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2. 回り出す歯車

 

「「お疲れ様でーす!」」


 どの都市にもある有名チェーンの居酒屋は金曜の夜10時をむかえ盛り上がりを増している。

 一角の団体用テーブルにはスーツの 上着を脱いだ仕事帰りと思わしき男女が酒を酌み交わしていた。


「いやぁ、この店舗オープンは大変だったけどこうやって無事初日を乗り越えることができて皆には感謝してる!ありがとう!」


 部長、お疲れ様です!と野次がとぶ。

 団体はフランチャイズのコンビニエンスストアを展開する本社企画室スタッフ総勢12名だ。

 今日はとある地方の大きな一等地に広い土地を生かした新形態の店舗がオープンし、その視察とヘルプに珍しく本社の人間が地方に集まっていた。


 各々盛り上がりをみせる中で一人淡々と飲み食いをしている女性がいた。

 女性は左腕につけた腕時計にチラリと目をやった。


「部長、お食事の最中失礼します。先日申告しましたが私本日はこのまま実家に帰って泊まります。しかし駅から遠く弟に迎えに来てもらわなくてはいけないのでそろそろ失礼致します」

「あぁ、もうそんな時間か。わかった。有馬さんも今日はご苦労様でした。ご家族に宜しく伝えてね」

「ありがとうございます。それでは失礼致します」


 そう言うと鞄と上着を手に持ち颯爽と店を出ていった。



「あれ、有馬さんもう帰るんだ?」

「ご実家が近くなんですって。まぁ、これで有馬さんの分の宿泊費が浮いたから経費削減になったか もですぅ」

「そうだねー。実家があるならそっちのがいいよねー。それにしても有馬さんっていっつも仏頂面して美人が台無しだよねー」

「名前も春姫ハルキちゃんで可愛らしいのにぃ。合コンも興味無いって断られちゃったんですよぉ」

「お、何!?合コン行ったのー?俺も誘ってよー」

「何いってるんですかぁ、奥さんに怒られますよ!」



 酔っぱらい逹は元気にお代りを注文していた───。



 ・・・



 有馬春姫アリマハルキは駅のロータリーに停車している青色のコンパクトカーの助手席に乗り込む。


修司シュウジ、ありがとう」

「お疲れ様。途中で出てきて大丈夫なの?会社の人との飲み会なんでしょ?」


 シートベルトを確認し車は発車する。


「いいのよ飲み会なんて。つまらない上司の愚痴聞いて、薄いお酒飲んで味の濃いおつまみ食べて…

 これで残業代が出ないんだから最低最悪よ」

「姉ちゃん相変わらずだね。彼氏できた?今年で27っしょ?」


 弟の修司は4つ下で昔っから何をするにも要領が良くて人付き合いも上手い。

 たしか彼女は高校生の頃からずっと付き合っている同い年の可愛い子で結婚したいと話していたのを覚えている。


「私に彼氏なんて出来るわけないでしょ。お母さんには悪いけど昔からそういうの興味ないのよ。」

「もしかして、女の人が好きとか?」

「そーゆうのじゃないわよ!」

「ちょ、危ねぇよ!ごめんって」


 運転中の弟はわき腹を肘鉄されて懲りたのか大人しくなった。

 春姫はため息をつき車窓に流れる地元の風景を眺めた。




「ふぅ」


 久しぶりに実家のお風呂に入り自分の部屋のベッドに横たわる。

 自分の部屋だが一人暮らしをはじめてから徐々に荷物置き場となっていき今は時期外れの荷物で半分埋まっているが青春を過ごした部屋は落ち着く。


「彼氏かぁ…」


 車の中で弟に言われたことを思いだした。昔から過度な人付き合いは苦手で友達も狭く深くのタイプだ。

 ありがたいことに容姿には恵まれており高校生になってからは男子に告白をされたこともあったりしたけれど、恋愛感情というものが自分にあるのかが疑わしい。

 よくドラマなどで繰り広げられるあの人が好き!とか、今すぐ会いたいの!なんて気持ちが全く分からない。

 正直、一時の気持ちに振り回されて仕事や友情を疎かにして大丈夫なの?とツッコミみしているほどに。

 学生時代に好きだったバンドも音楽は好きだがメンバーの誰々が好き!という気持ちはわいてこなかった。

 一生好きな人の事で悩んだりときめいたりする気持ちは味わえないのか?と悩んだ時期もあったけれど最近は割り切って仕事に打ち込んでいる。


 しかしこれから先、一生ひとりで…と考えると不安がないとは言い切れない。


「はぁ、考えてもしょうがないもんね」

 スマホを充電器にセットし寝ようと布団に潜り込んだ。


「ん?」


 静かな部屋で何かがカタカタと動いてる音がする。耳を済ませると今は使っていない机の引き出しから音がするようだ。

 なんだか気持ちが悪いけれど一度気になったら寝付けないし布団を出て引き出しをあけてみた。


 引き出しの中には昔使っていた参考書や筆記用具と一緒に古い携帯電話がしまいこんだまになっていた。

 携帯電話には昔好きだったバンドのマスコットキャラクターのストラップがついている。

「懐かしいな」何も考えずに携帯を手に取る───と




『姫様!やっとお会いできました!』




 ストラップが動き喋った!!!

 驚いて声も出ず携帯電話をうっかり床に落としてしまう。


『いったたた…もう、何するんですかぁ』


 床に落ちた携帯のストラップは起き上がり滑らかにしゃべる。

 何がなんだかわからないけど弟が驚かせるために何かしたのかもしれない!隣の部屋に飛び込み弟に怒鳴り込みに行く。


「ちょっとー!修司ぃ!私の部屋に入って何かしたの!??」

「何言ってるんだよ?姉ちゃんの部屋なんて入んないよ!それより今チャットしながらオンラインゲームしてるからだまってて!」


 ぴしゃりと部屋から追い出されてしまった。し、失礼な弟っ!

 恐る恐る自分の部屋に戻るとストラップは床の上で正座をしていた。


『あのぅ、とりあえずこれ重いので外してもらえませんか?』


 携帯電話が重いらしい。マスコットキャラクターの頭部分に着いていた金具をハサミでこじ開けて外してあげる。


『ふぅ、やっと頭が軽くなりました。ありがとうございます』


 そう言うとマスコットキャラクターは深々とお辞儀をする。

 不審に思いマスコットキャラクターを持ち上げ隅々調べるがふにふにと綿の手触りだけがする。


「何なのこれ?何かの企画?カメラとマイクでもついてるの!?」

『痛いです!お止めくださいっ!ご説明申し上げます からっっ』


 短い手足をジタバタさせて抵抗してくる。



 ・・・



『私、名をシリルと申します。

 セラフィスという国にて魔道師の職についておりました。

 本日ここに参りましたのは姫様の生まれ変わりである貴女様に国を救い、そしてご自身の恋心を取り戻していただきたいのからなのです!』





「…………はい?」




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