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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
三章 誇りに塗れた英雄譚
92/426

29 分岐点 中

 改めて提示した俺の問い。

 結論だけを言えば、その問いの答えは返ってこなかった。

 やはりというか、そうすぐに即決できる事でもない。

 だから俺達は一旦その場に留まる事にした。

 人間の街からある程度離れた以上、それぞれの進む道も決めていないのに無理に動き出す必要もない。時間はまだあるのだから、それぞれの今後の方針はしっかりと決めておいたほうがいい。

 だからその間、既に方針が決まっている俺達は、治療に専念する事にした。


「……一旦は大急処置。それが終われば交互に直す。それでいいか?」


 既に治療を始めてくれているエルにそう提案する。


「いや、できることなら一気に全部直したいんですけど……私が言えることじゃないですけど、改めて見ると凄く痛々しいんですよ、折れた腕って。そんな状態でこれ以上放置したくないんです」


「本当にお前に言えることじゃねえよ。まあ俺にも言える事じゃねえけど……」


 でもそもそもの原因は俺で、そうであるならば真っ先に完治するべきはエルの筈だ。

 だから少なくとも、俺だけが一方的に治療を受けるなんてのは無茶苦茶だ。

 俺はそう思うし、そう瞳に映す者もいる。


「まあ何にしても……そんな状態のお前に一方的に治療され続ける様子を、アイツらの前で見せる訳にはいかねえだろ」


 その光景にどんな印象を抱くかは、ある程度想像が付く。

 もし俺の怪我がもう少し軽かったら、きっと俺達の治療の順序は入れ替わっていた筈だ。

 だけどエルは、俺にしか聞こえない様な声でそれを静かに否定する。


「……別にいいんじゃないですか?」


「いい? いいってなにがだよ」


「信頼なんてのはあるに越した事はないと思います。少なくとも、あの工場であの子達を助けて脱出しようと思えば、それは絶対に必要でした。だけど……今、無理をしてまでそれを得る必要はありますか?」


 ……確かにそうだ。

 あの状況下で、俺達は精霊の信頼を得る必要があった。そうでなければ精霊を助け出すという目標を達成する事が出来なかった。

 だけど、今は違う。

 今、彼女達はそれぞれの進路を考えている。

 自分で選択して、自分で行動できる自由を取り戻した。そこから何か行動を起こすのに。その方向を定めるのに、俺への信頼なんてのは必要ではない。その有無で選択肢の数は変動するかもしれないが、精々その程度の事だ。

 もう、俺への信頼感が大事になってくる場面は終わったんだ。


「……そうだな、必要はねえよ」


 結論としてはそういう事になる。別に今更俺が精霊達の信頼を得なければならない理由なんてない。

 だからエルの言葉は否定しない。

 でも……たぶん、そういう問題じゃないんだ。


「でもさ……もう今後会うことが無い奴が相手だったとしても、自分が助けようとした相手から、ああいう視線はあまり受けたくない。怖くて憎くて石を投げられるような。そんな印象を抱かれるってのは、結構辛い」


 視線の力は思いのほか強い。

 アルダリアスでエルに向けられていた物とは毛色が違えど、それでも酷いものであることには変わりない。

 そんな物を向けられていたら気が滅入る。向けるような相手と認識されていても、それは同じだ。

 だから結局、これに関してはただの願望なのかもしれない。


「だから俺はきっと、そういう意味であの精霊達にいい印象を抱かれたいって思ってるんだと思う」


「良い印象……ですか」


 エルは一泊間を入れてから、答える。


「そういう事なら、納得できます」


 エルは軽く息を付いてから、言う。


「傍から見ている私でもああいう視線は辛いですし……それに、エイジさんをああいう視線で見られるのが、その……嫌です。一度は見ていたから、余計に胸にくるんですよ。あんな酷い風に、エイジさんは見られちゃいけないんです」


 だから、とエルは言う。


「やっぱり、まだ信頼を崩すような真似はできませんね」


「ああ。だから……もう暫くしたら一旦変わるよ」


「……分かりました」


 そんな風に、エルが納得してくれた直後だった。


「取り込み中だけど……ちょっといい?」


 俺達の前に現れたのは、何度か会話を交わした黒髪の精霊。


「……どうした?」


「アンタに……言っておきたいことがある」


 それが何だかは、俺にはよく分からないかった。

 だけど比較的にまとも、というよりある程度普通に俺を見てくれていた彼女の表情は、今、この時も同じように普通で、それが悪い話ではないという期待を抱かせてくれる。


「今後どうするか、って奴か?」


「それもある。それもあるけど……それだけじゃないんだ」


 そして彼女は一拍入れてから俺達に言う。


「ただ純粋に、礼を言いに来た」

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