの。しかも年下の。絶対に負けられないわ」


 ……それ、全部間違ってるぞ。

 まず僕はサリストゥーヴェの弟子じゃないし、実年齢はともかく転生者だから精神年齢的には年上だし、そもそも術士としても僕よりモーヴォンの方が優秀だろ。


「…………迷惑な話だ。目眩がする」

「サヴェ婆が最期に術を教えたのはあんたなんだから、そういう意味でも対抗心燃やされるのは当然よ。諦めなさい。それから、もっと胸を張りなさい」


 ミルクスはぐいっと大きく両腕を上げて伸びをして、僕の方に倒れ込む。おい、そんなことされて胸を張れるか。むしろ余計背が丸まるわ。


「あんたは勇者の力なんて持ってないし、その異常な魔力量を使わなくたって十分凄いことしてるんだから、もっと自覚持たないと。でないと、あんたを追い越そうとするあの子が不憫でならないわ。あんたが自分を卑下すれば、あの子はさらにその下ってことだもの」


 ……やれやれ。過大評価も甚だしいが、反論は無駄そうだ。

 しっかし、壁ねぇ。モーヴォンも運の悪いやつだ。あれだけの才能を持ちながら、こんな小石につまづくなんて。


「今偉そうにしても後で小っ恥ずかしくなるだけだろ。どうせすぐ背中も見えなくなるんだから」

「はぁ……筋金入りねあんた。そういうとこよ」


 ミルクスは僕にもたれかかったまま肩を落とす。

 夏の夜だ。気温はそこまで暑くはないが、こうくっつかれると汗ばんでくる。


「そんなだから、欲しいものの一つもとっさに浮かばないのよ」


 ……あの場にいなかったくせに、聞き耳だけでバレていたか。

 なら全員に見透かされてるな。恥ずかしい。


「それとこれとは関係ないだろう」

「あるわ。大ありよ。自分で自分の価値を認められないから、価値のあるモノに手を伸ばせないの。相手はちゃんと認めてるのにね。ナーシェが並べた報酬を分不相応って言って断ってたけど、それってそういうことでしょう?」


 言われて、絶句した。

 あのとき感じたみじめさと恥ずかしさ、そして焦燥の正体に思い至った。

 あまりに大きなモノを提示されて、断るときに理由を探す必要がなくて安心した理由が分かった。


「ほんとう、困ったものよ。あんたも、レティも。途方に暮れるわ」


 ミルクスの背中が離れる。立ち上がって、だけど火のあるこちら側を彼女が見ることはなくて。

 背を向けたまま、風に不満を乗せる。



「あんたたちは誇らない。驕らない。恩に着せもしない。……なにも望まない。望んでくれない。一緒にいても細々な手伝いを頼まれるくらい」



 振り返って見た後ろ姿は、多分……少し、怒っていた。



「そんな相手に、どうやってあの恩を返せって言うのよ」

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