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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―王女救出―
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王都の壁

 レティリエと最初に会話したときのことを覚えている。


 必ず、救い出します。―――必ず。

 ……そう、寝台の上で決意を吐露する彼女は、壊れそうなほどに危うかった。


 遺跡の地下で前勇者に会ったとき、彼女の心は壊れたと思った。

 実際、死を選んだ彼女を思い直させることは誰にもできなかった。



 彼女が少なからず明るさを取り戻したのは、希望が見えたからだろう。



 ほんの一部しか使えなかった勇者の力を全力解放できるようになって、彼女は己の手で王女を救おうと志を新たにできた。


 氷雪の剣を手に入れ、魔力放出の技を習得し、正規兵に剣を習い。

 ―――今、レティリエ・オルエンはやっと、ロムタヒマ王都の壁を再び見つめる。






 夜明けを前に、僕とレティリエは遠間から瘴気まとう王都を眺めていた。


 空が暗いが、明かりは目立つのでつけていない。だが油断するわけにはいかない。魔族の多くは夜目が利く。潜入に朝を選んだのはそのためだ。

 僕らは身を低くして木影に隠れ、時を待つ。


「ミルクスさん、怒ってましたね」

「まあ、怒るわな……」


 別段、頼りにしていないわけではないのだが。特に今回の作戦は潜入なので、狩りで鍛えたミルクスの斥候能力がないのは痛い。

 とはいえ森で育った彼女にとって、都の中は専門外だろう。閉鎖空間である塔なんて、普段の力の一割も発揮できるか怪しい。

 それは自然の力を借りることの多いエルフ魔術のモーヴォンにも言える。


「連れてきたかったか?」


 考えた末、僕はレティリエに聞いてみた。すると、意外にも彼女は首を横に振る。


「あの二人には魔族と戦う理由はあっても、姫様を救う理由はありませんから」


 お堅いな。マジメなレティリエらしい答え。

 正答すぎて納得してしまいそうになるが、もう少し掘り下げる。


「あの二人は、君にとってどんな存在だ?」


 これはただの雑談。刻限までの時間つぶしに他ならない。

 けれど彼女は真剣に考え、そして正直に答えた。


「勇者として、最初にわたしを頼ってくれた人たちです」

「なら庇護対象か?」

「いいえ、まさか」


 それは即答で、だから彼女の本心だった。


「大切な友人です」


 なるほど。僕は得心してしまう。

 友情、友愛、親愛、それは人にとって信用の証だ。信用の、その先にあるものだろう。


「仲間じゃないんだな」


 けれど勇者にとって、友であることは決して信頼の証とはならない。

 背中を預ける相手は仲間であり、友である必要すらない。


 レティリエは苦笑して答える。



「あの二人からは、まだ聞いていませんから」



 何を、とは聞かなかった。そういうことか、と理解しただけだ。


 そりゃそうだ。エルフの二人は里が滅んで森を出ただけで、僕たちとは行きずりで共にいる友人にすぎない。勇者として、それだけで頼るわけにはいかない。

 惰性で認めるわけにはいかない。強制するわけにもいかない。

 そんな程度の関係で、こんな地獄の道を連れ回すわけにはいかない。


 勇者の仲間なんて、覚悟を持って宣言しなければ任せられないのだ。


「潔癖だな。けど、二人が聞いたらその場で宣言しそうだ」

「催促するものでもないでしょう?」

「そりゃまあ。……けど、不器用だ」


 僕は自分を棚に上げて、レティリエに苦笑する。


「頼んで仲間になってもらう、って考えはなかったのか?」

「ありましたが、見送りました。チェリエカの町では、二人とも楽しそうに過ごしていましたから」

「…………」


 言っている意味は、なんとなく分かってしまった。


 魔族に里を滅ぼされた彼らには、戦う理由があるだろう。境界の森で育った彼らには戦う技術もある。

 けれど同時に、新しく平和な生活を求める権利もあるのだ。

 ……あの二人がどちら側にいるべきなのか。それは勇者が決めることではない。


 東の空が白んできた。刻限は近い。ここからではフロヴェルス軍の陣がどう動いているか、あるいは動いていないのか、知る術はない。


「もしフロヴェルスが陽動を行わなかった場合でも、僕らは潜入作戦を決行する」


 あらかじめ決めておいたことを、確認のために口にした。


「とにもかくにも、ロムタヒマ内部の状況は見ておきたいからな。沈黙の籠城中になにをやっているのか、それだけでも知っておきたいところだ。―――もちろんそうとうな危険が予想されるため、中途撤退前提ではあるが……」

「大丈夫ですよ。フロヴェルス軍は動きます」


 レティリエは軍陣の方角を見つめながら、力強く頷く。


「ナーシェラン様は、姫様の味方ですから」


 姫様。異世界転生者。僕の同郷。


 レティリエが戦う最大の動機であり、ナーシェラン王子がどうしても救い出そうとしている妹君。

 僕はその王女様のことをほとんど知らない。顔すら見たことがない。

 前世は病弱でほとんど病院暮らしだったらしい、と魔王は言っていたが……。


 レティリエの確信に満ちた横顔を眺め、思う。

 ただそれだけの人間ではない、という予感は果たして、気のせいだろうか。






「あ……でもそういえば、あの魔具。あれはどう使うものなのですか?」


 何かに思い至ったらしく、レティリエはクルッと振り返ってきた。ちょうど横顔を盗み見ていたところだったので、バッチリ目が合う。思わず目をそらした。


「……どうってどういう意味?」

「合言葉とか、呪文とか、何も説明してませんでしたよね。もし使い方が分からなかったとしたら……」


 なんだそんなことか。というか今更そんな心配か。


「大丈夫だよ。少し調べれば分かるし、誰だって使える。そう造った。さすがに抜かりはないさ」

「けれどリッドさんの式はとても、その……アレだと聞きましたし……」

「誰に何をどう聞いた? つーかワナかピアッタだな?」

「……あ、あの魔術師の女の人はあまり優秀じゃないと皆さん言っていましたし」


 カヤードが言ってたなぁ。他の兵士たちに聞いても同意見ぽかったし。


「術式なんか見なくても分かるんだよ、あれは。そもそも起動状態で渡してるんだから」

「……どういうことです?」

「サリストゥーヴェの遺した術式は、簡単に言えば瘴気属性の魔素の凝縮だ」


 質問に、僕は小枝を拾って地面にガリガリと絵を描く。

 雲のようなモヤモヤ……つまりは瘴気を描いて、その横に矢印を記し、ぎゅっと詰まった丸にする。


「ゴブリン戦の時もやっていたろ。僕のスライムが吸った瘴気を渦のようにして集めて凝縮し、砲弾のように撃ち出した。多分、撃ち出す術式は瘴気とは関係ない別の魔術だ。―――つまり名高き香水の魔女でも、瘴気を完璧に操る術式は完成させられなかったということだな」

「はあ……はい。まあ分かりました」


 レティリエは術士じゃないからな。ピンとこないか。


「つまり何が言いたいかというとだな。あのサイコロは周囲の瘴気を食って溜め込む性質を持つんだよ。僕はそれを起動状態で渡したってだけの話だ。もちろん瘴気を食うだけだから、チェリエカの町中では何の効果も起きない」

「あ……ああ。なるほど。つまりその性質で瘴気を取り払って進軍しよう、という」



 音が、響いた。



 自然すら眠り付いたような夜明けの静けさに、弾けるような音と、空気を切り裂くような音と、高らかな衝突音。


 壁を穿つ音。


「来た……来た、ナーシェラン、あの王子やりやがった!」


 僕は王都を見やる。間違いない。今の音はアレに違いない。


「あの音は、まさか……」

「バリスタだ。丸太の矢を撃ち出す巨大石弩の攻城兵器!」


 あの丘の上から眺め見たあの武器だ。

 同じく攻城兵器の投石器と並んでいたが、バリスタの方が発射台も弾もコストがかかる分、投石にはない利点がある。


 簡単な話だ。投石は基本、放物線を描いて飛ぶ。上からのアタックになり、狙った場所に命中させにくい。壁相手だと、手前に落ちたり飛び越えたりすることもある。

 その点、バリスタは優秀だ。完璧にではないがまっすぐ飛ぶため、命中精度が段違いである。門や見張り塔のピンポイント射撃も可能。



 絶対に外せないなら、必ずバリスタを使う。



「レティリエ、さっきの予想は正解だ。あのサイコロの性質なら瘴気を取り払うことができる」


 僕は壁を見る。瘴気の黒いもやが一気に、何かに吸収されるように渦巻くのが見て取れる。

 ―――バリスタの矢に取り付けたガルラの眼球で間違いないだろう。


 サリストゥーヴェの術式を発動させるためには、あの魔具を瘴気のただ中に放り込む必要があった。

 あの丘に出向いたのは、それが可能か否かの確認でもあったのだ。


「けれど、いくら最上級魔族の素材でも限界はある。無限に吸収し続けるなんてことはできない。都を囲む壁を覆うあんな瘴気なんて、とてもじゃないが吸いきれない」

「え……では、どう……」



「だから、限界値を超えると爆発するようにしてみた」



 壁の一部分が跡形も残らず飲み込まれる。その周囲は微塵となって分解された。

 衝撃は暗色の刃となって石壁を縦横に刻んでバラし、趨る黒の稲妻は虚ろな孔を穿って回る。余波ですら触れた箇所は風化しボロボロと崩れ去る。



 壁に、大穴が開く。南側の角まで消え去った。



「結局、どんな装置で瘴気を生み出していたかは知らないがな。規模や技術はともかく、魔具には違いないだろう。……なら、壁もろとも壊してしまえば何の問題もない」


 もう一射、バリスタの音が聞こえた。剛毅だなナーシェラン王子、二個とも使い切るか。



「瘴気を纏う魔族の王都……あんなものはもう、ガソリンの池に浮かぶ筏に見えるね」



 もう一つ大穴が開いたらしい音がして、角笛が鳴る。

 フロヴェルス軍の進軍が始まったようだ。


 すべて計画通り。細い細い道筋だった気がするし、実はこうなるのが当然だった気もする。

 チェリエカの町では本当にボコボコに負け続けたから、きっと後者なのだろう。


「行こう、レティリエ。お姫様が待ってる」


 あんぐりと口を開けて惨状を眺め見る少女に、僕は笑ってそう促した。

 本番はここからだ。


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