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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
三章 誇りに塗れた英雄譚
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25 多勢に多勢

「くそ、何考えてやがる、あのテロリストは。なんで精霊解放しちまってんだ!?」


「しらねえよ。何せ工場の設備ぶっ壊す位イカれた野郎だ! 気ぃ狂った奴の行動理念なんて知るか! んな事より抑え込むぞ! まだ碌に動けんはずだ!」


 結界を砕いた憲兵達は、俺が元の状態に戻る前に。そしてきっと、中の精霊達が全員解放される前に事を終わらせるべく、一気に畳み掛けてくる。


 その数は残り十人。

 対する此方は剣になっているエルを除いて四人。数の利では依然相手の方が上手だ。

 その上、俺の体に掛る重力は、まだ完全には取り払えていない。幸い精霊の方は、捕えられた後に加工の為に治療が施されているのか無傷であるが、劣勢である事には、変わりない。

 だけど……あの人数ならば。軽傷で、この重力の様な枷が無いような状態ならば、なんとかなる人数だ。だからこの状態でも、ある程度は相対できる。

 そしてこの重力にしたって徐々に軽くなってるから、時間がたてば状況は好転する。時間が経てば経つ程状況が悪化する麻痺と比べればはるかにまともな状況だ。


 だから……劣勢であっても、決して無謀な戦いではないし、徐々に徐々に、体が戻り、此方の戦える精霊も増えて、いずれ優勢になる。

 だからその時までは……倒れるな。この劣勢を耐え抜け。


「前に飛び出すなよ! 人数的にまともに接近戦すりゃ分が悪い!」


「アンタに言われなくても分かってる!」


 駆け付けた精霊が左手で正面に魔法陣を展開し、そしって右手の指の間に剣の刀身の様な物が三本出現して、それを魔法陣へと投げつける。

 それは倍程の数となり、何人かの憲兵とドール化された精霊に突き刺さるが、それでも威力が足りない。止まるのは一瞬。止まらない者もいる。そもそも全員には当たっていない。


 もう一人この精霊と一緒に現れた精霊も水の塊を打ち出すがそれも同じ様な結果だ。そして最初に俺を助けてくれた精霊は、そもそも結界しか張れないといわんばかりに、右手に何か光を灯しながら待機している。多分それをすぐに発動させて相手の動きを妨害しようとしないのは、そもそも二度目の発動に時間がかかるから、とかだろうか。

 まあそれはいい。考えるべきは自分の仕事。


 ……行くぞ!


 もう目の前まで接近してきていた、まったく止まらず突っ込んできた憲兵達に向かって、俺は重い腕を動かして全力で剣を振り抜く。そうして放たれた斬撃は、反応が間に合わなかった二名をなぎ倒す

 だがそうして振るったワンテンポ遅れた剣は、直接刀身を当てるつもりだった憲兵に跳んで躱され、憲兵は右手に持ったハンマーで俺を潰しにかかる。

 だけどその右腕に、文字通り炎の矢が突き刺さった。


「……ッ!」


 そして次の瞬間には、苦悶の表情を浮かべる憲兵の顔面に、後方から凄い勢いで戦場に踊りだしてきた、ずっと俺に敵意を向けていた赤髪の精霊がひざ蹴りを叩き込んでいた。

 俺を助けてくれた……だけど相手にそんな気は無いのだろう。

 着地してから一瞬俺に向けた表情は信頼のソレではなく、とことん利用してやるといった敵意に近い視線。きっと捕まっていた精霊の、何割かが俺に向けているであろう視線。


 だけどそれでいい。それでもいい。


 それでも利用価値があると思ってくれたのならば、完全に拒絶されるよりはずっといい。

 そしてその直後、背後から飛んできた新たな攻撃が、一番近くにいた憲兵の動きを止める。俺はその憲兵を全力で薙ぎ払い……そしてその剣の動きが、体の動きがかなり良い状態になってきたという実感を得る。

 精霊の介入無しでは、そのまま潰されていた。だけど助けてもらったおかげで、なんとかまともに戦える。

 残りは七人。こちらは先の攻撃を打ち込んだ精霊を含めて六人。エルを含めれば七人。

 数の利も、もう無い。もう無いのだから精霊達も普通にほぼ一対一の接近戦を始められる。

 そして、数の利が無いのは今、この瞬間だけだ。

 接近してきた憲兵の剣を受け止め、そのまま腹に蹴りを入れ弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた憲兵は、まだ意識を失っておらず、なんとか立ち上がる。数は減らない。

 だけどこちらの数が増える。憲兵が起き上がった頃には更に二人増えていて、やや接近戦で劣勢ぎみになっていた精霊に援護攻撃が送られる。

 もはや数の利はこちらにある。そして俺の体は、更に動くようになる。

 俺は全力で地を蹴り、起き上がった憲兵に蹴りを叩き込んで、此方に精霊術で作り出した雷を纏ったような槍を投げてきた精霊の攻撃を躱し、接近戦でなぎ倒す。


 そうする頃には更にこちらの精霊が増えていて、殆ど二対一で憲兵とぶつかっていた。思わず肝を冷やす様な光景が一瞬移ったが、あの黄緑色の髪をした精霊が結界を張ってそれを防いでいた。そして更に精霊の数は増える。そっちは任せても大丈夫そうだ。もう精霊達の陣計は、数の暴力のそれに近い。

 だとすれば俺のやるべきことは……炙れた一人を潰すこと。

 俺が戦っているうちに、到達した存在。

 下での騒ぎを聞きつけ辿り着いたであろう、折れた右腕を庇うように立つ少年。カイル。


「……本当に、訳わかんねえよお前。なんだってこんな無茶苦茶な事やってんだ。どういう神経してりゃこんな事ができるんだ。アイツも……シオンも、てめえみたいになっちまうのか……?」


 その言葉に対し、俺が返せる言葉は一つだけだ。


「知らねえよ。んなもん本人に直接あって聞きやがれ」


 その答えが碌に返ってこないのは知っていたのかもしれない。言葉を放ってからのカイルは自分の仕事を全うしようとした。

 だけど腕一本折れただけで動きは鈍る。そして俺の動きはもう完全に元に戻っていて、動体視力もエル無しよりははるかに高い。

 だから躱せる。かわして薙ぎ払う。


「グ……ッ」


 剣を横に払って、カイルをなぎ倒した。

 その一撃で、カイルはもう起き上がってこない。起き上がってもきっと、今みたいに時間がかかる。

 つまりはこの場においても、勝者は俺とエル。

 そして……背後を振り返ると、そこには精霊達しか立っていない。


 ……ひとまず、この場においては、俺と精霊達の勝利だ。

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