襲来
ヴァルハラから一歩出ると、そこは灰色の空が広がっている。雨と言えば酸性雨が降り注ぎ、荒れ果てた大地には植物が実らない。
ヴァルハラはアウスヴィと戦う為の要塞で酸性雨を防ぎ、そしてエインへリアルの持つC臓器を無効化する性質を持つ紫外線を防ぐシャッターも持ち、敷地の広さもかなりあり、北半球と南半球のそれぞれに存在している為にそれぞれが人類最後の砦と自らを呼称している。創始者のアダム・トワイライトは自らの代で最終戦争を終わらせると宣言したと考えると未だに続いているのは皮肉だが。
この日、べオウルフと暁、そしてカストールが任務に当たっていた。エインへリアルとしての技能を外に放出するタイプであるべオウルフと暁は平気だが、「乗り物を完全に乗りこなす」という権能を持つカストールには耐性が薄かったらしく、クリーチャーを迎撃する為の特殊車両であるパワードスーツ“クラウ・ソラス”に騎乗している。フルプレートの甲冑に身を包んだ騎士の如き風貌、対クリーチャー戦を予想した特殊金属によって作られた剣を装備している。
「今回はこの三人か」
「よろしくね」
『おう!僕の格好については突っ込みを入れないでもらえると助かる』
「しかし、ここはアナグマの居住区域付近か。此処にもアウスヴィまわりがいるのかねぇ?」
地下へと逃げた旧人類、アナグマもウィザードと呼ばれる技術集団もそれぞれ居住区域が割り当てられている。
同じ旧人類の中でも抗うことをやめた彼らは旧人類の中でも迫害されていて、しかし、その所有する技能はウィザードやオールドと比べて野性的なものが発達しているとされている。報告書によると、アキレウスを射抜いた少年はアナグマ出身で弓の名手だとか。名前は覚えていないが、その少年と仲が良かったらしいアウスヴィをアキレウスがパトロクロスを殺された腹いせで引きずり回したのが原因だとのことだが……。
アナグマ達は蟻のように地下に蟻の巣のような空間を作り、それらを迷宮と呼んで中で暮らしている。彼らはかつての人間がそうであったようにコミュニティを作り、その社会はエインへリアルと同じかそれ以上に結束が固いが、そこまで規律に縛られていないとのこと。
服装は原始的で旧人類達は彼らを同じ旧人類とは認めていないほどで、むしろ彼らを別の生き物としてみている。旧人類には等しく守護するべきであると決めているエインへリアルには関係のないことだが、暁はどうしても疑問を抱くのだった。
(同じ旧人類なのにどうしてなんだろう……)
そんな疑問を抱くのはエインへリアルの中で暁だけだった。
エインへリアルは旧人類の為に権能を使って戦い、神の如き力を内包した兵士・宿神兵として戦うことに疑問を持たない存在。戦場に出れなければ視線は厳しいものの、後衛に回るのが常識だ。しかし、前線に出ないものはエインへリアルとしての意識が足りないとして他の前線に出ているエインへリアルからの当たりは悪いが。
文明が崩壊し、神話と科学の入り混じった世界において暁が持つ認識は世界のコトワリとしては正しくないが、人間としては間違っていないと言える。神話の英雄の再現のような権能を持つエインへリアル、彼らはクリーチャーやアウスヴィに対して超常的な力を神話の英雄を再現することによって太刀打ちできるが、エインへリアルがそうであるように敵対するクリーチャーやアウスヴィもまた世界のコトワリを用いることが出来る。
アウスヴィの生み出すクリーチャーはエインへリアルに対し、悲劇的な死をもたらす存在。
宇宙の果てから異形の怪物、異端の技術を持ってやって来た訪問者。
そんな彼らに立ち向かう、彼らを打ち倒せる権能をその身体に秘めた超能力者。
幾多の危険を顧みず、護るべき旧人類の為に権能を抜く挑戦者。
それがエインへリアルだ。
『おっと、奴さんのお出ましだ』
「待ってました!今日も食い扶持稼がせてもらうぜ!」
クラウ・ソラスを纏うカストール、権能を発現させて身体能力を強化させたべオウルフ、暁の前に現れたのは数体もの異形。牛頭人身、両腕が山羊の頭になっているところからして様々な特徴を持つクリーチャーのキメラ種ではないだろうかと予測される。上空にはアウスヴィの襲撃船と見られる機体があり、周辺にあると予測できるアナグマのコミュニティへの入り口を探している様子。
エインへリアル上層部がアウスヴィやクリーチャーを捕らえて戦力増強に図るように、アウスヴィ側も旧人類を捕らえて実験を行い、更なる戦力増強を行っている。片方が行ったことに対して片方が調整・研究を行って更なる闘争が生まれる。このいたちごっこが繰り返されているのが現実だ。
「べオウルフ・エインへリアル、」
「ディオスクーロイ・カストール、」
「暁・エリアル、」
「「「これよりクリーチャー駆除を開始する」」」
カストールの纏うクラウ・ソラスのスピーカーから勇ましい声が響き、暁とべオウルフはそれに合わせた。
真っ先、一番槍にキメラの軍勢に突っ込んでいったのはクラウ・ソラスを纏ったカストールだった。権能の恩恵、それに培った技術のおかげなのか、クラウ・ソラスの動きは完璧だ。元はケルト神話の神殺しの剣であり、権能と言う神の力を宿す宿神兵である彼らからすれば皮肉めいた力だが、オールドを守護すると言う目的がある以上はこれを大義名分として掲げ、邪神ともいえるアウスヴィをその鋼の力で祓うと言う意味合いでは合わないはずがない。
実際、カストールの装備は切り替えることが出来る為、敵によって着用するパワードスーツも変わってくる。今回はアナグマの居住区域付近に目撃されているクリーチャーのカテゴリがはっきりされていないのもあってフルプレートメイルタイプのクラウ・ソラスが選ばれただけで場合によっては篭手と言ったパターンも十分にある。
キメラ種と取っ組み合ってみると、明らかにキメラ種のほうがクラウ・ソラスより大きい。その得物、大剣を用いて両手首の部位にある山羊頭に噛まれないよう、気をつけて歯に噛ませる。草食動物の独特の歯の仕組みでなく、その牙の仕組みは肉食動物のそれだ。こんな世紀末の時代、旧時代の生命体のことが忘れ去られていないのは怪物として姿を現して脅威となっているから忘れられない、ということこそ皮肉だ。
『エネルギー切れまでにやらないとキツイな、これは。四対一なら僕の腕でもなんとかなるが、こんなに複数いちゃあエネルギー切れが先かあいつらを狩り尽くすまでが先か……!』
「まぁ、ここはエリアルの力を見せてもらうぜ!」
「なら、できるだけ弱めてくれ!負傷した奴らの傷口に向けて僕が槍で火を噴こう!」
「……おいおい、マジかよ。冗談はよしてくれよ、槍から火を吹くってアウスヴィ製のクリーチャーでもなかなかやらねえぞ?」
『それがエリアルの権能だ。いいとも、その賭けに乗ろうじゃないか!』
暁の権能についてべオウルフは突っ込みを入れると、クラウ・ソラスのスピーカー越しにカストールが笑う声が響く。灰色の空の下、酸性の水溜りや錆びた鉄の森が出来ている大地には貴重な眩しさだ。暁の周りにいるケイローン一門のエインへリアル達はどうも信頼が置きやすい者が多いようだ。流石に自分もこの流れに載らないわけには行かないと思ったのか、べオウルフは溜息をつきながら火球を山羊の口から轟!と空気を震わせて放ったのを拳で薙ぎ払い、身の丈以上あるキメラ種クリーチャーを徒手空拳でダメージを与える。
クラウ・ソラスで突き進み、クラウ・ソラスの剣撃で零れたキメラ種をべオウルフが自慢の肉体で叩きのめし、トドメとばかりに暁が槍を喚ぶ。
(ぺリウスメレア)
――形を構成。
――まずは穂先を、敵を穿つ穂先を。
――お次に柄を、穂先を支える為の丈夫な柄を。
――怪物殺しの。
――想像して、創造して作り出す。
手に現れた、旧時代の鉄で出来た穂先に木製の槍。
若干、アキレウスの使っていたものやスカアハとの訓練のときに使ったものとさわり心地が違うが、それでも手にしっくり来る。槍の柄にはペリウスメレアと銘が刻まれており、その文字は旧ギリシャ圏の文字だ。軽やかな立ち回りでキメラ種に近づき、一気に踏み込んでペリウスメレアでキメラを穿つ――!
ペリウスメレアで穿ったキメラ種は暁の権能、『火を吹く』が発動してキメラ種の身を包む。どの個体のキメラ種も炎の耐性がないようで同じ隊列と配列で滞りなく進み、ペリウスメレアはまるで東洋の龍神の如く、逆巻いてとぐろを巻いているかのようだ。
『この調子だったらいけるぞ!早期壊滅だ!』
「違いねえ。火を吹く権能か……、珍しいモンもあるもんだなァ。大抵のエインへリアルは古代の英雄の伝承・逸話からとってきた名前に基づいた権能を持っているモンだが、エリアルの奴は違うらしい。そういや、エリアルって……」
自分達の快進撃に飛び上がり、喜びを分かち合う。感心しているべオウルフは何かに気づき、後の言葉を言おうとするがキメラ種が倒れて血の赤い雨が降り注ぐ。
赤い血のような雨に打たれ、それを背後に襲撃者が現れる。
「そこまでだ。貴様の首、この宿神兵殺しのハーゲンが貰い受ける」
それはどこまでも冷たい印象を抱かせる、少年に見えた。
年のほうは暁と同年齢ほど、手に持つ剣はパワータイプのエインへリアル達に支給されることのある捩れた刀身のカラドボルグとよく似た兵装。カストールはクラウ・ソラスのメインカメラから謎の少年を捉えるが、少年の顔からはおおよそ感情らしい感情は読み取れない。
そういえば、既に個人の伝説のエインへリアルとして有名なヘラクレスは無愛想な男だった。しかし、ヘラクレスの場合はエインへリアルにとって呪縛である『伝承に縛られて』妻や息子を殺してしまったことから元の名であったアルケイデスから改めて以降に変化したのもあって時折、顔や言動に感情が見られる。そんな小さな挙動がハーゲンにはなく、冷たい機械のようにカストールに映った。
「さぁ、この場でエインへリアルを殺せば、あの方も喜んでくださるだろう。蛇の目のシグルド、シグルド・オルム。貴様を殺せばなおのことだ!」
冷たいその表情、それに浮かべた残忍な笑み。
さながら、木に刻んだ細い傷のようであった。




