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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―王女救出―
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占い師の毒

「ほほう、あれがバリスタか」


 僕は遠目でそれを見て、思わず口笛を鳴らした。

 バリスタ、と言ってもコーヒーを淹れるやつじゃない。僕が眺めているのは攻城兵器だ。


 乱暴な説明をすれば、デカい石弩。


 テコの原理で弦を巻き絞り、丸太のような矢を撃ち出す代物である。大きくすれば破壊力も上がるだろう、を地で行くナイスな馬鹿発想の侮れないウエポンだ。

 ソイツはフロヴェルス軍の陣地に二台あり、多くの投石器と共に、瘴気の黒い靄が立ちこめるロムタヒマ王都へと向けられていた


「初めて見るのか?」

「あれだけ大きいのはな。冒険者が持つやつとか、防壁に備え付けるのなら目にすることもあるが」


 聞いてきたカヤードに答える。

 この世界は魔族や魔獣もいるから、高威力で射程もある石弩は正義だ。ルトゥオメレンでも、城壁には魔術強化された備え付けの石弩がずらっと並んでいた。


 僕とカヤードはチェリエカの町近くの小さな丘に登っていた。

 丁半に来た若い兵士に物見遊山気分を装って聞いてみたら、ここからならロムタヒマ包囲陣が一望できる、と言っていたからだ。……おい軍事機密どうしたという感じだが、敵は魔族なので人間の斥候はあまり警戒していないらしい。

 多分、仮初めの平和の間に弛緩したのだろう。あるいはそこまでの人的余裕が無いか……さらにあるいは、現在は隠すべき情報が無いか。


 なんにせよ、遠くからでも直に目にできるのはありがたい。


「矢は装填されていないのか?」


 遠目だが分かりづらいが、バリスタの発射台は空のようだった。気になって聞くと、カヤードは苦々しそうに頷く。


「ああ。前も言ったが増援が来ないし、あの靄を払う方法もないからな。悔しいが今下手につついても、逆に反撃で壊滅しかねない」

「フロヴェルス軍は手詰まりだからな。なるほど」


 僕は額に当てた手でひさしをつくって、陣営の様子を眺める。

 兵の数が少ない。陣地防衛のため、というより、見張りのための数くらいしかない。ロムタヒマ王都の周囲は平野だ。守りにくい地形ではあるが……。


「どうして急に、こんなところに来たいなんて言い出したんだ?」


 カヤードは僕の見張りだ。僕らが他国の間諜であるという疑いはまだ解かれていない。

 だからこそ僕はここに来ると決めた時、カヤードを誘ったわけだが。……どうせついてくるし。


「そりゃまあ、これでも占い師の弟子なわけでさ。状況の把握と今後の推測くらいしておかないと、帰った後で師匠に怒られるだろ?」

「それで、何が分かる?」


 カヤードの声は若干固い。おそらく、ここで白黒ハッキリさせるつもりなのだろう。

 まあ、僕はグレーを行くけどな。


「陣地に人数が少ない。仮に魔族が王都から出て攻めてきた場合、あの陣地はあっさり放棄されるな。フロヴェルス軍は王都周囲にある三つの町を防衛拠点として、魔族を迎え撃つつもりだ」


 僕は見たままの情報からフロヴェルス軍の現状を推測していく。


「つまり、現在のフロヴェルス軍は王都を攻める気が完全にない。あの陣地は完全に張りぼてだな」

「……その通りなのだけどな」


 せっかくなので、僕は逆に聞いてみることにした。


「勇者はどうした? 噂ではいるんだろう、あそこに」


 勇者が現われ魔族と戦っていることは、ルトゥオメレンの研究室にいた僕ですら聞き及んでいた。

 だが、レティリエが戦線を離れ、遺跡に向かったことは一般には非公開だ。

 対外的には、勇者は今もあの陣地で魔族の侵攻を食い止める壁となっている。


「勇者は普段はあの陣にはいない。あの靄を消す手段を探して、王都周辺を調査していると聞いている」


 本気でそう思っているのか、あるいは僕に嘘を吐いているのか、判断が難しい。カヤードはラスコーよりも落ち着いている分、内面を読みづらい。


「つまり攻城作戦は勇者待ちで、それまでは消極的に被害を減らす方にシフトしている状態、と」


 もちろんレティリエは今スズの宿であのゆっくり剣を振る訓練をしているので、あの靄を消す手段を探している勇者は存在しない。

 残念ながら囚われの王女さんは見捨てられたな。……というか、ここまで消極的だと新たな可能性も浮上してくる。


 フロヴェルス軍がチェリエカを名実共に占領しないのは、てっきり他国との外交関係からくる躊躇ではないかと思っていたが……むしろ、最終的に撤退も視野に入れての判断なのではないか。

 自国の領土でなければ、見捨てて退くという選択肢も選びやすい。そういった冷徹な思惑も加味されているのではないか。


「これも噂だけどさ」


 フロヴェルス軍を眺めながら、僕は彼の国の知り合いの一人を思い浮かべた。


 エスト・スロドゥマン・フリームヴェルタ。

 ふわっとしたストロベリーブロンドの髪と目尻の下がった優しげな顔が特徴の、一見柔和な女性。しかし性格は鼠の腐乱死体のようなゴミ具合で、役職は異端審問官長。

 王位継承権を持たない、神聖王国フロヴェルスの第二王女。


 あの女は言っていた。

 僕との会話の最中で、二百年前の勇者を蘇らせるくだりに……たしかに言った。

 フロヴェルスの王様は、死にかけていると。


「フロヴェルス王は高位神官でも治せない不治の病で、もう長くないと……本当か?」


 他国の王室にはそんなに詳しくないが、第二王女であるエストの年齢はだいたい二十歳前後だった。そして彼女には兄と姉が一人ずついるはずなので、第一子は二十五くらいと仮定してみると、王様の年齢は―――まあ、四十代の中ごろから五十過ぎ程度ではなかろうか。

 寿命には早いが、ただの病なら神聖王国の治癒術士が治すだろう。この世界の金持ちは長生きだからな。高額な治療魔法受けれるから。


「……そういう話、どこで聞くんだ?」

「これの情報源は僕も知らない。教えてくれたのは師匠だからね」


 今回、師匠には世話になりっぱなしだな。


「その師匠の名前は?」

「星詠みの魔女セピア・アノレ。世界最高の占星術師だよ」

「ルトゥオメレンか……」


 カヤードの声が苦々しい。フロヴェルスの隣国だからな。

 彼としては、仲良くなった僕らに妙な嫌疑をかけたくないに違いない。なんだかんだ甘いんだよな、僕らの監視役の二人。


「師匠の客には偉いさんがたくさんいるからな。だから、情報源は分からない。たとえ分かっていても言えない。その辺は理解してくれ」

「ああ……守秘義務はお互い様だ。しかし大物だな」


 そうなんだよなぁ……あの人、実はホントに大物なんだよ。大陸中に名前が知れてるくらいの人なんだよ。全く実感無いけど。

 バッドラックメイカーにトラブルシェイカー。悦楽主義者の確信犯で愉快犯。誰だあの人に予知なんて才能与えたヤツは。


「フロヴェルス王が長くないのが本当なら、王位継承の儀もすぐってことだ。だが、継承権一位の長兄はここでグダグダやっているときた。……このまま何の成果も上げられないとなると、王の資格無しとして第二位か第三位の継承者に王位を掠め取られかねない。それでなくても王になるなら内政掌握のために、ここで武勲の一つくらいたてておきたいところのはずだが」

「……なかなか鋭い推測だな」

「だが、自国の貴族は冬が過ぎても増援を寄越さない。瘴気の靄をなんとかするために遣わされた宮廷魔術師も無能だ。……だから長兄はこう考える。きっとこれは陰謀だ、祖国には自分を王にしたくない者がいるのだ、と。ああなるほど、やっと分かった。カヤード、君がもっとも警戒しているのはフロヴェルスからのスパイだな? 第一か第二王女の間諜に粗探しされるのがイヤなんだろ、継承権一位の王子様は」

「……なあお前、本当は間諜なんだろ? そう言ってくれ。でないとうちの王室のぼろぼろさが筒抜けな感じで絶望する」


 残念ながら僕はそういうのじゃないからなぁ。

 僕の見解はたしかに、この世界の民の視点ではない。こんな俯瞰をする一般人はさすがにいない。

 けれど、前世の歴史的事件と今世の仕組みを合わせて考えれば、ある程度こういう推測はつくものだ。


 ……あと、僕は仮にも術士の端くれなもので。


「魔術学院は陰謀の坩堝だったからな。こういう考え方には妙に慣れてしまったよ」


 肩をすくめて、僕はフロヴェルス軍から視線を切る。

 そしてカヤードへ……監視役である兵士へと、向き直った。


 本命の完成にも目処が立った。

 そろそろ動く準備をしなければならない。

 だから……僕は空言を風に乗せる。



「最近、星空に僕でも分かるような凶兆が顕われた。王子様に、身辺に気をつけろと伝えるといい」






「と、いうハッタリをかましてきた」


 夕食時、僕は三人にそう報告した。


 王子の身が危ないとか、モチロン嘘である。

 星空に凶兆て。惑星は恒星を軸に周回軌道してるだけだし、僕らのいる星も同じように楕円に動いているから不規則な動きをして見えるだけだし。なんていうか無限とも言える広大な宇宙が僕らの小さな国とか人とかの運命を表わすとか、もはや人類規模の思い上がりで自意識過剰って感じでチャンチャラおかしいったらありゃしないわけだが、そんなことを師匠に言ったら多分酷い目に遭わされるので沈黙は金なワケだが。


「……一応聞きますが、なんの効果があるんですか? リスクとリターンの採算は合っています? 軍の布陣を眺めながら王室スキャンダルもどきを暴くとか、普通なら間諜として拘束されて当然の立ち回りでは?」


 容赦の無いダメ出しだなモーヴォン。僕も少し危ないラインかなとは思ってたさ。


「仕方ないだろう? そもそも何の関係もない個人が一国の軍を動かすとか、無理にもほどがある。多少の無茶はしないと目にも止まらないんだ。ちょっとばかし頭よさげなことでも言って不穏な予言もどきをして、なんとか総司令の王子様の興味を惹こうとか考えてる僕のさもしい努力をもう少し労ったらどうなんだ?」

「まあいいですけどね。自分たちは見捨てますので、リッドさんは勝手に拘束されてくれれば。どうせ牢屋から浸透するように軍を腐らせるとか得意そうですし」

「最近人間について学び過ぎじゃないかモーヴォン? どこの誰だそんな冷たい発想を君に教え込んだのは。あとさすがに牢屋から軍をコントロールとか無理だろ。成功するにしても数年はかかる」


 あの夜、丁半の賭場に遅れて入ってきたモーヴォンはいつも通りの様子で、思わず僕らの勘違いだったのかと感じたほどだった。

 実際、ただの勘違いだったのかもしれない。星の位相を描くのが遅れたのは傷心ではなく、祝福の喜びからくる高揚のせいだった可能性もある。


 真実は分からない。分からない真実なんていくらでもある。……だから、分からないまま付き合うべきだ。

 彼が普通にしているなら、気を回すなんてそれこそ余計だろう。


「それで……つまり、ナーシェラン様の気を引こう、という作戦なのですね?」

「軍全体を騙すより、指揮官一人を騙す方が楽そうだからな」


 レティリエに言葉に、僕は頷く。


「フロヴェルスの第一王子は以前、第二王女に暗殺されかけたことがある。それは未遂に終わったし第二王女は王位継承権を剥奪されて修道院送りにされたわけだが……こういう機会に命を狙われる危険性は十分理解しているはずだ。多少は効くだろう」

「ですが、第一王女のマルナルッタ様は王位簒奪など考える方では……」

「それは野心が無いってことか? なら周囲の重臣が王位に据えたがるな。傀儡にするには丁度いい」


 フロヴェルスの王室については良く知らないが、第一王子が暗殺されない可能性がゼロだなんて、そんな馬鹿な話は無い。この世界はまだまだ血生臭いのだ。

 第一、そのマルナルッタ姫じゃなくても一人居る。やりそうなのが。


「一応だが、エストだって十分候補になる」

「あの方は……ですが、王位継承権を剥奪されて……」

「実は、剥奪されていない。自分で返納したんだ。修道院に入る時にな」


 僕だって酔狂でサイコロ転がしてわけじゃない。ちゃんと情報収集だってしていたのである。

 丁半にやってきた若い兵士に聞いた話では、フロヴェルスの第二王女は修道院に入る折、神に仕えるにあたって王位は不要として自ら返上したらしい。

 ―――そういうことに、なっているらしい。


「そもそも王女が兄と姉を殺そうとしたなんてスキャンダル、一般に公開するワケが無いんだ。知ってるのは城勤めの人間と一部の貴族くらいだろうさ。……だから王位継承権上位の者がみんな居なくなって、事件を知っている者が口を閉ざすような状況を作れば、しれっとやっぱりやりますって言い出すことも可能だと思う」


 その状況作りがまず高難度なのだが、あり得ない話ではない。

 というか、エストの性格だと見切り発車で暗殺に踏み切ってもおかしくない。ホントあいつどうかしてるよな。


 まあその第二王女様は今、ルトゥオメレンにご滞在のはずだが……子供のころと違って、彼女は異端審問官長という立場がある。フロヴェルス王国の裏の顔のような軍組織を使える力がある。

 だから、本人がどこにいようが疑えばキリが無い。


「ま、王子様の心労痛み入る、ってことだ。大変だな王族って」

「よく言うわ……脅したのはあんたでしょう?」


 ミルクスの呆れ声には、べぇと舌を出してやった。


「いいか、占い師の基本ってのはな、まず悪いことを予告してやるんだ。そして何も起こらなかったら、あなたが気をつけたからですね良かったですねと喜んでやる。これで誰もがハッピーになるだろ? 幸運を予言したらこうはいかない。当たらなかったら嘘つきだと恨まれる」

「胡散臭いことこの上ないわね……。気持ち悪いわ、そういうの」

「ちなみにその後、でも大変、さらなる悪運があなたを狙っています。でも大丈夫、これを持っていれば護ってくれるでしょう……とか言って安物の壺を高値で売りつけるまでがセットだ」

「……気をつけるわ。人間の占い師とか絶対に信じないようにする」


 うん。モーヴォンはともかく、ミルクスはそういうの騙されやすそうだからな。ちゃんと気をつけるんだぞ。


「ま、実になるかどうかは分からないが、種はまいた。あとは……こっちの方も、そろそろ効果が出てくれるといいんだが」


 ぼやくように言って、僕は懐からそれを取り出す。

 最近はもう常備するようになっている、二つの六面体。


 ツボも使わず適当に振ってみると、テーブルの上で転がって出た目は……一と六。イチロクの半。

 もっとも極端な二つの目だが、その和は期待値……丁度真ん中だった。

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