表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崩壊世界の宿神兵(エインへリアル)  作者: ふくつのこころ
ハイエナ上がりのエリアル
12/18

猛犬

 帰還後、カラドボルグ使いの金髪緑眼のエインへリアル・オスカーに連れられて暁とベオウルフは天羽々斬が先に向かっているというバロールの待つ部屋へと通された。ベオウルフは暁が皮ズボンのラグナルの息子と分かっても接し方を変えるつもりはなかったが、当の暁が気落ちしているようなので声のかけようもなかった。


「なぁ、アカツキ。お前はよ、親しかったのか?カストールの奴と」

「……それがどうしたんだよ」

「いや、俺にも覚えがあるんだ。知ってるだろ?ディルムッド・オディナ。あいつもあいつで苦労してるから、ダチとして支えたくてな。上手く言えねえけどさ、あんまり抱え込むな」


 オスカー・エインへリアルはフィン・マックールの孫としてエインへリアルとして注目されていたが、数多いるカラドボルグ使いの中でもあまりパッとしないほうだった。反対に彼の友人のディルムッドは長槍と短槍の二槍流を用いるエインへリアルとして有名で、よくディオスクーロイと食事をする際に食堂で彼らを見かけたことがある。


 会話の内容は鍛錬の復習をしていることが多く、今日の鍛錬でどこが駄目だったのかとディルムッドが指摘するのを真剣にオスカーが聞いていると言うものでハイエナとして忌み嫌われていた自分たちにも分け隔てなくディルムッドらが接してくれるのが好印象だった。

 時折、オスカーが気に病むことがあれば、ディルムッドがそれを慰めたり、エインへリアル女性陣がディルムッドを囲めば、オスカーが困っているディルムッドの代わりに彼女らに散るように言ったりと良好な関係を築いているように見えた(ベオウルフにはどうも同性愛をにおわせているようにしか見えなかったが)。


「……」

「あー、その、オスカー。気を利かせてくれたのに悪いな、無反応で」

「構わないさ。俺はディルムッドがしたことをやっただけだ、大したことではない。さて、俺も職務に戻る。バロール殿と天羽々斬小隊長に粗相がないようにな」

「おう」


 部屋の前までやってくると、オスカーは手をひらりとさせて踵を返して去っていった。

 ああいう“騎士”と言った連中には苦手意識を覚えるが、少なくとも、クラウ・ソラスを解除されようとも“英雄(エインへリアル)殺し”のハーゲンとやらに対して散っていったカストール・ディオスクーロイを前に何もできなかった手前、かける言葉が見当たらなかったのもある。

 “英雄癖”を持つ連中のことは好かないベオウルフだったが、それでも同僚である以上は死なれては困る、心が折れられては困るというくらいにはお節介だった。なのでオスカーが声をかけてくれたのはベオウルフにとってありがたかった。

このヴァルハラにおいて、“竜殺し”シグルドにとってのブリュンヒルデが“大蛇殺し”ラグナルにとってのクラーカであるなら、それらになぞらえてスカアハの暁と称される。

暁が具合が悪ければ過保護に接し、楽しそうに暁が振る舞えば、その様子をスカアハは愛でると言った具合である。


「入れ」

「し、失礼しますっ!」


 傲慢な小隊長の扉腰からの呼びかけに暁に代わり、ベオウルフが返事をすると扉を開いて部屋へと入る。

 ソファとバロールの座っている回転椅子と机、それに棚もある。質素な白い壁に意味もなく取り付けられたブラインダー。この灰色の世界で意味を成すのかと疑問に思うところだが、これらはエインへリアル上層部の趣味によるものだから前線に出るエインへリアルの思うところではなかった。

 ソファにはデリラの肩に腕を回して座っている天羽々斬がおり、ニンマリと笑いながらデリラの身体を触っている。太腿から服の上からでもわかる膨らみを生地越しに触れ、愛でている。デリラのほうも満更でもなさそうだが、その瞳に生気は灯っていない。


 対してバロールのほうは面白くないと言った様子だ。

 もともと、バロールはケイローンが教官を行ったエインへリアル連中を嫌っていた。彼らは一様にしてケイローンの教えをしっかりと守り、自分が生き残ることよりも他者が生き残ることに全力を尽くし、危険を顧みずに突き進む性質を持っているからだ。その中で平凡な素質を持っていたイアソンは上層部に媚びていて、彼だけは例外的にバロールは毛嫌いはしてはいないものの、己の意思を貫き通そうとする際に見られる眼の“光”は亡きヘラクレスやアキレウスに通ずるものがあった。


「ベオウルフ・エインへリアル隊員、暁・エリアル隊員。諸君の上司である天羽々斬小隊隊長の天羽々斬と副隊長のデリラが来ている理由はわかるか?」


 あからさまな圧迫監査だ。

 これに耐えられなかったディオスクーロイのポリデュークスやコンモドゥスを責めた経験のある暁だったが、どうやら訂正しなければならないらしい。

 正直鬱陶しい。


「頭ン中がカラッポのポンコツ共のために言ってやるとだな、ポンコツが戦った相手がヤバ過ぎるから、呼び出したんだよ。あの騎乗系最高の権能持ちの小僧は残念だったが、まぁ、しゃあないだろ。死んじまったんだし。おい、ベイ。クラウ・ソラスは回収してきたんだろうな?してなかったら、骨の一本や二本じゃ済まねえぞ?遺族の片割れと妹の方に渡すもんがねえじゃねえか」

「い、いえ、隊長、それは回収してきたんですが……」


 天羽々斬はデリラにタバコの火をつけさせると、人差し指と中指で挟んで紫煙を吹いた。

 ベオウルフが隣を見やると、暁の手が震えている。拳を作り、ペリウスメレアが出現する手の甲が光っているようにも見える。

 隊長の言い分はわかる。遺族への遺品としてクラウ・ソラスを渡すというのを置いておいて、クラウ・ソラスはカストールの権能を強く生かすために作られた一品品(ワンオフ)仕様の武器。

 量産すればアウスヴィやクリーチャーに優位に立つに当たり、クラウ・ソラスの特殊コードの解除に成功すれば、それはエインへリアルの戦力が増加すると考えてもいい。そんなメリットがあるからこそ、ヴァルハラは、エインへリアル上層部は欲しているのだ。


 暁はペリウスメレアを召喚させ、装備した。


「……どういうつもりだ、暁・エリアル隊員」

「その行為がどういう意味か。わかっているんだろうな?」


 四つん這いになり、槍を構える暁の様子はスカアハの戦闘スタイルに酷似している。戦場を駆け回るスカアハの移動手段とも呼べ、その駆け抜ける様子からスカアハは魔女とも呼ばれる。

 最初に訝しんだのはバロールだった、最初の辞令を言い渡す前は自分が煽ったのにも反応しなかった暁がどうしてムキになるのかを理解できなかった。

 天羽々斬は灰皿にタバコを押し付け、吸殻を捨てるとデリラの頬に口づけを落として立ち上がった。手にしたものはバロールの机から拝借したペン、それを権能で“怪物殺し”に特化させる。


(隊長の、“怪物殺し”の権能……!)


 手にしたもの、その全てを怪物殺しの権能の力を帯びている武器に変える。

 それが天羽々斬の権能だ。たとえ、味方であろうとも通用することから“英雄殺し”のハーゲンに酷似した能力と言ったもいいかもしれない。

 そんな男が圧力のある容姿や雰囲気であるというのに、さらにそれらを増してペンだけで暁の様子を窺っている。


 お前のような狗にはペンだけで十分だ。


 そう言っているかのような余裕、その狂気ゆえに上層部は押さえつけるために今の地位を与えた。実質、エインへリアルとしては幹部級である為に並のエインへリアルや権能から幹部クラスのほとんどは逆らうことができない。


「来いよ」

「ウガァァァァァァァ!」


 暁・エリアルは気づいていなかった。

 自分が今している行為が自分の憧れた英雄から最も遠い行為だということを、勇猛と蛮勇を履き違えていることを。

 暁・エリアルは動揺していた。

 思い出そうと“していなかった”大蛇殺しのラグナル、その妻のクラーカ、両親の記憶を半ば強制的に思い出さされたことを。


『なぁ、シーグ。シグルズ・オルム。約束できるか?父さんが家にいないときは、お前が母さんを護ることを。俺がいないときは、お前がこの家で最強のエインへリアルだ』

『うん、だいじょうぶだよ、とうさん。だって、』


 過酷な遠征に向かう直前、幼少期に父と約束したこと。

 母を護れるように強い男になれ、それがラグナルがかけた言葉だった。見上げるほどに大きく、振るう大槍はエインへリアルの中でも他の追随を許さない。ディルムッド・オディナと同じかそれ以上とされる槍の実力は死後も塗り替わることは早々ないだろう。


『ヘヘッ、俺さ、父上やラグナルおじさんみたいなエインへリアルになるんだ。だってよ、カッコいいじゃねえか?ケイローン先生にはまだまだだって言われたけど、パティやアカツキを護りたいしさ。……あっ、笑うなよ!ヘラクレスの兄さんは笑ったけど、お前は笑わないって信じてたんだぜ!?』

『違うよ、アキレウス。だって、』


『『僕には一生かかっても     、思うから』』


 その後にどんな反応が来たかは覚えていない。

 ただ、今は目の前の天羽々斬(てき)をブッ殺すだけなんだから。


「うわぁぁぁぁぁっ!」

「チッ、無駄にいい動きしやがる。やっぱり、バケモノ染みてるなァ。ケルト系仕込みは……!」


 怪物殺しのエインへリアルは、ロクな権能を持たないエインへリアルを蹴散らすのにそう時間はかからなかった。槍をペンで払い、どんな過酷な鍛錬を乗り越えてきたにしろ、徹底的にそれをたたきつぶして自信喪失させることができれば、それはその後二度と抵抗しようと思わなくなるのは確認済みだ。

 怪物殺しのエインへリアルがため息をついたのはスカアハの“再現”によるものだった。

影の国の女王として、様々な英雄を育てて輩出してきたという逸話からスカアハはケイローンほどと言わないものの、育てる者としての人格は持ち合わせている。外に槍使いのエインへリアルを誘導し、ひたすらに壁に傷をつけて火を放出し、怪物殺しのエインへリアルを殺そうとしている様子はまるで猛犬だ。だが、ここで殺すわけにはいかない理由がある。

 怪物殺しの権能を持とうとも、暁・エリアルを殺せば背中をいつ刺殺されるか分からないからだ。怪物殺しの権能で魔女を殺すのは容易いが、問題なのはスカアハは“どこにいるのかわからない”という最大のアドバンテージを持っている。


 突然現れ、突然消える。

 影というものがどこにでもあって触れることができないという逸話を再現している以上、怪物殺しのエインへリアルで味方のエインへリアルを殺すことができても彼女には敵わない。それに彼女が一声かければ、彼女の知人のエインへリアルが騒動を起こすだろう。

 おおよそ、間違いなく、確実に。

 と、考え事に集中していると、天羽々斬の服を何か焦げ臭い香りがする。その正体が猛犬によるものと分かると、青筋を浮かべ――――。


「よくも、よくも、よくも――ッ!」


 接近してきた猛犬が槍の穂先を向ける――その刹那、天羽々斬がペンを構える。それを勢いよく振り下ろし、猛犬の側頭部を掠る。ただそれだけで熟れたトマトが潰れるように血が噴き出し、猛犬の頭からどくどくと溢れだす。


「――――……ッ!」


猛犬が機動を失い、その広い廊下で声を上げて痛みのあまりに耐えかねていると、一人の人物が通りかかる。


「何をしている、ナマクラ」

「貴様は、スカアハ……ッ!」


 美しい黒髪に美貌のエインへリアル、スカアハだった。

 転がっている猛犬の元に向かい、その傷を手でかざすだけで癒す。C臓器があるとはいえ、その治癒速度は通常のエインへリアルの治癒速度の三倍で傷口が塞がる。旧人類と比べ物にならないほどのスペックを誇る超人と言えるエインへリアルだが、その中でも回復の能力は異様であった。


「ディオスクーロイの長兄が戦死したと聞いてな。ケイローンとディオスクーロイの片割れ、それにその妹と話していたのだが、妹の方が泣き出してしまってな。弟のほうがカッとなるのにはケイローンは慣れているようだが、妹のヘレネが泣くのにはお手上げらしい」

「なにがいいたい?」

「その矮小なモノを下げろと私は言っている。この子は全てを喰らう大蛇になるか、すべてを呑み込む猛犬になるか。それを見ないうちに死なせるのは惜しい」

「ただの理想のエインへリアルの教育ではないのか?魔女が」


 普段以上に淡々と語るスカアハは猛犬として周囲が文字通り見えなくなっていた暁を腕に抱き、その頭を大切に撫でている。ライダースーツのエインへリアル制服を着ているので素手で触れないのがなにより残念だったが、それを表に出さずにナマクラと呼んだ同僚の天羽々斬を見やる。冷たい双眸、その身体を差し穿つような視線はまさにスカアハの必殺の槍のようだった。

 互いのことをののしりあうものの、クリーチャー討伐のための専用武器を持ってきていない以上は天羽々斬は本領発揮できない。適当にお茶を濁してその場を後にしよう、と戻ろうとした時だ。


「待て」


 どこからともなく飛んできた一槍が、天羽々斬の耳朶を掠った。


「貴様、これがバレたらどうなるのかわかっているのか?」

「分かっている。そして、この子の処分ついでに私が辞めさせられたら、外にでも出るとするさ。あいにく、私は生きる術はあるんでね」

 耳朶からの出血を抑え、天羽々斬は痛みに顔をゆがめる。そんな様子さえもスカアハにはご満足だったようで、凶悪に笑みを浮かべた。


――だから、英雄由来(こいつら)は嫌いなんだ。


「チッ、食えない魔女だ。……おい、そいつに伝えろ。起きたら、寄生種のクリーチャーを殺しに行くとな。場所はウィザードの居住区域内だ」

「伝えとく。さっさと去れ」


 スカアハがしっしっと手をひらりとさせると、天羽々斬は血を垂れ流しながら部屋へと戻っていった。


「せ、先生……?」

「馬鹿なことをしたな。しかし、気に食わないならば抗って見せたのは良し。だが蛮勇と勇猛を履き違えぬように」

「はい、でも……」


 気がついたのか、暁が目を覚ました。

 開口一番、申し訳なさそうな暁の様子を愛おしく思いながらもスカアハは暁の額を撫でる。

暁は自分の側頭部から出血していないと気づくと、驚きで顔を染めた。


「どうした?」

「いえ、傷が……」

「そんなものはないさ。ほら、立てるか?お前の友が泣いているぞ?」

「はい、大丈夫です。えっ、でも、友って……」


 そう言っていると、暁は身を起こして立ち上がる。

 ふと、過ったのは気遣ってくれる双子たちの妹の顔。また誰かの顔を浮かべた、これではいつまでも“英雄”にはなれない。

そんな思いが胸中を支配する中、ペリウスメレアを戻して向き直る。こうしていても、本当にスカアハの背が高い。この背を追い抜かせるんだろうか?そうやって見ていると、スカアハは優しい表情を見せてくれる。


「お前の隊長なら、お前が目を覚ましてからで「いい」といっていたが、寄生種のクリーチャーがウィザードの居住区にいるそうだ。その任務にお前を同伴させるつもりとのこと」


 胸中を過るのはヘレネの兄を死なせてしまった罪悪感が占め、それをスカアハは見透かしたように、


「だが、まだ“目を覚ましていない”ならば時間はあるだろう?」

「!」

「それくらい私に任せよ」


 スカアハの頼もしい言葉に甘えるしかない暁だったが、クラウ・ソラスをヘレネに渡すためにもこの提案に甘えるしかなさそうだ。


次回の後、旧人類の中でもあるエリアで暮らしているウィザードの居住区編とする予定です。

暁は果たして呪縛から解かれるのか……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ