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テトラの森  作者: 茶ノ机
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十二、 異物

 「大丈夫だよ凜ちゃん。全部ルモイの作り話だ」

 「ほんとう、ですか」

 やっと涙腺が落ち着き、レイさんに今日あったことを話した。するとレイさんはいつもの調子で言った。うっとりする様な笑みを浮かべて。

 「本当さ。凜ちゃんは捕まらないし、私もペナルティは受けない」

 「れ、レイさん……」

 また涙があふれでてきた。一度出ると、まるでネジが緩んだ水道みたいに少しのことでもあふれでる。今日一晩で、私の水分、全部無くなってしまうんじゃないだろうか。

 「にしてもあの子、いい性格してるわねぇ。好きな男が振り向いてくれないからって。私と張り合えるかも知れない」

 「レイさんはもっとやさしいです。いきなり私を倒したり、しないです」

 「倒すって、何かされたの?」

 レイさんはいきなり真剣な顔で、低めの声をゆっくり出した。一瞬、体がこわばる。

 「あ、えと。急に体が倒れて」

 「頭は、打ったの?」

 「え、あ、多分……」

 「どっちよ!気分は?」

 「倒れた後すぐは痛くて、あと気持ち悪かったです。あ、でも今はだいじょう」

 「もっと早くそれをいいなさい!」

 レイさんは声を張り上げたかと思えば、氷袋を即座に作り、私の頭に乗せ、その後は目に終えない位の早さで薬、布などの道具をそろえた。

 なんだかこの光景みたことある。きっとレイさんは医者だから傷ついているのを放置する人を見ると我を忘れるんだろうな。

 ぼんやりと思っている内によれてしまった私の服が肌を離れていった。

 「足払いされたようね。しかも思い切り」

 するとレイさんは私の左足首を何度かつついた。

 「ひっ、」

 その度に鈍い痛みが広がり、思わず顔をゆがめた。

 「痛みが分かるならまだ頭は軽傷ね。でもこの様子だと、明日起きあがれないわ」

 「な、何でですか……?」

 「受け身とれたら守れたものを、打っちゃいけないとこ全部打っちゃってるからね。運動不足すぎ。明日、首や肘が動かなくなるから覚悟しときなさい」

 「は、はい……」

 せっかく外出許可が出たのにな。でも逆にほっとした。外に出てうっかりルモイさんに会ったとなれば、私の心はきっと穏やかではいられない。

 なぜならば、ルモイさんが言っていた「じきに分かる」という言葉——

何か得体の知れないものがあるのではと疑ってしまう。レイさんはでまかせだと言った。それが本当だとしても、あの時のルモイさんの目は確信を持っていた。でまかせだけでこんなに人を震え上がらせることができるのだろうか?

 分からない。何が起きるかなんて見当つかない。けど、言いしれぬ恐怖が私の腕から肩へと走ったのを感じた。


 翌日から、異変がすぐに現れた。ルモイさんの言葉がそのまま現実になる予兆——

 朝、レイさんが腕に傷を作って帰ってきた。右腕の真ん中一直線に引かれ、傷口からは赤い血が川の様に流れ指先を伝って地面へ絶えず落ちていた。

 理由を聞くと転んでひっかけたと言っていた。でも明らかに嘘だと分かる。

 木に引っ掛けてこんなに綺麗な傷が出来るはずもないし、次の日も、そのまた次の日も同じような傷を作ってきた。連日、木に引っ掛けるはずがない。

 首の痛みが大分引いてきた頃、家の外でレイさんと誰かが話し合っていた。

 「レイ、お前の家に外の人間がいるんだろ」

 「はぁ、なにいってんだい。この家には私一人だけだ」

 「嘘をつけ、街で噂になってるぞ。お前が外の人間をかくまってるとな」

 「ふぅん、ずいぶん滑稽なことを言う奴だねぇ。こんな辺境の地に、テラシティの人間は来やしないよ。そのためにあの『壁』があるんだろう?」

 「『壁』を作ったのは外の人間だ。だからそんなもの根拠にならねぇ……」

 「なるほど……あんたもルモイの差し金か」

 「はっ、だとしたらどうする」

「あの小娘に地獄を見せるわ」

「そうなるとお前もただじゃすまねえよ。ルモイの嬢ちゃんから話は聞いた。太陽だけではなく森も奪われたらテトラはどこにも行けねえんだ!」

「完全に踊らされちゃってだらしないねぇ」

「うるせぇ。明日、お前の家に街の奴らが大勢くる。それまでかくまってるやつを殺すなり追い出すなりするといい」

 「入るなら入ってみなさい。とっておきの薬をまいてやる」

 その言葉を最後に会話が終わった。レイさんが家へと入ってくるのが聞こえた。

 私は慌てて寝た振りをする。

 そうか。今の会話で分かった。私はこの森では異物にすぎない。壁を作った忌まわしいテラシティの人間。私が壁を作った訳じゃないのに森の人たちは私が外の人間だと言うことだけで排除しようとする。そういうものなんだ。きっと壁を作ったテラシティの人も同じ気持ちなんだと思う。自分たちとは見た目が違うテトラの人たちを固くて到底乗り越えられない高さの『壁』という手段で区切る……

 もちろん、そうじゃない人もいる事は分かっている。私のケガを二度も治してくれた。料理も教えてくれた。 温もり、優しさ、時には厳しさを知ることができた。この短期間で私は心の欠片を手に入れることができた。

 レイさんには感謝してもしつくせない。種族は違うけれども、私はレイさんのことを自分の母よりも母らしいと思っている。

 この森を出よう。それが、端末がなければ何もできない私ができる唯一の恩返し。街の人たちが明日、レイさんの家に来る前に。きっと優しいレイさんは私に危害が加わらないよう、配慮をしてくれると思う。だってそうじゃなければさっき、私を引き渡したはずだ。

 出るのは明日の朝。レイさんが出かける前。早い時間がいい。

 そうなると、今日はレイさんと過ごせる最後の日だ。きっと私は二度とここに戻れない。それよりも無事に生きている事すら分からない。外へ出たって何処にも行くあてなんて無いのだから。森の家に行っても、テラシティに戻っても政府に捕まる。いっそのこと、死のうかしら?

 それは後で考えよう。とにかく、一分一秒、今日という日を大事にしようと私は思った。

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