動き出す時
「━━っ、はぁ、はっ・・・」
息も切れ切れに狭い路地を必死になって駆ける。
傷つけられた左足は庇う余裕がなかったせいで酷く腫れ、ジンジンという痛みが次第に強くなってきていた。
俺は薄暗い路地裏の奥にある空間に追い詰められた。
入った家の人間は女子供構わず皆殺しにし、家にある金目のものは一つも残さず奪って逃げる。
それが俺がこの街で繰り返してきたことだ。
だから当然、そんな俺をここまで追い詰めているのは、政府の犬アマユキの番犬だ。
だが、さすがにアマユキでも俺を追うには小隊でも5つは必要だろうと、思っていた。
でも今実際に目の前にいるのは、目を引く緑色のコートを羽織った小柄な人物、ただ一人。
フードで顔は隠れているが、線の細さからして女なのは間違いないだろう。
この女が初め俺の前に現れた時にはあまりにも拍子抜けで、あっさり殺せると思った。
でもこの女にいくらナイフを振っても当たらない。
当てる前に全て避けるのだ。その時に、フードの下に少し見えたこの女の無表情が不気味で俺は逃げ出した。そして今に至る。
今女の手には彼女の背よりも大きい槍ある。ただ、あれは俺を追いかけて来ている時には影も形もなかった。
あれがこの女のCLなのだろう。
女はそれを何の躊躇もなく、俺の首筋紙一重の近さまで移動させた。
「ひっ」
途端に情けない声が出て、足腰が震えた。咄嗟に思いついたことを言ってみる。
「や、止めてくれ!俺にはまだ小さい子供がいるんだ!強盗をしていたのもそのためなんだ。そりゃ、何人か殺しちまったけど、わざとじゃない・・・・・・信じて――」
「黙ってよ」
俺の迫真の演技は女の一声に打ち消された。それほど大きい声ではなかったが、俺が言葉を止めなければならないと本能で感じ取ってしまう何かがあった。
「シエ・カイン、36歳。コラクナ北西の都市リィレイ出身。現在は首都の友人宅に居候中。妻子なし。ちなみにその友人もすでに他の隊員が自宅ごと押さえたみたい。ずいぶんと悪趣味な友人だったんだね。自宅から、あなたが今までに殺した人達が映った写真が沢山出て来たって」
女は淡々と語る。その声に少しずつ女の激情が表れていることに気付き、俺は自分よりも小さく若い女に恐怖を覚えていることに驚いていた。
「・・・・・・ねぇ、幸せな人達の日常を壊して眺めるのは、楽しかった?」
「つっっ、うわぁぁぁぁ!」
気づいた時には俺は、咄嗟の判断で女の足を蹴って女をこかせ、女の首にナイフを突き立てていた。
多分俺は女を黙らせたかったんだと思う。
この女が怖くて不気味でならなかった。
でも、女を殺したのに恐怖は消えない。
何故かと女の表情に目を向けると、女と目が合った。
女は死んでもなお、まるで生きているように意志の強そうな金の瞳で俺を睨みつけていた。
「そ、そんなに睨んでもお前にはもう何もできないぞ!」
自分の中にある女への恐怖に反抗するように叫んだ。
「・・・・・・私にできなくてもあの人達にはできるよ」
俺は思はず悲鳴を上げて女から離れた。
そりゃそうだ、女の死体が首にナイフを突き立てたまま喋ったのだから。
急いでこの女から逃げようとした時にはもう遅かった。
「なんだ!?こ、こいつらは・・・・・・なんで、なんで全員生きてるんだよ!?」
いつも間にか、この狭い空間で俺と女を囲むようにして大勢の人間がいた。
それも全員毎日欠かさず写真越しに眺めていた奴らと全く同じ容姿をしている。
奴らはそれぞれ俺に恨み言をいいながら一斉に襲いかかって来た。
「や、やめてくれ、許してくれ・・・・・・何でもするから」
心の底からの言葉だった。でも奴らは止まらない。
そして今度は、少し離れたところからとても聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「その人たちにはもう何もしてあげられないよ。あなたがしてしまったことは、そういうことだから。・・・・・・せめて次は力におぼれずに生きて」
その言葉が聞こえたところで、強烈な後悔の念を抱いて俺の意識は完全に閉じた。




