忠告
「つまりだね、準備役にスズを加えて交代制にした方がいいんじゃないか、って思ってね。そしたらうちとカヤードの番と、スズとラスコーの番で回せばいい。スズはラスコーと一緒の時間が増えるし、うちらは楽しいしいいことづくめ! 端から見てるだけでもいいし、横から茶々入れても面白い。ホントにくっつけば後々恩だって売れる。どうだい、乗らないかい?」
あぐらをかいてだらしなく床に座るメリアニッサは、酔って紅潮した顔でそうのたまう。
うーん、スズやレティリエと同じ思考回路だ。しかも取り繕わないからゲスさが目立って、自覚の無かったレティリエが気まずそうにしている。
「だってさ。どうするの、リッド?」
「自分もゲイルズさんの意見をお聞きしたいですね」
エルフ姉弟はなんで僕に聞くのかな。……丁半の取り仕切りが僕だからだね。そうだよね。
「待ってくれメリアニッサ。落ち着こう。それは運営に関わる問題だからな、少しこっちで相談させてくれ」
僕はエルフの押しつけに流されず、円陣を組むよう促す。この酔っ払いの相手を全部任せようなんて、そんな卑劣な策略には乗らないからな。
メリアニッサから離れた部屋の隅で四人で頭を付き合わせ、僕らは全員で表情を歪める。
みんな苦悶の表情だ。この状況に対する正解が分からないのである。
「どうしよう。僕は正直、こんな鈍感なヤツ見たことない」
「そうですね……。まさかラスコーさんのアタックに気づいてもいないとは」
僕のぼやきにレティリエが即同意する。
あんなわざとらしいアプローチに全く気づかないなんて、もはや驚嘆の域だもんな。大丈夫? その感受性で吟遊詩人やっていける? って感じだ。
……というかこれ、むしろ演技の方が現実味あるな。
ウルグラからのスパイである彼女が、フロヴェルスの監視役を引きはがそうと一芝居打っている可能性がある。これなら十分に分かる話だ。まあ、カヤードもフロヴェルス兵ではあるが、がつがつ来るラスコーよりは御しやすいだろう。
なかなか高度な情報戦じゃないか。ぜひ僕抜きでやってもらいたい。別に君らの事情なんてどうでもいいし。
「自分はあんな感じの人、他にも知っていますが」
「……奇遇ね、あたしも知ってる気がするわ」
エルフ姉弟が歯に何か挟まったような顔でそう言った。
……里にはあのレベルの朴念仁がいたのか。そりゃ、さぞやイライラしたことだろう。
しかし、たしかにメリアニッサが素で気づいていない激鈍天然女の可能性もあるんだよな。正直僕の目には、このへべれけが演技しているようには見えないし。
「わたしは、これは逆に良かったかもしれないと思っています」
小さいが強い意志を感じるレティリエの声に、僕は思考を中断して視線を向ける。
「……と、言うと?」
「ラスコーさんがああいう態度を取っているのは、わたしたちやメリアニッサさんに怪しまれず、自然に監視するためなのですよね。でしたら、二人の仲を応援するわけにはいきません。メリアニッサさんが気づいていないうちに遠ざけるべきだと考えます」
まあ、レティリエはそういう意見になるか。二人を準備係にしようと提案したのは彼女だもんな。
「ラスコーさんは別に悪事を働いているわけではないでしょう。効率的に仕事をこなしているだけですし。ただ、その邪魔をするとなると、下手をすればこちらに余計な詮索の目が向くのでは?」
モーヴォンは慎重派だ。
準備係の仕事は正直、大したことをするわけではない。現時点でカヤード合わせて三人居るのに、さらにスズを巻き込む必要はない。
あえてそれをやるなら、たしかに怪しまれないような理由がいる。
「分かってないわねモーヴォン。空回りとはいえ、メリアニッサの女心を弄ぼうとしてたってことなのよ。あたしは気に入らないわ。十分悪事だと思うし、この手で直々に処罰したいくらいよ」
ミルクスは過激派。
まあ、やり方が引っかかるのは分かる。恋愛感情すら武器にするスパイものの映画とか、前世ではテンプレ化するまであったが、あれってやられた方はすごく可哀想だったしな。
三人が立ち位置を表明して、僕に視線が集まる。
そうだな、順番的に僕の意見も言うべきだ。この問題をどうしたいのか、どの立ち位置を選ぶのか。
己が思う最良の未来を見据え、三人の納得できる落としどころを見つけるためにも、僕は自分の心内を明らかにする必要がある。
目を閉じて考えれば、関係者の姿が脳裏に浮かぶ。
砂色の髪をした兵士、カヤード。
宿屋の看板娘、スズ。
ドワーフの老鍛冶師、ヘイツ。
そして顎髭の兵士ラスコーと、吟遊詩人のキタラ奏者メリアニッサ。
全員の顔を思い出し、僕は一つ頷いてから目を開けた。
「もうこれ面倒だし放っておこうぜ……」
「リッドさん?」「リッド?」
笑顔が怖いよレティリエさん……。ミルクスも軽蔑の視線を向けるないで。
だってこいつらが一堂に会するの想像すると、背景が丁半の賭場なんだもん。全員酒飲んで騒いでるんだぞ。脱力するしかないじゃないか。
「まあそれは冗談なんだが、魔王のいる都の目の前でやることかよという気分がな……」
「それは……それは分かりますが、どうかもっと真面目になってください!」
「そもそも全部の発端があんただって分かってる?」
この時間、錬金術の構築とかやっていたいんだけどなぁ……。今造ってるやつ、完成度がロムタヒマ王都潜入時の生存率に影響するんだけどなぁ……。
「……おそらくだが、スズを準備係に入れて当番制にする、と言っても成立しないだろう。スズは本気でラスコーとメリアニッサを応援しているし、ラスコーだって現状を維持したいはずだ。この二人の了解が得られる可能性は無いと見ていいだろう」
つまり、不自然なゴリ押しでもしないとメリアニッサの要望をかなえるのは無理だ。
レティリエが泣きそうな顔をしても、こればっかりは容易に予想できる未来である。
「とはいえ、ミルクスの言うように処罰するのも難しい。やり方が気に入らないのは分かるが、ラスコーが監視役として仕事することを罪とは言えない。それに騙してるって証拠も無いからな。ヘイツの忠告も、彼の立場を考えれば公にしたくないところだ」
不満げにムスッとするミルクスだが、反論は返ってこない。立証が難しいことは理解してくれたのだろう。
結局、モーヴォンの意見が常識的なんだよな。
メリアニッサの今の状況を作り出したのは僕らだが、間違いだったと気づいてみても後の祭りだ。この件は正直、手遅れという言葉がふさわしい。
「あの……よろしいですか?」
レティリエが小さく手を挙げた。
「間諜の疑惑がわたしたちにかけられている以上、余計な危険は避けるべきと考えるのはわたしも賛成です。あの二人を遠ざけるのは難しいかもしれません。ですが……それならばもう、メリアニッサさんにラスコーさんが監視役であることを話してしまうわけにはいかないでしょうか?」
「ふむ……」
レティリエが心配しているのは、あくまでメリアニッサが天然鈍感女で、ラスコーのわざとらしい好意に気づいていない状況なのだろう。
彼女がどれほど鈍感でも、これから気づく可能性はある。そしてそのまま、その偽の求愛に応じてしまう可能性だってあるのだ。
この状況をつくってしまった側として、たしかにそれだけは避けたいな。
「……いいと思う。彼女に気をつけて貰えば、最悪の悲しい結末は防げるだろう。僕らにもデメリットはない。うん、そう伝えてしまうか」
僕の予想する、メリアニッサが他国からのスパイで一芝居打ってる説、の場合は何の解決にもないが、そんなの知ったことじゃないしな。
落としどころとしてはその辺だろう。
僕はミルクスとモーヴォンにも目線で確認して、メリアニッサに向き直る。
「お、話はついたかい? しっかしあんたら、仲いいよね」
酔った様子のままの吟遊詩人はケラケラ笑うが、こちらは真面目な顔で相対した。
「メリアニッサ。カヤードとラスコーの仕事が何か知っているか?」
「うん? フロヴェルスの兵士さんだろ?」
「ああ。そして、他国からの間諜を見つけ出し、監視する役でもある」
僕の言葉に、メリアニッサの目がスゥ、と細くなる。瞳に宿る光が鋭くなる。
どっちだ?
彼女は吟遊詩人か、それともスパイか。どちらか断定できれば、今後動きやすくなる。できれば見極めておいた方がいいだろう。
「ヘイツから聞いたが、彼らは君と僕らを疑っているらしい。だから君がスズを準備係に入れてラスコーと組ませたいと言っても、拒否するだろう。彼らとしては君をより近くで監視したいはずだからね。交代制は彼らにとって不都合があるし、油断を誘うために、できれば仲良くなっておきたい、とかも考えているはずだ」
ラスコーの演技に対しても忠告しつつ、彼女の提案を断わる。
ヘイツの名前を出したのは申し訳ないが、情報元を明らかにしないと実は僕らが間諜ではないかと疑われかねないし、しかたない。
「それだと、カヤードが準備をサボってるのに説明がつかなくないかい?」
「役割分担だろう。ラスコーは君を、カヤードは僕らをそれとなく監視しているんじゃないかな」
ふむぅ、とメリアニッサは腕を組み、目を閉じる。考えるときのクセなのか、右手の人差し指が左の二の腕を、一定のリズムでトントン叩いていた。
もし彼女がスパイでもなんでもなかった場合、そうとうショックなのではなかろうか。
メリアニッサにとって恋愛感情がなくとも、ラスコーは故郷を離れた地でできた親しい友人だったはずだ。そんな相手が自分を騙して監視していたとあっては、それこそ足下が瓦解する想いだろう。
やはり伝えるのは早計だったか……そんな考えが頭をよぎるが、しかしこのタイミングでなければおそらく逸する。これが最善だと思いたい。
トン、トン、と二の腕を叩いていた人差し指が止まる。僕たちは彼女の顔に注視する。
はたして、メリアニッサは何を思うのか―――。
「……ぐぅ」
僕は無言で右手を伸ばすと、親指に中指の先を引っかけ、ぷるぷる震えるほどの力を溜めてから最大威力のデコピンを解き放つ。
ほげぇっ、と悲鳴が上がった。ちなみに誰も止めなかった。
「痛ったぁ……ちょ、吟遊詩人の顔は大事なんだよ。痣でも残ったらどうしてくれるのさ」
「おう、まだ寝言いってるのか。頬もつねるか?」
「待った待った。ラスコーたちが監視してるって話だろ。聞いてた聞いてた!」
これで聞いてなかったら地味に痛い罰フルコースの刑だったぞお前。しっぺとか。
「まあ、吟遊詩人としちゃ悲しいね。うちの詩に聴き惚れて来てくれてたんじゃないってことだしさ」
む……そうか。詩人からしたら、まずそこなのか。
音楽で生きる彼女にとって、歌を聴きに通う客の存在は生きがいだろう。
常連である兵士が監視の仕事で来ていたと知れば、たしかに落胆してもしかたない。
「けどま、どんな理由でも聴きに来てくれるんだ。ありがたい存在さ。というか、いずれ仕事じゃ無くなっても来るように、うちの詩の虜にしてやればいいだけの話だね」
ケラケラと笑う彼女は、吟遊詩人としてこの上なく強く、美しく見えて。
以前聞いた、彼女がこの町に来た理由も思い出して。
彼女が間諜かどうかという疑惑は、晴れないだろう。白いカラスはいないという証明は、世界中のカラスを確認しなければできない。
結局のところ、信じるか否か、という話だ。
……まあ、元々どっちだったところで、僕らには大して不利益はないんだ。
いいだろう。君はただの吟遊詩人ってことでいいさ。
「とにかく、そんなわけで君の提案には乗れない。乗りたくても実現が難しいからな。個人的にはスズとラスコーが上手くいくならそれも見てみたいと思うが……それより、まず君の心配が先だ。怪しい行動をしないよう気をつけてくれよ。平和が続いているように見えるが、今もこの町は戦時中だ。ちょっとのことで投獄だってあり得るんだからな」
僕はしっかりと忠告する。
メリアニッサはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、ありがとう。気をつけるよ」
―――そうして。
メリアニッサに忠告した数日後、その事案は舞い込んだ。
「実は、メリアニッサに結婚を申し込もうと思うんだ」
昼もかなり過ぎて、食事時からズレた時間。
ラスコーに呼び出され、人気のない酒場の端のテーブルに座った僕らは、そう打ち明けられて頭を抱えることとなったのだ。




