【3】迷子になって三千歩
おかしい。
いくら歩いても村につかない。
街道にすらあたらない。
「お腹すいた…」
休もう。これ以上歩きたくない。
ぺたりとその場に座り込み袋の紐を緩める。
入っていたのは干し肉だった。
切るものもないので、まるごと噛み付く。
「…不味い」
塩辛くて、固くて食べれたもんじゃない。
けどこれしか食料もない。
眉を寄せながら肉に噛み付いていたところ、ふと気づいた。
「何あれ。犬?」
大きな犬のような生き物がこちらに近づいていた。
長毛の藍色で見たことのない種類だ。こちらの世界特有の犬種だろうか。
睨むような目でこちらを見ている。
もしかして、縄張りに入ってしまったのかもしれない。
「こんにちは」
挨拶をしてみる。
猫が喋るから、犬もきっと通じるはずだ。
敵意が無いことをわかってもらわないといけない。
犬は返事もせず目を見開いた。
驚いてるようだ。挨拶されるとは思っていなかったのだろう。
もう一度、挨拶する。
「こんにちは」
『あ、あぁ。こんにちは』
今度はちゃんと返事が返ってきた。
戸惑っているような声で、話し出す。
『ぼうや、どうして言葉が通じるんだ?』
「?」
『お前、人間だろう?』
意味がわからない。
この世界の人間は喋らないのだろうか?
『どうして人間なのに魔物の言葉が喋れるんだ?』
「ま…もの?」
犬に見えた。しかし、魔物らしい。
確かに犬にしては逞しいが、動物と何が違うのだろう。
というかクロ、人間の言語だけかと思ったら
全ての言語共通の魔法を教えたのか。
『なぁ、どうしてだ?』
魔物らしき生き物は不思議そうに顔をつきだしてくる。
言葉が通じたおかげか、もう敵意は無さそうだ。
「それはですね…ボクがすごい人間だからです」
『すごい人間? た、たしかに魔物と喋れるのはすごいことだ』
「いいですか、ボクは…世界を手に入れる者です」
『は?』
犬は俯いて、一匹考え込むような顔になった。
ブツブツと小声で『いや、でも…ここはきっと…』と聞こえる。
どうやら作戦会議に入ったようだ。
その間に食べかけの肉に噛みつく。
空腹には耐えられない。
『マオウ様!』
「ん?」
口に残る塩辛さを流すように水を飲んでいた。
作戦会議が終わったらしく、犬が大きな声で話す。
『俺、マオウ様の配下になります!』
犬が仲間になりたそうに尻尾を振ってこっちを見ている。
そしてボクの名前はマオウらしい。
『仲間にしてください。お願いします』
「構いませんが、今この世界に来たばかりなのでお肉ぐらいしかご褒美あげられないですよ?」
目の前に塩辛い肉を出す。
肉を見て、目を丸くし喉がゴクリと音を立てたのがわかった。
『マオウ様バンザイ!』
犬ってバンザイできるのだろうか。
そう思う前に犬はパッとお肉に食らいついた。
唸り声を上げるような鳴き声でガツガツと食べている。
「まだありますから焦らなくて大丈夫です」
食料が入った袋を逆さにし、中身を全部出す。
残っていた食料もあっという間に無くなっていく。
間違いない、三日分ではなく一食分の量だった。クロにあったらクレームを入れよう。
『マオウ様、これ硬いです』
「水筒は食べられません」
齧るのを止めて、水筒の蓋を開ける。
中が見えるように傾けるとワンコは嬉しそうに水をペロペロと飲んだ。