ミッドガルドⅤ
お久しぶりです、いろいろあって投稿がこんなに空いてしまいました
その日の夜、全員が寝る前のココアを飲む前にひと悶着が起こる以外は何の変哲もない日常のようだったと暁はその夜のことをのちに振り返るだろう。このスラム街、いったいどこでそんなものを手に入れてきたんだと思うほどにそのココアは美味かった。ローランにべったりなサーリアは、「ローランは脳筋そうなんだけど、こういう特技があるから素敵なの」と頬を緩めて喜んでいた。少女と昼間にエインへリアル組に飛ばして見せた、その殺意。
エインへリアルとなっていれば、きっと人類を守ることに対して大きな働きとなるだろう、とディルムッドが言えば、ローランは照れくさそうに頬をかいた。
「いやいや、そんな大層なものは俺には似合わないさ。喧嘩して、飯食って、金を稼ぐ。それさえできれば、それ以上に幸せなことはない」
「しかし、ローラン。お前の力を眠らせておくにはあまりにも惜しい」
「人類を守ることに命を懸けている奴らに褒められるのは嬉しいけどよォ、こればかりはどうしようもないんだよ。まぁ、そこは諦めてもらえないか?」
「だが・・・・・・」
ローランが求める幸せと言うのは、この荒廃しきった世界の中で最も求めるにはあまりにも遠いものかもしれない。誰もがその日を生きるのに必死で、誰もが輝かしい明日を求められるわけではないのは数多くの戦友が目の前で散っていったのを目の当たりにしたディルムッドとオスカー、暁だからこそ知っている。
そんな幸せをこのミッドガルドの中で感じることができているローランと言う男、旧人類とも地下に逃げていった人間とも、自分たちエインへリアルとも違う強さを兼ね備えているのではないか。
ところどころ、エインへリアルのような強さや覇気を見せることはあれど、彼もまたミッドガルドの中にあるスラム街に住まう人間の一人。
エインへリアルの中でも、性根が善良なほうであるディルムッドらはそんなローランの力があれば、自分たちの仲間がこれから支払うであろう犠牲を少しでも抑えられるのでは、と思うと誘わずにはいられなかった。上層部は最もクリーチャーの撃破数に貢献したエインへリアル、“英雄”アキレウスのような我が身を省みずに果敢に立ち向かうような勇者タイプを気に入らず、それは他のエインへリアルらも似たようなところがあった。
しかし、恐れ知らずの男の精神を彼らは恐れていたことも事実であり、ごく一部――――暁のようなアキレウスに近しい者以外にも強きを挫き弱きを助ける姿勢を良しとするものが本当にいないのかといわれれば、それは嘘になる。
「ディルムッド、と言ったな?」
「ああ。エインへリアルのディルムッドだ」
「俺は要らぬ同情を嫌うが、お前のその在り方までは嫌いになれない。風の噂で聞いているよ、恐れ知らずの“英雄”アキレウスのことは」
アキレウス、と聞いて暁は反応した。
「アキレウスを知っているの!?」
「ああ、もちろんだ。こんな場所でも名前が聞こえるってことは、よほどの英雄か問題児なんだろう。その槍を手に単身で侵略者共の駒の群れに突っ込み、仲間が傷つけば憤り、武器を振り回す。蛮勇とも取れるが、こんな時代でも気概ある男だ。俺は嫌いじゃねえよ」
「驚いた。あのアキレウスの噂が此処まで響いていたなんて。・・・・・・まぁ、問題児だったよ。エインへリアルの中でも、あいつは異端中の異端だった。誰もが淡々とクリーチャーを屠っていくというのに、あいつは自分なりの拘りをもっていたからな」
ローランがアキレウスのことについて語れば、オスカーはその金髪をかきあげながら、アキレウスについて思い出す。蛮勇ともいえる一番槍として突っ込んでいく姿勢、高らかに名前を名乗りながらクリーチャーを突き刺し、仲間に危害が加えられないようにする生粋の英雄気質。仲間が傷つけば憤り、それが自分に対してあまり良い印象を持っていなくとも、彼の中では守るべき大切なものであるとの認識は変わらず、戦場の中を駆ける。
自分はそんなアキレウスのことを眩しく思う反面、ほとんど強引に受け継いだ、または死体から武器を剥ぎ取ったと言っても過言ではない行いを思い出し、暁の心の中にずしりと重石がのしかかったような気分に。ローランはそんな暁の様子を見て、
「ところで、このココア。どこで手に入れたと思う?」
「・・・・・・そうだ。それが気になっていたんだ。この街でどうやって甘味をローランは手に入れたんだ?あまり物流はサイコ・シールドのこともあってよくないとは思うんだが・・・・・・。というか、なぜ持っている?こういうのは上層階級が独占するものじゃないのか?この街で手に入れるには、相当な金が必要だと思うが」
「まあ、そう思うだろうな」
ローランは未だに湯気がマグカップから出ているのにもかかわらず、気にせずにココアを口にする。ローラン宅は暗くなれば、照明が蝋燭しかなく、月明かりを除けば、明かりとなるものは何もない。石でできた壁にもたれながら、サーリアをはべらせてローランが不敵に笑っている。なんとなく、その笑みからろくでもないような理由や事情が飛んでくるんだろうなと三人は予想した。
「上層階級のとこに行く予定の荷車を襲って奪ってきた」
「「「はあ!?なにしてんだよ!?」」」
「お前、それでもシャルルマロニー十二勇士かよ!?」
「オスカー。シャルルマロニーではない。シャルルマーニュな。それにローラン自身が我々と同じような存在なのか。そういう“原典”があるかは分からん」
どこかキメ顔で言うローラン、ホットココアをほとんど冷まさずに飲んでいるから平気なのだろうとエインへリアル組は思っていたが、「あっつ」と言って少しココアを吐いた。オスカーから突込みが入れば、ディルムッドが間違いを訂正する。思った以上に息ぴったりな外の世界からの来訪者に対し、ローランは豪快にげらげら笑った。強者感溢れるローラン(最も、このときとなれば、昼間に見せた威圧感なんかとっくに消えうせているが)、そんな彼が爆笑したことにはサーリア以外が戸惑っていた。否、よくみるとサーリアも笑ってはいるが、戸惑っていた。
「いやいや、嘘だ。そんなことするわけないだろ。あと、上層階級じゃなくて上流階級だったわ。間違えた。まあ、これの出所なんだけどな?買い物に行ったときにあまりにも態度の悪い店主だったものだから、脅して品物といっしょにいただいてきたわけさ」
『もっと駄目じゃねーか!?』
けろっとした顔でローランは言うが、「そんな喧嘩してきたみたいな風に言われても」とエインへリアル組は困惑するも、咄嗟に突っ込みを入れてしまった。このローランと言う男、実は物凄い馬鹿かもしれない。
これが前述した一悶着、というところである。
「・・・・・・よう、眠れないのか?」
「ローラン」
サーリアはローランの寝室で、そのほかのエインへリアル二人は石の床の上で雑魚寝をしている中、どうにも眠れない暁は窓を開いて首都部の方角を眺めていた。背後から声をかけられたこともあり、振り返ってみると、そこには家主の姿があった。
「さっきは気を遣わせてしまってごめん」
「いい、気にするな。・・・・・・なあ、お前。あの二人とはそんなに仲良くないんだろ?」
「どうしてそう思う?」
「なんとなくだ。アカツキ、アキレウスと仲良かったんだな?」
流れるようにして暁の隣にやってきて、空を見上げるローラン。こうして見上げてみると、ローランは本当に背が高く、鍛えているのが分かる。戦闘技術について師事しているスカアハが見れば、一戦吹っかけそうなくらいには、戦士にふさわしい身体と言えようか。
「幼馴染だったんだ。僕も、もう一人の幼馴染もアキレウスが誇りだった。・・・・・・だけど、なんで」
「・・・・・・」
「ローラン。どうすれば、ローランやアキレウスのように自信が持てる?僕には、二人のようには自信が持てない」
その二人とは、ローランとアキレウスを示すのか。
それとも、ディルムッド・オディナとオスカーと言った意味なのか。
「さあな。そればっかりは、自分で気づくしかないだろう。俺が教えることじゃない。そうだな、お前らに同行してやるから、そこでなにか気づいてみろよ。お前のその心、悪いもんじゃねェと思うぜ?」
「それって・・・・・・」
大きくあくびをしたローラン、さっさと寝ろよな、と踵を返そうとすると、暁が何かに気づく。すると、ローランはその人のよさそうな笑みを浮かべて返す。
「行ってやるよ、お前らと一緒に。ただし、あの押しかけ女房もついてくるだろうが、それは理解してくれよ?エインへリアルになるつもりはない。ただ、迷っている奴がいたからついていく。それだけだ」
ローランと言う男は、馬鹿かもしれないが、悪い奴ではない。暁はローランの言葉に遠い昔に感じていた暖かな気持ちになれた気がした。