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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
三章 誇りに塗れた英雄譚
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26 脱出開始

『なんとか……なりましたね。さっきの攻撃、大丈夫でしたか?』


「まあ……肉体強化解いたら気ぃ失いそうだけど、解かなきゃなんとか大丈夫だ」


 肋骨を砕かれたのが相当なダメージとして残っているが、辛うじてなんとかなる。そして精霊達の方も、負っていても軽傷レベル。今すぐ治療が必要な奴と言えば、病院に行けば即入院させられるであろう俺とエル位だ。


「まあ大丈夫じゃなかったとしても、治療は此処を出た後だ。だからまあ……お前の怪我直したら、その後に頼めるか?」


『……その前になら受けますけど? 寧ろ今すぐにでもなんとかしたいんですけども……』


「ありがと。でもまあ何にしても、まずは脱出が先決だ」


『分かりました。じゃあうまく出られたらすぐにでも』


 俺はエルの言葉に頷いてから、精霊達の方に歩み寄る。

 そうして向けられる警戒心は、俺が精霊達が閉じ込められていた部屋に足を踏み入れた時と比較すれば、天と地程の差だ。


「とりあえずコレで此処にいる連中は全員片付いた。だから全員の枷を壊し終わり次第、此処を出るぞ」


 俺の言葉に、その場にいた精霊達は向けてくる視線はそれぞれ違えど、ひとまず頷いてくれた。

 頷いたうえで、一歩前に出た黄緑色の髪の精霊が、俺に問う。


「……よかったの?」


「何が?」


「さっき、聞こえた。此処の設備を壊したって。それに、この人間達とも全力で戦って……そんな事をしたら、もう、戻れないよ?」


 戻れない。そりゃそうだ。こういう事をして人の輪に戻れるのならば、その輪の中から炙れる者なんてのは存在しえないだろう。

 でも……いいんだ、それでも。


「言っただろ? 俺はお前たちを助けに来たんだ。だから、これでいいんだ」


 そうして帰ってくる反応は、同じ様な事を言った時とまるで違う。多くの精霊は、多少は怯えながらも、俺にまともな視線を向けてくれる。コイツらを解放したことに加えて、実際に人間と対峙して戦った事が。そしてねじ伏せた事が、きっと言葉に説得力を上乗せしている。

 視線以外にも、こういう事を言わせる様な問いを投げかけてくれている事も、一つの証拠だ。

 まあそれでも……まだ明確な敵意、というより、こちらをどう考えても信用してくれていない視線を向けてくる精霊も多くいる事には間違いないけれど。

 それでも、半数ほどの精霊の信頼を勝ち取れたのならば、それは大躍進と言ってもいい筈だ。


「これでいい……なんか、変な人だね。普通の人間から、色々とズレてる」


「ズレてるから此処に居んだよ」


 価値観とかが、どうしようもなくズレてるからな。それは間違いない。

 そしてそうこうしているうちに、どうやら全ての精霊の枷を外し終えたようだ。一応確認するために部屋の中を除いてもその中にはだれもおらず、全員が自由に動き回れる状態になって部屋の外へと出ている。

 ……これで準備は整った。


「よし、じゃあ脱出するぞ。えーっと、その……もしよければでいいんだ。利用する目的でもなんでもいい。俺に着いてきてくれる奴は……その、着いてきてくれねえかな?」


 そうして移動を始めると、半数ほどだろうか。俺の近くによって移動する精霊が居た。残りはというと、少し離れた位置で俺に着いてくる。よく考えれば、脱出までの経路は多分同じなわけで、嫌でも着いていかざるを得ない訳で、この距離感が今の俺に向けられた信頼感という事になるだろう。


『……こうして助けられても、まだああいう視線を向けるってのは……なんか嫌ですね。気持ちが分からない訳ではないですし、きっと捕まっている以上、私よりも精神的なダメージは大きいんでしょうけど……それでも、なんか嫌です』


「……仕方ねえだろ。寧ろあの程度の視線で済んでるのが出来過ぎな位だ」


 まだおそらく戦闘は起こりうる。だからそう言うエルは剣のままで、俺は実質剣に話しかけている様な感じになっている。

 だけど此処にいる精霊は、エルを剣に変える所を見ているわけで、その事を変には思わないだろう。


「……そうだ、アンタ、それ……どうなってるわけ? 何がどうなったら、精霊を剣に変えられるの? そういう事をしている人間は、見たことがない」


 指の間に刀身を出現させて戦っていた、黒髪の精霊がそんな事を聞いてきた。


「まあ……あれだ。ドール化とかじゃなく、ちゃんとした契約を結べば、こういう事が出来た。そういうたぐいの精霊術を使えるようになった、って感じか」


「へぇ……まあ、アタシには無縁の話か」


 ……無縁。確かにそうなのかもしれない。

 この一カ月で色々と精霊について得た知識の一つに、契約できる精霊は一人までというのがある。

 二人以上はできない。だから皆、一人の精霊しか連れていない。故に俺も、他の誰かと契約を結ぶような事は出来ない。

 もっとも……コイツのいう無縁というのは、契約できる程信頼できる人間はいないという事なのかもしれないけれど。流石に確実にそこまでの信頼を得られたと思うほど、俺も自惚れちゃいない。


「……で、アンタはどうやって脱出するつもり?」


 ……そう言われて考えてみるけど、実際どうすりゃいいんだ?

 正面突破で脱出……しかねえんじゃねえか?

 なんて事を言おうとした時、おそらくは俺が碌に何も考えていなかったことを、一瞬の間にエルが察してくれたのかもしれない。助言の言葉を発してくる。


『多分、精霊を此処に搬送する為の馬車とかが残っているんじゃないでしょうか? あればそれを奪えば此処から一気に離れられると思います。それになくても……馬が居る場所だったら、もうそこは限りなく外に近い所だろうし』


「……わかった、それでいこう、ありがと、エル」


 エルにしか聞こえない様な声で礼を言ってから、俺は隣を走る、その問いを投げてきた黒髪の精霊に言う。


「とりあえず、あればの話だけど、お前らが此処に連れてこられた時の護送車……っていうか、馬車とか、そういうのを奪う。なければそこから普通に脱出する。そんな感じだ。その場所とか……分かるか?」


 俺はせい異例達が捕まっている部屋までの道のりしか知らない。だから地図でも見ない限りは分からない。

 だけどコイツらなら……分かりたくないけど、分かる可能性がある。


「……知ってるよ。そこから連れてこられる頃には、意識は戻ってた。まあまだあのでかい馬車が残ってるかどうかは分からないけど」


「でかい?」


「そう、でかいよ。アタシらは全員一纏めにそれに乗せられてきたから」


 つまりはどこかにまとめられていて、それで工場が再稼働するから、まとめて連れてきた。そういう事か。


「……なら好都合だ。それで全員脱出できる」


 脱出できて離れれば。そこで皆散り散りになるだろうけど。

 それでも、一先ずは全員で此処から脱出だ。その為の道しるべは見えた。

 だからまずは――


「と、止まれ! お前ら!」


 そんな風に立ちふさがってきた警備員の残党をぶっ飛ばそう。


「いくぞ、エル!」


 そうして俺は放ってきた遠距離攻撃を後ろの精霊達に飛ばないように剣で打ち払いつつ、勢いよく踏みこみなぎ倒す。


 ……行ける。


 今更こいつが一人で駆けつけてきたという事は……その前にも、カイルがたった一人で駆けつけたという事は。もう憲兵の集団は待ち構えていない。だったら突破は容易。

 そして仮にいても、此方はエルを含め総勢二十二名。なんとかなる。

 何が来ても、なんとかして見せる。


「まだ敵は零じゃねえ。何飛んでくっかわかんねえから、気をつけろ!」


 その声に、返事を返してくれる者もいた。

 その事に、ほんの少しだけ安堵しながら、俺達は搬送用の馬車のありかを目指した。

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