……なんで? 1
料理は少し多めの量だったが、三人で綺麗に食べてしまって(一番食べたのはワナだった)皆で片付けをした後、食後のティータイムに移る。
もちろんお茶を淹れるのはレティリエだ。一番上手いのは火を見るより明らかである。
彼女が準備しているのを横目で確認してから、僕はテーブルを挟んでくつろぐワナに顔を寄せ、小声で聞いた。
「なあワナ。冒険者の目から見て、レティリエって強そうに見えるか?」
「ん? んー」
問われた少女は形のいい唇に指を当て、少しだけ考え込む。
「よくわかんないかな。あたし自身は戦士じゃないし。……でも、そうだね。体幹はしっかりしてるし、身のこなしとか視線の配り方とか、なんとなくだけど仲間に似てるかも」
どの程度かはともかく、戦う訓練はしてる感じか。
「気になる?」
「そりゃね。勇者だからもちろん強いんだろうけど、戦ってるとこ見てないし」
「心配?」
声に悪戯っぽい響きがあって、ワナの顔を見たら笑っていた。
「そっか。リッド、レティのこと心配なんだ?」
安易な娯楽にするなよ……。
「……そうだな。彼女は君と違って繊細だからすぐ死にそうだ。心配にもなる」
「それ喧嘩売ってるよね?」
「まさか。君は冒険者向きだって褒めてるのさ」
だからテーブルの下で足をぐりぐり踏むのやめてくれないかな。地味に痛いんだけど。
「一応言っておくけど、リッドとレティなら結構上手くいくと思うよ」
「相手が勇者だって分かって言ってる?」
「レティはレティだよ」
ワナはふいに神妙な顔を作り、テーブルに視線を落とす。
思い詰めたように胸の前で手を組み、一度下唇をキツく噛んだ。
「……レティにはきっと、リッドみたいな人が必要なんだと思う」
普段の能天気な調子とは違う、真剣な声音。
僕は深く息を吐き、神妙な声で返した。
「ワナ……それ、適当だろ」
「バレた?」
バレるわさ。そういう演技、昔からの十八番じゃん。
「お二人はずいぶん仲がいいんですね」
「ひぁっ」
不意打ちのような近間での笑い声に、ワナがビックリして変な声を出す。僕もビックリした。気づけばテーブルのすぐ横で、レティリエがカップを載せたトレイを手に立っていた。
「なんの話をしていたんですか?」
「え、あ、えっと」
「どの料理が一番美味しかったか、二人で言い合ってたのさ。僕はオムレットが一番だと思ったけど、ワナは肉巻きが好きらしい」
「嬉しいですね。覚えておきます」
レティリエはこぼれるように笑って、人数分カップを配る。ふわりと覚えのあるいい香りが鼻孔をくすぐる。
あれ、ていうかこの香りと色は……。
「レティリエ、このお茶って……」
「あ、これ……」
ワナも気づいたらしく、わかりやすく渋面になる。記憶に新しいもんな。
「フロヴェルスの茶葉がありましたので、使わせてもらいました」
やっぱり。一昨日ワナがお土産で持ってきた、あのメチャクチャ苦いやつだ。一口飲んで捨てたほどの。
「あー、すまないレティリエ。これ、茶葉に見えたかもしれないけど、多分アロマ用のお香なんだ。一度お茶にして飲んだらすごくまずかった」
「あ……もしかして、そのまま淹れましたか?」
眉根をひそめ、哀れむような表情をするレティリエ。え、なにその顔。
「この茶葉は発酵の過程で味が強くなりすぎるので、最初によく蒸しておいて、冷水で軽く洗うといいんです。すると渋みや苦みが抜けて、深みのある良い味が出るようになります。普通はもっと単純に二番煎じを飲むそうですが、こちらの方がいい」
「だそうだけど、ワナ?」
「……教えてくれなかったもん」
「説明をよく聞かなかったのではなく?」
「ソンナコトナイヨ」
ギルティじゃねーか。
「その件についてはじっくり後で話そうか。……じゃあ、これは美味しく飲めるわけだね。いただいても?」
「ええ。熱いうちに」
僕はカップを持ち上げる。舌にへばりつくような苦みが記憶に新しく、少し勇気がいった。おそるおそる口を付ける。
「これは……」
懐かしい、あまりにも懐かしい味。前世まで吹き抜ける郷愁の味だ。
最初にこの香りを嗅いだときは紅茶を思い出したが、これは味もまさしくそれだった。
種類も製法も違うはずなのに、ここまで似るものなのか。僕のまがい物の紅茶とは全然違う、味も香りも前世のそれにすごく似て―――。
「いかがですか?」
「おいしい!」
ワナが絶賛する。僕は確かめるようにもう一口飲んでから、頷いた。
「うん、すごく美味しい。今まで飲んだ中で一番好きだ」
「良かった。そう言っていただけると思っていました」
自信家だな。よほどお茶の淹れ方に自負があるらしい。
そういえば前世でも、お茶の美味しい淹れ方って結構細かかったよな。うろ覚えだけど、紅茶だとポットはあらかじめ温めとくとか、少し高いところから注ぐとか、最後の一滴までとか、そんな感じの作法がいくつも存在したはずだ。
きっとこのお茶にも、繊細な味や香りを引き出す細かな手順があるのだろう。
「飲みながら、聞いてもらってもいいですか」
お茶の淹れ方に思いを馳せていると、レティリエが改まった口調で話を切り出した。
……まあそうだろう。彼女には、ゆっくりしている時間なんてないのだから。
「まず、窮地を救っていただいたこと、そして怪我を治していただいたことに改めて感謝させてください。本当にありがとうございました」
「まだ本調子じゃないだろうけどね。できるなら数日の養生をオススメする」
「そうはいきません。わたしは一刻も早く勇者の遺跡を探索し、遺物を持ち帰らねばならないのです」
「けれど、今は遺跡へ向かう装備もお金もない。そうだろう?」
うぐ、と。さっそく僕に痛いところを突かれて、レティリエは固まる。
僕はまた一口お茶を飲んでから、幼なじみの少女に視線を向けた。
「ワナ、レティリエの装備を整えてやってくれ。あと彼女はまだ本調子じゃないから、君のパーティで遺跡までの護衛を頼む。お金は師匠に出させろ」
「了解。出発は明日でいいよね」
僕の依頼にワナが了承する。
まるでハイキングにでも行くような返答だ。さすが、学院にいる時間より冒険してる時間の方が長いやつは違う。
「そこまでしていただくわけには……」
「レティリエ。君は今、そんなことを言っていられる状況なのか?」
遠慮する声を遮る。うん、お茶が美味いな。
彼女は今、何も持っていない。返せるものが何もない。ここまでされる理由がない。だから、ここは無理にでも押しつけてやらなきゃいけない。
「なぜ、そこまでしてくれるのですか……?」
「お金は師匠に出させるから、僕の腹は痛まないし」
これ元々あの人のミッションだしな。必要経費を工面するのは当然だろう。
「それにせっかく救った患者だ。困ると分かりきってるのに放り出すのは寝覚めが悪い」
「リッドって意外と面倒見がいいから、レティが心配なんだよ」
「そして、もう一つ」
ワナの茶々入れを黙殺して、僕は人差し指を立てる。
「君が勇者だからだ」
救世の英雄。人族の希望。魔王と対を成す者。
この少女には、世界を救ってもらわないと困る。
「……ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」
レティリエは深々と礼をする。その姿は、勇者の称号を背負うにはあまりにも小さく、怯え震えているようにすら見えて―――。
「あ、そうだ。リッドも来てよ。遺跡」
不意打ちで発せられたワナの言葉を理解するのに、数秒かかった。
……なんで?