【9】双方納得が一番
開かれたドアから、ぞろぞろと男達が入ってくる。
あの時の濃色の髪の男性も、後ろにいた。ため息をついてる。
「まさかと思ってきてみれば…このガキ…」
一番前にいた大柄な男がズカズカと近づいて来ようとする。
サッとフィーツの後ろに隠れた。
「まぁ、子供のしたことだし許してあげなよ」
「黙れ!」
にへらっと笑いながらフィーツが怒りを鎮めるように言ったが、
男はそれが気に入らなかったのか、勢いよく顔に蹴りを入れた。
痛そうだ。
「あの魔物はどこへ行った? お前の仲間だろう」
男がフィーツに聞く。
あぁ、ゴロは見つかったのか。
どこへって事なら逃げ切れたのだろう。
「何の事だかわからないよ。ずっとここに縛られていたし」
皆がフィーツに注目している間に、音を立てない様に気を付けながら南京錠の鍵を外す。
背後だったお蔭か誰もカギが外れたことに気づいていないようだ。
「…後ろに下がって」
小さな声でフィーツが言ってくる。
大人しく従って、屈んだままジリジリと後ろに下がった。
「チッ。ヘラヘラしやがって。お前が答えないなら、そっちのボウズに聞いてもいいんだぜ?」
視線が僕に集まった。男共がフィーツの横を通り、ゆっくり近づいてくる。
立ち上がり、僕は後ろに下がる。
しかし背後は檻だ。逃げ場がない。
「えーと…タイム。ちょっと待ってください。待ってくれたらアメ玉あげますから」
「バカにするな!」
余計怒らせてしまった。飴が嫌いなのか、美味しいのに。
言われたとおり移動したが、フィーツは動き出す気配が無い。
この後どうしたらいいんだろう。
…僕を囮にして逃げるんじゃないよね?
持っていた剣を握りしめて、入ってきた男の数を確認する。
一人、二人…濃色髪の男性も合わせて全部で五人だ。
魔法を使ったら勝てるだろうか。
いや、無理だろう。
威力が無いし精々、火を付けて火傷を負わせるぐらいだ。水をかけても驚かせる程度にしかならない。
敵が二人ぐらいならその隙に逃げる事はできそうだけど、五人だと取り押さえられる可能性が高い。
詰んだ気がする。
「落ち着いて下さい、冷静に話し合えばわかる。かもしれない、たぶん…きっと…」
必死に説得しながらバックする。が、効果が無い。
あと一歩下がれば檻にぶつかる、その時だった。
「深呼吸でもして落ちつ―…いっ!」
後ろから何かが僕の服を掴み、勢いよく引っ張られる。
必然的に檻に叩きつけられた。
「いてて…?」
蹲り痛みに堪えていると、金属がこすれる音がした。
続いて何かがガチャッと開く。
手に持っていたはずの鍵もない。
「あ、やべ…」
男共が固まる。
なんだ、と視線の先を見ると檻が開いていた。
「よくも散々痛めつけてくれたな…この野郎共」
檻から出てきたのは、鬼だった。
いや、鬼のような顔をした人物だった。
怒り心頭だ。赤い髪と眼、長身に良く似合ってる。
角が生えていたら、鬼に見間違えそうだ。無くても見間違えたけど。
「待て! こいつがどうなっても…って、ええ!?」
男共は後ろを振り向くが
フィーツはいなくなっていた。
逃げたのか。僕を置いて逃げたのか。
僕も逃げたい。が、前方に悪者共、右方に鬼だ。
左は壁、後ろは檻。
男共が驚いている間に、スレイドらしき男は僕に近づいてくる。
慌てて、這いずるように壁と檻の隅に逃げる。
「なんで逃げるんだよ。お前には何もしねーよ」
「いや、齧られるかと」
「俺はケモノか。そんなことより、そいつを返せ。俺のだ」
そいつ、とは剣の事だろう。
この人数相手に戦うつもりだろうか。
「ま、まて! わかった、お前は見逃してやる。ほら、欲しい物があったら何でもやるから。な? その剣はこっちに寄こすんだ」
「え、なんでもくれるの?」
金目の物、全部欲しい。
「バカか、そいつらが約束を守るはずないだろ。俺が助けてやるから、早く剣を寄こせ。殺すぞ」
イライラしたスレイドがもう一歩近づく。最後の言葉は何だ。
大柄の男は舌打ちしながら、腰の剣に手をかけた。他の者も同じだ。
いや、もうケンカせずに両方見逃してよ。
…ん?両方?
「あ、そうだ。いい案を思いつきました」
「なんだ?」
「あぁ?」
「両者とも、剣を渡して欲しいんですよね?」
両者が動きを止め、頷く。
僕は時間をかけながらゆっくり立ち上がり、砂を払う仕草をしコホンとわざとらしく咳をした。
「この剣は、こちらのむさ苦しい方々に」
「なっ…」
男共の方へポイッと放るように投げる。
スレイドが絶句し、大柄の男はニヤリと笑った。
「そしてこのパーツエイドの剣は、こちらのおに…スレイドさんへ」
「なん…」
言い間違いそうになりながら、腰にあったパーツエイドを抜いて投げ渡した。
今度は男共が絶句し、スレイドが笑う。真逆の反応だ。
「さて、これで僕は両方の願いを叶えました。
助けてもらい、さらに見逃してもらえ、ほしい物を何でもくれるという素晴らしい状況にー」
「なるわけねぇだろバカ野郎!」
男共が剣を抜く。
さっそく約束を破られた。
大人って醜い。
「なあ、言ったろ。あいつらは約束守らないってさ」
「そうですね。後は助かるかどうかですが」
「任せとけって。約束は守る」
スレイドが庇うように僕の前に立ちながら言う。
本当にこれで助かるのか。
とりあえず、これから起こる惨事に見ない様に目を手で覆った。
血の海は見たくない。
悲鳴と、何かを切り裂く音がする。いやぁ。
耳もふさぎたい。
手があと2本あれば…くっ。
目は瞑って、手で耳を塞げばいい?
動転しててその発想は無かった。