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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
三章 誇りに塗れた英雄譚

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12 それでも彼は動き出す

 その後は何時も通りだった。

 いつも通りの日常会話の後、いつも通り食事をしていつも通り夜を迎えた。

 本当にいつも通りに。予想通り結局何も言えずに。

 太陽は沈み、月は登る。日時は変わり、俺達はそれぞれ床に着く。


 ……決して瞼は閉じなかったけど。


 やがて俺はゆっくりと体を起す。

 できる事ならこのまま眠っていたかった。このまま朝を向えたかった。

 だけどそれは出来ない。

 工場の稼働時刻が何時か分からない事。そして襲撃するなら夜という事を踏まえると今夜しかない。そうじゃなくても今夜がベストだ。


 ……だからもう、起きなくちゃいけない。

 楽しい夢から覚めなくてはならない。


 俺はゆっくりと体を起し、ベッドから降りて立ち上がる。

 そして隣のベッドで気持ちよさそうに眠るエルを見降ろす。

 本当に気持よさそうな寝顔。その寝顔を見ていると、やっぱり俺の判断は間違っていないんだって思いが沸いてくる。

 何度も何度だって、本当にそれでいいのかって事を考えていた。

 一度あんな風に決意していて。今日で最後とか考えていて。

 それでもそうさせない為に、まるで自分の中で決めた正しさの粗を探して居る様で、そしてその正しさは確かな物へとなっていった。

 笑っているエルの表情。何度だって向けてくれたそんな表情が、大勢の精霊から奪われようとしている。今目の前で見せてくれている様な表情だって。本当は曝け出せる筈なのにそれすらもできなくなる。


 ……そんな事を容認する事は、どうしたって出来なかった。


 そんな事があっていい訳が無いんだ。

 ……だからと言って、エルと別れることを正当化はしないけれど。

 覆らなくても粗は見つかる。

 必死に事を天秤にかけていた時。俺はエルの安全の事と、そして自分の事しか考えていなかった。

 では俺が居なくなったことにより、エルはどう思うのだろうかと。俺はエルが笑っていた時、先の決定打と一緒に考えた。

 俺の自惚れでなければ、きっとこれはエルが傷付く選択肢なんだ。

 傷付いてくれるだけの仲は構築できていた事を自負しているつもりだ。それが壊されれば……ぶち壊せば。少なくともその反応が良いものか悪いものか位は理解できる。

 できる事なら。他に方法があるならば。絶対に取っちゃいけない選択肢なんだ。


 だけど他に方法はなくて。だとすればそれしか俺には取る事ができなくて。

 だから俺はこんな、裏切りみたいな行動しか取れやしない。

 最終的にそれが俺にとっての最善の行動だと言い聞かせても、それでも鉛でも飲みこんだ様に全身が重い。

 ……なあ。どうしてこの二つは交わっちゃくれないんだ? なんだって、全員助けてハッピーエンドみたいな、そんな結末が容易されていないんだ?


 ……本当に冗談じゃない。

 冗談じゃないけど、これが現実だ。

 ただ力を持っただけの高校生が、全て思い通りに事を進められる訳が無い。そんなにこの世界は甘く出来ていない。

 甘く出来ていないから、天秤は片側にしか傾かない。

 だから俺はエルに向けたくも無い背を向ける。

 それでもすぐには歩け出せない。それだけの未練と、背徳感と、嫌悪感と。色々な感情が沸き上がってくる。


 立ち止まって考えた。

 何も言えなかったけれど。せめて手紙ぐらいは残していこう。

 難しい文字は書けないけれど。俺の意思を伝えられるだけ伝えよう。

 俺はテーブルまで進み、置かれているメモ帳をちぎって書き置きを記す。

 紙いっぱいに。書き記す。

 願わくば、これを書いている間にエルが起きませんようにと。そんな事を考えた。

 エルがもし起きてくれば。俺はもうどんな反応をすればいいのか分からない。一体エルになんと声を掛け、部屋を出て行けばいいのかが分からない。

 だから起きてくれるなと思った。




 ……もしかすると目を覚まして欲しいと、心のどこかで思っているのかもしれないけれど。


 そしてそんな思いで手紙を書き終える。

 明日様に用意してあった服に静かに着替えて準備を整え、静かに部屋を後にした。


 ……もう一度エルと普通に会話できればだなんて夢物語を抱きながら、思い描く正しさを振るうために俺は前へと進む。

 工場の位置は地図に載っていたから把握している。あの場所に精霊が捕えられている。

 ……さあ、始めよう。

 俺が正しいと思った事を。

 大切な人を傷付けてでも正しいと思えるその行動を。

 ……生きて帰れるかどうかすらも分からない。計画性なんて何もない、そんな潜入作戦を。

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