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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
三章 誇りに塗れた英雄譚
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ex 手紙

 それが偶然だったのか必然だったのかは分からない。

 だけど珍しくエルは深夜帯に目を覚ました。


(今、何時だっけ?)


 そんな事を考えながら、エルはゆっくりと体を起こす。

 すると部屋の隅に置かれたテーブルの照明が点いたままになっていることに気が付いた。


(消し忘れた? いや、でも寝る前に使ったっけ?)


 記憶を探るが、あの机を使用した事すらなかったように思える。

 そしてふと隣のベッドに視線を向けた。


「……エイジさん?」


 隣のベッドで眠っているはずのエイシがそこにはいない。


(お手洗い……かな?)


 そんな事を考えながら、エルはベッドから降りる。

 なぜあの照明が点いているのかは分からない。だけど多分起きたのはあの照明のせいではないのだろうか? そうでなくとも、暗いほうが眠りやすいし、再び眠るのならば切っておいたほうがいい。

 そう思って歩き出した直後だった。


「……アレ?」


 どういうわけか、エイジが今着ているはずの衣服が脱ぎ捨てられていた。そしてエイジが明日着るように避けてあった服が消えている。

 着替えた? なんで?

 そんな事もわからないまま、自然と照明が点いたテーブルのほうに視線を向け……そして一枚の紙切れを見つける。

 書置き。自分が何も書いていない以上、それを書いたのはきっとエイジだ。

 でも一体なんの為に?

 服が消えていて、脱ぎ捨てられていて。そしてエイジが書いたとみられる書置きのメモまで残っている。それが意味する事がなんなのかは分からないが、エルの手は自然とそのメモへと伸びた。

 そして一読。

 一読して、しばらくの硬直の後、ようやく言葉が漏れ出す。


「……え?」


 本当に漏れ出したような、そんな言葉。

 何が何だか分からないというような、そんな言葉。

 メモを持つ手が震えて、きっとほかの所も震えていて。

 そして震えた声でエルは言う。

 それ以上の言葉は中々出てきやしなかった。

 ただただ脳がこの状況を処理しようと動き、オーバーヒートしかけている。

 それでも彼女は一つの思考に辿り着く。


 ……どうしてこんな事になったのか。


 そこまでたどり着けば、思い出されるのは今日一日のエイジの様子。

 正確にはあの飲食店で新聞を手にした時からの違和感。


「……ッ」


 彼女は思わず動き出し、エイジが買ってきていた新聞を手に取る。

 そして少しめくるとそのページが現れた。

 メモに書かれている内容と、大きな関連性のあるその記事を。

 新聞の内容は精霊加工工場の再稼働。

 メモに書かれていたのは、工場に捕らわれている精霊を助け出すという事。そしてそれによってもうおそらく戻ってこれないなどと書かれた事。


 ……前兆はあった。あったのだ。それでも止められなかった。

 自分を置いてどこかに行ってしまうこと、ではない。それも浮かんだが、真っ先に浮かんだのはそこではない。


(このままじゃ……エイジさんが、殺される……)


 まず考えたのはそんなことだった。

 それだけ彼女にとっては大きな存在だった。

 そして考える。


(私を助けてくれた時とは違うんですよ……)


 一般人でもなく、戦っても文句どころか賞賛すらされる様な悪党が相手ではない。

 国営の施設の襲撃。すなわち国そのものに喧嘩を売るテロ行為。

 無事に切り抜けられる可能性は、アルダリアスでエルを助けた時と同じくらい低いし、切り抜けたとしてもその場しのぎだ。そういう事を行って、その後どうなるかなんて事はあまりにも容易に想像できる。


 ……なのに、なんでこんな事をしているんだ。

 ……見ず知らずの相手の為に。

 そこまで考えて。考えてしまって。彼女はようやく気付く。


 ……自分が一体どういう状況で助けられたのかという事を。


 寧ろ。寧ろだ。

 相手がどうこうを置いておいて、どういう相手を助けるかという一点に絞れば……自分の事を半殺しにしてきた精霊よりも、何も知らない精霊のほうがきっと印象的には上だ。

 自分の時ですら動けたエイジが、自分の時より印象的に上となる相手の為に動こうとするのは理に適っている。適い過ぎている。

 そして……自分を助けた時、エイジはどういう状態だった?


(……精霊術も何も使えない状態で、私を助けようとしてくれた)


 もしかすると……あの状況で戦ってくれたのは、精霊術がつかえて。ある程度の経験が伴って。そして開きかけている傷なんてのもなにもない。そんな状態で国相手に喧嘩を売る事よりも、過酷だったのではないのだろうか?

 絶対に敵対したくないような、命の恩人と敵対するという事は……国を相手にする事よりも辛かったのではないだろうか。

 だとすれば……だとすればだ。


(私を助けてくれた時とは……違うんだ)


 そんな時よりよっぽど動きやすい。

 故に彼は止まらない。


 そこでふと、以前言われた言葉を思い出す。


『とにかく彼は危ういよ。今後、何をしでかすか分からない』


『だからもう一度言う……彼から目を離すな。離さないでくれ。もしその時が来た際、彼を止められるのは……彼を助けられるのは、キミだけだ』


 今、自分を守る枷を作った人間。シオン・クロウリーが言った言葉。

 エイジの行動に違和感を感じた彼の言葉は、きっとこういう事を言っていたのだろう。


 彼の行動を止められる立場にあったのは。紛れもなく彼女だけだった。

 きっとそういう事を、今ならある程度まともに接する事ができるであろう男に、枷と共に託されていた。

 ……そして何もできなかった。


(……まだだ)


 そして彼女はその手の刻印に視線を落とす。


(……今ならまだ、間に合う)


 刻印が消えていない。つまりはまだエイジは生きている。

 今ならまだ……助けられる。

 今の自分は無力でも、精霊術を使える自分ならば無力じゃない。


『……とりあえず、使わなくちゃいけない様な状況以外では使わねえ方が良いと思うぞ』


 抑えこめられている精霊術に関して、エイジはエルにそう言っていた。

 ……今がその時だ。


(私がエイジさんを助けに行く。工場の場所は分かるし、中に入っても大雑把な場所なら把握できる!)


 だから助けに……と、そこまで考えたところだった。

 目的地を明確に定めてしまったからかもしれない。

 ここでようやく、エイジの事ではなく自分の事が脳裏をよぎった。


(あれ? ……行こうとしているの? 工場なんかに)


 精霊である彼女たちが死んでも行きたくないところ。連れて行かれたくないところ。

 目的地はそこだった。

 そして考え始めれば……湧き上がってくる感情がある。


 それは単純に恐怖だ。


 ここでエイジを助けに行くなんてのは、あの地下でエイジを助けに戻った時なんかより、もっと、ずっと、自殺に等しい行為だ。


 そう考えると手足の震えが止まらなくなった。




 そんな最中。彼はまるで止まらない。




「いやーなんつーか、やっぱここの警備は楽でいい」


 地上二階。地下三階からなる精霊加工工場。

 その場所で警備員として勤務する、警備会社から派遣された男は、そんな言葉を口にしていた。

 元々この場所の警備をしていたのだが、工場が稼働を停止している間は違う所に飛ばされていた。もっとも世の中平和なものでその場所も楽といえば楽だったのだが、緊張感的な意味ではこちらのほうが圧倒的に楽である。

 なにせこんな所に忍び込んでくる人間などいないからだ。

 善人も。悪人も。精霊を売り買いする際にはどうしたってこういう加工工場は必要になってくる。襲ったりだとかするメリットが人間にはまるでないのだ。

 可能性があるのは精霊だけ。

 本当に親しい間柄だった精霊がつかまって、それを助けにくる精霊だけ。

 もっともそうなった場合は、精霊専門の自動警備システムが発動するようになっている。

 つまりは彼は暇人なのだ。

 暇で暇で気が緩む。もしこれが地球だったとするならば、彼はスマートフォンでも触り始めるのかもしれない。

 そんなだから気付かなかった。


 黒髪の少年が背後から蹴りを放とうとしている事に、まるで気が付かなかった。

 故に彼の意識は失われ、黒髪の少年だけがその場に立つ。


「……よし」


 瀬戸栄治だけが、そこに立つ。

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