炎は昇る
主人公登場
「今日はこれっぽちか……」
実戦部隊のエインへリアル小隊とクリーチャーの後処理、それが暁の仕事だ。この前、親友のアキレウスがそれこそ伝承通りにアキレス腱を打ち抜かれて死んでから暁を護ってくれる者は誰もいなくなった。戦後処理の際にエインへリアル小隊の隊長が暁ら事後処理部隊を舐め腐っていることは以前から知っていた。単発で支給武器ではないカスタムメイドの槍を用いて戦っていた勇敢な親友、アキレウス。彼の友人のパトロクロスを紹介してもらい、エインへリアルとしての仕事が無い日はよくウィザードの暮らす生活圏に遊びに行ったりもした。
『へぇ、お前の権能は火を吹くのか。凄いじゃねえか、なかなか出来ねえぜ?』
アキレウスは暁の権能、火を吹くことが出来るというだけのものに高評価してくれていた。アキレウスの幼馴染・パトロクロスの権能が乗り物をどんなものでも乗りこなすことが出来るのに比べればマシだと言い、パトロクロスはポカポカとアキレウスを殴った。
パトロクロスは名前に反し少女であった、それも身体はあまり強くなく、しかしアキレウスを思う気持ちは本物であった。パトロクロスはいつもアキレウスの無鉄砲な性質に心を痛めており、アキレウスが無茶をすれば止めて欲しいと頼まれたがアキレウスの最後を暁は止めることが出来なかった。
それはアキレウスがパトロクロスがアウスヴィにより殺され、嬲られているのを目撃した際に感情に振り回されて走り出したからである。その鬼気迫る表情、まさに鬼神の如くであったという。あくまでアウスヴィやクリーチャーを殲滅できればいいエインへリアルは命令無視を気にしないが、敵対者を殺して生きて戻って来れたらの話だ。
その点ではアキレウスは不運であった。
パトロクロスを殺され、旧人類に弓でアキレス腱を打ちぬかれて死亡するまで鬼神の如く戦ったというのにエインへリアルとクリーチャーの戦いに家族が巻き込まれて死亡した幼児によって殺されたせいでアキレウスは死後、その首を刈り取られてエインへリアルの建物の前で晒し首にさらされている。アキレウスの槍はその首を貫通しており、『負け犬』の象徴としているのに暁は異議を唱えられなかった。
アキレウスを止めることが出来ず、パトロクロスとの約束が護れなかったからだ。それが負い目になっており、暁は火を吹く権能を上手く使うことが出来ず、ヴァルハラの居住スペースの中でも隅に追いやられてしまった。
「よう、役立たずの無駄飯くらいじゃねえか」
「君は……」
暁が振り返ろうとすると、諸にヘビーブローを受けてしまった。確か声の主は旧人類出身だったはずだ、それがどうして自分を殴っているのだろう?と暁は思った。黒縁眼鏡でぼさぼさの黒髪の暁より体格がよく、アキレウスと同じくらいの身長なのできっと180はあると見た。手につけたセスタスを武器に殴りぬかれたのもあって、エインへリアルでなければ軽く何本か顔の骨が行ったか顔面骨折も容易いだろう。
「エインへリアル様は知らないだろうなぁ、俺達旧人類・オールドのことなんてよォ!」
「君は確か不動……」
「そうさ、俺は不動だ。旧人類で旧日本地区出身のな。勝手な理想を掲げて、俺たちから家族を奪いやがって……!」
不動はエインへリアルから奪われた被害者だ。エインへリアルの方針として旧人類を保護するという名目で旧人類を攫っていくというのがあり、この路地にいるのだってエインへリアルに関わる仕事についているのだろう。暁と同じく何かを奪われたもの同士、不動と会話することが出来れば何か変わることがあるかもしれない。
しかし、暁はアキレウスのようにコミュニケーション能力が高くない。生前、何も恐れない姿勢から人気があったアキレウスのように勇猛果敢であれば何か変わったかもしれない。今も、アキレウスと笑い会えたかもしれない。そう、全ては自分が無力だったからに違いないのだ。
不動が拳で殴りぬくと、暁の身体が悲鳴を上げる。馬乗りになって顔を殴られると打撲が出来、エインへリアルの丈夫な肉体もあってかすぐに回復するのもあって不動には面白くないようだ。旧人類だから権能を持たないものの、もしも同じ権能を持つエインへリアルでヘイトが高ければ命の危機は免れないだろう。
―――失う辛さを知っている。
―――独りを知っている。
―――だから、殴られているだけしか僕には出来ない。
自分の無力を呪うことしか出来ず、病弱であってもアキレウスを思い続けたパトロクロス。
友の名誉の為、いつも勇猛果敢でカッコよかったアキレウス。
『火炎のブレス。いいじゃねえか、カッコいいぜ?なぁ、パティ』
『そうだね、アキレウス。火炎のブレスは私もアキレウスもお墨付きの権能だよ?自信を持って!』
もしも、この姿をエインへリアルの他の隊員に見られていれば、降格間違いなしだ。
降格なんてしてしまった日にはアキレウスやパトロクロスの無念を晴らすことは出来ない。
―――力が欲しいか?
ありふれた謳い文句、アキレウスにオススメされた旧時代の娯楽作品で闇落ち必須であるという言葉。それを受け容れると力が暴走したりするから気をつけよう、と約束しあってパトロクロスが溜息をついていたのを思い出す。
―――エインへリアルであるという自覚を知れ、責任を思い出せ。
―――貴様の友がそうであったような振る舞いをしたくないのか?信念無き者に明日の生は無い、歩もうとする者に明日をやる。
「此処で終わるわけには行かないんだ!僕は歩む!僕だけの能力で、僕の証を刻んでいく!立ちふさがるならば焼き尽くす!それが僕の権能だ」
不動を湧き上がる権能を使って押し飛ばす。
自分を殴る力を持つのならば、立ち向かうことが出来ている証拠だ。ならば、その立ち塞がる者がいるならば燃やしても構わない。それが暁の権能―――だ。
その吐息は炎だ。
火の吐息を吐く者といえば、ドラゴンだ。己の本能に身を任せたとき、暁の中のC臓器が真の力として覚醒させる。不動の気持ちを理解しながらも、大人しく殴られて権能を使わないのは友との約束に反する。エインへリアル実戦部隊の後処理をし続ける人生でいいのだろうか?下克上が許されるのであれば、神を目指してもいいはずだ。
「―――だから、そこをどいてくれ」
「なにをしているのか、分かっているのか……?護るべき旧人類に手を上げてただですまないだろ?エインへリアルは」
「だとしても、このままタダでやられ続けるのは僕の親友との約束に反するんだ。親友は僕の権能を認めてくれた、ならば僕は権能を否定し続けることは出来ない。晒し首にされているなら尚更……!」
「お前の親友、……まさか!?あのバケモノか!」
不動は誰を殴っていたのか気づくことが出来た。
不動が殴っていたのは晒し首にされたとはいえ、エインへリアルの中で若くして“英雄”の称号を得た少年・アキレウスの友人であったのだから。尻餅をついてしまい、目の前の“炎の魔神”を見上げると慌てて逃げ出していった。護るべき者に恐れられ、あまつさえ殺されようとした今。いずれはアキレウスの汚名をすすぎ、晒し首をやめさせなくてはならない。
そうでないと自分の身がどうなろうとなりふり構わずにエインへリアルを滅ぼそうとするに違いないだろう、この権能を使って。
「……帰らなくちゃ」
暁は不動が去って行った後、家路へと足を速めた。この気持ちを整理する為に。気がつくと、身に纏っていた炎は消失していた。まるで風に吹かれたように―――。
「……とんでもない権能だな、アレ」
一部始終をべオウルフは顔を覗かせ、壁から見ていた。ヴァルハラの居住区域に戻ろうとしていたところで目撃してしまったが、何かをきっかけに放出してしまったのだろう。低い賃金で働かされていることを言っていたので処理部隊のエインへリアルだろう。
「一応、調べてみるか」
べオウルフはデバイスを立ち上げ、先ほどの権能を使った人物について調べてみると検索がヒットした。
『暁
所属:エインへリアル事後処理部隊
性別:男性
年齢:15歳
権能:火炎の吐息を吹く
特記事項:“英雄”アキレウスの親友』
「まともそうな奴だといいけどな……」
共に浮かんできた気弱そうな写真と先ほどの炎の魔神と比べ、べオウルフも自分の居住空間へとデバイスを開きながら戻っていくこととした。あの炎の勢いは尋常ではないと心に留めて。