日常
「ッラァァァァ!」
「隊長!六時の方向から触手が来ます!」
見敵必殺。
これがエインへリアルの主な心がけとなる。大地はひび割れ、世界はガスに包まれて日が出ること自体が少ない。かつて緑の惑星といわれていた地球はその名残は無く、特殊な障壁を張り巡らせることによって居住空間を作り出し、その中で暮らしている人間・“ウィザード”か或いは地下を掘り進めることで空間を作って身を寄せ合って生きている“アナグマ”と呼ばれる人種か、それとも上半身に三対の触手、下半身が戦車のようにキャタピラがついているブラスターなる巨大ロボットの量産型に取りついたアウスヴィがもたらしたクリーチャーと戦うエインへリアルと言う超人類か。
エインへリアルの主な任務ははじまりのエインへリアル、アダム・トワイライトの遺言である“人類守護”である。その為に必要なクリーチャーを身体に宿しているC臓器の力を使って討伐することだ。今回のターゲットであるクリーチャー、トライカタパルトは全長100mもある超巨大種である。エインへリアル小隊の隊長・天羽々斬、デリラ、ベーオウルフの3人が派遣されてきたのは旧人類に対して被害を及ぼしているというシンプルな理由からだ。
べオウルフの権能は単純に強靭な肉体と再生能力である。元よりエインへリアルは機器による調整と自己治癒能力がある為、旧人類に比べても非常に頑丈で並大抵のことでは死なない。むしろ、戦場以外で死ぬケースがあるとすれば自殺しかないだろうとまで言われている。トライカタパルトに組み付き、歯を立てる様は文明崩壊前に文献が残っていた英雄のようでもあろう。
茶髪を揺らし、エインへリアルであるという証の赤銅色の前を開けた上着は風に吹かれ、エンブレムである北欧神話の隻眼の主神・オーディンの槍を持った狼の獣人が書かれているが、長年の戦闘が積み重なって何箇所か掻き消えている。
「おい、ベオ。そのまま離すんじゃねえぞ?」
「隊長、触手を三箇所同時に切り捨てることが出来れば……!」
「分かった。デリラ、奴の周りに結界を。此処で決めるぞ!」
「はいっ!」
色素の薄い赤毛の少女、デリラの支援で天羽々斬はトライカタパルトの攻撃をいなす。
エインへリアルの中でも強靭な肉体を持つべオウルフ、対象の動作を一滴の雫が地面に落ちるまでの間の時間を止めることの出来るナイフ投擲術を持つデリラを引率する隊長らしく、手にした鉄剣からは現代のテクノロジーが一切感じられない。歪で彼のC臓器によって元のC臓器を持っていた所有者の身体の一部を使って再現している、その白兵武器。黒髪褐色で旧アジア地域にあったインド地方出身である為、べオウルフやデリラと幾分か顔立ちが異なっている。トライカタパルトの触手の上を走りながら、デリラが三本のナイフをトライカタパルトの足元に三本ほど異なる位置に突き刺す。
トライカタパルトが金属を擦ったような泣き声を上げると、天羽々斬はべオウルフに合図を送る。天羽々斬の視線にまるで背中に目があるかのように気づいたべオウルフは鉄剣の視認できる斬撃をかわす為に飛びのくと、天羽々斬はトライカタパルトを一刀両断した。
竜殺しの英雄が大蛇の死後に大蛇の身体を探ってみると、さる大蛇の身体から出てきた剣。すなわち、怪物が作り出した剣とも言えるもの。それが怪物に効かないはずが無く、天羽々斬の権能、それは。
『刀剣に類する武器・または白兵武器を握ると、必ず怪物を殺すことが出来る』。
天羽々斬の持つ権能であった。
「……しかしさ、いつ見ても隊長の権能はおかしいよなぁ」
「なにがだ?」
「いや、だって隊長の権能って白兵武器を握れば必ず怪物を倒せるんでしょ?クリーチャーみたいな奴をズバァンッ!と。そんなら俺やデリラとかいらなくないっすか?開幕ズバァン!で終わらせれるし」
「そういう訳にも行かない。今回は100mもあったトライカタパルトだったからこそだが、普段はそうは行かないのさ。俺はそれこそエインへリアルの中でも自分で言うのもなんだが、強すぎる権能持ちだ。C臓器によって発現する権能は生まれつきの俺達はランダムだが、その中でも強すぎるとエインへリアル上層部に睨まれている。現に俺の出撃回数は極力抑えられている」
「それは……、隊長が出撃しすぎることで他のエインへリアルが不満に思うからですか?」
天羽々斬の権能ははじまりのエインへリアル、アダム・トワイライトの子孫の中でも特に強力すぎる部類に位置する。アダム・トワイライトはC臓器をアダム・トワイライトを作り出したオーディンから賜ったとされているが、アダムの子孫である現・エインへリアル達は生まれつきで権能を持っている。
権能を持って生まれてきた際、エインへリアルの権能を生まれたときに登録しなくてはならない。それはエインへリアルの生は旧人類に捧げられる者とされており、地底に逃げた臆病者・アナグマと障壁を張った空間に逃げたウィザードでもない、それこそただの地上で怯えて暮らしている人間の生のためにあるといっても過言ではない。
誕生して三年からエインへリアル本部に召集され、15歳まで訓練をつんだ後は戦場に借り出される。食事や居住空間は与えられるものの、クリーチャーとの戦闘で昨日喧嘩した友人が明日は脳髄だけになって帰ってくるというのがざらだからだ。
そのせいで平均寿命は無いに等しく、強力すぎる権能を生まれたときから上官より持っている新人がやってきた際には相応の待遇を与えるが、出撃回数を減らして他のエインへリアルからのヘイトを上層部に向けないようにしているという。エインへリアル同士の噂によると、上層部にはエインへリアルを作り出したオーディンがいるとされていてエインへリアルは完全にオーディンのオモチャといわれているとか。
このエインへリアル小隊の隊長、天羽々斬もエインへリアルの中で最強の権能を持っている。その権能のせいで自分の地位を脅かすとして襲撃者に襲われることも少なくなく(旧人類への貢献度=クリーチャーの討伐であるので、クリーチャーの討伐が少ないと処分と称されて被検体とされてしまう)、生傷が絶えなかったのをべオウルフは覚えている。
エインへリアルは生まれたときから兵士である為、職業選択の自由は存在しない。しかも、すっかり数を減らしているのかいないのかも分からない種族のために戦っているのだ、べオウルフは何度も上層部に食らいつこうとしたことか。その都度、デリラに止められているのだけれど。
「そうだ。クリーチャーとの交戦後の処理の奴らの権能は弱いものばかりが集められている。そいつらからのヘイトなんてやばいぜ?」
目の前でトライカタパルトの遺体からサンプルを採取している、エインへリアルとクリーチャーの交戦後の超高濃度エーテルを垂れ流している中で仕事をしているのはエインへリアルの中でも力の弱いエインへリアル達だ。前線にでているエインへリアルはクリーチャーから発せられている瘴気に等しいもの、エーテルを受けても平気なのだが弱いエインへリアルとなると権能はあれどもクリーチャーのエインへリアルに当てられて死亡する者も多い。権能はあれども、身体こそ旧人類のそれである人種は超能力者と呼ばれていて地位は低い。そんな彼らの前で平然と言ってのける天羽々斬、価値観が世界崩壊前と一転して古代のそれのように「戦える者にのみ価値がある」となってからは技術班のような前線部隊以外の地位は低い。
エインへリアルのみに存在する差別であり、旧人類には向けられない差別なのだからエインへリアルと言う人種がいかにして異常であるのかを知ることが出来る。そんなことを平然と語る天羽々斬、それを憧れの視線で見つめているデリラ。エインへリアルの暮らす居住地域、ヴァルハラでは戦士こそ優秀とされているが、その中には権能の強さで評価する者も決して少なくない。己の権能に自信があり、デリラと長く過ごしてきたはずなのにどうにもデリラは天羽々斬にお熱のようだ。元より狂ったこの世界、エインへリアルとしてC臓器を持って生まれた以上はヴァルハラ以外に居場所はない。
ヴァルハラからでれば、C臓器から発する権能の強弱を特殊な薬を使って調整するのも叶わず、C臓器の衝動に飲まれて自分を見失うのだから。
(オーディンがいるなら、フェンリルがいても良さそうなんだけどな)
「おい、ベオ。置いてくぞ」
「あっ、はい!待ってくださいよ!」
文明崩壊前の世界の神話に詳しいべオウルフは永遠に続く戦を終わらせ、ヒトとして暮らすにはエインへリアルの大本を食らい尽くす“神を食らう者”の存在が必要であると考えた。デリラを従える天羽々斬はおそらく神を切り伏せることだって可能だろうが、それは人外でもあるエインへリアルだって同じだ。エインへリアルとしての価値観を持っている天羽々斬がオーディンに逆らうとは思えない。
不服だとしても、今は隊長に逆らってはなるまい。コイツはエインへリアルとしての信念の為ならば部下すら平気で切り捨てる思考の持ち主なのだ。それに本能に支配され、そのままであることを是とするエインへリアルは人間ではなく獣なのだと思いつつも、彼らの後を追ってトライカタパルトの処理を続ける班を傍目にべオウルフは走っていった。




