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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
三章 誇りに塗れた英雄譚
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17 もう一人の襲撃者

 狙うは追撃。当たるなら。有効打になるならなんだっていい。

 そんな思いで、全力の蹴りをなんとか体勢を立て直そうとするカイルの側頭部目掛けて放った。

 だけどその直前に、何かにぶつかる。


 カイルが作り出した小型の結界にぶつかる。


 中々の強度。だけど十分に砕ける。

 僅かで貴重な時間を用いて。


「……追撃への切り替えが遅い」


 僅かなタイムラグ。それはおそらく接近戦の達人であろうカイルが体勢を立て直すには十分な時間だ。

 そして俺の蹴りは空を切る。

 真下に沈み込むように屈んだカイルの頭上を右足が通過し、そしてカイルの左拳が鳩尾に叩き込まれる。


「グアッ!」


 激痛。

 それを感じた直後に、両手から風を噴出。

 地下で戦っていた時に使われた左右のコンビネーションを辛うじて回避する。

 そして着地と同時に再び地を蹴り、更に距離をあける。


 僅かでもいい。打開の策を考える時間が欲しかった。


「ったく……まさか一発貰うとはな。慢心してるつもりはねえが、どっかで気ぃ抜けてたか?」


 首をポキポキと鳴らすカイルは、そんな言葉を口にしながら、血液が流れ出る鼻を押さえる。

 そして俺はと言えば、頭を抱えたかった。

 ……本当に。なんの策も見出せない。

 多分今のだって二度は使えない。それにトリッキーな手段を思い付いたとしても、今のアイツは集中力が増しているように思える。きっと小細工は通用しない。

 本当にゴリ押ししか策は無い。

 だからもう動くしか策は無い。

 一発入れた。それは少なくとも。ほんの少しだけならアイツに影響を与えている。与えているはずなんだ。

 そう思わないと、やってられない。


「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 鼓舞するように。声を張り上げた。

 全力で駆け出して間合いを詰め、俺が放てる最高の拳を放つ。

 次の瞬間拳に衝撃。だけど俺の拳は当たらない。


「グ……ッ」


 やってきたのは激痛。当てられたのは肘。

 エルボーブロック。

 拳が砕けたんじゃないかと思うような衝撃の後、攻撃に失敗した俺に待っているのはカウンター。


「……っぐ……ッ!」


 ひざ蹴りが顔面に叩き込まれる。

 一瞬、意識が朦朧とした。

 はっきりした時には、目の前に拳が迫っていた。

 躱せない。

 そう気付いた時には顔面に拳を叩きつけられる。

 激痛と共に視線の左端にも拳が見えた。

 顔面の衝撃に間髪入れずに脇腹に放たれたフックを放つ。きれいなワンツー。


 否、そんな甘いものではない。


 脇腹に激痛が訪れたかと思えば、次の拳が迫る。

 連撃。コーナー際に追い込んだ相手をたたみ掛けるボクサーの如く、殴る蹴るの応酬が俺に注がれる。

 その威力と速度はすさまじい。例えその内の一発を無かったことにしても、容易に抜け出せるものではない。

 だけどそれでも、なんとか足元に風の塊を作り出してそれを踏み抜いた。

 推進力を得て後方に飛び、同時にその風の勢いでカイルを飛ばす。

 空いた距離。終わる連撃。

 だからこそ気が付いた。

 左腕に一か所。腹部にも一か所。魔法陣の様な物が書かれている事に。

 そしてもうひとつ。これは殴られ続けていても気付いたのかもしれない。


 ……右手に刻まれた契約の刻印から、何か嫌な感じが伝わってきた。


 それは悪寒だ。まるでエルに何かあったんじゃないかと思わせるような、そんな悪寒。

 一瞬、上層階で大きな物音を鳴らす精霊にエルの姿を重ねるが、そんな事があるわけがない。

 だってエルは……。

 と、そこまで考えた所だった。

 そこから先の思考を巡らすことのできない様な物が視界に移る。

 俺を斜め上から見下ろすように、巨大な魔法陣が出現していた。

 そしてその下で、カイルは手を掲げる。


「俺が接近戦しかできないとか、思ってんじゃねえだろうな?」


 次の瞬間カイルの手から俺でいう風の塊の様な、精霊術を用いて作り出された何かが射出される。

 それが一瞬でその魔法陣に届いた瞬間、それは発動する。


 雨。

 無数に分裂した、破壊の雨。

 ただ剣であるか、精霊術を用いてつくられたエネルギーの塊か。あの森でエルを剣にしている状態でも防ぎきれなかったルキウスのソレとは、そんな程度の違いしかない。

 つまりはまともに交わせない。

 攻撃の雨の抜け道を探して、なんとか回避しようとする。

 少しでも雨が弱いその場所をなんとか探す。

 だけど弱い所が止んでいるわけではない。

 ……そこにも当然降り注ぐ。

 咄嗟に両腕を出そうとした。

 だけど……駄目だ!

 右腕しか使えない。左に当たればそれはそれで大参事だ。


「くそッ!」


 俺は右手でなんとか雨を振り払う。

 直撃した右腕に激痛。

 そして腹部にも、それを上回る激痛。


「ぐ、アァァッ!?」


 あまりの激痛に、何が何だか分からなくなりそうだった。

 だけど分かる事は、雨は片腕だけでは防げないという事。

 そして視界の端にカイルの足が迫っているという事。

 膝から崩れそうになりながら、それでも頭部を守るために左腕でその蹴りを防いだ。

 そして次の瞬間、まるで木の枝でも折るかのように左腕がへし折れる。

 崩れかけた膝が床に付くことは無く、代わりに弾き飛ばされ背中が壁に追突した。

 そしてそのあと膝をつく。壁からはがれるように地面に落下し膝をついた。


 なんとか片腕で起き上がろうとする。左腕はもう使い物にならなかった。力がまるで入らない。

 それでもゆっくりと立ち上がった。


「……化け物かよ。なんだってまだ立てるんだ」


 その答えは完全に気力だけでなんとかなってるとしか返しようがない。そして返す気もなく、返す気力もない。


「ま、もうチェックメイトって所か?」


 そう言いながらカイルは俺に歩み寄る。

 ……その言葉にすら、言い返す気力がない。

 ふざけんなと声を張りたかった。だけどそれすらもできない。

 できる事はただ右手の拳を握り、それを無我夢中で振りまわす事だけ。

 でもこの一瞬。この一瞬だけは、そんなこともできやしなくなってたんだと思う。

 何が起きているのか分からず、思考が完全に停止したような感覚に陥る。


 視界にソレが移ると同時、鈍い音がした。

 その音と共に、入口を守っていた精霊が地面を何度もバウンドして壁に叩きつけられる。

 その音に、カイルは俺に警戒しつつもその方向に視線を向けた。そして俺もその方向をみて、ただただ呆然とする。

 そこには所々が赤く染まった青い髪の女の子が居た。

 着ている衣服はそこら中が破れ、布の面積の多くは赤く染まっていた。

 片目の瞼は開ききっておらず、そして右腕が力なくプラリと垂れ下がっていた。

 バランスを崩したのか、それとも最初から崩れているのか、よろけて壁へとぶつかる。

 そんな全身ズタボロで、血まみれで。今にも気を失いそうなそんな精霊が、それでも確かにこちらを見据えていた。


「エイジさんから……離れろ」


 ここにいるはずのないエルが。居てはいけないエルが……そこに居た。

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