【5】崖の下の日常
15分ぐらい歩いただろうか。
崖の上に出て、ゴロがぴたりと足を止める。
『マオウ様、この下です。気づかれないように注意してください』
姿勢を低くし、小さな声でゴロが言った。
別に僕も人間だし、見つかっても大丈夫だろう。
そう思って、堂々と崖の下を覗き込もうとしたが慌ててしゃがんだ。
「なんですかあれは」
『人間です』
うむ、確かに人間だ。
だが見た目に問題があった。
「まるで戦争中みたいですね」
皆、剣を腰に下げて皮の鎧を着用している。
仲良くキャンプ中です、って感じじゃない。
不用意に近づいたら捕獲されそうだ。
「捕虜っぽい人まで見え…うぉお!?」
見つからないようにしゃがんで観察していたが
思わず大声を出してしまう。
『どうしました、マオウ様』
焦ったようにゴロが聞いてくる。
「宇宙戦争にでてきそうなムッチャデカい機械が見えます。
あれ、ほらあそこ。ビームとか打てそうです」
戦車のような厳つい見た目をした、バスのような箱型の乗り物を指さす。
異世界に有るまじき機械だ。
ぜひ、乗ってみたい。
『あぁ、マオウ様は復活したばかりで見たことないんですね。
あれはパーツエイドってやつを使った乗り物です。すんごい速く動くんですよ』
「ぱーつえいど?」
『はい、詳しくは分かりませんが…なんでも、魔法と異世界の力とやらを使った不思議な技術らしいです』
「へぇ…ビームは出ますか?」
『出ません』
出ないのか…残念だ。
よくわからないが便利そうだ。
ぜひ、頂いて行きたい。
が、流石に今日は無理だろう。
動かし方が分からない。
『パーツエイドが使われてる武器も見たことありますが、これまた凄い切れ味なんで魔王様も気を付けてくださいね』
「ほう、ゴロは物知りですね。有ったらそれも貰いましょう。まずはどうやって侵入するかですが…」
見渡してみるが、人が多い。
このまま忍び込むのは難しそうだ。
「夜に寝静まるのを待った方が良いか…けど、見張りは必ずいるでしょうね」
どうするか悩んでいると、大きな鍋を持った茶髪の少女が目に入る。
他の者と若干服装が違い、ローブの上に皮鎧を身に着けていた。
「捕虜…ではないようですね。楽しそうに話してます」
大柄な男が少女を小突きながら喋っている。
対する少女は頬を膨らましながらも、笑いかけた。
従属関係は無さそうだ。
「大人しそうな子ですし、非戦闘員でしょうね」
『マオウ様と同じぐらいの年齢ですかね』
そうかな、と考えるが年齢が思い出せない。
年齢不詳・住所不定無職・名前も不明だ。
その辺りは頂戴できる物ではないし、今度考えよう。
今はマオウ様だけで十分だ。
『マオウ様。あの子供、飯の準備してます。
ちょっと待てば温かい飯が掻っ払えるかもしれません』
大鍋を地べたに置いて、薪を一か所に集めているが見えた。
木のテーブルの上には食材が置いてある。
「今夜の晩御飯は何でしょうか…って魔法?」
少女が祈るように目をつぶった。
数秒後、薪に火が灯る。
それを見て、感覚的な何かが頭に入っていく気がした。
「確か、こう…」
今、覚えた感覚でゴロの背中を見る。
火がつきますよーに。
『あちぃ!?』
簡単に火が付いた。バッチリだ。
けど、火はゴロが地面を転がっただけで消えた。
威力はそんなに強くない魔法らしい。
「もっと良い魔法は…あ、あの子にも火がついてる」
少女は薪をいじろうとして、袖に火がついたようだ。
慌てて袖を振っているが火は消えない。
すると、急いで別の魔法を使い始めた。
「お、今度は水ですか」
ジャバっと水が少女の上に落ちてくる。
パニックになって調節が出来なかったのだろう。
頭から水をかぶり、びしょ濡れだ。
「よし、試そう」
『マオウ様? 俺を実験台にしてません?』
さっきと同じように水をゴロの背中に浴びせる。
バシャリと良い音がした。
完全消火完了。
「次の魔法は…あ、テントに引っこんじゃった」
服も濡れたし、着替えるのだろう。
少女はローブを絞って水を出すと、テントの中に入ってしまった。
「待てば戻ってきますかね」
『…マオウ様、後ろ』
緊迫した声でゴロが言った。
嫌な予感がして、そっとゆっくり後ろを振り向く。