ギャラルホルン
「本当?エリアル、あんた、天羽々斬小隊に配属されたんだ」
「なんか、似合わねえよなぁ」
「そうなんだよ。小隊長に出合い頭に殴られたり。」
その日、事後処理部隊、通称・“ハイエナ”達によるささやかな慰労会が行われていた。
ハンチング帽を被り、改造したエインへリアルの制服を着る少女・ヘレネとケラケラ笑っているブロンドヘアの美少年・ポリデュークスは暁の同僚にあたり、二人は兄弟だ。もう一人、剣術をわずかに扱えるくらいの白兵戦しかできないものの、初見でどんな乗り物でも器用に操ることができるカストールという兄が彼らにはいる。
ヴァルハラの三人をまとめて通称を“ディオスクーロイ”と呼ばれる彼らの居住区域にて行われている慰労会、茶髪で人のよさそうな顔をしているカストールは買い物に行っていて出てこない。彼は配給制で成り立っているエインへリアルの食事事情を弟妹に満足に食わせるべく、闇市に出向いて購入しているのだという。旧人類にその技能を除くと、ほとんど変わらないカストールとの繋がりは旧時代の神話であるギリシャ神話繋がりでアキレウスと教官を同じくしたからが大きいだろう。
だが“ディオスクーロイ”の双子、ポリデュークスが所属した部隊の小隊長にカストールが「才能がないエインへリアルにはオールドを護る資格がない唯の肉袋」と言ったのに憤り、その権能の籠った一撃で殴ったことから彼らは所属している部隊を離れることとなった。
その際、ヘレネもそんな社会不適合者な二人の兄の跡をついていくこととしたのは「こんな二人に味方してくれるのは私ぐらいでしょう?」とのことだ。ポリデュークスの権能はギリシャ神話の最高神にして天空神、ゼウスの雷がごとき雷霆を拳にまとわせて殴ることでシンプルな権能ゆえにクリーチャー殺しに役立つ。ヘレネの権能は暁も知らないが、双子曰く、あまり口に出すものではないそうだ
「まぁ、でも、ポリィ兄さんがお兄ちゃんのためにやったことに比べればマシよね。ね、ポリィ兄さん?」
「?そうだろうか、俺はヘレネが同じ目に遭ったら追放覚悟でブチ殺しに行くぞ。なんたって我が妹、我が兄は天上天下に唯一であるからな」
「兄妹思いなのか、それとも脳筋なのか僕にはわからないな」
「やめろよ、照れるだろ、エリアル」
「褒めてないからね、ポリィ兄さん」
気遣いなのか、ヘレネはポリデュークスのほうを示すとポリデュークスは照れている様子を微塵にも隠そうとせずに後頭部をかいた。こうしているのを見ていると、まるであの日に戻ったかのようだ。
「よう、ただいま。……やぁ、エリアル!糞溜めみたいなところからの出世おめでとう!」
「こんにちは、カストールさん。お邪魔してます」
「気にすんな、お前は僕やポリィ、ヘレネにとっては大事な友達なんだからさ。アレだ、ゆっくりしてけ」
「お兄ちゃん、おみやげは?」
「落ち着け、姫。用意てか買ってきた」
疲れきった表情を浮かべつつ、ラフにエインへリアル制服を着こなす茶髪の青年・カストールはヘレネやポリデュークスによく似た顔で(むしろそっくりすぎるのだが)、ニコニコしながら暁の頭をくしゃくしゃに撫でた。自らの所属している部隊を散々に貶すのはディオスクーロイらしいが、これがヴァルハラにいるエインへリアル上層部に聞かれでもしたらどうするつもりなんだろうか?
ポリデュークスがヘレネに兄さんと呼ばれているのに対し、このカストールという青年、生粋のシスコンなのかヘレネからお兄ちゃんと呼ぶように言っているらしい。ヘレネの被っている帽子はカストールが幼いころに被っていた帽子らしいが(盗品であるのは間違いない)、その出処は明らかではない。
ともかく、このカストールは友人や家族には滅法甘く、年下でヘレネと同世代の暁にはポリデュークスらと同様に接してくれるのもあって暁にとっては心の支えであった。体つきはポリデュークスに比べるとひ弱そうだが、エインへリアル専用のクリーチャー討伐用機体を操縦することにかけては長けていて、以前はアウスヴィから奪った機体をそれこそ暴れ馬を乗りこなす騎手のように扱っていた。
そんな実力者である彼はアキレウスやパトロクロスよりも早く師事を受けていたのもあって、アキレウスからも兄さんと呼ばれているほどだ。残念さはあれども、彼の笑顔はどこか安心させてくれるものがある。彼自身が怒ったところは暁も見たことない。理由は単純だ。
彼が怒る前にポリデュークスが激昂してカストールがそれを仲裁するのが常、聞いたところによるとカストールはポリデュークスに一度も殴り合いの喧嘩で勝てたことがないとのこと。
「兄貴、俺のはどこだ?」
「ああ、お前のもあるよ。たくさん食って強くなれ」
「食うべきなのは兄貴じゃないか?俺に勝ってからいえ!」
カストールから袋を受け取るポリデュークス、照れ隠しなのか語調が強く、若干雷が漏れている。あんな状況でもよく笑っていられるなぁ、と暁が呆然としているとポリデュークスやヘレネががつがつと貪っている傍ら、カストールは暁の分であろう袋を突き付けた。
「え、いいんですか?」
「お前もよく食って強くなれ。僕らの弟弟子の分まで強くなって、クリーチャーやアウスヴィをブッ殺してやろう!それがアキレウスにやってやれることだ!」
「カストールさん……」
「んぐっ……、そうよ。小隊長に殴られたって見返せばいいじゃない。あんたならできるって」
「なんだって!?こうしちゃあいられない!ブチのめしにいかないと気が済まない!」
おそらく、彼は自分の分をとってきていないのだろう。きっとありあわせでなんとかすうるつもりだ。にしし、と笑っているカストールに対してヘレネが口に食べかすをつけてモゴモゴと言う。サンドウィッチを美味そうに貪る様子はどれだけ飢えているのだろう、と思わせられる。
暁が殴られたと聞いて報復しに行こうとするのはスカアハを除けば彼らくらいだ。「ん?喧嘩か?兄貴」と胡坐をかいてヘレネと同じように食べかすをつけているポリデュークスのほうが兄らしく見えるのは暁だけではないはずだ。
「はい、食事中は静かにしてよね、馬鹿兄ちゃん。エリアルも食べなよ、復讐はどうこう言わないけどさ、明日の糧を得ないとそれどころじゃないでしょ?」
「うん、そうだね。ヘレネ、ありがとう」
「礼なんていいわ、何かで返してよ」
「お、お兄ちゃんは認めないからな!」
「早く妹離れしろよ兄貴」
ヘレネからサンドウィッチの袋に対して向けられる視線、いらなければ貰うぞということなんだろうか。思い切りかぶりつくと、ディオスクーロイからいいぞもっとやれとあおりが入る。ここだけ世界が違っていて、外は崩壊前のように緑が広がっていると思えた。もしも、崩壊前のように緑でいっぱいだったらどんなに良かっただろう?
その後に取っ組み合いの喧嘩になったり、カストールが何度も話す武勇伝を聞きながら、カストールが物は少ないものの、確かに暖かさのある彼らの居住区域を形作っているのだと思い、暁は久しぶりに楽しい時間を過ごせた気がした。
???
外には荒廃した世界が広がり、ガラス張りの窓からそれが一望できる。円卓のある部屋には金髪碧眼の軍服姿の男性、中央の席に銀髪に金と銀のオッドアイの通称をハーゲンという者がいる。きっちりと制服を着こなし、しかしどこか機械のように冷たい印象を受けるのはハーゲンの持つ雰囲気からだろうか。
「……それで閣下、今度は誰を?」
「そうだな……」
バロールはその権能を用い、視界に名前を映す。
『ヘラクレス・エインへリアル 死亡確認
ペルセウス・エインへリアル 死亡確認
オリオン・エインへリアル 死亡確認
アキレウス・エインへリアル 死亡確認
パトロクロス・エインへリアル 死亡確認
ランスロット・エインへリアル 標的予定
アタランテ・エインへリアル 標的予定
シンフィヨトリ・ヴォルスング 標的予定
シグムンド・ヴォルスング 死亡確認
フェルディア・エインへリアル 死亡確認
天羽々斬 予定
布津御魂 死亡確認
ディオスクーロイ 予定
ベルセルク・エインへリアル 予定』
「面白いものだ、この崩壊世界で権能を宿す宿神兵殺しの権能持ちのエインへリアルがいるとは。そうだな、次の哀れな犠牲者は……」
ソートする。
選択する。
自分にとって厄介な相手を。
殺すべき宿神兵を。
「こいつにしよう」
「承知しました」
不敵に笑い、牙を覗かせる彼が目を向けるのは巨大な試験管に取り込まれてチューブに繋がれている初代宿神兵。主君の命令を聞き、ハーゲンが消えた後、彼は嗤う。
「最終戦争は終わらない。そうでしょう?父上」