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崩壊世界の宿神兵(エインへリアル)  作者: ふくつのこころ
消失技術地区ミッドガルド
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ミッドガルドⅠ

というわけで新章にはいりました

 ヘレネにカストールの遺品であるクラウ・ソラスを渡した後、ウィザードの居住区で確認されたという寄生型のクリーチャー討伐任務の為に自室で用意をしていた。武器はペリウスメレアであり、エインへリアルとして配布されている対クリーチャー用兵装を使うつもりはない。


「アキレウス、パトロクロス。カストールさんが死んじゃったよ」


 部屋にエインへリアルになって初めて撮った写真、その写真立ては後にスカアハからもらったもの。両親と撮った写真以外の大切な写真であり、スカアハがくれた前時代の書物同様にこの部屋を構成する大切なもの。写真を手にペリウスメレアとアキレウスの首を吸い込んだ手を見やる。槍を象る紋章、刺青のように現れているソレはアキレウスとパトロクロスとの遺品ともいえる。


 ケイローンの下で修業し、ヴァルハラ屈指のエインへリアルに名を連ねるようになったアキレウスも兄弟子として敬愛したディオスクーロイ兄妹。拳闘、騎馬と何度もディオスクーロイとアキレウスは鍛錬をしあった。時には同門ではない暁のことを叱咤しながら、共に戦場を駆けてクリーチャーを屠りながら。


 伝えておきたかった。無敵のアキレウス、俊足のアキレウスと呼ばれていた親友を無敵の肉体を持とうとも恐れずに叱咤した友人の死を。アキレウスは悲しむだろう、そして命令があろうともなかろうとも、槍を備えて武装し、敵討ちへと出かけるに違いない。でも、“竜殺し”のシグルドや“大蛇殺し”のラグナルのように強靭な肉体も、膂力を暁は持たない。


 ただ、ただ炎を噴くことのできる権能を持つこととスカアハから教わった技術がある。天性の才能、同じエインへリアルからも恐れられるほどの権能、そして恐れを知らない心を持つシグルド、ラグナル、アキレウスの父・ペリウス、アキレウス。今、こうしているのは現実から逃げている卑劣な行為なのだと暁は一人で自嘲した。


「でも、僕は行くよ。前に進み続ける。槍を持って、毎日修行に励み、飯を食えば必ず道は開けるってスカアハ先生も言ってた。迷ったときは身体を動かした方がいいっていうのは、アキレウスも言っていたっけ」


 竜の吐息のようなブレスが凄まじいとディオスクーロイ兄妹は言ってくれた。コンプレックスに思っている権能を評価してくれるのであれば、やることは一つ。


 同じように槍を持って戦場を駆けまわり、クリーチャーを殺すことだ。


――



 ウィザードの暮らす居住区、ミズガルド。旧時代の技術を用い、障壁を張って居住空間としている彼らは利便性のある生活を営んでいる。しかし、閉鎖された地域の中で決して恵まれていない者がいないかと言われれば、そうではない。ミズガルドの中でもスラム街に当たる地区において、薄汚れた青年はボロボロのシャツを身体に引っ掛けるようにしていたが、ズボンは真新しかった。


 一日を生きるのに必死な此処の住人である以上、日々の食料と飲料水を獲得できれば満足のいく日を過ごすことができるというのに青年が小綺麗なズボンを持っているというのは彼が一日の闘争に打ち勝った勝者だからである。弱肉強食のスラム街社会、負ければ勝者に命を奪われることを受け入れなければならない。この地区を、この場所で生きていくにあたって身を護る力は必要不可欠。力がないものに日々を生きる資格はないのだ。


「また派手にやってきたんだね、ローラン」

「お前か」


 青年の背後から背中に抱き着き、見上げるのはスラム街で一人でいれば途端に食い物にされてしまいそうな少女。青年をローランと名付け、以降はよく絡んでくる。少女曰く、「あなたに助けられたんだよ」とのことだが、青年――ローランはその記憶がない。馬鹿と言われればそれまでだが、ローランを馬鹿というとローランは途端にこの失われた時代の技術の名称、“カガク”に不釣り合いな現象を引き起こし、得物の剣を虚空から引き抜く。

 それがローランをこのスラム街で強者たらしめる証拠であり、ローランの愛用の武器にして身体の一部。閉鎖されている世界である、このミズガルドにおいても外敵、クリーチャーの恐怖に怯えている旧人類(オールド)を守護する宿神兵(エインへリアル)と呼ばれる新人類(ミュータント)の噂をローランは聞いたことがあった。

しかし、エインへリアルと呼ばれる彼らはヴァルハラに統治されていると聞く。こんな掃き溜めで暮らしている自分たちに縁はないものとしてローランはすっかり忘れていた。


 ローランに敗れた者は皆、ローランが己の剣を引き抜いて我流の物とは思えない凄まじい剣術で猛攻をかけてくる様を見てエインへリアルの“英雄”アキレウスのようだ、と言った。その反応に流石のローランも迷った。

アキレウスと言えば、既に故人であるエインへリアルのはずである、それではまるでアキレウスが生きているような口ぶりではないか、と思った。自分が倒してきた者たちがローランの強さをアキレウスに例えていたことに気づかないローラン、言われるたびに不思議に思っていた。


「お前か、じゃないでしょう?ちゃあんと、私にはサーリアって名前があるんだから。……ね、デュランダルを持って私を抱いてよ?私とあなたのお城でね?」

「何を言ってるんだ、俺の家のどこが城なんだ?襤褸小屋じゃないか。食料庫とデュランダルの手入れの襤褸布、あとは穴が開いたソファくらいしかないだろうに」

「でも、私の王子様の家ならお城も同然よ?ねえ、それで滅茶苦茶にしてってばぁ?」


 首に手を回し、蠱惑的な声色でローランに囁きかけるサーリア。ローランは人一人が組み付いてもなお、移動することのできる筋力の持ち主だったようで、ほとんど引きずるようにして歩みはじめる。引きずられているサーリアにとって、さりげなく、自分にかすり傷のつかないように配慮をしてくれているローランはこんな腐った世界では希少な“騎士”だと考え、笑みを浮かべていた。


「よぉ、ローラン?相変わらず、女連れとはいい身分じゃねえか?外のバケモノ殺しの連中みてえに変な武器使いやがってよぉ?」

「誰だ?お前。俺は今急いでいるんだ、早く戻らなくてはならない」

「へぇ?そいつはご苦労なこった、なんだよ?その女とヤるのか?」


 ミズガルドでも名の知れているローランは有名人だった。その為、ローラン自身がこのように典型的世紀末ファッションの手下を従えているスキンヘッドの男に絡まれることは多く、彼らがサーリアの方に視線を向けるまでがテンプレートだ。泥の中に咲いている花ともいえるサーリアの優れた容姿、女が一種の財産であるミズガルドのスラム街においてサーリアのようなプロポーションの良い美女を連れるローランは注目の的であった。

 下卑た笑いを浮かべ、舌なめずりをしながらサーリアを見た後にローランに視線を移すスキンヘッドの言う「ヤる」を「殺し合い」へと変換したのか、ローランは慌てて否定する。


「サーリアとヤるだって!?とんでもない、お前は何を言っているんだ!」

「てめぇ、そんな上等な女を連れてるくせに満足できねえってか?いいだろう、俺もお前の変なナマクラみてぇなチカラを持ってる、これがあれば、いくらお前でも倒せまい!」

「……ローランのことだから勘違いしたんだろうけど、こういうときの鈍さは腹が立つわね。それに侮辱された気分」


 プライドを傷つけられたような表情のサーリア、ローランはそれに気づくと、


「なんだよ、もう腹が減ったのか?何か食うか?」

「え?いや、そういうことじゃないのよ。ほら、私に気を取られてる暇ないでしょ?いってらっしゃい、カッコよかったらキスしてあげる」

「それもそうか!腹も減ったし、さっさと終わらせるか。では、いってくる」

「いってらっしゃい、ローラン」

「いちゃつきやがってぇぇぇ!やっちまえ、お前ら!」

「「「ヘイッ!」」」


 自分が素に戻っていたことにハッとし、スキンヘッドが蜥蜴男(リザードマン)へと変貌すると手下もそれに続いて変身した。そんなに広くもない路地裏で変身するとは馬鹿ではないかと思ったローランだったが、今それを言うとかえってスキンヘッドを怒らせそうだったのでいうのをやめた。スキンヘッドのまわりの世紀末ファッションの手下たちもスキンヘッドと同じような能力を持っているのか、蜥蜴男へと変貌した(スキンヘッドがエリマキトカゲだったのに対し、彼らは普通の蜥蜴男だったが)。


「元気だけは一人前、ってところか?」


 自分の周りを囲み、一斉に襲い来る蜥蜴男の群れ。人数の多さを生かさず、ただがむしゃらに突っ込んでくるだけではローランには意味をなさなかった。自らの愛用の剣、デュランダルを出さずとも日々のスラム街での抗争で鍛えあげた格闘技術によって蜥蜴男をなぎ倒す。向かってくるのであれば、その勢いを利用して互いに同士討ちさせるべく、その瞬発力を使って跳躍したり、地面を軽く蹴って回し蹴りをしたりとローランが目標とする“蝶のように()()、蜂のように()す”はただの喧嘩でも変わらない。


常に全力で挑むことが相手への敬意である。

 

 それがこんな死臭と血の匂いのするスラム街においてもローランが自分を見失わずにいる心の拠り所であり、自分の道を示してくれた人物への敬意でもある。あまりスラム街では受け入れられないローランの考えだが、ローランの親友はそれに同調してくれた。全力を尽くすことは良い、とその親友が言うのであれば信念とするには十分である。蜥蜴男を殴ることで皮膚が裂け、血を流そうともローランは怯まない。反対にローランが身を裂かれようとも果敢に挑んでくることに対し、蜥蜴男たちは恐怖を抱いていた。一人、また一人とローランの拳や回し蹴りは蜥蜴男を伸していく。


 必要がないなら殺さない、殺させないというのがローランのもう一つの矜持でもあり、昨日倒した相手が今日になってまた挑んでくることが多々あるものの、破るつもりはさらさらなかった。


「て、てめぇ……!」

「怒るにはお門違いじゃないか?ハゲアタマ。兵を戦わせるんでなく、自分も一緒になって戦えよ。じゃないとついてきやしないぞ?」


 部下を次々と伸されていくことに腹を立てるエリマキトカゲの男に対し、不敵に笑う。

それがミッドガルドの“絶剣”のローランだった―――。


今回から入る、ミッドガルド編

旧時代からの技術に縋り、外から遮断された世界で生きてゆく人々

寄生型クリーチャーの正体とは?

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