……なんで? 2
「…………なんで?」
さらに数秒考えたが意味が分からなかったので、僕は直で訊く。
僕引きこもりだからお外出たくないんだけど?
「昨日レティに聞いたけど、探してる勇者の遺跡の場所がどうも、あたしたちがオーガ倒したとこっぽいんだよね。すっごい偶然だよねこれ」
師匠の根回しと見てるけどな、僕は。
「だから危険はないと思うんだけど。ほら……あたしたち一度探索に失敗してるっていうか、何も見つけられなかったじゃん。レティも遺跡探索は初めてだっていうし」
「ああ、うん。そうだな」
だいたい話が見えてきた。
「だからリッドがついてきてくれれば、新しい発見とかあるかもなって」
「僕は遺跡探索なんてやったことないぞ。完全に素人だ」
「でも神話とか地域伝承とか勇者伝説とか詳しいじゃん」
そりゃ、この世界のことが知りたかったからな。あと父親の与太話もなんだかんだ気にはなったし。
だから一応、いろんな文献を漁ったことはある。
しかしそれが遺跡探索に役立つかは疑問だ。ワナのパーティは討伐がメインだと聞いたことがあるけれど、それでもプロの冒険者が見つけられなかったものを僕が探り当てられるとは思えない。
それに、僕は僕でやることがある。
あの瘴気の魔石を解析し、ウイルスプログラムを組まなければならない。遺跡探索の結果次第では無駄になるかもしれないが、個人的にはそうはならないと思っている。
あの魔具の技術は最新だから、大昔の遺物で対抗はできないだろう、と。
「ワナ、すまないがそれは……」
「ゲイルズ、起きているか!」
断ろうとした時……あとで気づいたが、ほとんど昨日と同じ時間。
またも訪ねてきたディーノ・セルの声が、響いたのだ。
シィ、と人差し指を唇に当てる。
ディーノはワナみたいに無遠慮じゃない。僕相手でも、許可なく部屋に踏み込んだりはしない。とはいえ早急に応対した方がいい。
「起きてるよ! 今行く」
とりあえず返事をしてから、何事かと考える。昨日の今日でなんのつもりだ。
「レティリエはここにいてくれ。ワナ、来るか?」
「ディーノんだよね? 行く行く」
単純に幼なじみに会いたいのだろう。ワナはガタッと椅子を蹴って立ち上がると、小走りに玄関へ向かう。
「壁越しに聞いても?」
僕も立ち上がると、レティリエは律儀にそう断わった。無断でやればいいのに。
たぶん、不安なのだろう。
ここは彼女にとって既知の人間がいない場所だ。僕やワナだって、まだ完全には信用できていないはずである。
それでも、信用したいと思っている。僕らの行いに感謝し、信じようとしている。だから聞き耳を立てることには罪悪感を覚えるが……それはそれとして、得られる情報は少しでも欲しい、と。そんな感じだろうか。
なんてナイーブで面倒くさい。
「ああ。でも気づかれないように頼む」
僕は小声で返答して、ワナを追う。
「やっほー、ディーノん。おはようー」
「な……スニージー嬢? なぜここに……?」
玄関から顔を出すと、ディーノの愕然とした顔が視界に飛び込んだ。ああうん、誤解はさっさと解くべきだこれ。けどどう言えばいいのか。
「おはようディーノ・セル。ちょっと聞いてくれよ。ワナがこんな朝っぱらから、冒険についてこい、なんて言ってきてね。遺跡探索で伝承に詳しい人間が必要ときた」
うんざりした口調をつくって、愚痴ってやる。抜粋はしているが真実だし、ワナも調子を合わせやすいだろう。
「君からも言ってやってくれ。魔術師の本分は学究と研鑽だ。稼ぐために冒険者をやることは否定しないが、冒険などにかまけて本分をおろそかにするのは本末転倒。魔術師の正道に外れる、まったくもって度しがたい愚かな行為だと。そもそも真面目に学業に励んでいれば、僕みたいな錬金術師の手を借りようなんて発想も出てこないはずなんだ」
ツラツラと正論を並べ立てる。我ながらとっさのお為ごかしにしては上出来だ。
さて誤魔化せたかなとディーノを見やると、彼は苦虫を噛みつぶしたような顔で頬をひくつかせていた。何その顔。
「……貴様、わざとやっているのか?」
「なんのこと?」
「いやいい。貴様はいつもそうだった」
ディーノは大きくため息を吐くと、ばつが悪そうに少し逡巡し、観念して口を開く。
「スニージー嬢がいたのは驚いたが、ちょうどいい。錬金術師リッド・ゲイルズ、ならびに魔術師であり現役冒険者のワナ・スニージーに、ドロッド教室からの依頼がある。フロヴェルスとの国境近くにある、勇者の遺跡探索および調査に同行願いたい。期間は明後日から約二十日間を予定。もちろんこれは、アノレ講師にも正式に話を通している」
その話に僕とワナはお互いの顔を見合わせ、瞬きしたのだった。
…………なんで?