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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―王女救出―
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 レティリエが目を見開き、息をのんだ。

 僕はヒーリングスライムの結晶を引っ掴む。


 悔しかった。認めたくなかった。目の前が真っ暗になりそうになった。

 けれどダメだ。絶望なんて後回しでいい。窮地を脱する方が何百倍も重要だ。

 罠の可能性は考えていた。だからすぐに警戒できた。


 この王女は、違う。


「ゴールに偽王女を置くなんて、悪趣味な趣向を凝らしてくれる。発案は魔王じゃ無いな。レティリエ、警戒しろ」


 わざわざ偽者が用意されていたならば、つまり僕らの潜入がバレていたということ。

 本物の王女はここにはいまい。それどころか今、ここは死地となった。


 部屋内を確認しながら、脳内で優先順位を確かめる。

 こうなってはレティリエを王都の外へ逃がすことが最優先。なりふりも手段もかまっていられない。必要とあらば僕の命はここで使う。


「ま……待ってください。こちらの話を……」


 剣呑な雰囲気を察して、偽王女が慌てて弁明しようとする。

 絹糸のようなアッシュブロンドの髪は、ナーシェランと同じ色。その山吹色の瞳はエストと同じ色。

 けれど、もう分かっている。レティリエだって気づいたはずだ。

 無駄は省こう。僕は偽王女に告げてやる。



「本物の王女は、レティと愛称で呼ぶんだ」



 ―――へぇ、アイツ本当はレティリエっていうのか? そいつは知らなかった。王女さんはレティって呼んでたからよ。



 目の前にいる王女の姿をした何者かは、レティと愛称ではなくレティリエと呼んだ。さん、と敬称までつけた。

 王女の人柄にもよるが、侍女に敬称をつけること自体がすでに不自然だ。歳の近い間柄ならなおのことである。


 偽王女が声を詰まらせる。身をこわばらせる。

 おざなりすぎる。おそらく幻術か変身能力を持つ魔族かだが、出会ってすぐに偽者が発覚するとか馬鹿にもほどがあるだろう。魔族にも頭のいいヤツは多いはずだが……。


 なんにしろ、彼女が立っているのは窓際だ。僕らがいる入り口のちょうど対角線上で、距離は十分にある。何かしようとしても対処はできるだろう。

 それより警戒すべきは、この部屋にあるだろう何らかの仕掛け……。



「姫様っ!」



 僕の隣から聞こえたその声は、心を震わせる音で。


「レティリエ……」


 驚いて振り返る。黒髪の少女は涙で頬を濡らし、深く礼をする。


「長く……長くお待たせしてしまいました。よく無事でいてくださいました……。レティリエ・オルエン、ここに、ここに……姫様をお救いに、参りました」


 レティリエのそれを聞いて、僕はひどく混乱する…………それは、確信したからだ。


 違う、と。

 違うのは、王女ではないのだ、と。

 間違っているのは僕なのだ、と。


 あの王女は偽者のはずだ。だってレティリエを愛称呼びしなかった。

 けれどそのレティリエは、彼女を王女だと断定した。

 所詮僕の持っている情報は人聞きだ。何年も王女の侍女として過ごした彼女の眼にはかなわない。


 実のところ―――僕は、何も分かっていなかった。


「リッドさん、分かるのです。あのお方は姫様だと、わたしには分かるのです。わたしの呼び方はたしかに違われましたが、表情、しぐさ、立ち姿のすべてが記憶の通り……。そこまで姿を真似られる者がいたとして、どうして呼び方なんて簡単な間違いをしましょうか」


 今、ここで何が起こっているのか……いいや。なにが起こった後の結果こうなっているのか、僕は全く分かっていなかったのだ。



 パチ、パチ、パチ、と。おざなりな拍手が響く。王女のいる場所からではない。部屋の隅から。

 振り向く。



「いやぁ、素晴らしい! どういう反応するかなと思って観てたけど、美しい主従愛で一目確信されるとはね! うん、ボクはそういうの評価するタイプだよ」



 その声は、女のもので。

 底抜けに明るくて、けれど暗い陰湿さを混ぜ合わせたような……汚泥にまみれてケタケタ笑っているような、ぞくりとする声。

 見れば、先ほどまで絶対に誰もいなかったと断言できるその場所に、いつの間にか二人の観客が姿を現していた。






 ……観客。そう、その二人は観客なのだろう。

 二人でテーブルを挟んで椅子に座って、のんきにお茶と焼き菓子を嗜んでいるその姿は、何一つこちらに干渉する気がないという意思表示に見えた。何よりこちらを見るその目が笑っている。楽しんでいる。


「やれやれ、困ったものですね。姿を隠して見届けるだけという命令でしょう?」


 二人の内、一人は男性。

 銀の髪を長く伸ばした褐色の肌の青年で、爽やかな笑顔を浮かべた美形。

 ティーカップを口に運ぶ所作は高貴の生まれを感じさせるが、そこにいるだけで放たれる圧は紛れもなく強者の風格をたたえている。


「姿を現してはいけない、なんて聞いてないからね。それにボクは魔王さまに忠誠を誓ったわけじゃない。少しのワガママくらいは通させてもらうさ。……どうしても挨拶しておきたい相手もいるしね」


 一人は女性。

 おそらくアルビノだろう。異様に白い髪と肌と、血色の瞳を持つ、小さくてやせっぽちの少女。

 その見た目と目の下に深く刻まれた隈で一見は不健康そうだが、喜色に溢れる不敵な笑みには確かな強かさを感じずにいられない。


 男性は降参したように肩をすくめ、少女は満足げに頷いてから、こちらに向けてひらひらと手を振る。

 ―――僕に向けて。



「やあ、キミがリッド・ゲイルズだね! 異世界からの転生者、命を操る錬金術師、この世のコトワリをいじくった大罪人! 今代の勇者の仲間リッド・ゲイルズ!」



 それだけで、その女が誰か理解した。

 思い浮かんだのは黒い魔石。球形立体魔術陣。魔族軍でもっとも厄介な相手。

 災害そのもの。


 僕は僕の敵と、今初めて対峙する。



「……そうか、君か」

「そうとも。ボクだよ」



 歓迎するように腕を広げ、のぞき込んでくるその少女には……隣の男ほどの圧は感じない。見た目も相まって僕でも勝てそうに思えるほどだ。

 けれど、僕は知っている。たとえ本人がどれほど弱かろうと、彼女の脳はこの世界の人族を滅ぼし尽くすほどの危険性を孕んでいることに。


「はじめまして、僕の敵」

「うん。ハジメマシテ。ボクの敵」


 交わし合った挨拶で、お互いにお互いを確かめ合う。

 僕は彼女を倒すべき敵と認識し、彼女は僕を倒すべき敵と認識している。

 それで十分だ。ここに契約は完了した。僕らは僕らだけで決着をつける運命にある。


「あの壁を攻略されたのには驚いたよ。人族に瘴気が使えるとなっちゃ、もうこのやり方はスマートじゃない。全面的に変える必要があるね。さすがはボクの敵だ」

「あれをやったのは僕だが、あの術式は僕のじゃない。そう褒めないでくれよ、僕の敵」

「いやいや、その術式を魔具に落とし込むのは、今の人族ではキミにしかできないことのはずだよ。瘴気は他の魔素と違って気難しいからね。いやあ、いいものを魅せてもらった」


 白い少女はそう言ってパンッと手をたたき、笑む。

 その視線は、王女に向けられていた。


「だから、今度はボクが魅せる番だ。そうだろう?」


 ―――嫌な、感じがした。とてつもなく嫌な。


「先に言っておくが、彼女は本物の王女さまだ。大丈夫。傷なんてつけてないし、変な魔術もかけてない。貞操だって無事だよ。……無事だよね?」

「ええ。もちろんです」


 褐色銀髪の男性がニコニコして応じる。そうか安心した。嘘をついてない保証はないけど、貞操の件はまるっと信じてやろう。

 それ掘り下げても僕がロクなことにならなさそうだし。


「けれどボクの敵がお察しの通り、彼女はその勇者さまの知ってる王女さまじゃない。なぜなら……その勇者さまの知っている王女さまは偽者で、この王女様は本物だからだ。分かるかな?」



 ―――…………理解、した。してしまった。



 けれど、待て。それは、まさか。


「王女さまは異世界からの転生者だった。そして、異世界転生者は魂を二つ所持している。……まあ、これはボクの知っている事例がわずか二つしかないから、普遍的なのかどうかは分からないけどさ。でもキミにも心当たりがありそうだから、これで三件目ってことでいいのかな?」


 レティリエが驚きに絶句した。

 王女が気まずそうに俯く。

 僕はその実現方法に思い至ってしまう。


 楽しそうに、愉しそうに、学徒ククリクはニィィと歪み笑んで。



「本物の王女はお返しするよ。だから、偽者の王女さまは諦めてくれ。彼女はボクたち魔族がもらうことにした。―――なんてったって彼女、新たな魔王さまだからね」

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