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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
一章 精霊契約
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5 俺を突き動かしたもの

「止める? 止めるってどういう……」


「エルドさん達はあの青髪の精霊を捕まえようとしているんですよね。この状況で止めるっていったら、それしか無いでしょう」


「おい、何言ってんだよお前」


 返答してきたのは、エルドさんの隣に居た金髪の青年。


「俺達はちゃんとここの精霊を捕まえる権利を競り落として来てるんだぜ? どこの業者かしらねえが、ここで介入すんだったら、協会に訴えるぞお前」


 ……競り落とし。業者。協会。

 工場の存在や、エルドさんが安く売るとか持ち掛けてきた時点である程度察していたけれど……完全に精霊を捕まえる関連の事が、この世界ではビジネスになってしまっている。

 それほどまでに精霊を虐げる事が当たり前になっているんだと、改めて認識して……改めて、事の無謀さに打ちひしがれる。

 それでもまだ俺の声は枯れてない。


「……別に俺は業者じゃありませんよ。別に、あの精霊の所有権を主張するつもりはないです。その権利もないですから」


 そもそもだ。


「でもアンタ達にも……いや、俺やあんた達を含めた人間にそんな権利はないと思うんですよ」


「何が言いてえんだお前は」


「精霊は人間が所有権をどうこう言っていい様な存在じゃない」


 思った事をただストレートに言った。逆に言えばこれしか思い付かなかった。多分俺にこういう類の事は向いていない。

 その証拠に目の前に居る全員が、何言ってんだコイツみたいな表情を浮かべていた。


「な、何を言ってるんですか、エイジ君」


 エルドさんが困惑した様に声を掛けてくる。


「精霊は人の資源です。それは説明しましたよね。だとすれば、人間が所有権を主張するのは間違ってないでしょう」


「間違ってますよ。精霊が資源だという所から、全部」


「間違い?」


「精霊は人間が好き勝手できる資源なんかじゃない。精霊は……俺達人間が、平気な顔して虐げてもいい存在じゃないんですよ」


 俺の言葉で一瞬場が凍りついた様に静まり返る。

 本当に何一つ理解されていない。そういう空気。

 そしてその空気は言葉となって吐きだされる。


「エルド。お前が助けたっていうアイツ……記憶が云々というのも確かに影響しているのかもしれないが、それにしたって頭がおかしいんじゃないか?」


 そう言ったのは、今まで黙っていた二人の内の一人。眼鏡を掛けた細身の青年。

 如何にも正論しか言っていないと言うような雰囲気でそんな言葉を放った青年は、一拍空けてから俺に右の掌を向けて言う。


「俺達はあの精霊を捕える。その為に此処に来た。そこにお前の頭のおかしい歪んだ持論なんてのが介入できる通りなんて無いんだよ。だから消えろ。エルドに助けられた命だ。あまり傷付ける様な真似はしたくない」


 長々と言ってくれたが、要訳すればこういう事だ。

 お前の言っている事は訳が分からないから退け。消えなければ命の保証はしない。

 当然だ。この状況をエルドさん達の視点で見て、俺でも納得のいく様な状況に置きかえると、そう言われて脅されたっておかしく無い事をしている事が良く分かる。


 例えば、海に漁に出た猟師たちの前に、別にその魚を取る事もその海域で漁をする事も禁止されていないにも関わらず、魚を取るな、魚だって生き物だから食べ物としてとったら駄目だと、突然現れた別の船に言われている様な感じ。

 俺が漁師だったら、多分ふざけんなという感情は抱くと思う。

 だからこうなっているのはもう必然的ですらある。


「アンタ達が消えれば俺も消える。だからここから立ちされよ」


 そしてこういう脅しを受けてもなお引けないのも、性格上必然的だった。

 そしてもう一つ必然的な事があるのだとすれば、エルドさんを含めた四人の中に、こんな訳の分からない奴に、相当な苛立ちを覚えている奴もいるだろうという事だ。


 ……当然それは決めつけだ。具体的な根拠など何もない。

 だけど四人の中の一人。目に見えて柄の悪そうな青年を見ると、必然的にそうだろうと思えてしまう。

 そしてそれは間違いじゃなかった。


「……なんかさ。黙って聞いてりゃグダグダグダグダと。てめえら一体何やってやがんだ」


 それは俺に向けて放たれた言葉なのか、エルドさん達に掛けられた言葉なのか、あるいは両方か。それは分からない。

 だけども明らかにイラついている柄の悪い青年の敵意が、俺に向いているのだという事は理解できた。


「脅しなんていらねえし、エルドが助けた奴だからって躊躇もいらねえよ」


 その言葉が聴こえた次の瞬間には、目の前にその青年が居た。


「……ッ」


 思わず反射的に一歩後ずさる。


「とりあえず、お前邪魔だから」


 一歩下げた足が地につくのと同時、腹部に激痛が走る。


「ガハ……ッ」


 ボディーブロー。

 その一撃だけで全身の力を全て持って行かれ、同時に一瞬気を失っていたのか、視界だって暗転した。戦意を削ぎ落される様な、そんな一撃。

 多分その一撃は随分と手加減されている。

 何故なら瞬間移動の様に間合いを詰める事が出来る奴の全力を受けて、なんの変哲もない一般人が意識を保っていられる筈がない。

 一撃で膝を突かせる程度の威力しかもっていない訳が無いんだ。


「……ッ」


「そうやって大人しくしてろよ。次はこんなもんじゃねえからな」


 腹を抱える様に押さえながらも、何か言い返さないといけないと思った。だけども、そうする事を躊躇いだしている自分が居た。

 状況は最悪だ。

 説得は難航している。はっきり言ってうまくいくビジョンが一切見えてこない。それ程までに根付いている常識の違いという壁は大きすぎる。


 だからといって無理矢理実力行使で止めようにも、あまりにも力の差が有りすぎる。それらに一体どれだけの成功率があるのか、まるで想像が付かなかった。


 そういう状況に……一度は覚悟した状況に、多分、折れかかっている。

 今までだって規模は違えど、絶望的な状況を経験してきているのに……それでも折れなかった何かが今、折れそうになっている。

 早い話……あの精霊を助ける事を諦めようとしていた。

 助けるのがあの精霊だったから、諦めようとしていた。


「ちょ、ルキウス!」


 エルドさんが、おそらく柄の悪い男の事を指すであろう名前を口にする。


「精霊術を使ってない相手にそんな事をしたら――」


「手加減したから大丈夫だろ。んな事より、てめえらは此処にこの訳分かんねえ奴の演説でも聞きに来たのか? 違うだろ。だったらこんな奴にかまけてないで、先急ごうぜ」


 そう言ってルキウスと呼ばれた青年は俺の元から離れ、あの精霊が居る方角へと歩きだす。

 それに続く様に残りの二人と、彼らが連れているドール化された精霊も歩き始め、何も出来ないでいる俺の隣を横切って行く。

 そして最後に俺の元に到達したのはエルドさんだった。


「……今ので何処か痛めたかもしれない。終ったら戻ってきますので……その時、昨日の怪我と一緒に治療しましょう」


 複雑な表情でそう言ったエルドさんも、他の三人と同じ様に俺の隣を横切って行く。

 これで四人。いや、八人全員が俺という壁を通り抜けた。

 ……俺は誰一人として止めようとしなかった。


 無理だ。


 多分他の誰かなら、俺はまた訳の分からない衝動に駆られて行動を起こしていただろう。

 だけど……半殺しにした相手を助ける為にここから行動を起こす気力は、もう沸いてこなかった。

 つまりは諦めた。

 俺はあの精霊を見捨てて、ただ此処で呆けている選択肢を取ってしまった。取ることができた。

 できもしない事に対してようやく目を背けられた。何年もこの性格に悩まされてきての初めての経験だった。

 そう、初めてだった。

 だからこそ困惑したのだろう。


 ようやく解放されたというのに……大切な物を失ったかのような喪失感が沸き出てきた。


 今、自分の意思で投げ捨てた物は、俺にとって欠点だった筈なのに。いずれ取り返しが付かない事が起きる前に捨てるべき何かだったのに……それが無くなっただけで、まるで自分が抜け殻のように思えてくるのはどうしてだろう。

 すると自然に思考の対象は移行する。


 抜け殻に思える今の俺には、一体何が残っている?


 特別誇れるものも何も無く。人より自信が持てる事も特にない。あったとしてもそれは見失ってしまう様な細々な物でしかなくて、自分の自尊心を満たすには全然足りない。

 多分何かあるだろうと思っていた俺には、実際、人並の事以外の何かは残っていなかった。

 別に人並で、特別誇れる事が無くても……自信が持てる事が無くても、俺が劣っている訳ではない。それはきっと良くは無くてもマイナスではないし、だからマイナスにならない今の俺を好きになる事は無くても嫌いになる事も無いと、一瞬そう思った。


 だけど実際……まるで何かが冷めて行くように、俺は自分の事を好きでいられなくなっていた。


 ……いや、ちょっと待て。

 自分で考えていて訳が分からなくなる。

 俺はああやってまだ諦めずに、半殺しにして来た女の子をも助けようとしていた馬鹿な自分の事が、ほんの少しでも好きだったのか?


 いや、そもそもだ。

 長所の側面があったかもしれないけれど、総合的に大きな欠点でしか無いと思っていたあの厄介な性格を抱えていた俺は、どうして今まで自分を嫌いになる事が出来なかった?

 何故常に好きでも嫌いでもない以上の状態を保って来られた?

 その二つの疑問を一緒に考えれば、答えはおのずと出てきた。


 多分俺は……なんだかんだ言って、誰もが目を背けるような。そういう状況で自分が正しいと思った事をやれる自分の事を気にいっていたのだろう。

 もしかすると、誇りにすら思っていたのかもしれない。

 いや、思っていたのだろう。

 そうやって、無理矢理にでも俺の背を押してしまう程に大きな誇りでなければ、きっとぽっかりと空いた穴というのは埋められない。埋まらない。


 ……それで、俺はどうしたい?


 俺が諦め、捨ててしまった物が一体何なのか。今まで俺を突き動かしていた原動力が一体何なのか。それがようやく理解できた

 分かった俺には、二つの選択肢が用意されている。

 普通の平凡な選択。自分の誇りを捨てて。自分の好きだった自分を捨てて、安全で利口な道を通るか。


 それとも……無茶苦茶で、何の見返りも無くて。多分此処には賞賛をしてくれる人も居なくて。だけどそれでも、誇りに思えるその行動を取る選択か。


 その答えを選ぶのは簡単な話だった。


 あの性格を短所だと思えれば、多分その選択肢は切り捨てられたかもしれない。だけど誇りだと思ってしまえば……もう欠点なんて見えてこない。あの性格が長所だとはっきり言いきれるし、言いきれる今の俺にその選択肢を切り捨てられる訳なんて無かった。


 だってそれが好きな自分で……自分の大半を埋め尽くして根づいていた程に、俺がきっと心の底から取りたい行動なのだろうから。

 だから俺は手を伸ばす。捨ててしまったそれを掴むように。

 そして同時に、目の前に転がっていたそれを掴んで握りしめた。

 ゆっくりと立ち上がる。

 そして勢いよく振り返って……全力で手にした物を投げつけた。

 勢いよく投げられたそれは、ルキウスの頭に直撃する。

 僅かなのけ反りと共に、血が流れ出ていたのが分かった。


「……てめぇ」


 怒りを露わにする様に、ルキウスがこちらに振り返る。

 当然だ。突然背後から石を。しかも全力で投げられて怒らない訳が無い。

 でもそんな事は別にいい。どうせ言葉は通じないのだから。

 だったら戦おう。無防備な所に全力で石を投げても、軽くのけ反る程度のダメージしか与えられないそんな相手に、立ち向かおう。


 ……あの青髪の精霊を助ける。

 それが正しい事だと思うから……たとえそれが険しい道だとしても、やってやる。


 それが俺のやりたい事だから。

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