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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
二章 隻腕の精霊使い
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31 本格始動

 その効果は思っていた以上に著しい物だった。


「……エイジさん」


「ああ……完全に消えてる」


 経験した事のないであろう感覚に動揺の色を見せるエルに、俺はそう返した。

 エルから神秘的な雰囲気……即ち精霊らしさが消え去った。

 ……つまりはそこに居るのは一人の人間の女の子と同じ存在だ。

 そんなエルに俺は問う。


「体……大丈夫そうか?」


「え、ええ……まあ。私に害のある様な事は起きていないと思います」


「なら良かった」


 俺はその言葉を聞いて軽く息をつく。

 これでエルが抱えていた不安要素は払拭出来た……と考えてもよいのだろうか。

 これで多分人前を歩いてもあの視線を浴びる事は無いだろう。もしかするとエルの事を印象深く覚えていて、そんなエルがあの雰囲気を纏わずに歩くのを目撃して困惑する人もいるかもしれないが、多分大丈夫だろうと思った。

 あの雰囲気が消えれば、もう本当に人間なのだ。仮に違和感を覚えても、そこに居るのは人間なんだ。精霊には見えない。目の前で雰囲気が消えれば流石に問題だろうけど、一日空けて雰囲気が消えていれば、きっと他人の空似の様に扱ってくれるだろう。そうである事を願いたい。


「これで少しは安心だな」


「そう……ですね」


 エルは少し腑に落ちない様な表情でそう返してきた。


「どうした?」


「いえ……こうしてこの枷が無事に作動しているのを見ると、あれで良かったのかなと思いまして」


「アレって?」


「……本気で嫌悪感を覚えて、疑心に塗れて接してましたから。あの人に」


 ……ああ、そう言う事か。


「当然あの人は今でも怖いし、こうして作動している枷に実は何か裏があるんじゃないかって考えだしたら止まりません。だけど……それでも、もうちょっと何かあったんじゃないかって思うんです」


 あの路地裏で助けられて、あの地下でも助けられて、そしてこうして受け取った枷は無事に作動した。流石にそれだけの事があれば、ある程度信用する事ができたのかもしれない。

 少なくとも、そうやって接し続けた自分を咎める位には。


「まあ……仕方ねえだろ」


 だけどそれを咎めるのは間違いだ。きっとそういう目線で見て接するのは当たり前のことなんだ。

 寧ろ地下を出た後にも思ったけど、そう咎められる様な状態になっただけでも、十分すぎる変化なんだ。

 その変化の度合いでこの提案を受け入れてくれるかどうかは分からないけど、一応聞いてみる事にした。


「多分まだその辺に居ると思うけど……一応礼だけ言っとくか?」


「……いえ、それは止めておきます」


 エルはほんの少しだけ悩む様な素振りを見せた後、そう拒否の反応を示した。


「確かに他の人とは違うのかもしれないし、この事に関してはお礼をするべきなのかもしれません。だけど……ああいう事を言ってきた人に、頭は下げたくないです」


「ああいう事?」


 俺がそう返すが、その言葉にエルは何も反応せず、ただこちらをじっと見つめてからゆっくりと視線を逸らして呟く。


「……やっぱり、あの人の言っている事がおかしいんです」


「いや、だからおかしいって何が……」


「……大丈夫です。気にしないでください。気にする必要なんて何処にもないですから」


「お、おう……まあ、分かった。気にしない事にする」


 本音を言えばすげえ気になるんだけど。

 多分察するに、俺について何かシオンが言っていたのだろう。まあ悪口……の類では無いと思うけど、その辺りに関しては本人達に聞いてみなければ分からない事だ。そして本人と言っても、エルに関してはアイツの言っている事が悪口に聞こえる様なフィルターの様な物が掛かっていてもおかしくは無い。だからまあ……もう、知り様が無い。


 まあエルも話したがらない訳だし、知らぬが仏という話もある。俺はシオンの事を信頼しているつもりだし、アイツが多分何も変な事を言っておらず、エルの解釈がちょっとおかしかったという事でファイナルアンサーだ。それでいいだろう。

 だからこれ以上は踏み込まない。気にしないと言った以上、話題を変えよう。

 というより、行動しよう。


「で、話は変わるけど、これからどうする?」


「どうするというと?」


「暫く休んでから行くか、それとも……もうこの街を出るか。で、一応聞いとくけど祭とかは……観たいとか、思う?」


「いえ……流石にそれは、その……怖いです」


 予想通りの返答だ。

 そんな返答の後、エルはこう続けた。


「でも、街を出るにしろ出ないにしろ、一度外には出てみたいです。怖いですけど……でも、今の自分がどんな風にみられるか、エイジさん以外の人で試してみたいんです」


 まあ確かに……エルからすれば、俺じゃそこまで反応は変わらないだろう。

 だけど街に出れば一目瞭然だ。あの視線が消えるか否か。それだけで全てがはっきりする。


「そういう事なら出発の準備だ。街を出るにしても祭が終わってからじゃ混雑する。今の内に街を出よう」


「はい、そうしましょうか」


 そうして俺達は寝巻から着替え、荷物を纏める。もとより買った荷物をほぼ外に出してはいなかったので、その準備は早々と終わりそうだ。


「こっち、終わりましたよ」


「こっちも特に何もねえな」


 一応申し分程度に部屋の片づけも行い、部屋を出る準備が完了した。


「それじゃあ……いくか」


「はい、エイジさん」


 そうして俺達は部屋を後にした。

 途中すれ違ったホテルの従業員は、俺達を首を傾げながら見送る。流石にここの従業員は珍しい精霊を連れている人がいるという風に認知している人が多かったのだろう。その珍しい精霊と同じ容姿の人間が、その連れていた人間と共に行動しているのだから首くらい傾げるだろう。

 だけど首を傾げただけだ。それ以上の詮索は無い。精霊が神秘的な雰囲気を纏うのは当たり前で、その当たり前から外れてしまうと本当にこういう反応になるのだとこの時確信した。確信出来て安堵できた。


 そのまま俺達はホテルの外に出て、人に溢れた街の中を歩く。

 その中の誰もが俺達なんかに目を向けなかった。あの視線は何処にもなく、ただ普通に人込みの一部として扱ってくれている。


「大丈夫……そうだな」


 エルはその問いに頷く。


「喋っても良いんだぞ。つーか、昨日あそこ脱出してからも普通に喋ってたろ」


「そ、そうですね……」


 まあきっと、畏縮している面もあるんだろうけど、一応そう言っておいた。


「しかし……やっぱ人すげえな。エル、大丈夫か?」


「はい。まあ、大丈夫ですよ、一応」


 確かに昨日よりは大丈夫だろう。ああいう視線が無くなった分だけ、ずっと気は楽なはずだ。

 でも楽なだけで全く問題無い訳じゃないんだろう……相変わらず、俺の服の袖を掴んでいるあたり、きっとそうだ。

 昨日の夜、あそこを脱出した後はこういう事はされなかったけど、それはきっとあれだけの事があった後だからだ。あれだけの事があった直後なら、精神状態も平常時とは違う。時間が空き、リラックスして平常心に戻れば、やはり気になってしまうのだろう。周囲に人間がいるだけで怖いのだろう。

 果たしてこの先、その恐怖心を払拭してやれる日は来るのだろうか。そんな疑問の解はその時になってみないと分からない。


 だから今は、頑張ってもらうしかないんだ。

 少しだけ緩くなった恐怖を、耐えてもらうしかないんだ。

 そして俺はそれを少しでも軽減させられるよう行動しよう。

 俺は裾を掴むエルの手を握った。


「……エイジさん?」


「逸れると大変だろ?」


 俺はただそれだけを口にして前へと進んだ。

 果たして俺の行動に何か意味はあったのだろうか。あったと思えるのは自惚れか否か。それは分からない。

 だけどエルは俺の手を握り返してくれた。それは意味があったと思っていいのではないだろうか。

 そんな事を考えながら、俺はエルの手を引き人込みの中を歩く。

 しかし……やっぱり恥ずかしい。戦いのときに手を握るのとは違うからな。

 昨日もシオンと合流してから自然とエルの手を取って歩いてたけど、あれも途中から結構恥ずかしかったし。今日も同じぐらい恥ずかしい。逸れると大変くらいしか言えなくなる程度には恥ずかしい。

 果たして俺が平常心でこういう事が出来るようになる日は来るのだろうか。

 それもまた、その時がこなければ分からない。


 ……その時ってどういう状況だよ。


 それもまた、分からない。




 分からないといえば、果たしてこの街を出て北へと向かうとして、次に寄れる様な街が何処にあるのか、全く把握していなかった。


「……それで俺達、この辺りの地理よく知らないんですよ。だからこの街周辺の事を教えてほしいんですけど……」


 流石にこの状態で街の外に出るのは無理がある気がしたので、近くの屋台で情報収集をしておく事にした。

 リンゴ飴購入を条件に教えてもらった情報を纏めると、ここから丸一日程歩いた所に街があるらしい。

 街の名称はレミール。ちなみにこの街はアルダリアスというらしい。さっき知った。

 とりあえずはそのレミールと呼ばれる街へ向かう事となる。

 情報を聞くだけ聞いた俺達は、店主に礼を言ってその場を離れる。


「とりあえず歩くって事でいいか?」


「はい。一応お金は大切にした方が良いかと」


 当然観光客が皆丸一日歩いてアルダリアスに来ている訳ではない。

 レミールとアルダリアスを繋ぐ為に馬車が用意してある。まあバスみたいな扱いだろう。

 当然それに乗れば楽に着けるがお金は掛かる訳で……今まで準備で金使いまくってた奴が言う事じゃないかもしれないけれど、少しは節約したほうがいいだろう。


「よし。じゃあ歩くか」


 そんな感じに俺達の行動方針は固まった。


「……しっかし、列車か」


 そして俺は目的地であるレミールの街の風景を想像しながらそう呟く。

 どうもレミールの街から列車が出ているらしい。

 この世界に列車が存在するという事がまず驚きだ。本当に、この世界の技術レベルがどの程度なのか把握しきれない。

 どの程度の距離を運行しているのかは分からないが、これは俺達にとってチャンスだ。


「一気に距離短縮できんじゃねえのコレ」


 金がいくらかかるか分からないが、それでも期待くらいはしてもいいだろう。

 ……そう、期待できる。

 絶界の楽園を目指す事に、段々と現実味が沸いてくる。

 きっとそう遠くない未来に俺達は絶界の楽園に辿りついているのではないだろうか。


「お金、掛かりますよ?」


「まあ……その辺も、なんとかしよう」


 沸いて来た現実味を掻き消し現実に戻されるも、俺はそう返してエルの手を引く。

 手を引いて、やがて人が少なくなり手を離して街の外へと辿りついた。


「さあ、行くか」


「はい。とりあえず頑張って歩きますか」


「お、おう……やっぱ馬車のりゃ良かったんじゃねえかな」


 これから休憩を挟みつつも丸一日歩かなくちゃいけない事を考えると、色々と後悔してしまったが、それでも俺達は歩きだす。

 さあ、本格的な旅の始まりだ。

地名を決めるのが無茶苦茶辛いですね。

日本人以外の名前を付ける時と、同じぐらい難しい。

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