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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生錬金術師と儚き勇者―
11/250

……なんで? 1

 料理は少し多めの量だったが、三人で綺麗に食べてしまって(一番食べたのはワナだった)皆で片付けをした後、食後のティータイムに移る。

 もちろんお茶を淹れるのはレティリエだ。一番上手いのは火を見るより明らかである。


 彼女が準備しているのを横目で確認してから、僕はテーブルを挟んでくつろぐワナに顔を寄せ、小声で聞いた。


「なあワナ。冒険者の目から見て、レティリエって強そうに見えるか?」

「ん? んー」


 問われた少女は形のいい唇に指を当て、少しだけ考え込む。


「よくわかんないかな。あたし自身は戦士じゃないし。……でも、そうだね。体幹はしっかりしてるし、身のこなしとか視線の配り方とか、なんとなくだけど仲間に似てるかも」


 どの程度かはともかく、戦う訓練はしてる感じか。


「気になる?」

「そりゃね。勇者だからもちろん強いんだろうけど、戦ってるとこ見てないし」

「心配?」


 声に悪戯っぽい響きがあって、ワナの顔を見たら笑っていた。


「そっか。リッド、レティのこと心配なんだ?」


 安易な娯楽にするなよ……。


「……そうだな。彼女は君と違って繊細だからすぐ死にそうだ。心配にもなる」

「それ喧嘩売ってるよね?」

「まさか。君は冒険者向きだって褒めてるのさ」


 だからテーブルの下で足をぐりぐり踏むのやめてくれないかな。地味に痛いんだけど。


「一応言っておくけど、リッドとレティなら結構上手くいくと思うよ」

「相手が勇者だって分かって言ってる?」

「レティはレティだよ」


 ワナはふいに神妙な顔を作り、テーブルに視線を落とす。

 思い詰めたように胸の前で手を組み、一度下唇をキツく噛んだ。


「……レティにはきっと、リッドみたいな人が必要なんだと思う」


 普段の能天気な調子とは違う、真剣な声音。

 僕は深く息を吐き、神妙な声で返した。


「ワナ……それ、適当だろ」

「バレた?」


 バレるわさ。そういう演技、昔からの十八番じゃん。


「お二人はずいぶん仲がいいんですね」

「ひぁっ」


 不意打ちのような近間での笑い声に、ワナがビックリして変な声を出す。僕もビックリした。気づけばテーブルのすぐ横で、レティリエがカップを載せたトレイを手に立っていた。


「なんの話をしていたんですか?」

「え、あ、えっと」

「どの料理が一番美味しかったか、二人で言い合ってたのさ。僕はオムレットが一番だと思ったけど、ワナは肉巻きが好きらしい」

「嬉しいですね。覚えておきます」


 レティリエはこぼれるように笑って、人数分カップを配る。ふわりと覚えのあるいい香りが鼻孔をくすぐる。

 あれ、ていうかこの香りと色は……。


「レティリエ、このお茶って……」

「あ、これ……」


 ワナも気づいたらしく、わかりやすく渋面になる。記憶に新しいもんな。


「フロヴェルスの茶葉がありましたので、使わせてもらいました」


 やっぱり。一昨日ワナがお土産で持ってきた、あのメチャクチャ苦いやつだ。一口飲んで捨てたほどの。


「あー、すまないレティリエ。これ、茶葉に見えたかもしれないけど、多分アロマ用のお香なんだ。一度お茶にして飲んだらすごくまずかった」

「あ……もしかして、そのまま淹れましたか?」


 眉根をひそめ、哀れむような表情をするレティリエ。え、なにその顔。


「この茶葉は発酵の過程で味が強くなりすぎるので、最初によく蒸しておいて、冷水で軽く洗うといいんです。すると渋みや苦みが抜けて、深みのある良い味が出るようになります。普通はもっと単純に二番煎じを飲むそうですが、こちらの方がいい」

「だそうだけど、ワナ?」

「……教えてくれなかったもん」

「説明をよく聞かなかったのではなく?」

「ソンナコトナイヨ」


 ギルティじゃねーか。


「その件についてはじっくり後で話そうか。……じゃあ、これは美味しく飲めるわけだね。いただいても?」

「ええ。熱いうちに」


 僕はカップを持ち上げる。舌にへばりつくような苦みが記憶に新しく、少し勇気がいった。おそるおそる口を付ける。


「これは……」


 懐かしい、あまりにも懐かしい味。前世まで吹き抜ける郷愁の味だ。

 最初にこの香りを嗅いだときは紅茶を思い出したが、これは味もまさしくそれだった。

 種類も製法も違うはずなのに、ここまで似るものなのか。僕のまがい物の紅茶とは全然違う、味も香りも前世のそれにすごく似て―――。


「いかがですか?」

「おいしい!」


 ワナが絶賛する。僕は確かめるようにもう一口飲んでから、頷いた。


「うん、すごく美味しい。今まで飲んだ中で一番好きだ」

「良かった。そう言っていただけると思っていました」


 自信家だな。よほどお茶の淹れ方に自負があるらしい。

 そういえば前世でも、お茶の美味しい淹れ方って結構細かかったよな。うろ覚えだけど、紅茶だとポットはあらかじめ温めとくとか、少し高いところから注ぐとか、最後の一滴までとか、そんな感じの作法がいくつも存在したはずだ。

 きっとこのお茶にも、繊細な味や香りを引き出す細かな手順があるのだろう。


「飲みながら、聞いてもらってもいいですか」


 お茶の淹れ方に思いを馳せていると、レティリエが改まった口調で話を切り出した。

 ……まあそうだろう。彼女には、ゆっくりしている時間なんてないのだから。


「まず、窮地を救っていただいたこと、そして怪我を治していただいたことに改めて感謝させてください。本当にありがとうございました」

「まだ本調子じゃないだろうけどね。できるなら数日の養生をオススメする」

「そうはいきません。わたしは一刻も早く勇者の遺跡を探索し、遺物を持ち帰らねばならないのです」

「けれど、今は遺跡へ向かう装備もお金もない。そうだろう?」


 うぐ、と。さっそく僕に痛いところを突かれて、レティリエは固まる。

 僕はまた一口お茶を飲んでから、幼なじみの少女に視線を向けた。


「ワナ、レティリエの装備を整えてやってくれ。あと彼女はまだ本調子じゃないから、君のパーティで遺跡までの護衛を頼む。お金は師匠に出させろ」

「了解。出発は明日でいいよね」


 僕の依頼にワナが了承する。

 まるでハイキングにでも行くような返答だ。さすが、学院にいる時間より冒険してる時間の方が長いやつは違う。


「そこまでしていただくわけには……」

「レティリエ。君は今、そんなことを言っていられる状況なのか?」


 遠慮する声を遮る。うん、お茶が美味いな。

 彼女は今、何も持っていない。返せるものが何もない。ここまでされる理由がない。だから、ここは無理にでも押しつけてやらなきゃいけない。


「なぜ、そこまでしてくれるのですか……?」

「お金は師匠に出させるから、僕の腹は痛まないし」


 これ元々あの人のミッションだしな。必要経費を工面するのは当然だろう。


「それにせっかく救った患者だ。困ると分かりきってるのに放り出すのは寝覚めが悪い」

「リッドって意外と面倒見がいいから、レティが心配なんだよ」

「そして、もう一つ」


 ワナの茶々入れを黙殺して、僕は人差し指を立てる。


「君が勇者だからだ」


 救世の英雄。人族の希望。魔王と対を成す者。

 この少女には、世界を救ってもらわないと困る。


「……ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」


 レティリエは深々と礼をする。その姿は、勇者の称号を背負うにはあまりにも小さく、怯え震えているようにすら見えて―――。


「あ、そうだ。リッドも来てよ。遺跡」


 不意打ちで発せられたワナの言葉を理解するのに、数秒かかった。

 ……なんで?


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