天羽々斬エインへリアル小隊
その後、暁・エリアルは命を受けて使いとしてやってきたエインへリアル隊員に連れられて天羽々斬小隊のオフィスとも言える部屋の前にやってきていた。小隊ごとに部屋があてがわれており、そこでは主に非出動時の待機場所となっている。
「失礼します」
「おう」
部屋の中から男の声が聞こえる。天羽々斬と言えばエインへリアルの中でも有名だ。なんでも『絶対滅斬』と称される権能を持ち、それがいかなるバケモノであろうとも必ず殺せる無敵の権能だ。本人の性格や容姿もあり、エインへリアルの女性人気もトップクラスである。隊員は二名おり、一人は強靭な肉体を権能とするべオウルフ。彼はその肉体を更に磨き上げて身体そのものを武器とする肉弾戦のエキスパートで支援と急襲を行うのはデリラだ。彼らもまた他の多くのエインへリアルと同じく、旧時代の神話の登場人物たちの名前から取られている。
ゆえに暁は思う。自らの師であるスカアハのようになぜ親友のように神話の登場人物から名前が取られていないのか。おおくのエインへリアルは名前が被れば番号を付けられて名前を呼ぶ際に区別されると聞くし、この一般エインへリアルだってなんらかの権能に基づいた名前を付けられているはず。
なのになぜなのか。
疑問はなくならないが、扉が開かれて中へと案内される。長身の偉丈夫、薄い色の毛をした少女、同年代であろう少年がそれぞれソファーに座っていたり壁にもたれていたりと三者三様の待機をしている。少女のほうにいたっては偉丈夫の近くにおり、きっと思い出も寄せているのであろう。色恋沙汰は経験が無いので暁としても判断がつかないが、そんな暁でも分かるほど少女の偉丈夫への思いは滲み出ていたのである。
取り残されているような少年のほうは少女のほうに視線を送っているように見えるが、少女に相手にされないのに気を引かせようと必死なのが見受けられる。痛々しいと言えば痛々しいが、少年にも意地があるのだろう。そういえばアキレウスとパトロクロスの二人には見られなかったな、と暁は思った。
「お前は確か処理部隊の方でいたな」
「はい、はじめまして。暁・エリアルと言います。天羽々斬隊長、でいいんですよね?」
「ああ、」
暁が自己紹介の後に頭を下げると、立ち上がって近づいた天羽々斬は思い切り拳で頭部を殴りつけた。大の男、それも超人人類・エインへリアル最強クラスの男の殴打である。普通ならば昏倒していてもおかしくないのだが、エインへリアルの鬼教官と囁かれているスカアハの教えを受けていたのもあって暁はなんとか視界がおぼつかないものの意識を保つことが出来た。
先生の言ったことは間違いではなかった。暁はスカアハの言葉が冗談ではなかったことに気づき、安心できない自分がいることに気づいた。というのも、この後にスカアハはどうなったのか聞きに来るだろう。エインへリアルの中に親友達の死後、友人のいなかった暁はスカアハとよく食事を摂っている。それは暁が誘いに行ったりするのでなく、気がつけばスカアハが隣にいるのだ。時折、暁は考える。自分の命の無事はスカアハのおかげであって、いつかなにかおきやしないかと。大方、それはあっていて間違っているのだが。
「――軽々しく俺の名前を口にするな、処理部隊上がりの肥溜め袋が」
「隊長!大丈夫かよ、おい!」
「おいおい、ベイ。こいつは元は処理部隊出身なんだぜ?そんな奴に優しくしてちゃあオールドを護るのが使命であるエインへリアルの務めが果たせねえじゃあねえか。それで貴重なオールドの命が失われりゃァ問われる責任は誰が取る?お前が取れるか?取るのは俺だ、それによぉ嫌ェなんだよな、その目」
べオウルフは暁に駆け寄り、ギリッと天羽々斬を睨みつける。しかし、天羽々斬は部下の異議を『エインへリアルとしての正しさ』を説いて耳に入れようとしなかった。むしろ、殺気を放ったかと思うとデリラ以外の全員が震え上がってしまったようでもある。一般エインへリアル隊員が「それでは失礼します」と言って部屋から去ってしまったのには講義してやろうかと思うが、それを思う時間すら与えられないのが最強クラスのエインへリアルの怖ろしいところだ。
天羽々斬が暁の目を嫌うのは“だれか”を連想させるからだ。それゆえ、天羽々斬はアキレウスのことも嫌っていた。オールドを護ると言う使命に従うには自らの無事を証明し、次の任務に向けて身体を休めなければならない。そして次の戦地へと赴き、権能を振るうのだ。それを良しとしている代表的なエインへリアルが天羽々斬であり、それとは違う主義を持つエインへリアルをエインへリアルと認めていない。
そして天羽々斬はエインへリアルの中でも事後処理部隊、通称を『ハイエナ』を快く思っていない。自分達が戦闘をするには必要な存在だが、彼らをエインへリアルと認めるわけにはいかなかった。それに天羽々斬には強力な権能がある、それがさらにその差別を増長させたのかもしれない。
「ああ、僕は大丈夫だ。えーっと……」
「俺はべオウルフ。同い年だからベイで良い」
「どうやらハイエナの割にはタフなようだったな。まぁ、せいぜい役に立ってくれよ。役に立たない奴は俺の部隊に必要ない。その前にお前を叩き切ってるかもしれないからな、俺の権能で。俺の出撃回数は少ないってのは知ってるだろうが、『事故死』があるのがこの職場だ。それに小隊の隊長ともなれば、相応の権限を与えられる。多少のことは上も目を瞑ってくれるんだよなァ。……じゃ、エリアル。今日からせいぜい俺の部隊で生き残れよ、魔女に魅入られた糞袋」
そう言うなり、天羽々斬はデリラを伴って部屋を去っていった。エインへリアルの実戦部隊に事後処理部隊に送られて以降、久々に向かうこととなる。つまり、「気に入らない奴は俺が手を下す」と暗に示しているのだ。これはストライキが起こってもおかしくないが、超絶ブラック企業のエインへリアル、その総本山であるヴァルハラの中ではそれが通じてしまう世界である。力こそ全てを信条とするエインへリアルとしては間違っていないのだ。
スカアハを魔女と言われたのには流石の暁も黙っていられなかったが、ここでやりかえすほどの労力を残せていなかった。もしかしたら、アキレウスの力を受け取ったことで現れたアキレウスの刻印のようなものが暁を救ってくれたのかもしれない。今の状態でエインへリアル最強クラスに挑めば命がいくらあっても足りないのだと知らせたと見るしかなかった。
「チッ、隊長の言うことはわからんでもないが……。手当てしてやるよ、流石にエリアルの先生に見つかるのはヤバイからな。しっかしよー、あんなおっかねえ美人さんに教わるなんてたまげたぜ。スカアハ教官だっけか?」
「そうだよ、色々教えてもらったし、今の僕があるのは先生のおかげだ。感謝してもしきれないくらいだよ」
「……。隊長がお前のことを嫌いだって言ったの、わからんでもないわ」
べオウルフは話しやすい好青年だった。そのような雰囲気が伝わってくるのだ。しかし、一瞬、スカアハに対する感謝を述べた後に見せられた表情を見てべオウルフは驚いた。
この暁・エリアルと言う新参者はあまりにも似ていると。
あの日、“戦死”した英雄・アキレウスと同じような口調と振る舞い。
『ケイローン先生あっての俺だ。パティや暁を護れんのは先生に教授したからだな』
そう言って笑っているアキレウスを何人が気味悪く思っていたことか。べオウルフは小隊がこれから辿るであろう毎日を思うと胃が痛くなった。