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pisforpage single stories非現実

花が咲く pisforpage single story

作者: ページのP

 左人差し指の爪の間がむずむず痒くなった。

 変なところを蚊に刺されちゃったかなと思って見たら案の定、ぷくりと小さく赤く腫れている。痒み止めを塗って絆創膏でぎゅっと押さえたらすこし痒みがましになった。


 家に帰って絆創膏を剥がしてみたら、腫れはみるみる大きくなって小さな花を咲かせた。

 自分のことなのに、今見たものが信じられなかった。呆然としたまま花がほころぶのと同時にひろがったえもいわれぬ甘い香りに包まれる。

 

 玄関の呼び鈴で、我に返った。

 魚眼レンズを覗いた私の耳に男性の声が届く。

「ここを開けて下さい」

 知らない人だったが、開けないという選択肢はなかった。

 男性は靴のまま部屋に入ってきた。爪の先がずきずきと疼く。

「お願い、早くして」

 かすれた声の懇願に、男性は私の左手をとり、指を絡めて口元まで運んだ。


 いつの間にか人差し指だけでなく、全ての指先に赤い花が咲いている。

 その指先を、赤い花を、彼は一本ずつ吸った。

 膝の力が抜けてくずれおちそうになる私に引きずられ、男性もまた床に膝をついていた。膝と片方の手で身体を支えて身を乗り出し、でも絡めた指を吸うのはやめない。

 私は言葉にならない声を漏らしながら目をぎゅっと閉じ、床に頬をつけた。

 むせるような甘い香りに酔っていた。身体は痺れて動かない。


 どれくらい時間が経ったのか、玄関の床に倒れたままドアが閉まる音と衝撃で意識が戻った。

 去っていく足音は短く、すぐ隣の部屋でまた呼び鈴の音がした。


 どうやらこの変異に遭ったのは私だけじゃないみたい。

 そう思って私はちょっと笑った。


 私たちは自家受粉できない花なんだろうか。蜜で送粉者を誘って、他の花から花粉をもらって増えるのか。


 昔より虫の数も種類も減っている。

 植物も新しい戦略をたてないと生き残れないんだろう。自然は過酷で巧妙だ。


 知らないうちにドラッグでも飲まされて幻覚を見たのでは、という疑いは左手を見た時に捨てた。

 爪の間に咲いた花はもう萎れ、代わりに膨らんだ種が一粒ずつ実っていた。

 茶色い熟した実に右手で触れるとぽろりと落ちる。


 落ちた実を指で摘まんで口に入れた。

 すべすべした種には特になんの味もない。まだこの植物は実を美味しくして遠くに運ばせる知恵はないらしい。

 口に含んだ種をそのまま飲み込んだ。

 これでまた花が咲くという保証はないけど、駄目でもまだ残りは四粒ある。


 次に花が咲くのは明日か、来週か、一年後か。

 次はどんな送粉者が訪ねてくるのかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な世界観が面白かったです!
[良い点] 小さなきっかけから、あれよあれよというまに転がって行くお話。ぐいぐいと読まされてしまいました。Pさん、やっぱうめえす。 [気になる点] そんなこと、ほとんどなんにも書いてないのに官能的なと…
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