レティリエの策
「と、いうことがあったんだが、あの二人をくっつける作戦って何かあるか?」
昨日に引き続き屋根の上に登って、僕らはまた四人で天体観測を行っていた。
せっかくなのでモーヴォンにはさらに細かく写生させている。彼は彼で向上心が高いので、真剣に空の様子を描いていた。……あまり役に立つことはないだろうが、いずれ緯度経度の出し方くらいは教えようかな。
「……とりあえず、あんたがスズとデートしてメリアニッサとお酒飲んでたのは分かったわ」
「失敬な。一緒に買い物に出ただけだし、僕は酒なんか飲んでないぞ。あと君らはその間寝てた」
ミルクスが月明かりでも分かるほど眉間にしわを寄せてイヤミを言ってきたので、僕はイヤミで返す。
まあ疲れてただろうし一日くらいはいいのだが、明日からも同じ調子じゃ困る。
「あの二人をですか……。もしそうなったら素敵ですよね」
レティリエは星を見上げながら、夢見るような声で呟く。……色恋の話とか好きなのか。意外ではないけど、新しい発見だな。
「その話は、星の位相を写す作業よりは有益なのですか?」
モーヴォンの問いには、僕は頷いて答える。
「多少はマシかな。僕らはフロヴェルス軍に干渉したいから、その窓口になり得るラスコーに恩を売れるなら売っておきたい。あと占い師の弟子って嘘を補強するためなら、暇そうに見られてた方がいい」
「暇つぶしで恋愛話に盛り上がるふり、ですか。まあ、悪くはないでしょうけどね……」
本当は忙しいけどな。主に僕は。
今日だってあれからひたすらインク造ってたし、明日からは本格的に術式を書いていかなければならない。
ルトゥオメレン以来の、久しぶりに引きこもり生活が待っている。……といっても、一日おきくらいで賭場に出るけどさ。
「自分に案はありませんね。恋愛の話はいまいちピンときませんし。ラスコーさんをどう思うか、メリアニッサさんに直接聞いてみては?」
「すごいなモーヴォン。それをしないよう迂遠にやる方法がないか相談しているんだが……ミルクス、この歳のエルフはみんなこんな感じなのか?」
「そんなことないわよ。モーヴォンは本の虫だから興味ないだけ」
文化系硬派かぁ。
彼、術士としては優秀なんだが、恋愛関係については僕より頼りにならなさそうだ。
「ちなみに、あたしは関わるの反対。スズは面白がってるけど、メリアニッサにその気が無いなら余計なお世話だもの。本人を置きざりにして周りが盛り上がるとか、自分だったら想像するだけで最悪だわ」
ミルクスは関与に反対の立場か。スズが発端だから彼女も乗ってくるかと思ったが。
しかし、たしかに言っていることは正論だ。模範解答だろう。恋愛なんて本人達だけで盛り上がればいいのだ。外野は様子を垣間見るくらいで満足しといた方がいい。
「メリアニッサさんにも脈はあると思いますよ、わたしは」
そう言ったのはレティリエだった。……意外だな。僕はその芽はなさそうだと思ったが。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、あの丁半ってゲームを次もやろうって言い出したの、メリアニッサさんだったじゃないですか。それも、とても乗り気で。もしあの場に嫌いな人がいたなら、次の約束なんてしないと思いますよ」
その意見には、僕ら三人ともが唸る。
なるほど。たしかに次を言い出したのはメリアニッサだった。思い返してみても、ラスコーに対するメリアニッサの接し方におかしいことはなかったし、少なくとも避けていたような印象はない。
「それは嫌われていないというだけで、好かれているわけでもないのでは?」
「けれど、チャンスはあるかもしれないわね……」
エルフ姉弟も腕を組んで悩んでいる。
「どうでしょう? お二人の距離が一番近づくのはあのゲームの最中でしょうし、その時に背中を少しだけ押してみては?」
物理的にも精神的にもたしかに近いよな。同じ趣味の時間を一緒に過ごすってのは大きい。
問題は、多分その背中を押す役が僕になるってことなんだが。
「具体的には、何かアイディアがあるのか?」
僕が期待せずに……というか、何も無いことを期待して問うと、レティリエはニコリと微笑んだ。
「こういうのはどうでしょう」
「だから、あのときは前の勝負で振ったままのサイコロを使っただろう?」
「けどなぁ、その時から仕込んでたら分からねぇじゃないか」
「何の意味があるんだよ。というか、どうやって仕込むんだよ」
朝方まで作業してから寝台に横になった僕は、昨日と同じ時間に酒場へと降りた。……こういう生活習慣に慣れてるから、きっかけがあるとすぐ夜型に寄ってしまうな。最近ずっと健康的だったんだけど。
酒場には何事かを言い争っているラスコーとカヤードがいて、僕が来たことに気づくと手を挙げて呼んでくる。
「おーい、リッド。こっちに来てくれ。この分からず屋に言ってやってくれ」
まあ、聞こえてたから話の内容は分かるけどな……。あの二人、身体と同じで声がデカいんだよ。
僕はスズに昨日と同じ注文をしてから、二人のテーブルに寄っていく。
少し時間がずれてるせいか、店内は空席が目立つ。多分一時間前くらいには満杯で、メリアニッサが上機嫌にキタラを演奏してただろうが、食事時を過ぎるとこんなものか。
カヤードが自分の隣の椅子を引いたので、そこに座った。
「おはよう、二人とも。昼休憩か?」
「こんにちは、だよ寝ぼすけ。ああ、少し遅めの飯だ。食ったらすぐに戻らなきゃいけないんだが、昨日からラスコーが鬱陶しくてな。どうか仕事に戻る前に、コイツの疑念を晴らしてやってくれ」
「はあ……。いいけど、ラスコーはなにが疑問なんだ?」
僕はとりあえずすっとぼける。
こちらからイカサマの話だな? なんて言ったら、実はやってたからそんなに察しが良いんだろ、なんて言われかねない。
「実はな、ラスコーがあのときのサイコロはイカサマだったんじゃないかって怪しんでるんだ」
「だってよぉ、流れとかやっぱ分かんねぇし……」
呆れたようなカヤードに、歯切れの悪いラスコー。
うん、予想通り。けれどマジか。丸一日以上たってるのに、未だにその話題で盛り上がれるのかこの二人。
「イカサマではないよ。といっても、イカサマをしていないという証拠はない。……まあ、使える場面でもなかったと思うし、そもそも丁半のイカサマは難易度が高くて僕には使えないんだが。こればっかりは信用してもらわないとな」
僕の答えに、二人は顔を見合わせる。僕は彼らが食べていた魚の乾物を一つつまんで口に運んだ。
「あれにイカサマってあるのか?」
「どうやるんだ?」
二人が興味津々で聞いてくる。僕は乾物を良く噛んでから飲み込む。
「簡単なのは、サイコロに重しを仕込んでおく方法だな。決まった目しか出ないから、たまに使って主催とグルのヤツに賭けさせればいい」
「それは考えたよ。けど、ないって結論だ。君の連れのエルフの嬢ちゃんは負けてたもんな」
そう考えると、ミルクスにビギナーズラックが発動しなくて良かったよな。ちょこちょこと一枚ずつ賭けて、最終的に銀貨三枚残ったんだっけ?
「次に魔法によるイカサマだが……」
「それもないな」
「ああ、ない」
意外なことに、兵士二人は揃って頷いた。内心で驚いていると、ラスコーが顎髭を弄りながらぼやく。
「魔法使いとの相対の仕方は訓練を受けてる。お前が魔術師なのは分かるが、だからこそちゃんと見させてもらってたぜ。呪文も挙動もそれらしいものはなかった」
「すごいな、フロヴェルス兵は魔術師戦を想定してるのか」
「ああ。お国の隣にはルトゥオメレンもあるしな。友好関係とはいえ普通は、いざって時の対策くらいしておくだろ?」
わぁお。
とはいえ当然か。ルトゥオメレンは国土的にも人口的にもフロヴェルスに比べれば小国だが、魔術師の量と質はピカイチだ。……だがそれは、魔術の対策さえしておけば、ルトゥオメレンは怖くない国ということでもある。
しかし、無いことを断言するのは難しい。白いカラスの存在を否定するには、世界の全てのカラスが黒いことを知る必要がある。
そうとうな自信が無い限り、僕が何らかの魔術を使用していないと断言することはできないはずだ。
うん、これは僕の認識が少し浅かった。彼らは警戒に値する使い手だ。
「一応言っておくが、僕は厳密には魔術師ではないよ。占術と魔術は似て非なるものだ」
まあ共通点は多いし、師匠は両方使うけど。
あと僕は錬金術師だけど。
「あと他のイカサマ方法だと、毛返しって方法があるな。こう、ツボの口に髪の毛を張っておいて、開くときに毛で引っかけてサイコロの目を変えるっていう技だ」
「そんな方法があるのかっ?」
「もっとも、やる前にサイコロの目を確認しないと意味がないけどな。あの状況では、それをやれるなら毛返しなんてする意味が無い」
「……そりゃそうだな」
難しいしな、毛返し。まずサイコロを引っかけて転がすのが難しいし、転がしたとしても丁から丁、もしくは半から半になる可能性がある。完璧にやるのは熟練の技だ。
「たとえば編み筐のようなツボなら、指で押せば覗く隙間ができるよう細工する手もあるんだが……使ってたのは木のコップだしな」
「ほほぅ、あんなゲームでも、イカサマはあるんだな」
「あるだけさ。ツボ振りはイカサマなんかする理由が無いよ。自分は賭けに参加してないんだからな」
肩をすくめるが、しかし、と僕は続ける。
「金を賭ける以上、イカサマを疑うのは当然だ。今夜から最初に、君らに仕掛けがないか確認してもらうことにするよ」
「そこまでしたいわけじゃないんだが……」
「いや、ぜひ確認してくれ。こっちはイカサマなんてする気はないが、賭けだからな。変に疑いをもたれるより、気の済むまで調べてもらった方がこっちも気が楽だ」
こういうのは信用と納得が重要だ。疑いだしたらキリがないし、潔白を証明する努力を怠ってはならない。
―――あと、この流れなら自然に言い出せることがある。
「……それに、実は他にも頼みたいことがあるんだ」
僕はそう、彼らにすべき本命の話を切り出した。
実は最初から、この話をするタイミングを狙っていたのだ。
「頼みってなんだよ。あんまり難しいことは期待するなよ?」
「いや、準備の仕切りを頼みたいだけさ。僕らは星の観測で支度に参加できないからな」
「なんだ、そんなの頼まれなくても……」
「具体的には、机の移動などの設営。場所代という名の酒代の回収。参加者全員の席決め。そして、初参加者に対するルール説明を実演込みでやってもらいたい」
指折りで数えつつ言うと、むぅ、と二人が唸る。
「他はともかく、金の回収もか?」
「ああ。そして道具の仕掛けの有無ももちろん君らに確認してもらう」
設営やルール説明はともかく、金の回収や席決めはただの一参加者に任せることではない。そこまで取り仕切る者は、運営側に寄る。
つまりは、彼らに客側の代表として働いてほしい、と僕はお願いしているわけだ。
ま、とはいえ大したことでもない。飲み会とかの幹事みたいなものだな。
二人が渋面なのも、単純に面倒なだけだろう。
案の定、これから毎回仕事を押しつけられると悟ったラスコーが視線を泳がせる。
「うーん……まあ、今回やるのはいいが、そういう役は持ち回り制にするべき……」
「そうだ、メリアニッサにも頼んでみよう。彼女、こういうのは好きそうだ」
「いや、責任を持って引き受けられる人間がやるべきだな。任せろ」
分っかりやすいなコイツ。あとカヤードに白い目で見られてるぞ君。
「じゃあ、今日からよろしく頼む。メリアニッサには後で僕から頼んでおくよ」
レティリエの提案はこうだ。
ラスコーとメリアニッサに、共同で仕事を手伝わせれば良い。
共同作業をすれば関わりが増えるし、一緒にいる時間も多くなり、話題にも困らなくなる。だからこれまでより一層親密になりやすくなれるはず―――。
つまり、面倒を押しつけるだけで善行が積めるとかいう奇蹟のような策である。
素晴らしいなレティリエ。めっちゃ策士じゃん。最高だなこれ!
巻き添えを食らう形のカヤードは可哀想だが、彼にも気を効かせて若い二人に仕事を全部押しつけるムーブをオススメしておこう。上手くあの二人がペアで行動するようになれば完璧だ。
うん、よし! そこまでやったところで効果が現われるかどうか微妙だが、僕らが干渉するにもこれくらいが限度だろう。できることは全てやったな。
「楽しそうね。何の話してるの?」
スズが僕の注文分の料理を持って来てそう聞いたので、僕は笑って答える。
「この二人とメリアニッサに、丁半の準備役をやってもらおうと思ってね」
「なるほど、それはいいわね!」
アイコンタクトで察したのか、スズも喜ぶ。
これでそもそもの発端である彼女も満足してくれるだろう。いやぁ、良かった良かった。
……まあ問題は、丁半が賭博だってことだけど。
賭け事である以上、毎回みんなが楽しく和やかに終わるわけじゃない。むしろ、勝ちと負けの天秤が釣り合うからこその丁半博打である。
また、参加者たちの協力で成立するゲームである以上、和を乱す者がいれば崩れやすいという脆さも持つ。
そんな場で恋心を育むなんて綱渡り、上手くいくかかなり怪しいところだ。これ以上はちょっと責任持てないな、僕。
何せ、全てはサイコロの出目次第なんだし。




