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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―王女救出―
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にじり寄る

 その日の丁半に集まった人数は、前回よりもガクッと少なくなった。

 最近はなかなか好評で客に交代制まで導入するほどだったが、今日は十人ほどしかいない。

 いつもの面子と、この宿の客と、近所の人たち。全員常連で、新顔無し。―――うん、おかしいなこれは。


「兵隊さんが来てないね。ラスコーとカヤードしかいない。なにか、明日イベントでもあったりするのか?」


 僕が聞いてみると、二人は気まずそうに目をそらす。


「……実は、ちょっとマズいことがあってな」


 カヤードがいうには、どうやらこういうことがあったらしい。


 最近、兵隊達の仲がギスギスしてきた。

 たしかに故国を離れてだいぶんたつから、兵のストレスがたまるのは仕方がない。―――上官達はそう思っていた。違った。

 聞き取りによると、賭け事による金の貸し借りで揉めている者が居るようだ。さらに聞いてみると、どうやらそれはサイコロを使った賭け事らしい。



 なんと、兵達は自分たちで丁半の賭場を開催していたのだった。



「ははは。そりゃ、サイコロ二個と器があればできるんだ。わざわざこの酒場まで来なくても、兵舎で真似しよう、なんて誰だって考える」


 その話に、僕は大笑いしてしまった。

 計画通りだ。この結果は最初から見え透いていた。


「それで、兵達に丁半禁止令でも出たのか? だったらなんで君らはここに?」

「ぐ……! コイツ分かってるくせに……」


 まあ僕らやメリアニッサ、ヘイツは分かってることなんだが、ここには他の客もいる。監視役ですなんて言いたくはないよな。


「ははぁ、さては抜け出して来たな? この不良兵士。税金泥棒め。僕らの血税を返納しろ」

「お前ら税金払ってないだろ!」


 助け船を出すと、ラスコーがどこかほっとした顔でツッコんで、笑いが巻き起こった。

 今のこの町のいいところは、税金が必要ないことだからな。


「そんなわけで、俺ら以外の兵士はしばらく参加できない。すまんがな」

「僕らは別にいいさ。趣味でやってるだけで、糧にしてるわけじゃない。困るのはスズくらいじゃないか?」

「ギクぅ……うぅ、たしかにこれのおかげで助かってるんだけどぉ……」


 全員分の酒を配っているスズが胸を押さえる。

 この賭場は場代として、一部の例外を除き最初に酒を頼むのがルールだ。そして追加で余分に場代を払うのは自由なので、懐の広さを見せたい者はたくさん払うし、多く勝ちすぎた者は皆の分まで奢ったりする。

 まさしく酒場の一人勝ち状態で、お客が増えるにつれてスズの小遣いも増額していた。……しかしこう人数が減っては、次回かその次あたりからはまたチマチマ一枚ずつ賭けるスタイルに戻りそうだ。



 ―――多分だが、そういうのが兵舎の賭場には無かったんだろう。



 勝つ者は勝った分だけ溜め込み、負けた者は負け分を取り戻すために躍起になって。

 熱くなりすぎた者を止める者もおらず、イカサマの疑いが出て、賭場は憎しみあうだけの修羅場になる。


 しょせんは博打だ。金銭のもつれは容易く空気を悪くする。

 全員が損しながら楽しむゲーム感覚だからこそ、ここは和気藹々とやっていられるのだ。


 ……ていうか丁半の過程をすっ飛ばせば、全員で金出し合って酒飲んでるだけって計算だもんな、これ。ただの飲み会じゃねぇか。


「ところでカヤード、王子様には伝えたか?」


 スズやラスコーが場を盛り上げている内に、僕はこっそりとその相方に聞く。


「ああ……相当まいってるよ。今回の規制はそのせいでもあるんだぞ。おかげで兵士達のサイコロは全部没収されちまった」

「自分が命狙われてるかもしれないのに、部下達が遊び呆けてちゃな。そりゃ王子様だってオモチャを取り上げたくもなるだろうさ」


 兵士達の気持ちは分かる。

 命を賭けて赴いた戦地だが、人は長く弛緩した空気の中で緊張を保てない。

 人族の危機だろうが、隣国の一大事だろうが、自国の姫が捕らわれていようが、何もできない無力感の中で何もせずにいられるほど強くはない。


 だから、娯楽を渇望した。何もできないという現実から目を背けようとした。

 実際に何もできなかったから、そうするしかなかった。


 ずいぶんじっくりやったが、やっと実を結んでくれた。わざわざ丁半なんて始めたかいがあったというものだ。

 軍組織なんて普通に相手しても無理だからな。少しばかり乱してやって、ちょっとでも隙を作らないと手がかりも掴めない。


「しかしそれだと風当たりが強いだろ、君ら。なにせサイコロ遊びが広まったのは君ら二人のせいなんだから」

「く……たしかに。面白いからって毎回十人も二十人も連れ出すのはやり過ぎだったと思うが……」


 本当にやりすぎだよな。やっぱこの二人、最初の印象通り馬鹿なんじゃないだろうか。


「では、そんな君らに助け船を出そう。元はといえば僕のせいでもあるしな。……王子様にプレゼントでご機嫌取りといこうか。たいしたモノではないが、多少は御身を護る役にも立つだろう」


 僕はカヤードに、あらかじめ用意しておいた包みを渡す。

 占い師は法外な値段で壺を買わせるまでがセットだ。せいぜい高く買って貰おう。

 とりあえず、今の僕にはもういらないものだし。


「渡せってか? 何だ、これ?」

「別に危険物じゃないさ。この事態を解決するものでもないのは申し訳ないが、慰みにはなるだろうって程度のものでね。心配なら後で検分してもいいぞ」






「何を渡したんですか?」


 人数が少ない分、いつもより少しスムーズに丁半をやって、いつも通りの時間に休憩をとって。

 厨房まで引っ込んで、渇いた喉をお茶で潤している時……そんなことを聞きに、レティリエがやってきた。


 この馬鹿みたいな席で一人になれる、貴重な時間なんだがな……精神安定な意味で重要な憩いなんだが。

 まあ、レティリエならいいか。


「たいしたモノじゃないよ。ちょっと妹弟子の力量を試してやろうと思ってね」

「妹弟子……ピアッタさんの?」


 ま、レティリエの知ってる僕の妹弟子は一人だからな。当たりだ。


「バハンの山登りの時に作らせたろ? 地水火風、四属性の竜の護符。あれを渡したんだ」

「ああ、あれですか。……え、いいんですか?」


 いいんですかって。別にいいだろ……。

 山脈から離れたら効果も元に戻ったし。なんだかんだで平常時でも実感できるだけの効力はあったが、なくても問題が生じるほどではない。


 それとももしかして、あの約束についての話か?

 ならそれこそ要らぬ心配だ。


「当分はまた登る気はないし、いざ登るとなったらまたピアッタに作らせるか、別の方策を考えてもいい。……ていうかそもそも、そんなのがあっても僕が歩いてあの山を踏破するのは無理だろ?」

「そうですね……たしかに」

「それに、ゾニはあの護符を気に入ってたからな。きっと持ってるだろう。登るときは、彼女から借りる手もある」

「……そうですね」


 あの褐色の竜人族が死んだときは、山脈を登って女王に遺体を届ける約束だ。

 そんな未来は避けたいが、彼女が敵である以上、いずれは殺し合うことになるだろう。


 僕らが勝てば、その約束は必ず果たす。


「なんにせよ、あれを反故にするつもりはないよ。心配しないでくれ」


 正直、あの女王を怒らせたくないしな。


「それより目先の話だ。僕は芸術には疎くてイマイチあれの価値が分からないが、工芸魔法の魔具ってのはかなりの芸術品でないと効力を発揮しないらしい。審美眼がある者から見たらかなりの値打ち物に見えるだろう。そして、一国の王子様なら目は肥えていて当然だ。いい賄賂になるんじゃないか、と思ってね」


 戦いに来てみたものの、壁が越えられずもう長いこと停滞し。

 妹が魔族に捕らわれ、故国では王が死にそうで、継承権第一位としては是が非でも成功させなくてはならない遠征で。

 勇者は戦線を離れて帰ってこず、貴族は己の都合だけで出兵を渋り、宮廷魔術師は何の役にも立たなくて。

 自国からも他国からも、足を引っ張りに送られてくるスパイを警戒しながら、ついには暗殺者にまで脅えだして。

 なのに、兵士達は賭博行為にふけり士気を乱す有様で。


 ナーシェラン王子様も大変だ。会ったこともない相手だが、同情に値する。

 周囲は誰も頼りにならない。けれどもう彼だけでは詰んでいる。

 孤独と疑念と苛立ちで喘いでいる。


 きっと藁にも縋りたいだろう。少しでも頼れる存在を求めたいだろう。



 ―――そんな相手に、悪い占い師はスゥと懐に入り込むのだ。

 そして、騙してむしり取る。ケツの毛まで。



「たしかに、これ一つで金貨五十枚くらいの価値がありそうですものね」


 …………は?

 僕が顔を上げてレティリエを見ると、彼女は自分の分の護符をしげしげと眺めていた。


「この護符の竜は力強さと迫力を表現しつつも、細部まで丁寧に掘り込んであり竜種の神秘性を失っていません。ピアッタさんがドワーフにも引けを取らない腕の良い細工師であることは明白です。素材も良いですね。使用したのは高山の霊木でしたが、これは木彫り細工にはほとんど最高級の物で、魔石もちりばめられてとても美麗です。これで魔具としての価値があるなら……」

「え、待ってそんなに高く売れるのそれ?」

「はい? ええ、おそらくは。わたしもお城に務めてましたので、芸術品にはそれなりに目が利きますし……」


 そういやこの娘、王女お付きの侍女だった!


 うっそマジで? 僕、そんな価値の芸術品ポンと渡しちゃった? むしろそんなの今までずっと身につけてたの?

 うっわもったいない! 一個にすれば良かった! 芸術と工芸魔法舐めてた! ていうかピアッタ凄いな。金のなる木じゃんアイツ!



「ナーシェラン様であるなら、必ずや価値に気づくかと」



 レティリエの太鼓判が、愕然とする僕の耳を右から左へ抜けていく。

 もしかして、あれを渡したって言ったときに彼女が驚いてたのって、値段的な意味だったのかな……? と気づいたのは、丁半の席に戻ってからだった。

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