逸話の再現
カストールが貫かれると、ハーゲンが笑ったように見えた。
冷酷な機械のような顔に凶悪な笑みを張り付け、自分の中にある何かを凍てつかせるような本能的に受け付けないもの。
「て、てめぇ……っ!」
「言葉遣いが乱暴なのは単細胞のポリデュークスと変わらないようだ。“英雄”アキレウスの金魚の糞になぞ興味はないのだ、狙うべきなのはディオスクーロイ・カストール。貴様だ」
「カストール、さん……」
ハーゲンのそもそもの狙いとは暁ではなかった。
だがカストールの纏うクラウ・ソラスの武装解除を行い、生身に戻してタイタス・スローターで貫くとは何たる権能であろうか。神話においてカストールは馬術に長け、さらには剣と軍略に長けているとのこと。しかし、このエインへリアルのカストールにはそんなものは持ち合わせていない。
エインへリアルが『宿神兵』と呼ばれる理由である異能は権能と呼ばれる。神話に登場する英雄が持つものを持つからこそ、彼らはエインへリアルと呼ばれる。ハーゲンが英雄殺しの権能を持つのは神話で竜殺しの英雄・ジークフリートを殺したことが一因する。
カストールの神話における死はポセイドンの息子の双子といさかいを起こし、ポリデュークスとカストールの双子、そしてポセイドンの息子の双子との戦いで命を落としたのが起因する。弟と合わせて“ディオスクーロイ”と呼ばれる彼らはその仲の良さから常に一緒であった。
カストールの性格をよく知る暁だが、どうして自分は兄弟ではないのに助けてくれたのかと疑問を持つ。
「へへっ、クラウ・ソラスがなければ即死だったよ。大丈夫か?エリアル」
「カストールさん、どうして僕を……!」
「僕の弟と妹の友達だからだよ。僕の権能は地味で使い方は限られているけど、エリアルは……ゴホッ!ゴホッ!……アキレウスの友達ということは、僕の友達だ。ポリィと僕らのお姫様をたの……んだよ」
迷いなく自分を助けた理由を答えたカストールはアキレウスと同じ顔をしていた。
誰かを護れるカッコいい英雄、暁がなりたいと思っているもので憧れているものだ。
倒れ行くところを受け止めると、カストールは武装解除中の停止状態にある短剣状になったクラウ・ソラスを暁に渡した。
「カ、カストールさんっ!」
「ディオスクーロイには怪物退治とかの伝承はないが、先ほどから割り込みもしないベオウルフ。貴様にはあったな、原典での竜殺しの逸話が」
「このォッ!よくもカストールさんを!」
カストールが息を引き取ると目を瞑らせてペリウスメレアを構え、クラウ・ソラスを懐へと入れてハーゲンへと飛びかかる。
カストールを失ったショックからか、でたらめに攻撃することしかできず、タイタス・スローターに流されていくだけであっても暁はめげずにガンガン打ち込む。
スカアハから教わったことを思い出す暇は今はある、不思議とカストールが死んだ直後なのにどうして力が発揮できるのだろう?あのステゴロ専門のエインへリアルはこともあろうにカストールを助けれそうなタイミングがあったろうにそれを逃した。
ならば、この場で信用できるのは己だけだろう。
そう思ってからの暁の行動は早かった。可もなく不可もないという均衡のとれた戦闘スタイルは権能を使っていないときでも発揮される
火を噴くという権能は“噴出口”を作らねばならない、という制限がある。
その噴出口をというのは穴でなくても構わない、もっと言ってしまうと傷程度でも火をつけることができる。
ゆえに“英雄”アキレウスは称した。
俺の友の能力は最強なんだぜ?
だからこそ、アキレウスの背中を追う少年はアキレウスの父の名を冠した槍を振るう。
槍を振るい、傷をつけんとハーゲンにスカアハ仕込みの突きを繰り出す。
突くべし突くべし突くべし突くべし―――!
「やはり、大蛇殺しのラグナルと同じ槍の使い手であるか。祖父は竜殺しのシグルド、祖母は“戦乙女”ブリュンヒルデ、母はその子のアースラグあるいはクラーカ。いやはや、我らアウスヴィの配下であるクリーチャーを殺すことによって伝説を再現するとは。ただのシグルド・ヴォルスングは竜殺しのシグルド、ラグナルは大蛇殺しのラグナル。そして、その子のお前は――」
「なんで、なんで知ってるんだ!?僕の父を、僕の母を!けれど、それら全部をお前らが持って行ったじゃないか!おじいさんは伝説通りなら、あんたに殺された!おばあさんはあんたにおじいさんを殺されて、それから狂ってしまった!とうさんとかあさんは……!」
ハーゲンの嘲笑を機に暁は思い出す。
聞かされたとおりの家族の最期を、家族の笑顔を。
アキレウスの父・ペレウスと親交があったからか、父・ラグナルはよく手ほどきをしてくれた。
その無双ともいえる強さにアキレウスは憧れ、父はいつも豪快に笑いながら居住区でアキレウス、パトロクロス、息子に槍の鍛錬の後に妻の淹れた茶を飲みながら語ってくれた。
『坊主ども、俺の槍を受けて平気になれ。先端が爆発?気にすんな。火を噴く?馬鹿野郎、気合でねじ伏せろ。少なくとも、俺ならそうする』
特徴的なクリーチャーの皮を剥いで作った皮ズボンから“皮ズボンのラグナル”とも父は呼ばれていた。
生前はスカアハと並ぶエインへリアルの特記戦力と数えられていた逸材で、シグルドとブリュンヒルデの娘をめぐって血生臭い戦いを乗り越えてきたのだという。
「暁・エリアルとなぜ名を伏せて生きているのか私には理解できない。エインへリアルは人間の身でありながら、人間によって生み出された紛い物。貴様の祖父、父は見ものであったぞ?勇猛果敢に飛び出すも、妻を奪われ、無力の中――「黙れッッ!言葉を慎め!」
暁は憤りを覚えていた。
同時に自分の身体が熱くなるのに気付いた。
それは炎、ペリウスメレアの穂先で傷つけずとも現れるもの。
それらを身にまとい、轟轟と燃える中で殺意をギラつかせる様は英雄というよりは英雄に打倒されるべき怪物の類だ。
許せない。
祖父と父を侮辱し、あまつさえ、奪われていく様をそんな邪気を含んだ笑顔で語られてはたまったものではない。
ベオウルフは傍目から見て恐怖していた、伝承通りの既による竜殺しを為しえていない彼はシグルド・ヴォルスング、大蛇殺しのラグナルのように伝承を“再現”できていない。
しかし、この暁・エリアルは違う。
シグルズ・オルムとは大蛇の目のシグルドという意味を含んだ特別な名前である。
竜殺しを為しえた特別なエインへリアルの血筋に生まれたエインへリアルは奇妙なことに炎の力を得ていた。
その力が目覚めたきっかけは――。
「殺してやる」
「――素晴らしい。最高の血統を誇る権能を持つエインへリアル。伝承に何を為し、何に至ったのか書かれていない無貌存在ともいえる存在。そんな者に気圧されているのか、私のタイタス・スローターは」
己の得物が震えているのを感じ取り、ハーゲンは狂気による笑顔をやめられない。
爬虫類の瞳へと変貌、小さなドラゴンのように炎が暁を包み込んで再現するのは紅い炎の竜。
ハーゲンは悦びに震えていた、竜殺しの英雄・ジークフリートを殺した逸話を再現できるのかと。
暁は怒りに震えていた、手加減をして原形を留めさせることは目の前の者に対しては決してできないと。
「ペリウスメレア」
炎を纏ってもなお、ペリウスメレアは焼き尽くされない。
アキレウスの愛用していた得物であるゆえ、燃焼させないようにしているのだろう。
“英雄”アキレウスに対する暁・エリアルの異様なまでの執着には興味が湧いた、しかし、尋ねる必要はあるまい。
ディオスクーロイの片割れを殺した段階で分かり切っている、このエインへリアルは異常だと。
石突で大地を突くと、火柱が立つ。その火柱をペリウスメレアを握っていない右手に装備させようと、手を伸ばすが――
『――――――!』
「おや?存外空気を読まずに来たものだ」
ハーゲンを呼んでいるであろう、通信機器のコール音。
タイタス・スローターを握り、ハーゲンは何かの収穫を得たのか満足そうに何らかの装置を使って自身を転移させた。
ハーゲンと対照的に暁は覆う炎が消え、その場に崩れてしまった。
「ちく、しょう……ッ!」