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テトラの森  作者: 茶ノ机
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一、 実験室

 気づいたら目の奥に白い光が差し込んだ。できれば、閉じたまま過ごせないかと願った。しかし、その願いが叶わないことも、モニタに映し出されている死者の数が現実であるということも私は知っている。

 早く、急がなければ。

 そう思い続けて何十年経つのだろうか。日数に換算すると七千三百日、時間に換算すると十七万五千二百時間、分に換算すると、一千五十一万二千分。こう考えると意外と短く感じた。長く感じるのは人間の寿命に二百という制限があるからだろう。こればかりはいくら科学が発展しても変わらない事実。生まれたときから死へのカウントダウンが始まるのだ。

 私は白とは表現しづらいほど薄汚れた白衣を身に着け、仮眠室の扉を開けた。やけに重く感じた。面白みの無い廊下を通り、地下へ通じる階段を降りた。まるで逆らえない力に引き寄せられる様に……

段々と強まっていく薬品の臭いと実験動物達の鉄を叩く音…無駄だと分かってか知らずかその音は命が尽きるまで鳴り止まない。

 「十沢、やったぞ。これで俺たちは助かる」

 聞き覚えのある旧友の声。しかし、私はくぐもって聞こえるその声に違和感を感じた。

 「おい、羅臼。なぜ、扉の向こうに居るんだ」

 「詳しい話は後だ。十沢、とにかくこれを見てみろ」

 羅臼は左の袖を肩までまくった。しばらく経つと、緑色のツルの様なものが一つ、二つ、三つと生えてきた。

 十センチほど成長した植物と思しきものは葉が見る見るうちに大きくなり、十分経たない内に羅臼の腕を覆った。

 「なぁ、すごいだろ。これで戦争は終わる、そして俺たちは政府から大金が手に入る……一生遊んで暮らせるぞ!」

 まるで、初めて逆立ちができた子供のように目を輝かせている羅臼とは対照的に、私は目の前に起きた現実を受け入れることに精一杯だった。

 「さ、そうと決まれば早速論文の準備だ」

 研究室の奥からもう一人の旧友、手崎が現れた。淡々と発せられた言葉に、私は自分がさらに取り残された気持ちになった。

 「手崎、これは夢か……」

 「目の前にあること全て事実だ」

 気づいたら私は手崎の胸倉をつかんでいた。

 「なぜ羅臼がガス室に居るんだ……」

 「早く結果を出すためだと自ら入って行った」

 また、淡々と話した。こいつは、数十年も一緒に研究してきた友を何だと思っているんだ。

 「……なぜ止めなかった」

 思わず殴りかかりそうになる衝動を抑え、やっとの思いで声を絞り出した。

 「私も同じ気持ちだからだ」

 かすかに震えた手崎の声に私は沸きあがっていた憎悪の念が徐々に薄れていくのを感じた。私が手崎の立場であったら羅臼を止めていただろうか。答えはノーだ。今日にでも成果を上げなければ人類が滅びるのだ。愛する家族、友人、そして私は飢えた人々の手によって死ぬ。核兵器なんぞ使うものなら、下手をすれば地球にいる全ての生命体は死に絶え、生き物が住めない惑星になる。

現に羅臼の実験は今のところ順調に進んでいる。昨日、同じようにマウスをガス室に入れたところ、十分も経たない内に死んだ。

 羅臼を見てもやはりマウスの様な動物ではなくある程度水分を含む大きな体を持たないと、すぐに干からびてしまう事が分かった。後はどの時間間隔で、どの位水と光を与えるか。人の体で育った植物を人が食べても害は無いか。確かめなければいけないことが山ほど思い浮かんだ。

そこには友人の安否を気遣う十沢涼太は既に消え、冷徹な研究者が生まれていたのだ。ああ、なんて罪なやつだ。しかしもう戻れない。

 私の気持ちを察したかの様に、鈍い音が研究室に響いた。私はガラスの向こうに居る羅臼に近づいた。

 「安心しろ、俺はこの研究で死んでも後悔はしない」

 羅臼はこう言って、穏やかに笑った。それを見て罪悪感が薄まった。と同時にもう後には引けない、進むしかないんだという事を確信した。

 「羅臼……ありがとう。絶対にお前の体を無駄にしないからな」

 「十沢、急ぐぞ」

 「ああ」



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