10. アイス・ウルフ
「さてと、…ってどうやって行くの?」
てっきり行くための手段が用意されていると思っていたので町の門を開けても何もないのであれっ?と思った。
「相手は魔物だから貴重な馬が殺られたりしたら困るからな、徒歩で行くんだ」
「魔物が出るらしい場所までは3、4時間かかる予定だよ。大丈夫かい?」
「な、なるほどね!オッケー、歩くのはもう慣れっこよ。早く行きましょ!」
また徒歩で!?と心の中で思ったけれど勿論文句なんて言えない。
一緒に連れていってもらえるだけでもありがたいのだ。筋肉痛はだいぶ収まっているし体力作りだと思って頑張らなきゃ!
町を出て馬車通りに沿って歩いていく。道が作られているだけで山の獣道に比べると疲れ具合が全く違う!
時おり小鳥のさえずりや、小動物が私達に気づいて隠れる様子がする。
しばらくすると太陽も昇り、歩いていて暑くなってきたくらいだ。
そろそろ目的の場所まで歩いてきただろうか?
ふと、さっきまでしていた小鳥のさえずりか聞こえなくなったと同時に急に空気が変わった気がした。
「なんだか…寒くなってきたわね。洞窟に入ったわけでもないのに」
空は晴天で陽射しもあるのに空気が冷たい。汗ばんでいたからか急な気温の変化に体が冷えてきた。
そんな私の些細な様子に気づいたのかラインハルトさんが着ている革のジャケットを脱ぎ私の肩にかけてくれた。
「ラインハルトさんも寒いでしょ?」
「いいんだ、体を動かすには腕回りが軽い方がいいしね!」
ウインクをし着るように促してくる。
これは恋心のある普通の女の子ならイチコロなんだろうなぁ…
「では、お言葉に甘えて…」
「ラインハルト、この寒さは異様だな」
「確かに。もう魔物のテリトリーに入ったんだろうな」
素直にジャケットを借り腕を通しているとバッグの中からシリルが私をとんとんと叩く。
どうしたのかと思い顔を向けるとぬいぐるみのフリをしたままゆっくりと腕を右側の茂みに向ける。
「…ロイ、あの茂み!」
地図を確認しているロイの袖を引っ張りシリルが教えてくれた茂みを指差す。
茂みは10メートルくらい先にある。気にしないで通りすぎれば気が付かないがよく見てみると葉の一部は霜が付いているのか白くなり地面にも霜がはっている。
茂みの異変に気づくとラインハルトさんは私の前に出てロングソードに手をかける。ロイも腰から2本のタガーナイフを両手に取る。
こちらが警戒したことに気づいたのか茂みの奥から低い唸り声が聞こえてきた。
「こいつは…アイス・ウルフか!?」
「そうだろう。ハル、奴の吐く息に当たると当たった部分が凍ってしまう。噛まれると全身が凍りついてしまう。僕たちに任せて後ろの岩にゆっくりと隠れているんだ」
私は静かに頷くとゆっくりと後退して岩かげに身を潜めた。
それを確認すると二人は左右分かれて茂みに向かって走りだしラインハルトさんが口笛を吹いてアイス・ウルフの注意を引き付ける!
すると茂みの中から"何か"がふたつ、飛び出してきた!
ロイは脇腹に蹴りかかり、ラインハルトさんは剣で飛びかかってくる"何か"を振り払うと、"何か"はくるりと身を翻し地面に着地して再び威嚇の唸り声を発する。
「やはり、アイス・ウルフだね!ロイ、君はリーチが短い、気を付けてくれ」
「ああ!」
アイス・ウルフは姿勢を低くして地面に爪を立て牙を剥き出しにし白い息を吐く。
毛色は真っ白で所々氷の粒なのかキラリと輝く。
『ハル、アイス・ウルフは群れで行動し集団で狩りをします!あの二匹以外にもまだ潜んでいる可能性が高いです!念のためにこれを手に!』
「ありがとう!」
シリルはそう言うと赤い魔法石を2つ私の手に乗せる。火の魔法石だ。
両手に一つづつしっかり握っていつても投げられるよう準備をする。
しかし初めて見る魔物、初めて見る本物の戦闘に正直手も足も震えが止まらない。
アイス・ウルフはそれぞれにらみ合いを続けている。
唸り声が途絶えた一瞬、ラインハルトさんはロングソードでアイス・ウルフに切りつける!
アイス・ウルフは大きく飛び跳ねくるりと空中で向きを変えると鋭い爪を伸ばし振りかぶる!
鋭い爪が顔面すぐ側まで迫り危ない!そう思った次の瞬間、ロングソードはアイス・ウルフの脇腹に入り込みチワワのようにか細く鳴いたかと思うとその場にアイス・ウルフが倒れ落ちる。
その様子を見てロイに唸りかかっているアイス・ウルフが怒りに任せラインハルトさんに向かおうと体をしならせると、すかさずロイがタガーナイフをぐっと握り締めアイス・ウルフの首元目掛けて素早く動く!
あまりに恐怖を感じると瞼は動くのを忘れてしまうのだろうか?目の水分が乾いて痛いと感じるまで瞬きをするのを忘れていた。
二匹のアイス・ウルフが倒れ混むと鳴き声と血の臭いに気づいたのか奥から更に二匹と、更に一際大きな体をした一匹が飛び出してきた!
ロイとラインハルトさんは再びアイス・ウルフに斬りかかる!
その時、つい顔を出しすぎてしまっていたのか大きな体をしたアイス・ウルフと目が合った。
口から大きな唸り声をあげ、まわりの草木を凍らせたかと思うと大きくジャンプしこちらに向かってきた!
「つっ!?」
『ハル、早く石を投げて!!』
大きなアイス・ウルフの爪が地面にめり込み、一歩かけ出す度に地面には深く爪痕が刻まれる。
口から見える牙は鋭く、吐く息は途端に結晶の粒となり空中に舞っている。
震える手は"動け!石を投げろ!"と言う脳からの信号を拒否しているのかなぜだか動かない。
『「「ハル!!」」』
3人の声にやっと我にかえったのか腕はアイス・ウルフめがけて魔法石を投げ飛ばした!
しかしアイス・ウルフの足は早く随分と距離が近くなっていた。目先2メートル!魔法石の衝撃に備えてとっさに腕が顔の前に出る。
まるでスローモーションのように見えた。
魔法石はアイス・ウルフの胸元にぶつかると赤く発光して割れ、その場に大きな爆発と炎が舞い上がった!
『───風よ!!───』
火の粉と爆風は目の前で風の盾に守られ私は何ともなかった。
バッグから飛びだしたシリルが間一髪私を守ってくれた。
大きなアイス・ウルフは魔法石により倒れている。
呆然としすぐには何が起こったのかわからなかった。
『ハル、よくできましたね!怖かったでしょう?お助けするのがギリギリになってしまってすいません』
「シリル、ありがとう!私、すぐ動けなかった、ごめんなさい!」
『謝らないでください。ハルは良くやってくれました!』
涙目になってシリルに抱きついた!
すると、目の前に手が差し出され立つように促された。すっかり腰が抜けてしまっていたのでよろよろと立ち上がる。
「すごいなハル!ハルが倒したのが親玉だったみたいで倒れたら急に他のアイス・ウルフが狼狽えてたぞ。おかげで退治しやすくなった!」
「も、もう終わったの?」
「ああ、親玉1匹と子分4匹。退治完了だな」
ロイはそう言うと立ちあがった私の髪の毛についた枯れ葉をとってくれる。
「その人形…しゃべって動いてなかったか?」
アイス・ウルフとの戦いで凛々しい顔をしていたラインハルトさんはシリルを指差し驚いた顔をしている。
数日前のロイや私と同じ反応だ。
「ああ…ラインハルト、これはなぁ…」
ロイが小声で「どうする?話してもいいのか?」とシリルに相談するとシリルは話し出した。
『はい、お話させていただきます』




