2 楽園の考察 上
「別の世界……ちなみに絶界の楽園が具体的にどういう場所なのか、誰か知ってるか?」
生まれてきた疑問が疑問だ。その答えを探す為の問いは自然と漏れ出す。
だけどその問いに答えられる者はいない。
「昨日ボク達も情報交換を試みたよ。だけどこれ以上は誰も知らなかった」
誰も知らなくて不透明。故に希望とも言えるその場所を目指さない精霊が、あれだけ出たのかもしれない。まあ俺がいるからという理由もありそうだけど。
何にしても俺達にはそれ以上の事を知る事が出来ない。だけど分かる事が一つ。
「でも、不透明でも……縋るには十分な希望だよ」
言葉の通り、そんな不透明な存在でも。俺達にとっての希望である事には違いないんだ。
だからこそ軽はずみには言えなかった。余計言えなくなった。
その別の世界というのが言葉の綾だったとしても。ただの表現の一つだったとしても。
俺が別の世界から来たというのはより言いづらくなってしまった。
信憑性云々を考えなくとも……言えやしない。
そうすれば、彼女達が縋る希望に、不安を塗りたぐる事になりかねないから。
しばらく歩くと森にさしかかる。本来馬などを要いて陸路で湖を目指す場合は迂回するだろうが、徒歩の俺達はそのまま進む。
そしてしばらく進み開けた場所に出た所で一旦休憩を取ることにした。
というのも俺以外は皆余裕そうだったけども、俺は歩き疲れて休憩を取らないとキツい状態だったのだ。男だけがへばってる光景は非常に情けなく思えるけど、男女以前に人間と精霊だから仕方ないと思う。思ってもやっぱり情けないと思うけど。
で、時刻は丁度昼頃といった所か。普段ならこれから飯を食いに行こうという感じになる時間帯なのだが、今はそうもいかない。
なにせ俺達は荷物を宿に全部置いてきた訳で、非常食も何もない。そして行ける店も立場もない。
つまりは、空腹を満たす術がないのだ。
「……無理だな」
思わずそう呟く。
その場しのぎでも何でもいい。とりあえず何か食っておきたい。でなきゃどこかで倒れる。
だからとりあえず食料を探す事にした。
幸い此処は森の中だこれだけ自然に囲まれているのならば、食料の調達位はなんとかなりそうだ。
俺がそんな事を考えていた時だ。
「エイジさん」
「どうした、エル?」
「お腹、空いてませんか? 朝から何も食べてませんよね?」
エルが少し心配する様に俺に問いかけてきた。
「……まあな。というか凄いタイミングだな。調度何か食べ物探さねえとって思ってた所だった」
「やっぱり。だってエイジさんいつもこの位の時間になったら、口癖の様に腹減ったって言ってましたもんね。一種の時計ですよ」
「……やべえ、完全に自覚症状ねえんだけど」
完全に口癖になっていたみたいだ。まあ結局ああいう気楽な状況だからこそ出てきた言葉で、今じゃ出てくる事は無かったけれど。
「とりあえず何か探しませんか? 私達はともかくエイジさんは食べないと駄目でしょう? 私も手伝いますよ」
「ああ、助かる」
本当に助かる。何しろ一体どれが食べられる物なのかなんて知識はほぼ持ち合わせていない訳だからな。元の世界でもよく分からねえよ。
と、そんな事を考えていた時だった。
「わ、私も手伝いますか?」
リーシャが相変わらずオドオドしながらも、そんな申し出をしてきた。
なんか悪い気もしたけど特別断る理由もない。だから申し出を受けようと思ったけど、それをエルが制する。
「すみません。その……私一人で、行かせてくれませんか? ちょっと二人で話したい事もあるので」
申し訳なさそうにい言ったエルの言葉
エルのその言葉を聞いたリーシャは、一拍明けてから何かを察したように頷く。
「分かりました。じゃあ私達は此処で待ってます」
リーシャのそんな言葉の通り、リーシャ達にはその場で待っていて貰う事になった。
何かあれば上空に何かサインになる精霊術を打ちあげる手筈となっている。
正直に言ってどこから危険が沸いてくるか分からない以上、リーシャ達から離れるのはあまり良くない気がしたが仕方がない。
エルの言うとおり、二人で話さなければならない事がある。
だから俺達の頭の中はこの時点から、食べ物よりもその会話の事で一杯になっているのかもしれない。 それだけこれから先に待っている話は、大事な話だ。
「……エル、あの果物さ、食える奴だっけ?」
「毒がありますね。でもおいしいです」
「あれは?」
「毒がありますね。程良い甘さです」
「お前、よくお前今まで生きてたな」
「不思議ですね」
あまり笑い事ではない過去のエルの食生活を聞きつつ、とりあえず俺達は食料を探す事にした。
何かを話にしても、まずはやるべき事は終わらせる。終わらせなければ何処かで俺が終わってしまう。
だから話はその後だ。
「えーっと、あのキノコとかってどうなんだ? 食えそうだけどなんか毒キノコっぽくもあるし」
「あれは毒じゃないですよ。ただ食べると精神的にふわふわする感じがしますね」
「いやそれ毒キノコだろ!?」
どう考えても毒キノコじゃねえかよ。これは注意しないとどこかで毒製品口に入れる事になりそう。
「いや、あのキノコに関してはお酒とかと同じ様な気が……」
ああ、成程……感覚的にはアルコール入ったお菓子食って酔っぱらうみたいな感覚のキノコか。でもこれキノコにアルコール成分が入ってなければ、やっぱり毒だよな。
そしてそんな風な毒食材のオンパレードもそろそろ終わりを迎える。
「あ、中々珍しい物が生ってますね」
そうしてエルが指さした先にあるのは、ちょっと危険な匂いが漂う白いキノコ。
「あれも……毒とかある感じ?」
「あれには本当に無いですよ。それに一口で結構お腹に溜まるキノコでしてね……焼かなくても食べられるし、保存もききます。ほら、二週間くらい前に路上販売で試食したじゃないですか」
「えーっと……あ、ああ、あれか。確かにアレは腹が膨れるし、保存も利くって言ってたな、とりあえず何本か貰って行こう」
そんな風に俺達は毒キノコを回避しつつ、まともな食品を手にする事ができた。
その後も、戻ってからアイツらにも何か上げた方がいいかという事で人数分の果物を探す。やがてそれらの食材を手にして収穫を終え……ついにその時が来た。
「……それで、エル。話って何だ?」
こちらからそう尋ねると、エルは一拍明けてから返してくる。
「ちょっと、聞きたい事がありまして……」
「聞きたい事?」
そう促したものの、これから何を聞かれるかは大体わかってる。
そしてそれは俺の予想通り。
「エイジさんは今……絶界の楽園について、どう考えていますか?」
今まで俺達が何の迷いもなく目的地として掲げていたその場所。
そんな場所の事を、気が付けば俺達は盲信できなくなってしまっていたんだ。




