誓いと罪とこれからに
今回はポリデュークスの一人称視点です
必要な演出ということで
「……なぁ、ヘレネ。しっかりしろって」
「しっかりできるわけないじゃん、おにいちゃんが死んだのに。兄さんは悔しくないの!?」
俺は泣きじゃくる妹を慰めることもできないらしい。あの兄貴が見れば、どんな顔をするだろうか?居住区から俺とヘレネは上層部連中に呼ばれてヴァルハラの建物のほうに呼ばれている。エインへリアルの規則とは「任務に挑み、必ず生還して旧人類・オールドを護る」ことで任務に例え真面目に取り組んだとしても、生還できないならば栄誉はない。
生きていなければ価値はない、戦わなければ存在する必要がないというのが俺たちエインへリアルだ。物心ついた時には既に腐った肥溜めのようなところに俺たちはいて、兄貴は既に権能を使うことができていて、それで俺やヘレネを食わせてくれた。といっても倉庫に侵入したりとか他のエインへリアルから略奪したりと英雄的ではなかったけど。
ある日、兄貴がついに捕まって、その相手がケイローン先生だったっけ。俺には格闘技を、兄貴には剣術や力の制御方法、ヘレネには最低限の護衛術を教えてくれたんだよな。そのときにアキレウスの奴とも出会って、それからハイエナで暁にも出会った。初対面じゃ変な奴だったが、嫌いではなかった。同じ灰色の空の下で過ごしたと聞く前から不思議なシンパシーを感じたんだったな、暁とヘレネが仲良くなれたのには俺と兄貴は互いに以心伝心で複雑な気分だったけれど。
「でもよ、お前が泣いてたら兄貴—―兄ちゃん困るんじゃないか?いっつも俺やヘレネの顔色を窺ってたようにも見えるけどよ、俺たちの戦う理由ってのは兄ちゃんの役に立ちたかったってのがはじめじゃないか?」
「……」
俺の口を割って出てきたのには驚いた。
兄貴は俺に腕力で勝てず、ヘレネには俺たちはそもそも口で勝てる気もしない。だから、ヘレネが黙り込んだのには互いにすぐに顔を見合わせるほどだった。
『どうどう、落ち着け、僕らのお姫様。君にはその顔は似合わない』
『やめろーっ!暴力反対だ!』
兄貴は殴られるのを嫌う。身体の強さだけならエインへリアルの中でも最弱のほうにいてもおかしくない。ケイローン先生の教え子の中では最強ともさえ謳われるヘラクレスの十分の一もあればいいほどだとも聞いた。
「……そうだね。でも、私は—―」
ヘレネは俺たちが今いる部屋の中でパイプ椅子に膝を抱えて座り直した。兄貴からの贈り物である帽子を深く被り、感情をあまり出したくないらしい。いや、俺の表現が悪いだけでもっとヘレネには考えとかがあるのだろう。こういうとき、自分の語彙力のなさを恨んだことはない。
「ヘレネ、ポリデュークス。いる?」
「……いいよ、エリアル」
扉をノックしたのは兄貴が気にかけているエリアルという奴。否、正しくは気にかけていたというべきだったか。ハイエナで俺たちと出会い、変な権能を持っている奴。だけど、エリアルの声を聴いてヘレネは少し楽になっているようにも見える。
「失礼します」
そう言ってアイツが部屋にはいると、白い部屋にてヘレネはふらふらと立ち上がって暁のほうへと向かってゆく。すると、腕の中に落ちた。
「ヘレネ!?」
「エリアル、お兄ちゃんのさ、最期ってどうだったの?」
「……カストールさんは、」
「……教えてよ、怒らないよ。私はあの人の妹だもの、カッコよかったんでしょ?私のお兄ちゃん」
「……うん」
すると、暁の奴は懐から何かを取り出した。短剣にも見える剣の待機状態を持つのが兄貴の権能で扱うことのできている、一品仕様の外骨格のクラウ・ソラス。兄貴だけが使え、兄貴のために作られた専用武器と言ってもいい。アキレウスの奴とアキレウスの親父さんのペリウスメレアやディルムッド・オディナの二つの槍のような、それと“魔女”スカアハと“大蛇殺し”のラグナルの先端爆裂槍のようなもの。
そんな武器を俺たちの兄貴は持っている、一流のエインへリアルらしく、一流の英雄らしい英雄譚に相応しい武器を持っている。クラウ・ソラスを受け取ると、ヘレネは大切そうに抱え込んだ。ヘレネは曰く、「シュウキョウジョウノリユウ」とやらで兄貴が持たせないことに拘った。できうる限り、兄貴はヘレネに持たせたがらなかった。
僕の太陽でいてくれ。
そんな告白めいたセリフを妹に吐くのは僕らの兄貴らしいと思う。だが、俺と兄貴はそれについて意見は同じだった。肥溜めみたいな仕事に日々を過ごしていると、眩しい宝石の輝きを大切に思うらしい。兄貴ならもっといいたとえがあるんだろうけど、俺には全く浮かばない。俺には全く、浮かばない。
「カストールさんは僕を守って死んだ」
「敵から?アウスヴィ?それともクリーチャー?」
「なッ……!」
一思いに言ってのけた暁に俺が拳を振るいそうになると、ヘレネが制した。それからゆっくりと誰が兄貴にトドメをさしたのかを尋ねる。
どことなく、兄貴を思い起こさせる風格があるのはなぜだろうか。
「あれはたぶん、アウスヴィだと思う。僕は聞いたことないけど、確か“英雄殺し”のハーゲンって名前だったはずだ」
「“英雄殺し”のハーゲンって言うと、多くのエインへリアルを殺したっていう奴じゃねえか!?なぜか権能を持ってるし、あいつがこれまでに手をかけてきたやつだって……」
「シグルド・ヴォルスング、ヘラクレス・エインへリアル。たくさんのエインへリアルがハーゲンによって殺された。……どんな、死に方をしたの?」
「ッ!」
ヘレネは暁の野郎を問い詰める。間違いねえ、今一番キレてんのはヘレネだ。冷静を装ってはいるが、背中からでも分かる怒気は怒りだ。ヘレネはブチ切れてやがる、仇敵が、殺すべき相手がどんな風にして兄貴を殺したのかを知りたがっている。こういうときのヘレネは恐ろしい、必ず言わせちまうんだ。要求を飲ませちまうほどの恐ろしさを声色に孕んでいるのだから。
「……の、逸話の、再現なんだ。ハーゲンの権能はッ!アイツがカストールさんの原典の最期を再現したら、クラウ・ソラスを解除して……」
「それでお兄ちゃんは死んだんだね。でも、エリアル」
私はエリアルが生きててよかったよ。
怒気が緩んだ。きちんと暁の奴が偽らず、真実を語ったからだろう。要求を飲ませちまうほどの怒気を孕んでいると言ったが、ヘレネは原典に英雄的な逸話を持たない。あくまでヘレネは取り合われるターゲットとなっていた存在。そんな奴に特異な力があるわけはないわけで—―。
おもむろにヘレネは暁を抱きしめた。その身体は震えている、かつてないほどに。俺でもなく、こいつを選んだのは単純に付き合いの長さで気を許しているからと見た。事後処理部隊のハイエナにおいて兄貴主催の慰安会に招くのを許可するほどというのもある。
俺たちは排他的な性格をしていると言うのは兄貴の言葉だが、それは間違いでもない。俺たちが愛情を向けるのは仲間や身内の身で無辜の民とやらに向ける感情は持ち合わせていない。ケイローン先生は力なき者の為に力を振るうのは大切である、と教えた。だけど、俺たちはケイローン先生の言うことを守るつもりではあるが、そればっかりは守れる気がしなかった。顔も知らない、言葉を交わしたこともない、馬鹿話に花を咲かせているわけでもない、同じテーブルで食事をしたわけでもない相手を守れるほど俺たちは力を持ってねえし、器用ではない。
ならば、せめて俺達は家族を守れる強さを得よう。
兄貴に誓い、妹に誓い、そして未来にでも誓っておくとでもしよう。次はこの友人の為に—―。