師弟
「師匠。おい師匠。言われたノルマ、終わったぞ」
獲ってきた収穫分を、固めた石と土の床に放り出す。
この辺り特有種の植物や貴重な鉱石、流れ出す前の湧き水に変な虫のサナギ、それに網紐蛇という低級魔物の素材。
入手に際しての危険自体は低いが、探すのが難しく珍しい物が多い。わずか二日で集めてきたのを褒めて欲しいくらいだ。……いや、別に褒めてほしくはないな。
それだけ頑張ってきたのに、僕のお師匠さんは返事もしない。小さな背中は振り向く気配すら無く、自分で作り出した魔術の明かりの下で黙々と手を動かしている。
どうやら作業に集中してしまって、こちらに気づいてもいないようだ。
はあ、と僕はため息を吐く。右の側頭部をコツコツと叩いて、どうすべきか悩む。
……右側頭部を気にするのは最近の癖だ。折った角に未練はないが、あったものが無くなったというのは少々落ち着かない。残った付け根の部分をつい触ってしまう。
―――まあ、角のことはいい。
それより今は、僕のお師匠さんが問題だ。
基本的に雑でおちゃらけた人物なのだが、作業に没頭すると周りのことなど全く目に入らない性質を持つ。
良い方向に解釈すれば、正直、舌を巻く集中力である。
そういう性質はお師匠さんの兄弟子も持っていたが、僕はこちらの方が逸脱していると思う。
あっちは何度か声をかければ振り向くが、こっちは力尽くで止めるまでマジで反応しないからな。最初は無視されてるんじゃないかと思ったくらいだ。
一考の末、僕はやはり作業に割り込むことにした。
こうして集中しているときのお師匠さんの仕事は(正直言って認めたくは無いのだが)文句のつけようが無いくらいに素晴らしい。だが、集めてきた素材には鮮度がある品もある。早々に検分してもらう必要があった。
「ほら師匠、あんたの弟子がお土産持って帰ったぞ。そろそろ気づけ」
作業の中途の、道具を持ち変える瞬間を見計らい、首根っこを掴んで持ち上げる。
木工用の小さなナイフを取ろうとした手が空振りして、それでも気づかずに空中をまさぐった後、首をかしげて周囲を見回す。
そうしてやっと、こちらを見た。
「おおう、弟クンじゃないっスか。おかえりっスよ。いつの間に帰って来たんス?」
大きな目をパチクリさせて、小さな手のひらをピョコンと見せて、ハーフリングの工芸魔術師ピアッタ・レテは僕を視認する。
「……ただいま、師匠」
どうでもいいけど僕、アイツの弟なのかね?
魔術の知識はあった。
前の身体の主導権を持っていたアイツ……師匠の認識で言うなら、僕の兄……は偏執的なまでにそれに固執していたと思う。
錬金術と魔術には深い関わりがあり、共通項も多い。だから錬金術師であるアイツが魔術の知識を求めるのは、そう間違ってはいない。
けれど今思えば、あれはそれだけではないと分かる。
おそらくは―――嫉妬と、対策だ。
妬み羨むが故に、いざそれと対峙するとなった場合を想定し、一矢報いるための準備を整えておく。そのために己では使えもしない魔術を学習し、分解し、並べ直して、弱点を炙り出そうとした。
あれはそういう類いの偏執で、いかにもアイツらしい、陰気で無駄が多くて性格の悪い話だ。
だがいかにアイツでも、魔術を使用できない以上、魔術を使う感覚までは理解できない。
それはあまりに当然のことで、アイツの落ち度ですらないが……。
僕。アイツの中で十六年間ずっと共にいた、そして今は竜人族となったこの僕、リッド・ゲイルズにとって、それは少々問題だった。
試しに使ってみた幻術はあっさり見破られた。
魔力量的に当然に脱出できるはずの拘束からは、効率が分からず抜け出せなかった。
最終的には魔力切れで気絶する無様まで晒した。
習熟が必要だ。あんなヤツに敗北したのは腹立たしいが、それを痛いほどに理解できたのは収穫だろう。
足りない物は分かった。後は習得するだけだ。
そして効率よくやるなら、知っている者に教わるのが一番いい。
だから拉致った。
一番近場で、わりと手頃な相手を。こう、大型の猛禽類がウサギを狩る調子で、道を歩いていたハーフリングを空に掴みあげて連れてきた。
―――ほほう。つまりピアッタに魔術を教えて欲しいと。なら今日から師匠って呼ぶっスよ!
―――あの墓場から竜の角の一本でも盗ってきたら、それなりに造ってやれるものもあるんスけどね……。
―――先輩を負かす? そんな下らないことに囚われてる内は無理っスね。あんなの相手にしない方がいいに決まってるじゃないっスか。
―――さらに上を目指してれば、いつのまにか劣等感で勝手に負けてやがるのが先輩っス。ほら、そんなことよりキリキリ働くっスよ。その行程で手ぇ止めてるとか舐めてるんスか?
思えば、あのときの僕は……どうかしていたのかもしれない。
「ほうほう、もう全部集めて来たっスか。さっすが竜人族。翼があるとひとっ飛びっスね!」
僕が持ち帰った素材を一つ一つ検分し、ピアッタ師匠は嬉しくない褒め言葉をくれる。
アイツに馬鹿にされたせいだろうか。それとも、アイツがただの人間のくせに僕に勝ってみせたからだろうか。竜人族なら当然にできることをいちいち褒められるのは、どうにもむず痒い。そんなことでいい気になるのは違う気がしてくるのだ。
もっとも、師匠にそんなことを言っても無駄だ。この人はそんなことを気にしない。まったく気にしない。
「探査の術は大分マスターできたってことっス。それで、どれが難しかったっスか?」
「どれが?」
虫のサナギをツンツンつつきつつ、小さなお師匠さんが問うてきて、僕は少し考えた。
収集難易度はどれも低かった。実際、滞りなく集めることができなければこの短期間で集めきれなかっただろう。
しかし、あえて言うなら……。
「鉱石と湧き水、かな。魔物が空けたらしい洞窟を見つけたまでは良かったが、術で目当ての波長を絞るのに苦労した。湧き水は川を辿れば簡単だけど、師匠に言われた魔力含有量をクリアする水源はなかなか見つからなかった」
「ふーん。まあ予想通りっスね」
「なにがだよ」
お師匠さんはサナギをつつく手を止め、その指を立てて説明に入る。
「探査の術は魔素の親和性を測るのに使えるんス。例えば今の例だと、水属性と土属性は苦手かも、みたいな?」
「……僕、自分の魔素の属性くらい分かるんだけど。あとわりと水属性は得意な方なんだが」
竜人族は竜眼という魔眼を持っていて、目視で魔素の属性を見分けることができる。―――歳を経れば未来や過去を見ることも可能になるらしいが、つい最近産まれたばかりの僕にはさすがに無理だ。
まあとにかく、その竜眼によれば僕の属性は水が大目で火が少なめ。その他はわりとまんべんなく、という配分である。
魔素総量的には比べるべくもないが、配分の仕方は人間のそれによく似ていた。全体的にバランスが取れて安定している、という感じだ。これが純粋な竜だと、結構尖るのだけど。
「一回や二回で正確には測れないっスよ。結論を出すのはもう少しこなれてからっス。……けどまあ、弟クンは多分、生命に関しての適性が高いんじゃないっスかね。なんせ先輩の弟っスから」
……そういえば、残りは植物だったり虫だったり魔物だったりか。単純な属性だけじゃなく、そういった要素まで考察に入れられるなら、たしかに有用な診断ではあるだろうが。
「嬉しくないな、それ……」
「そんなことで反発しても意味ないっスよ。術士なら全部利用していくくらいでないと」
「ハイハイ、分かってますよ。術士は手段を選ぶなかれ、目的を選べ」
「ま、先輩に引っ張られてても弟クンはあくまで弟クンっス。竜人族の身体のこともあるし、何より産まれたばかりっスからね。適性は慎重に見定めた方がいいっス。生命の親和性はあくまでオマケくらいに考えた方がいいっス」
「ふーん」
つまりまだまだ僕の適性は分からないってことか。
「ふーんじゃないっスよ。他人ごとみたいな反応して」
「適性なんてやってる内になんとなく分かるもんだろ? それより、そろそろ別の術の指南もしてくれないもんですかね」
「何言ってるんスか。適性診断は大事っスよ。特にアノレ教室式の一芸特化オモシロ術士育成システム的には、ここ間違えるとスゲく悲しいことに……」
「僕、あの変態教室式にやってくれとは頼んでないんだけど?」




