ミッドガルドⅢ
主人公って誰だっけ?
意欲的に月の上旬に投稿です
ローランの誘いに乗り、ディルムッドとオスカーに暁はローランの家へと向かった。とはいえ、このスラム街において日々繰り返される縄張り争いのことを思えば、ローランの家へというよりは“アジト”という言い方の方が正しいだろうが。とにかく、三人は右腕にサーリアをしがみつかせたローランの後をついていくこととした。時刻は昼間、それも昼過ぎのはずだとオスカーは懐中時計を何度も確認する。しかし、太陽が本来あるばしょには眩しい球体上の物が輝いており、眩しさのあまりに直視できないとされる太陽を見ることができるのはこれはいかにと首を傾げた。
「どうした、オスカー?時計を何度も確認して」
エインへリアルの制服から何度も懐中時計を取り出して時間を確認する、という一見すると不自然な行動をしているオスカーにローランは声をかけた。
「なぁ、ローラン。このミッドガルドだったか?」
「と言ってもスラム街だがな」
「そう、そうなんだが……。確かにあれは太陽ということでいいんだよな?」
「そういえば、エインへリアル三人は外から来たんだったな。ならば知らないのも無理はない。あれは人口太陽だ、首都の方から本を盗んできたっていう奴の話によると、あの人口太陽は太陽に限りなく近く作っておきながら、なんかそういう燃えてるものを抑えることはできなかったらしく、上空ってところで浮遊してて、火球が落ちてこないようにサイコ・シールドで抑えているらしい」
通りに出ると、ローランはエインへリアルの三人を見、ならば当然か!とその聞く側も不快を感じない笑い声を上げた。荷物らしい荷物と言えば、それぞれのエインへリアルとしての装備とバックパックくらいしかないエインへリアルの三人は持っていないが、スラム街の通りともなると騒々しい。あちこちで喧騒があり、ちょっとしたことをきっかけに殴り合ったり、どこからか盗んできた盗品の酒で酔ったりと被崩壊前の世界にあったとされるフィクションの世界観のようだ。
そこにいる者は皆、ボロボロな服装か盗品であろうと思われる服に身を包んでおり、東洋の服に上からズボンを履いたりと言ったちぐはぐな服装をしている者もいる。布を巻き付けた女、帽子の頭頂部を穴をあけたようにして両肩に装着して走り回る子供、それらを見て服装ちゃんぽんかよ、と暁はその様子を見て思った。プロポーションの良いサーリアに視線が男たちから向けられているが、傍にいるのがローランだと分かったのか手を出すようなことはしなかった。どうやら、このローランという青年はミッドガルドのこのスラム街においてはかなりの実力者で顔が知られた存在らしい。
そのことを知っているのか知らないでいるのか、ローランはローランなりに空高く姿を見せているのは人口太陽であること、若干形がぼやけて見えるのは太陽の周囲を包み込むサイコ・シールド(異能によって発生させた防壁)によるものだと説明した。しかし、どこかフワフワしたような説明からローランはさほど頭が良くないことと難しいことや考えることは得意ではないのが判明する。これについては英雄として必要な物として様々なことをケイローンの下で学んでおきながら、結局は脳筋寄りになってしまうアキレウスを友人に持っていた暁やその傾向が強いオスカーがいるディルムッドはすぐに直感した。
((あっ、こいつ、色々とはぐらかしたな。自分じゃ説明できないからって))
とはいえ、ミッドガルドの周囲をドーム状で覆っているというのはエインへリアルの三人はよく知っている。他の地方ではミッドガルドは「臆病者が砦に引きこもっている土地」と言われているし、エインへリアル上層部だってミッドガルドの中にいるとされているクリーチャーがミッドガルドの外から出て旧人類にもたらす被害のことを除けば、ミッドガルドに調査の人員を送り込むのには不服そうな様子が見受けられた。
人口太陽がサイコ・シールドで包まれていることは分かったが、そのほかにも興味深い単語が飛び出したのを聞き逃さなかった。ミッドガルドの首都、確かにローランはそう言ったはずだ。ミッドガルドと言えば、ドームで覆われた土地を示す都市国家のようなものではなかったろうか。任務の前に渡された資料によると、ミッドガルドとは「ドームに覆われた旧人類の技術にしがみつき、外の脅威に怯えながら生活している臆病者の巣窟」と記載されている。何度読んでも酷いものである。
「ローラン、ミッドガルドに首都というのがあるの?僕らは聞いたことがなかったけど……」
「何?ミッドガルドに首都があることを知らない?……そりゃそうさ、ミッドガルドは閉鎖してからは何の情報更新とやらを外に行っていないからな、今、お前らの上司の下に言ってる情報は数百年前くらいのじゃないか?」
「数百年前!?じゃあ、そのときから全く外部と干渉していなかったというのか!?ミッドガルドは!」
「静かにしろ、ディル。まわりの奴が見てる」
それほどの長い間、外部と関わらずに生活するにはどれほどの技術がいるのだろう。ディルムッドが驚愕のあまり大声を上げると、周囲からの注目を集め、ローランがディルムッドに注意する。二槍を布で巻き付けているとはいえ、バックパックに見慣れない服装の青年が大声を上げたのもあるが、なによりディルムッドの端正な顔立ちもあるだろう。
「首都のミッドガルドシティはミッドガルドの中枢となっている物があるらしい。それがドームとしているサイコ・シールド発生装置があるってことかもしれねえし、もっと大事なものがあるかもしれねえ。でけぇ建物があるってのは確からしいな。周囲も城壁に包まれててよォ、それはそれは豪勢な暮らしをしているらしい」
「こんなにも彼らや君は飢えているのにか!?こうしちゃいられん、ローラン!早くそこに連れて行ってくれ!」
「ディルムッド、僕らの任務は……」
「同情はいらねえぞ?それは俺や此処にいる連中への侮蔑だ。……次はねえ、次は二度と槍を持てないように叩ッ斬ってやる」
ディルムッドがローランに食って掛かると、ローランは反対にディルムッドに顔を寄せて静かに脅した。ローランの手にはデュランダルが出現するときに現れる前触れともいえる光が発光し、ローランが唯ふざけているだけだとはその殺気もあって思えなかった。剣呑な雰囲気が広がる中、サーリアが「あそこがローランの家だよ」と小さく指を差す。四角の薄汚れた白い家で、五人が歩いている通りの左側の角に位置している。
「……あー、済まない。熱くなってしまった。おい、暁」
「は、はひっ!?」
「なんだよ、ビビっちまって。ココア好きか?オスカーもよォ」
「う、うん……」
「ああ、貰おう」
「ディルはどうするよ?」
「有り難くいただく」
そさくさと角に入ると、ローランは空いた手で暁の肩へと手を回す。暁は突然声をかけられたことで思わず噛んでしまったが、そんな様子をローランは豪快に笑い飛ばしていた。オスカーは静かにその様子を見守っており、ローランから頼まれれば、小さくうなずいた。サーリアの方も、「あっ、私も飲む!」と言っており、先ほどの殺気と気まずい雰囲気はなくなって明るいものへとなった。サーリアがカギを開け、オスカーに暁と家の中へと入っていき、ロープに三段ほど頭上から照らされている洗濯物を背後にローランは家に入り、ディルムッドが最後に入って扉を閉めた。
ディルムッドの胸中を閉めることはローランと少女・サーリアの関係、ミッドガルド、首都・ミッドガルドシティとミッドガルドを覆うサイコ・シールドの防壁に人口太陽と渦巻いていた。ミッドガルドに入ってくるときに受けた審査の際、護衛兵の言っていた言葉が気にかかる。
『オーディン様の加護在らんことを』
ミッドガルド、エインへリアル、オーディン。
北欧神話という繋がりから自分たちエインへリアルと関係がある場所なのではないか、とディルムッドはひそかに推測していた。